「Dappi」だけじゃない 自民党「ネット世論工作」20年史
政治・自民党ネット工作の歴史
こうした自民党によるネット工作自体は、実は過去から存在が指摘されていたものだ。
たとえば第二次安倍晋三政権では安倍首相自ら、大手IT企業「ランサーズ」の秋好陽介社長と、コロナ禍そっちのけで、しばしば会食。同社が運営するクラウドソーシングサイトでは17年に、「政治系サイトのコメント欄への書き込み。保守系の思想を持っている方」「安倍政治を応援している方」「テレビや新聞の左翼的な偏向報道が許せない方」との仕事募集が掲載されて話題になった。
その翌月には、安倍氏応援の新規アカウントが急増し、似たような内容の文章を多数投稿する、という奇妙な現象も起きていた。さらに一部アカウントは20年のはじめにも、「コロナにかかっても日常生活問題なくすごせます」「インフルエンザより症状軽いです」という、これまた同じ文面の奇妙な投稿を拡散していた。よく聞く「コロナはただの風邪」論の一種のようにも見えるが、当時の政府がコロナウイルスの検査対象を「入院を要する肺炎が疑われる者」に限定し、事態を実際より縮小して伝えていたことを考えれば、まさにその方針に沿う投稿だった。
ちなみに、この話が広まったさなか、ランサーズの公式ホームページの主要取引先から「内閣府」が消失するという怪しい動きもあった。
「この手の自民党ネット工作部隊は、04年にはすでにあった」と語るのは、ネット専門のPR企業の幹部役員A氏。なんと彼自身がネット工作を請け負ったことがあるという。
「小泉純一郎政権の時代、『グリーンピア』をはじめ、厚労官僚たちの天下りのため、過疎地に無駄な施設が続々と建てられた問題がありましたよね。あれを問題にする記事をネットに拡散するようウチの会社が頼まれたんです。一記事30万円で請け負い、ライターに依頼して書いてもらっていました」。
この仕事を持ってきたのは自民党系のシンクタンクで、小泉政権が「改革」の必要性を強調し、「抵抗勢力」と位置付けた党内のライバルを蹴落とすための話題作りを、自ら行なっていたということだ。
民主党に政権交代すると、同シンクタンクがプロの記者に依頼して、鳩山由紀夫首相(当時)への露骨なバッシング記事を書かせていた、という話もある。安倍元首相が大好きなフレーズ「悪夢の民主党政権」も、そうした連中があみだしたのかもしれない。
06年末にサービス開始した「ニコニコ動画」は、新たなネットメディアとして、いまでは政治取材に参入している。しかしA氏によると、「これも実は当時、自民党のネットメディア局長の肩書きだった平井卓也氏(初代デジタル担当大臣)が主導したネット工作の一環だった」という。
平井氏は、ネットユーザーを組織化する目的で、自民党が野党だった10年に設立された「自民党ネットサポーターズクラブ」(J‒NSC)の代表も務めた人物。13年の参院選の公示前には、ニコニコ動画の党首討論に出た社民党・福島瑞穂代表の発言に、自分のスマホから「黙れ、ばばあ」と書き込んだことが発覚して幼稚さを晒した。
一方、ニコニコ動画といえば、麻生太郎元首相との関係も見逃せない。
「麻生さんの長男が取締役にいるのがニコニコ動画運営のドワンゴで、『ゴルゴ13』などの漫画好きの“オタクに理解のある政治家”というイメージは、ドワンゴが作ったものだよ」(同前)。
ネットメディアの世界でも、19年、共産党議員のデマを流して問題となった「政治知新」の運営者は、安倍元首相主催の「桜を見る会」に招待され、自民党神奈川県議を兄に持つ人物だった。また、選挙前に自民党本部が、野党批判の見本となる文章を配布していたが、これはニュースサイト「テラスプレス」が基となっており、A氏は「ここも実態は、安倍政権のやることなすことすべてを持ち上げていたネット工作サイト」だと話す。
それを見ると、自民党でも石破茂元幹事長は批判するなど、特定の党内勢力のために動いているのが露骨だ。
「そこで働くライターのひとりXは、以前には、政府の観光事業に都合の良いデータを並べた記事を書いていた。そうやって、予算をとるための口実を捏造する役割です。そういうインチキライターが、お金欲しさでネット工作に加担するパターンも多い」(A氏)。
・高市早苗のネトウヨ人気の正体
