表面化する米国政権中枢内における対ロシア戦略の分岐(中) 機能不全のホワイトハウスと「春季攻勢」の内幕
国際写真説明:流出した国防総省の機密資料の一部
機密文書が明らかにしたウクライナ軍の惨状
米国のみならず世界を震撼させた国防総省の100ページ以上の「機密」や「最高機密」、「NOFORN」(外国人閲覧禁止)と記された文書流出事件は、4月13日に21歳のマサチューセッツ州の空軍州兵がFBIに逮捕されたことで、逆に当初は内容が改ざんされたものではないかという指摘があったその「信ぴょう性」が大枠において立証される結果となったようだ。そこには地対空ミサイルの損失により「ウクライナ軍の前線部隊(FLOT)を守るための中距離防空能力は、5月23日までに完全に低下する。……(今後)あらゆる高度からのロシアの航空攻撃に対する防衛力が低下する」(注9)という内容の評価が含まれている。
しかもバイデン政権のウクライナ軍事支援が予算や産業基盤を考慮すれば無限に継続できるはずがなく、仮に今後も継続されたとしても「経験の浅い部隊、指揮を執る将校の不足、航空援護の不足、戦車の不足、大砲や弾薬さえも不足した状態」(注10)が好転する見込みは乏しい。好転できたとしても、それまでにウクライナが決定的にロシアに無力化されている可能性が排除されない。つまり戦略も獲得目標も不在のまま、唯一の策としての軍事支援を継続しても今後の戦況は暗いのだ。
バイデン政権は、間近に迫っているとされるウクライナの春季攻勢をめぐっても、混迷を深めている。この2月あたりからウクライナ軍がバフムートで苦戦を強いられる一方で、大規模な反転攻勢を用意しているという観測が飛び交ってきた。だがその春季攻勢が、①そもそもウクライナにとって実行可能なのか②可能ならば、どのような作戦を想定しているのか③作戦目標が未達成に終わったら、次はどうするのか――といった問題に関し、現在まで米国のみならずウクライナ側も明確な回答を用意しているとは言い難い。
一時は「4月16日の正教会の復活祭と5月9日の対独戦勝記念日の日の間に始まる可能性がある」(注11)といった予測もあったが、ウクライナの首相デニス・シュミハリは4月11日になって、「遅くとも今夏までに開始するだろう」(注12)と発言。作戦時期について不透明感が強まっている。
海兵隊出身の著名な軍事評論家であるスコット・リッターは、前出の流出した国防総省の文書をもとに、「ウクライナが春の大規模な犯行を成功させる場合に不可欠な主要セット」の「防空ミサイル(特にウクライナ防空網の主力であるソ連時代のシステム)と、西側の砲弾ロケット、155㎜砲弾の手持ちの在庫、が惨憺たる状態にある」と指摘。「ロシアを屈服させるための攻撃はもちろん、限定的な範囲の攻撃も成功させることはできないかもしれない」(注13)と述べている。つまり国防総省も、春季攻勢に幻想は抱いていないのだ。
迫った春季攻勢の数々の疑問
のみならず、「バフムートや(ドンバスのアヴディフカ、ヴュレダール等)その他の場所に大量の兵士が包囲されているため、ウクライナには2つの問題が生じている。すなわち、これらの兵力が破壊される前に救出するか、春の終わりに攻撃を続けるか」であり、そうなると「ウクライナは現在編成している(12個とされる)反攻用の旅団を分割」(注14)せねばならなくなる。
当然、春季攻勢の見直しが迫られるが、以前から「ウクライナ軍はザポリージャ方面からアゾフ海に向かう戦線を突破」(注15)し、ドニエプル川以西のへルソン州とクリミアのロシア軍を孤立化させる作戦が有力視されている。しかもここにきて、クリミアと本土を結ぶペレコープ地峡を制圧・切断し、あるいはクリミアのロシア黒海艦隊の拠点のセバストポリを直接攻撃するというように、ウクライナの狙いは「クリミア奪還」に焦点化しているようだ。
それを示すかのように、ウクライナの国家安全保障・防衛評議会書記のオレクシィ・ダニロフは4月2日、早くも「クリミアを軍事的に奪還した場合の再統合方法」をまとめた12項目の計画を発表。①クリミアとロシアを結ぶケルチ海峡橋の破壊②2014年以降にクリミアに定住した全ロシア人の追放③ロシア支配下のすべての財産取引の無効化――等の内容だが、ダニロフはこれとは別に親ロシアのウクライナ人に対する「協力と大逆の罪での起訴」を宣言している。(注16)
しかしながら3年前の3月18日付で『ワシントン・ポスト』ですら、「ロシア編入に対する支持は非常に高いままだ(2014年86%、2019年82%)」(注17)と報じている。クリミア住民にとって、何の現実性もないこの「12項目」に気を煩わせる必要がないのは幸いだろうが、バイデン政権の中枢が「ゼロ」状態となっている一方で、ゼレンスキーの政権内部はある種の非合理性に支配されているようだ。
米外交誌『フォーリン・ポリシー』は4月11日号で「クリミアはフランケンシュタインの怪物と化した」と題する以下の興味深い記事を掲載しているが(注18)、主流メディアとしては珍しく、ゼレンスキーの暗部を突いている。
「ウクライナ政府内では、クリミアの奪還を戦争の努力として譲れない目標にするのか、それとも、少なくともこの半島の暫定的なロシアの支配権を、他の(占領された)場所についてのロシアの譲歩と交換する用意があるのか、明確な違いが生じている。……(だが)ゼレンスキー大統領は、クリミアをロシアの手に残したまま停戦を支持するのは、国内では非常に困難という。強硬な民族主義者や軍からの強い反発に直面するからだ」
「国家安全保障・防衛評議会書記のオレクシィ・ダニロフは、『ゼレンスキー大統領がキエフとモスクワの平和交渉を提案すれば、彼は政治的に自殺することになるだろう』と述べる」
写真説明:クリミア半島の地図
「クリミア奪還」という幻想と次の手
