【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

ロシアの核エネルギー産業と制裁:地政学上の意味

塩原俊彦

戦略的プロジェクト「ブレイクスルー」

使用済み核燃料処理においても、ロスアトムは先をゆく。同社は現在、スヴェルドロフスク州にある高速中性子炉、ベロヤルスク4号機(BN-800炉)の燃料について、発電炉で発生した劣化ウランとプルトニウムの酸化物を原料とするプルトニウム・ウランMOX燃料に転換するプロジェクトを実施している(すでに装塡完了)。

また、劣化ウランを燃料サイクルに再投入することで、いわゆる「ウランテーリング」(尾鉱)の問題も解決することができる。

これは、鉱石を選鉱して有用目的元素を多く含む鉱物粒を採取した残りの鉱石をどう処理するかという問題で、長年の核発電では、遠心分離機でウランを濃縮した後に残る六フッ化物(ウランとフッ素の化合物)の形で、膨大な量の劣化ウランの「廃棄物」が濃縮工場に蓄積されてきた。

たとえば、ロシアでは100万トン以上になる。プルトニウム・ウラン燃料の製造は、備蓄されている「廃棄物」のウランを段階的に削減するだけでなく、今後何年にもわたって高速炉の燃料として使用することが可能となる。

そのために、ロスアトムは、劣化ウランを六フッ化ウランから核燃料サイクルに適した酸化物に再処理する施設を建設するプログラムを実施している。

現在、発電炉で発電に使われている放射性同位元素のウラン235は自然界に1%以下しか存在せず、残りのウラン238は90%以上が安定して存在している。

ロシアの高速炉と核リサイクル技術の優位性は、セヴェルスクのシベリア化学コンビナートで実践されている。

ここでは、ロスアトムの戦略的プロジェクト「ブレイクスルー」の一環として、パイロット実証発電施設が建設されている。

このサイトは、300MWのBREST-OD-300高速炉(革新的な鉛冷媒炉で、プルトニウムと劣化ウランから作られたペレットを使用した高密度窒化物MOX燃料で運転される)を備えた革新的な核発電ユニットと、核燃料製造プラントと使用済み燃料再処理モジュールを備えた定置型のクローズド核燃料サイクルの両方を兼ね備えた世界初のサイトとなる。

再処理後の照射済み燃料は、再加工(新しい燃料の再製造)に回されるため、このシステムは、外部からのエネルギー資源の供給に依存しない、ほぼ自立したシステムとなる。まさに、「ブレイクスルー」となる画期的なものだ。

この核リサイクル技術は、高速炉だけでなく、ロシアのVVERのように現代の核発電の基礎となっている熱中性子炉にも適用できる。

ロスアトムは、セヴェルスクのシベリア化学コンビナートとジェレズノゴルスクの鉱山化学コンビナートという2つのプラントをベースに、VVER-1000用の再生ウランとプルトニウムを原料としたREMIX燃料の実験的生産をすでに開始している。

これは、①再生ウランとプルトニウムを同時に発電炉で使用することができ、使用済み燃料から取り出す際に分離することがない、②そこにあるプルトニウムの量は、従来の燃料の運転中に発生する量とほぼ同じであるため、その使用には発電炉の大幅な改造が必要ではない――といったメリットを持つ。

すでにREMIX燃料を使用した最初の燃料集合体の組み立てがはじまっている。REMIX燃料を使用した燃料棒単体の実験集合体の初期テストで良好な結果が得られている。

この技術が確立できれば、海外にあるVVERにも適用可能であり、ロシアがこれらを「囲い込む」原動力となるだろう。

ロシア依存を減らす動き

Politics, Markets and EU Gas Supply Security. Chemical pipeline networks and infrastructure in Europe

 

もちろん、対ロ依存を減らそうとする動きが欧米諸国に広がっている。ただし、その場合でも、ウラン採掘、低濃縮ウラン(核燃料集合体)製造、核発電所建設、使用済み燃料の再処理などの多様な分野ごとに対応策を検討しなければならない。

