【特集】ウクライナ危機の本質と背景

表面化する米国政権中枢内における対ロシア戦略の分岐(中) 機能不全のホワイトハウスと「春季攻勢」の内幕

成澤宗男

 

バイデン政権の国家安全保障会議のミーティング。 左からバーンズCIA長官、ミリー統合参謀本部議長、オースチン国防長官、 ブリンケン国務長官、バイデン大統領。

写真説明:バイデン政権の国家安全保障会議のミーティング。
左からバーンズCIA長官、ミリー統合参謀本部議長、オースチン国防長官、ブリンケン国務長官、バイデン大統領

 

本サイトでこれまで3回にわたり、セイモア・ハーシュが暴露したバイデン政権によるノルド・ストリーム爆破の関連記事を掲載した。読者は改めて同政権の無軌道ぶりを知らされただろうが、4月12日に新たに発表されたハーシュの「敵と交渉する」と題された記事(注1)は、ウクライナ戦争をめぐる同政権の内部事情を記しており、極めて興味深い。

そこでは冒頭、「キエフの汚職レベルはアフガニスタン戦争に近づいている」と、戦時中にもかかわらずウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーとその政権要人が、ディーゼル燃料の支払金から昨年だけで4億ドルもの大金を横領していた等の事実を列挙。彼らのすさまじい腐敗ぶりを明らかにしているが、それ以上に関心を引くのは、「ホワイトハウスと情報機関の一部との信頼関係の『完全な崩壊』につながるリーダーシップの欠如」に触れている以下の箇所だ。

「最近の私の取材で関係者から繰り返し言われるが、アントニー・ブリンケン国務長官とジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官が示す強硬なイデオロギーと政治手腕の欠如が、分裂を招く他の要因だ。大統領及びこの2人の外交助言者は、ホワイトハウスに配属された経験豊富な外交官や軍事・情報将校とは『異なる世界に住んでいる』。『彼らは経験も判断力も道徳的誠実さもない。彼らはただウソをつき、話をデッチ上げるだけだ』」

「情報機関関係者は、『ホワイトハウスの指導部と情報機関の間には、完全な断絶がある』と語った。この断絶は2月初旬にレポートしたように、バイデンがバルト海のノルド・ストリームパイプラインを秘密裏に破壊するよう命じた昨秋にさかのぼる。『ノルド・ストリームパイプラインの破壊は、情報機関内部で議論されたこともなければ、事前に知らされていたのでもない』とこの関係者は語った。『そして、戦争を終わらせるための戦略もない』」

ただ、ブリンケンはオバマ政権時代に副大統領(バイデン)の国家安全保障問題担当補佐官を4年、大統領の国家安全保障問題担当副補佐官を2年、副国務長官を2年歴任。サリバンも国務長官(ヒラリー)の補佐官を2年、国務省の要職の政策企画部長を2年、副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を1年半歴任しており、必ずしも「経験」面で見劣りするわけではない。

また大統領及び最側近の2人と、「経験豊富な外交官や軍事・情報将校」らの間の齟齬が具体的に何なのか不明であり、後者が前者に比べ「判断力」や「道徳的誠実さ」をどれほど備えているかも判断材料に事欠く。

 

「勝利」の定義も戦略も不在

それでも誰の目からも異常な言動が隠せなくなりながら、この2人に支えられている80歳の大統領が、ハーシュの取材源が証言するように「単なる劣悪なリーダーシップなどではない。それが一切ないのだ。ゼロなのだ」という評価を受けるのは、的外れとは思えないのも確かだ。そして良くも悪くも政権を領導するこのインナーサークルが、直面する最重要課題であるはずのウクライナ戦争で迷走を続けているのは、やはり「戦争を終わらせるための戦略もない」「ゼロ」状態に起因している。

しかもこうした内情は、ハーシュだけが明らかにしているのではない。モスクワ生まれの女性ジャーナリストで、主流派メディアに登場する機会が多い米国のジュリア・ヨッフェは、一昨年の誕生ながら急速に影響力を広げているインターネトサイトPuckで3月28日、「バイデンの私的なデッドライン」と題する政権内部に食い込んだ記事を発表したが、やはり近似した描写が見られる。