この記事では誰しも「クリミア奪還」など不可能で、それにこだわれば「損失があっても無制限に戦い続けなくてはならなくなる」と知っているという。だが「公の場で発言」したり、「ロシアとの妥協を唱え」たりでもしたら直ちに「裏切り者の烙印を押され、SBU(ウクライナ保安庁)の標的にされる」と指摘している。それは、もはやゼレンスキーですら例外でないのだ。
だが現時点でウクライナ軍は、「反攻作戦に6万人の兵士を投入することを計画し、クリミアとセバストポリを同時に攻撃する可能性がある」(注19)という。このまま軍事的合理性と乖離するのを承知で春季攻勢に突入したら、「政治的実体としてのウクライナが崩壊する」という「リスク」が生じかねない。(注20)
こうなると「リスク」回避のため、本来ならウクライナが「(占領地の)領土問題の妥協に応じることができるのは、ワシントンからの強い公的圧力のみ」(注21)と思われるはずだ。ところが「春季攻勢は、米国のヴィクトリア・ヌーランド国務次官の発案によるところが大きい。彼女はウクライナ問題のバイデン政権の黒幕(éminences grises)であり、ウクライナがクリミアを取り戻すという野望を公言している」(注22)というから、もう「公的圧力」どころではない。
国務長官のブリンケンは一時、ヌーランドとは異なって「ウクライナのクリミア奪還の試みはプーチンにとってのレッドラインであり、より拡大したロシアの反応を招く」(注23)として慎重路線と見られていた。だが、4月7日の仏紙『Ouest-France』とドイツのメディアグループFunkeの共同インタビューでは、「(米国とNATOは)今後数週間以内に予定されている反攻を含め、ウクライナがロシアに奪われた領土を奪還するために……あらゆることを行なうべきである」と発言しており(注24)、もはやヌーランドの姿勢と大きな差異は感じ難い。
リーダーシップが不在で目標も曖昧な組織に生じやすい、声高な強硬派が主導権を握るという現象が、政権内で起きているのだろうか。だがこれでは、ウクライナと同じように米国も「負け戦」にのめり込むという合理性の喪失に共に陥っているというしかない。
その一方で米国は、ウクライナ側がクリミアを始めとした反攻用のため執拗に求めている射程300㎞以上の戦術地対地ミサイル・ATACMSの供与を、現在まで拒んでいる。理由としては「米国製のミサイルがロシア本土を攻撃すれば、紛争の深刻なエスカレーションを誘発する」ほか、米国も「ウクライナに送れるほどのATACMSの備蓄がない」(注25)といった事情があるようだ。
いずれにせよ対応のちぐはぐさは否めないが、「紛争の深刻なエスカレーション」というのなら、それは春季攻勢後に打つ手がもはやなくなってもロシアとの交渉を拒否し続けた末、「NATOが直接戦争に参加しなければ、(ロシア占領下のウクライナ解放という)目標を達成できない」(注26)という思惑に、ウクライナと米国ら代理戦争の当事国が支配された瞬間から始まるだろう。
しかもバイデン政権がウクライナ戦争をめぐって戦略不在の「ゼロ」状態である以上、こうした思惑からどこまで距離を保てるのか危うさが付きまとう。意思決定能力についての疑念が払拭できない政権が、膠着局面を迎えると合理性を失って暴走するケースは歴史的に珍しくないが、現状では代理戦争から直接介入に「エスカレーション」するまでの敷居は、懸念すべきことに高くはなくなっている。これについては、次回で解説したい。
(注1)(URL https://seymourhersh.substack.com/p/trading-with-the-enemy)
(注2)(URL https://puck.news/bidens-private-ukraine-deadline/)
(注3)December 22,2023「Zelensky: Liberation of our land, public security, country’s recovery after Russian strikes are components of Ukrainian victory, which we bringing closer step by step」(URLhttps://interfax.com.ua/news/general/880329.html)
(注4)January 20,2023「It would be very, very difficult to militarily eject the Russian forces from all」(URLhttps://www.theguardian.com/world/video/2023/jan/20/us-general-it-will-be-very-difficult-to-remove-putins-forces-from-ukraine-this-year-video)
(注5)『Avoiding a Long War U.S. Policy and the Trajectory of the Russia-Ukraine Conflict』
(URLhttps://www.rand.org/pubs/perspectives/PEA2510-1.html)
(注6)「Facing critical ammunition shortage, Ukrainian troops ration shells」(URL
https://www.washingtonpost.com/world/2023/04/08/ukraine-ammunition-shortage-shells-ration/)
