自民党「増税反対派」の頼りない面々岸田政権 財務省支配への回帰
政治「いずれ問題になることはわかりきっていた」
岸田文雄内閣の崩壊現象は閣僚にとどまらなかった。昨年8月の内閣改造後、「旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)」や「政治とカネ」などで4人の閣僚が辞任する異常事態に見舞われた。そして迎えた今年の通常国会では、今度は事務方などの問題が続々と露呈する事態に陥っている。
岸田首相は2月4日、経済産業省出身の荒井勝喜首相秘書官を更迭した。荒井氏はその前夜、首相官邸で記者団に対し、LGBTQなど性的少数者や同性婚に関して「見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」と差別発言をし、「社会に与える影響が大きい。秘書官室もみんな反対する」などと述べた。
オフレコ取材の場での発言だったものの、毎日新聞は実名報道に踏み切った。事態を重くみた岸田首相はすぐさま対応。4日午後には視察先で「大変深刻に受け止めており、職務を解く判断をした。言語道断の発言だ」と、荒井氏の更迭を明らかにした。
自民党中堅衆院議員はこう語る。
「岸田政権は緩みきっている。官邸内での意思統一が図れていないことが露呈した形だ。オフレコだから何を言ってもいいとか、掟破りをしたマスコミが悪いという理屈にはならない」
首相秘書官は、首相が内閣法に基づき任命するもので、8人まで起用可能。岸田政権では、政務秘書官2人と事務秘書官6人。経産官僚の荒井氏は将来の次官候補と目され、岸田内閣発足と同時に事務秘書官に就任。所管事務の調整とともに広報担当も務めていた。
霞が関では首相秘書官を〝座布団〟と呼び、政権に食い込むための重要なポストで、エース級の官僚を送り込むのが慣例となっている。筆頭格の政務秘書官は元経産事務次官の嶋田隆氏、事務秘書官には財務省から宇波弘貴氏(主計局次長)と中山光輝氏(内閣審議官兼政策統括官)。外務省の大鶴哲也氏(官房審議官)、防衛省の中嶋浩一郎氏(官房審議官)、警察庁の逢阪貴士氏(会計局長)、それに荒井氏の後任として就任した経産省の伊藤禎則氏(秘書課長)だ。
政務秘書官にはもう1人、昨年10月に起用した長男の翔太郎氏がいる。彼についても、『週刊新潮』2月2日号に「親バカ子バカ!『岸田総理』あの『長男秘書官』が外遊で観光三昧」との記事が掲載され、官邸は釈明に追われたのだ。
1月の欧米外遊に同行した翔太郎氏は、パリやロンドンなど、行く先々で観光やお土産ショッピングに明け暮れたといった内容だ。自民党重鎮議員の元秘書はこうあきれ返る。
「政務秘書官に事務所の秘書を起用するのはよくあること。しかし、若干32歳で経験の浅い長男を充てること自体が大間違い。いずれ問題になることはわかりきっていたことだ」
ほかの閣僚の不祥事や失言などは、これまで辞任で無理やり乗り切ってきた岸田政権だが、息子ではとうてい済まされない。なにより内閣支持率は急落し、政権崩壊に直結することは明白だ。だから、各メディアは昨年から翔太郎氏の動向を徹底的にマークしてきた。その〝成果〟の1つが今回の週刊新潮の記事になったといえるだろう。
まだ、ある。1月27日には、松野博一官房長官の政策秘書が、地元の千葉市内で酒気帯び運転で検挙されたのだ。同月30日、秘書は衆議院に辞表を提出し、辞職した。しかも、秘書は松野氏の義弟だった。
昨年の岸田派大臣に続き、年明け早々、政務秘書官、事務秘書官、政策秘書……。官邸内部、まさに身内が緩みっぱなしの状態なのだ。
「今後、防衛増税の議論が待ち受けているなか、はたして本当に岸田首相は持ちこたえられるのか」(自民党関係者)
「増税」の背後に財務省支配
こんな不安な声が囁かれるなか、当の岸田首相はどこ吹く風の如く、淡々と進めようとしている。自民党中堅衆院議員は語る。
「財務省に完全に牛耳られている。安倍元首相が〝財務省支配〟の政治構造から脱却したのに、先祖返りしてしまった」
防衛費を国内総生産(GDP)2%にまで増やす方針を掲げた岸田首相。2027年度以降、毎年4兆円以上の財源が必要となる。赤字国債の発行で補うのか、それとも増税か。岸田首相は「将来世代に先送りせず、今を生きるわれわれが将来世代への責任として対応する」と語り、国民に増税への理解を求めている。
一見、正論に聞こえるが、「財務省のロジックそのもの」と自民党増税反対派の議員は警戒感を強める。財政再建化は当然必要だ。赤字国債を大量に発行して借金大国となった日本の至上命題ともいえる課題であるからだ。しかし、実態経済を見た場合のアクセルとブレーキの加減は、財務省の原理原則が通用しない。官邸vs財務省は、第2次安倍政権以降、水面下で激しいつばぜり合いを繰り返してきたのである。
2月8日、読売新聞記者がまとめた『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)が発売された。この中で、財務省との暗闘を安倍氏は赤裸々に語っている。
〈時の政権に、核となる政策がないと、財務省が近づいてきて、政権もどっぷりと頼ってしまう。(菅直人首相以降の民主党政権は)財務官僚の注射がそれだけ効いていたということです。〉
〈財務省と、党の財政再建派議員がタッグを組んで、「安倍おろし」を仕掛けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙とセットだったのです。そうでなければ、倒されていたかもしれません。〉
さらに、森友事件についても、〈私の足をすくうための財務省の策略の可能性がゼロではない。〉と、財務省の陰謀説に触れている。
