【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

種子ビジネスとロシアの排除問題

塩原俊彦

拙稿「ロシアの核エネルギー産業と制裁:地政学上の意味」では、ロシアが長年にわたって、ウラン採掘、低濃縮ウラン(核燃料集合体)製造、核発電所建設、使用済み燃料の再処理などの核エネルギー関連サイクルにおいて、その影響力を世界中に広げることでロシアの地政学上の優位に寄与してきた実態を明らかにした。

今度は、逆に、ロシアの対応が遅れている分野として種子ビジネスについて取り上げたい。

種子ビジネスの現在

「種子の世界市場の機会と2031年までの戦略」(以下、「戦略」)によれば、種子市場は、2016年以降、年平均成長率3.6%で成長し、2021年には約551億ドルの規模に達した。

2026年には730億6910万ドルにまで増大すると予測されている。さらに、2026年から年平均成長率5.6%で成長し、2031年には961億6100万ドルに達すると見込まれている。

過去には、世界人口の増加や動物飼料の需要増などが成長の要因であったが、今後はバイオ燃料需要の増加や菜食主義へのシフトが種子市場の成長を促進することになるだろう。

Hands Planting The Seedlings Into The Ground

 

種子市場は、タイプ別に遺伝子組換え型と従来型に分類される。前者は、タイプ別に分類された種子市場のなかで最も大きなセグメントであり、「2021年には全体の58.6%を占めた」と「戦略」は指摘している。

今後、遺伝子組み換え(GM)市場は、タイプ別に区分された種子市場のなかで、2021年~2026年の年平均成長率が5.9%となり、最も急速に成長するという。

重要なのは、種子市場において世界的寡占が進んでいる点だ。「戦略」によると、2021年の種子市場における上位10社の市場全体に占める割合は48.76%に至っている。

具体的には、コルテヴァ(Corteva, Inc.)が市場シェア15.25%で最大の競合企業であり、バイエル(Bayer AG)が10.83%、シンジェンタ(Syngenta AG)が6.47%、KWS SAAT SEが3.85%、BASF SEが3.52%、Groupe Limagrain Holding SAが3.00%、DLF Seeds A/Sが2.74%、UPL Limitedが1.41%、Sakata Seed株式会社が1.20%、Land O’Lakes Incが0.51%の順で続く(下表を参照)。

 

種子ビジネスの重要性

ここで紹介したように、種子ビジネスは残念ながら今後、ますます重要性を高めそうだ(なぜ「残念」なのかは、後述する「閑話休題」を参照)。とくに、遺伝子組み換え型の種子ビジネスの役割が高まるのは確実だろう。

私は2020年に学術誌『境界研究』に「サイバー空間とリアル空間における「裂け目」」を公表した。そのなかで、つぎのように書いておいた。少し長い引用になるが、なぜ私が種子ビジネスに関心をもっているのか、そして、なぜ種子ビジネスの動向が重要であるのかを理解してもらうために紹介しておきたい。

「農業は現在、『スマートファーミング』の名のもと、播種・給水・施肥・収穫がすべてコンピューター管理される一方で、ゲノム編集を通じて新品種が相次いで登場している。

かつて農業機械を販売したり、種子や化学肥料を売ったりするのみであった企業が今では、 いわば「農業経営システム」を運営するソフトウェア・プラットフォームを発展させることで、垂直的な農業支配を拡大し続けている。

気候変動に合わせた対応も、ネットワークを通じて「育成者」に対する権限の強化をもたらしている。

プラットフォームでは個別の農場のデータが集められ、クラウドを通じてデータが加 工・処理されるが、天候予測なども考慮されたうえで、播種・給水・施肥・収穫の時期の指導を行う。

この大規模化に応じるため、大手の農機メーカーであるディア・アンド・カンパニー(ジョン・ディアがブランド名)、AGCO、CNH Industrialと農薬・種苗関連の会社との提携関係の樹立や買収・合併が進んでいる。

これまで紹介した新品種保護の動きは、育成者権の強化に加えて、インフォーマル種子 (在来品種種子や自家採取種子)のフォーマル化(品種登録の義務化と管理強化を通じて非 登録品集の排除・違法化)も引き起こしている。

たとえば、モンサントは系列企業や他の種子会社を通じたGM種子の販売に際し「特許料」(技術使用料)を徴収し、農家にさまざまな制約を課す「技術使用契約」の締結を求めている。

これは、アップルがその独占的地位を利用して、ユーザーがゲームソフトなどをアップ・ストアー(アプリケーションソフトのインターネット配信会社)を通じてしか買えないように強いる一方、他方で開発者からそこでの売上高に対する高い手数料(一つのアプリ販売につき30%のコミッション)を徴収していることを想起させよう。

つまり、知的財産権を構成する、著作権、産業財産権(工業所有権[特許権、実用新案 権、意匠権、商標権])などに加え、拡大するさまざまな権利(半導体集積回路配置図に関 する権利、種苗法、不正競争防止法など)に絡んで生じた裂け目こそ、巨大なアグロビジネスやテック・ジャイアンツによる世界支配の契機を与えているのだ。」

こうした抜本的な農業そのものの変化のなかで、種子ビジネスを考える視角が求められていることになる。

その過程で、播種・給水・施肥・収穫といった耕作過程全体および販売の寡占化が進んでいる。

そのなかで、種子ビジネスにおける競争の優勝劣敗が農業分野全体の今後の帰趨に大きな影響をおよぼすことになるだろう。

だからこそ、アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾンに関心をもつのと同じように、種子ビジネスにかかわるコルテヴァ、バイエル、シンジェンタなどに注目しなければならないのである。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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