(注7)February 21, 2023「EU mulls ways to ramp up ammunition production for Ukraine」
(URL https://apnews.com/article/russia-ukraine-nato-politics-european-union-europe-66fdaa3eb94605337f698340c9df6341)
(注8)April 12, 2023「Ukraine’s spring offensive a likely death trap for US, NATO」
(URL https://asiatimes.com/2023/04/ukraines-spring-offensive-a-likely-death-trap-for-us-nato/)
(注9)April 12,2023「SOME OF THE LEAKED MILITARY SLIDES SHOW THAT UKRAINE IS IN TROUBLE, DESPITE AUSTIN & MILLEY INSISTING THINGS ARE SWELL」(URLhttps://sonar21.com/some-of-the-leaked-military-slides-show-that-ukraine-is-in-trouble-despite-austin-milley-insisting-things-are-swell/)
(注10)April 10, 2023「No Hope for Ukraine: Losing Artillery = Losing the War」
(URLhttps://www.globalresearch.ca/no-hope-ukraine/5815340)
(注11)April 10, 2023「Kiev’s Audacious Plan for Crimea is Desperate Morale Boosting and Plea for Weapons」(URLhttps://libya360.wordpress.com/2023/04/10/kievs-audacious-plan-for-crimea-is-desperate-morale-boosting-and-plea-for-weapons/)
(注12)April 12,2023「Ukraine’s Prime Minister Says Kiev Could Launch Counteroffensive as Late as This Summer」(URLhttps://sputnikglobe.com/20230412/ukraines-prime-minister-says-kiev-could-launch-counteroffensive-as-late-as-this-summer-1109370490.html)
(注13)April 13,2023「Scott Ritter: Pentagon Leaks Show That Ukraine Can’t Win」(URL
(注14)April 3,2023「Ukrainian army gathers troops for an offensive in Zaporizhzhia」(URL
(注15)(注14と同)
(注16)April 4,2023「Ukraine unveils plan for recaptured Crimea – but West ‘reluctant’ to help」(URLhttps://www.france24.com/en/europe/20230404-ukraine-unveils-plan-for-recaptured-crimea-%E2%80%93-but-west-reluctant-to-help)
(注17)「Six years and $20 billion in Russian investment later, Crimeans are happy with Russian annexation」(URLhttps://www.washingtonpost.com/politics/2020/03/18/six-years-20-billion-russian-investment-later-crimeans-are-happy-with-russian-annexation/)
(注18)「Crimea Has Become a Frankenstein’s Monster」(URL
https://foreignpolicy.com/2023/04/11/crimea-has-become-a-frankensteins-monster/)
(注19)(注8)と同。
(注20)(注8)と同。
(注21)(注18)と同。
(注22)(注8)と同。
(注23)February 15,2023「Blinken: Crimea a ‘red line’ for Putin as Ukraine weighs plans to retake it」(URLhttps://www.politico.com/news/2023/02/15/blinken-crimea-ukraine-putin-00083149)
(注24)Apr 7, 2023「Moscow reacts to Blinken’s counteroffensive claim」(URLhttps://www.rt.com/news/574368-peskov-blinken-us-ukraine/)
(注25)(注16)と同。
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。