権力者による世論操作自体は、もともとインターネットがない時代からあった。世界で最も早い持期に「広告業」を発達させたアメリカでは、第一次世界大戦期、広報委員会が世論を巧みに誘導。ロシアでも旧ソビエト時代から「教育を受けた人には教義を吹き込み、教育を受けていない人は不平不満を利用する」という手法で、国内世論工作を行なっている。
この、人々の知的レベルに合わせて手法を変えるという手法は、現在まで、世界中の世論工作のベースとなっている。その目的は、政権政党への支持・ナショナリズムの強化・国家防衛の思想を擦り込むことが定番だ。
これらを合わせて考えれば、日本で増加を続ける「ネトウヨ」と呼ばれる層も、権力側が格差社会の中で「教育を受けていない人」の不満を利用し、ヘイトを煽ることで特定の思想を刷り込み、つくり出した層といえる。
アメリカでは、一昨年の大統領選でフェイクニュースが飛び交う醜い情報戦が繰り広げられた。トランプ前大統領はツイッターを使って政策やその成果を自画自賛し、自分に批判的なメディアを「フェイクニュース」と断じて攻撃。国民の半数を敵にまわしても熱狂的な支持者を固めた。
米ジャーナリストのエイドリアン・ゲイル氏が言う。
「アメリカの政治PR戦略は、歴史的にはあくまで議論を促す手法がとられてきた。それが近年、露骨に政府にとって都合の良い情報操作をするようになった。奇しくも、日本も同じような状況にあります。日本の小泉政権と安倍政権を比べると、小泉政権のネット工作は、郵政民営化とか抵抗勢力など、相手との戦いを強調して、多くの人を味方につけることで選挙を有利に運んだものです。でも、安倍政権はトランプと同じで、世論そのものを敵・味方に分断している。また、性善説が強く、情報を疑う力が弱いのも日本の特徴です」。
アメリカの大学では、広告やジャーナリズムにまつわる教育が広く行なわれているが、日本はそうした分野を学ぶ機会が極めて少ない。そうしたことが、大手広告代理店の電通や博報堂が業界のほとんどのシェアを占める、歪な状況につながっているのだろう。
「アメリカでは議論を経て支持・不支持を決める文化がありますが、日本では議論抜きに『どっちを信じますか』と迫る形になっている。そんな日本におけるネット工作は極めて危険ですよ」ともゲイル氏は警告する。
昨年9月の自民党総裁選で、“ネトウヨの巣窟”といわれるヤフーニュースのコメント欄は、極右的な主張を続ける高市早苗候補への絶賛で埋め尽くされる一方、党員票には結びつかないという奇妙な現象があった。さらに総裁選後には、高市氏に関連する記事へのコメント数が激減した。これをリサーチした広告代理店の担当者は「高市絶賛コメントには新規アカウントが多い。そして、それらはその後、投稿が止まっている」と語った。すなわち、高市支持のコメントをするためだけにつくられたアカウントの割合が高い、ということだ。先のA氏も「ネット工作の疑いが極めて強い」と見ている。
当の政治家自身が「ほとんどの教科書に自衛隊は違憲と記述されている」(安倍元首相)などと大嘘を発し、それを盛んに拡散する工作機関が公益法人として認可されているという異常事態である。SNSで自動投稿を繰り返す「ボット」や、言い回しを変えて似た投稿をする「サイボーグ」などが24時間体制で稼働、公金を使って現政権支持に加えて、嫌韓・嫌中・野党批判を繰り返している。
昨年末には、国土交通省の統計データの改ざんが明らかになった。改ざんは13年から8年間行なわれ、GDPの算出にも影響し、アベノミクスを評価する根拠のひとつとなっていた。アベノミクスについては、正しい数値で計算し直すと、前3年間と変わらず、横ばいの数字となった。
ことほどさように、「世論」も「ニュース」も信用ならないのが、現在の社会である。われわれの側にあるのは、嘘や作為を見破れるか、見破れないかの違いだけ。リテラシーを鍛えるしかないのだろう。
しかし、当然ながらこんな政治をしていれば政治・行政の劣化は止まらない。近年、公文書の管理すらまともに行なわれていないことが明らかになっているが、これも、虚飾にまみれて国家の当たり前のシステムを崩壊させているからだ。
自民党の総理・総裁が変わったぐらいで一変するものではない、本当に深刻な事態である。
(月刊「紙の爆弾」2022年2月号より)
米商社マン、スポーツ紙記者を経てジャーナリストに。K‐1に出た元格闘家でもあり、マレーシアにも活動拠点を持つ。野良猫の保護活動も行う。