今さら、安倍氏を持ち上げるつもりなどない。しかし、デフレ脱却を掲げた第2次安倍政権は、絶えず財務省との暗闘に神経をすり減らしていたことは紛れもない事実である。
その安倍氏の経済ブレーンとして知られる本田悦朗元官房参与(現・明治学院大法学部客員教授)は、東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。34年間、財務キャリアとしての道を歩んできた。その本田氏が語る。
「2000年代にFRB(米連邦準備制度理事会)の理事から『このままでは日本は深刻なデフレに陥る。デフレになったら20~30年は立ち直れなくなる』と警告を受けました。だから、安倍首相にはアベノミクスと呼ばれた〝3本の矢〟立案に加わったのです」
アベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」だ。しかし、7年間に及ぶ安倍政権下でもデフレ脱却まで行かないまま、コロナ禍から逃げるように退陣した。本田氏はこう続ける。
「デフレ下によって成長戦略がうまく働かなかった。市場にカネが回っていないから喚起できない。それに消費増税が重なって伸び悩んだのです。しかし、このままでは日本は落ちていく一方になる。増税ではなく積極財政に転換し、民間投資を促すべきです」
自民党で積極財政論が盛り上がらない理由
2月15日、衆院第二議員会館会議室で自民党の「責任ある積極財政を推進する議員連盟」(共同代表・中村裕之衆院議員、谷川とむ衆院議員、足立敏之参院議員)の勉強会が開催され、青山学院大の佐藤綾野・法学部教授が「今、日本経済に必要なこと」というテーマで講演。佐藤教授は、「円安は日本経済にとってメリット」「金融政策は当面現状維持で」「埋蔵金の積極運用」と、これまでの日本経済の見方とは違う角度からの分析を提示したうえで、「国債発行はまだ可能」だと語った。会場には本田氏も姿を見せ、佐藤理論を褒めちぎった。
同議連は衆院当選4回以下、参院当選2回以下の若手議員ら85人が参加して、昨年設立。顧問には城内実衆院議員(当選6回)が名を連ねているものの、積極財政を後押しする萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長の名は見当たらない。2人が所属する安倍派(清和政策研究会)は、積極財政派は多いもののまとまりに欠けているのが実情だ。
一方、他派閥は、財源確保を理由に増税容認といった姿勢を見せている。しかし、それは表向きだ。安倍派の中堅衆院議員は語る。
「ポスト岸田をはっきり打ち出せないジレンマから、現時点では静観しているというのが正しい見方。いつ解散されるかわからないし、当分は様子見をするしかない」
自民党の派閥は、最大派閥である安倍派をはじめ、茂木敏充幹事長の茂木派(平成研究会)、麻生太郎副総裁率いる麻生派(志公会)、二階俊博元幹事長の二階派(志帥会)、岸田首相の岸田派(宏池会)、森山裕元選対委員長の森山派(近未来政治研究会)が存在するが、派閥領袖である麻生氏・二階氏の2人は80歳を超えた高齢で〝ポスト岸田〟はあり得ない話だ。
密かに〝色気〟を見せているのが茂木氏だ。しかし、第2派閥の領袖でも、なかなか存在感を見せられていないことに加え、幹事長という立場であることから、現時点でポスト岸田を打ち出すことは不可能だ。
「あの人が再登板すると腹を括ってくれたら状況は変わってくるでしょう」
と話すのは前出の安倍派中堅衆院議員。あの人とは「紙の爆弾」3月号でも指摘した菅義偉前首相のことだが、菅氏が増税反対を掲げて倒閣、または次期総裁選への出馬を打ち出せば、状況は一変するという。
「デフレ脱却はしていないなか、円安による原材料費の高騰、1年以上におよぶロシアのウクライナ侵攻に端を発したエネルギー危機など、増税反対の理由は枚挙にいとまがない。財務省に対してノーをはっきり言える人の登場を願っているのです」(同前)
しかし、その菅氏の〝雲行き〟も怪しい。自民党関係者は語る。
「今年に入ってから、菅氏の健康不安説が流れている。真偽のほどがわからず、皆困惑しきっています」
菅氏も齢74。安倍政権で官房長官を7年も務め、その後首相を1年担ったことを考えれば、心身共に相当ガタが来ていてもおかしくはない。前出の安倍派中堅衆院議員はこう語る。
「妨害工作のようなウワサが出るのは、永田町の常。それだけ菅さんに返り咲いてほしくない人たちにとっては嫌な存在なのでしょう。しっかりケアして再登板してほしい気持ちに変わりはありません」
とはいえ、もっと若くてリーダーシップを発揮できる人材はいないのだろうか。
「世論調査では人気が高いのは河野太郎デジタル相ですが、所属先の麻生太郎元首相からは『アイツはまだまだだ』と、にべもない。野田聖子前男女共同参画相は夫の問題に加えて党内基盤がないため、推薦人確保すらままならない。かつて世論調査で断トツの人気を誇っていた小泉進次郎元環境相は今やすっかり影を潜めています」(永田町関係者)
長らく野党の体たらくが伝えられてきたが、野党ばかりではない。ポスト岸田をめぐり党内を見回すと、自民党の人材もすっかり枯渇しているのがわかるのである。これでは党内基盤が弱くても、財務省に支えられている岸田首相は安泰ということか。
(月刊「紙の爆弾」2023年4月号より)
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黒田ジャーナル、大谷昭宏事務所を経てフリー記者に。週刊誌をはじめ、ビジネス誌、月刊誌で執筆活動中。