たとえば、世界第2位のウラン供給者、カメコ(Cameco)はその主要鉱山2つの再開を決める一方、カナダの鉱山会社、グローバル・アトミックはニジェールでウラン鉱山を開発し、2025年に稼働させようとしている。

ウラン濃縮についても、米国では復活させようとする動きがある。米国で唯一、稼働している商業濃縮工場はニューメキシコ州にある、英国、ドイツ、オランダの原子力サービス企業ウレンコとの合弁会社である。

2021 年、米エネルギー省は米国企業セントラス・エナジーに対し、将来のスマート発電炉用の高安定低濃縮ウラン燃料(HALEU)をオハイオ州の施設で製造する承認を与えた(現在、HALEU を生産している他の国はロシアだけである)。

米国はフランス または日本から一時的に濃縮ウランを輸入することが可能であると考えている。

EUでは、2022年年3月の欧州理事会において、欧州のロシアからのエネルギー輸入への依存をできるだけ早く段階的に解消することで合意したのを受けて、欧州委員会は5月、「リパワーEU」(REPowerEU)計画を提出した。

クリーンな移行を早め、より強靭なエネルギーシステムと真のエネルギー同盟を実現するために力を合わせ、ロシアの化石燃料への依存度を急速に減らすことを目的としている。

そのなかで、核発電所に関連して、「現在、発電炉12または非発電炉13の核燃料をロシアに依存している加盟国にとっても、多様化のオプションは重要である」と指摘したうえで、「EU内および国際的なパートナーとの協力による代替ウラン源の確保と、欧州内またはEUのグローバルパートナーで利用可能な転換、濃縮、燃料製造能力の増強が必要である」としている。

すでに、欧州原子力共同体(ESA)の2021年版報告書では、「燃料製造において、VVER燃料の設計と供給元を1社に100%依存することは、依然として最大の懸念事項」と指摘されていた。

すでに、チェコ政府は、2024年からVVERの1基の燃料をフランスのフラマトーム社と米国のウェスチングハウス社から購入することにした 。

フランスの核燃料製造会社オラノ社は、侵攻後「ロシアとの間の核物質の新規出荷をすべて停止した」と発表し、スウェーデンも他の採掘・粉砕ウランや原子燃料供給業者に移行した。

紹介した表にあるように、2022年5月、フィンランドはロスアトムとの主要な発電炉取引から手を引いた(ヨルダン、スロバキアで計画されていたロシア製の核発電所もキャンセルされた)。

他方で、ほとんどのロスアトムとの協力や計画はキャンセルされてていない。ブルガリアやハンガリーでも、2023年1月現在、計画中の核発電所はキャンセルされていない。

2022年6月、ウクライナとウェスチングハウスは、ウクライナの将来のVVER-1000発電炉の燃料をすべて、同社のスウェーデン製の工場から供給する契約を締結した。

また、ウェスチングハウスは、米国エネルギー省(DOE)とアルゴンヌ国立研究所の支援により、ロスアトムの代わりに VVER-1000 型発電炉のサービスを提供する能力を開発中だ。

ただし、こうしたサービスを世界規模で提供できるようになるまでには何年もかかると思われる。

IT産業化するロスアトム

ロスアトムをめぐっては、もう一つ、まったく別の面がある。それは、同社がIT産業の中核企業でもあるという点だ。2019年11月、ロスアトムは国産量子コンピュータの開発を開始した。

このプロジェクトは2024年までの予定で、240億ルーブルの資金を想定していた。2020年11月には、ロスアトムが「スマート住宅とユーティリティ」のための国産電子部品や機器の市場開発プロジェクトを開発していることが明らかになっている。