「ワシントンの外交関係者は、(日頃政権のウクライナ政策を称賛しながらその裏で)バイデンのウクライナ政策に不満を募らせていることが判明した。他方、政権のウクライナ方針は一貫している。つまりウクライナは勝たなければならない、ウクライナ抜きでウクライナのことは語れない、第三次世界大戦になってはならない、ルールに基づく(米国が設計した)国際秩序を守り、強化しなければならない――と。だが、それらが本当に意味するものは何なのか。1991年当時の国境を取り戻すのが勝利の意味なら、米国はウクライナと同意見なのか」

さらにヨッフェは「ウクライナが秋までに大きな成果を挙げられなかった場合に備え、より具体的な戦略を明確にするよう求める声にバイデンとホワイトハウスが抵抗しているため、ワシントンの外交政策者たちは落ち着きを失っている」とも指摘している。

言うまでもなく、ゼレンスキーの側にとってウクライナの「勝利」とは明確であり、クリミアと東部のドネツク・ルガンスク州の2州、そして南部のザポリージャ・ヘルソンを合わせた4州の「ロシアに占領された国土の解放」(注3)を指す。

だが米軍の統合参謀本部議長のマーク・ミリーは1月の段階で、「今年、ロシア軍をウクライナのすべて、つまり隅々から追い出すのは非常に難しい」(注4)と断言。さらに米国最大のシンクタンクであるRAND研究所が1月に発表した報告書『長期戦争を避ける』(注5)でも、ウクライナが「クリミアを含む(占領された)全領土を奪還することは、戦争の現段階ではありえない」と何度か指摘されている。それから3カ月経って、ドンバスのバフムートの戦況一つとっても、ウクライナにとって「勝利」が幻想でしかない現実がさらに動がし難くなっている。

写真説明:激戦が続くバフムートの市街地

 

行き詰まった軍事支援強化のみの方策

では、ヨッフェが指摘するように米国にとってのウクライナ戦争での「勝利」とは何なのか。現時点で「非常に難しい」のであれば、何をもって米国の獲得目標とするのか。従来のように経済制裁によるロシア国内の不安定化とプーチン政権の打倒であれば、それはもう絵空事に過ぎなくなっている。かといって、ロシアの軍事的な打倒はバイデンが「第三次世界大戦につながる」と忌避しており、「具体的な戦略」が不在というしかない。何をもって「勝利」とするのか規定できないのであれば、出口戦略、すなわち「戦争を終わらせるための戦略」が見えないのも当然だろう。

結局バイデン政権がこれまでやってきたのは、後先も考えずロシアとの交渉も無視し、ひたすら巨額の軍事援助をウクライナに注ぎ込むことだけだった。だが、それすらも見直しが迫られている。このまま軍事援助を継続しても、戦局を好転させる展望が立たないからだ。

特に以前から指摘されているのは、軍事援助にもかかわらず地上戦の主役となっている砲撃戦に必要なウクライナ軍の弾丸の恒常的不足が 解決できないでいることだ。『ワシントン・ポスト』の4月8日付で掲載されたウクライナ軍に同行しての戦場ルポは、「危機的な弾薬の不足」を強調。「以前は1日あたり旧ソ連製の榴弾砲を20~30発以上撃ち込んでいたが、今や1発か2発、あるいはゼロ」(注6)という惨状という。それでもウクライナ軍は現時点で「1日あたり7700発の砲弾を撃ち込んでいる」が、ロシア軍はその「3倍」だとしている。

この数字は、EUの外交部長ジョゼップ・ボレルの「ロシアの大砲発射量は1日5万発」という発言と比較すると過小評価に思えるが、これを報じたAPの2月21日付の配信記事は「ウクライナ側は6000~7000発」という「別の筋の評価」を引用している。(注7)いずれにせよ、圧倒的な差だ。

『ワシントン・ポスト』の記事では、NATO事務総長であるイェンス・ストルテンベルグの「現在のウクライナの弾薬消費の速さは、生産の速さを何倍も上回っている」という発言も紹介しているが、こうした現状が年内に改善される見込みは薄い。また、これまでウクライナに供給されてきた弾薬は、NATO加盟国軍がストックしているものを放出した割合が大きいが、「NATOは(供給用の)弾薬や物資をほぼ使い果たしており、親ウクライナの欧州の政治家ですらこの戦争に対して臆病になり始めている」(注8)という。

無論、ウクライナ軍にとっての懸念材料は地上戦の弾丸だけではない。同様に深刻なのは、防空網の崩壊が迫っている点だ。

1 2
成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