ロスアトムは国内でのチップの開発・生産も積極的に支援しているとの見方がある。さらに、2021年7月には、政府は軍事持ち株会社である国家コーポレーション・ロシアテクノロジー(Rostec)とロスアトムが策定した2024年までの新製造技術ロードマップを承認した。

様々な工業製品の設計を自動化するシステム、ERP(Enterprise Business Management)やCRM(Customer Relationship Management)、人事文書の管理、機器の管理やその修理・メンテナンスなどに焦点をあてたソフト開発にも、ロスアトムが関連していることが明らかになっている。

さらに、2023年1月20日付の「ワシントン・ポスト」は、ロスアトムがロシアの兵器産業にミサイル燃料の部品や技術、原材料を供給するために働いていたことが文書で明らかになったと報じている。

ウクライナ諜報機関が入手した2022年10月付けのロスアトム部長の書簡において、国防省とロシア軍産複合体の代表との最近の会合に言及しており、ロスアトムの企業が、ロシア軍部隊や制裁下にあるロシアの兵器メーカーに商品を提供することを申し出ていることが記されているという。

こうして、ロシアが制裁対象外となっているロスアトムを隠れ蓑にして、さまざまな分野でロシアの軍産複合体を支援しているのではないかとの疑いが生じている。このため、ロスアトム傘下の個別企業に対する制裁が検討されている。

他方で、ロスアトムは核兵器の開発にも直接関係している。2023年2月21日、プーチン大統領の一般教書演説において、米国が新しいタイプの核弾頭を開発しているという事実があるとして、「ロシア国防省とロスアトムは、ロシアの核兵器の実験の準備を確実にしなければならない。もちろん、われわれが最初にやるわけではないが、米国が実験するならば、われわれもやるだろう」とはっきりと述べた。

新型核兵器実験にロスアトムが直接関与することになる。ロスアトムのやりたい放題に欧米諸国はどう対処するのだろうか。

世界の叡智の必要性

ここで説明したように、核エネルギー産業は裾野が広く、ロシアは「悪」だからその核エネルギー産業との協力はすべて停止すべきだと主張してみたところで、現実的ではない。

むしろ、気候変動対策としての核エネルギー利用は不可避であると指摘せざるをえない(もちろん、核エネルギー利用を減らしてほしいと、私は考えている)。

他方で、核発電所の世界各地での建設は、使用済み核燃料の処理問題(プルトニウム型核兵器開発)や高濃縮ウランによる核兵器開発といった核兵器不拡散条約(NPT)の違反急増をもたらしかねない。

そう考えると、地球全体として核エネルギー産業を厳しく管理・運営するメカニズムの必要性を強く感じる。

現存する国際原子力機関(IAEA)は、NPT実現のための国際機関だが、その中立性は大いに疑わしい。

IAEAが2022年9月に公表した報告書「ウクライナにおける核の安全、セキュリティ、保障措置」をみても、ザポリージャ核発電所(ZNPP)への砲撃や損傷などの記述はあるが、どちら側からの攻撃によってもたらされたのかについては何の説明もない。

ゼレンスキー大統領が主張するロシア側だけの攻撃によるものとは考えられない。何しろ、ロシア側はZNPPを2022年2月28日から管理下に置いているのだから。

そうであるならば、IAEAは、ZNPPの安全を守る立場から、ロシア・ウクライナ双方に厳しい注文をつけるべきなのに、その記述はウクライナ寄りにみえる。

米国、ロシア、中国といった大国が主導する国際機関ではなく、「地球人」が核エネルギーを管理・規制する機関が必要だ、といまこそ強く思う。むなしい理想論しか浮かんでこないのが残念だ。

他方で、核融合発電についても、注意を払うことを忘れてはならない。英国政府が進めている球形トカマク「ステップ」の建設プロジェクト(2040年を目標)をはじめ、商業用核融合炉さえ射程に入っている。

こちらにも関心を寄せないと、核エネルギーをめぐる地政学上の「闘争」を理解することはできない。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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