【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む
「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された意見広告

ウクライナ戦争の即時停戦を求める声を知らしめよ:広島で進められた核戦争への「下準備」という皮肉

塩原俊彦
「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された意見広告

「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された意見広告
(出所)https://twitter.com/mylovanov/status/1659319058351702016

 

どうか、これから紹介する内容を一人でも多くの日本人に知ってもらいたい。既得権を握ったエスタブリッシュメント側が大きな間違いを犯しているとき、この間違いを糺すには、地球上の一人ひとりが声をあげるしかない。エスタブリッシュメント側についているマスメディアが間違いを報じない以上、批判の声の輪を広げてゆくしかないのである。

「世界の平和のために」
2023年5月16日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙上に、「世界の平和のために」(「米国は世界の平和のために力を尽くすべき存在である」)と題された全面意見広告が掲載された。ウクライナ戦争という「この衝撃的な暴力に対する解決策は、さらなる死と破壊を保証する武器や戦争の拡大ではない」として、「即時停戦と、資格を奪ったり禁止したりする前提条件なしの交渉」を提唱する共同書簡となっている。これに署名したのは、ドワイト・アイゼンハワー大統領が警告した、広義の軍産複合体の利益を制限することをめざす「アイゼンハワー・メディア・ネットワーク」のロナルド・レーガンの駐ソ連大使を含む退役軍人や国家安全保障専門家らである。わたしがとくに注目したのは、ジェフリー・サックスコロンビア大学教授も署名している点だ(彼のウクライナ戦争に対する見方については、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』[11~17頁]を参照)。

この書簡は有料プロモーションコンテンツとして掲載されたもので、同紙のウェブサイト上のアーカイブでは閲覧できないが、原文は同ネットワークのサイトで閲覧可能だ。なお、筆頭署名した同ネットワークの責任者デニス・フリッツの話を別のサイトでみることもできる。

共同書簡の内容
まず、共同書簡の内容について紹介したい。彼らの基本姿勢はつぎの記述に明確に表れている。

「米国人として、また国家安全保障の専門家として、私たちはバイデン大統領と議会に対し、とくに制御不能に陥りかねない軍事的エスカレーションの重大な危険性を考慮し、外交を通じてロシア・ウクライナ戦争を速やかに終結させるために全力を尽くすことを強く求める。」

そのために、彼らが強調しているのは「戦略的共感」(strategic empathy)である。「外交では、戦略的共感をもって相手を理解しようとしなければならない」というのが彼らの主張であり、「これは弱さではなく、知恵である」としている。そして、その共感のもとには「即時停戦と交渉」を強く求めている。

彼らは、「戦略的共感」ないし「戦略的感情移入」をウクライナ戦争に適応するとどうなるかを説明している。つまり、ロシアの立場になって冷静にいまの事態を見つめ直そうとしていることになる。

そのため、彼らは下表のような年譜を掲載している。これは、ロシア側からみると、米国を中心とする北大西洋条約機構(NATO)側の「不誠実な歴史」ということになるだろう。表にある「NATOが東に1インチでも拡大することはない」というジェームズ・ベーカー米国務長官の発言は公文書によって裏づけられており、米国の責任ある人物の「嘘」は、ロシアからみると、決して許されない。

 

ロシア側の恐怖
共同書簡では、「2007年以来、ロシアはロシア国境にあるNATOの軍隊は耐えられないと繰り返し警告してきた。ちょうど、メキシコやカナダにあるロシアの軍隊が今アメリカにとって耐えられないように、また1962年にキューバにあったソ連のミサイルが耐えられなかったように」と書かれている。

この記述をわかってもらうには、下の二つの図をご覧いただくのがいいだろう。まずは、現在、ヨーロッパに展開されている米国/NATOの軍事基地を示した図をみてほしい。これだけ多くの軍事基地があり、そこには、ロシア向けて核兵器搭載型ミサイルも多数配備されている。ソ連崩壊で、冷戦が終結したにもかかわらず、なぜこんなバカなことをつづけているのだろうか。私たちは冷静になって考えてみる必要があるだろう。

ヨーロッパに展開する米国/NATOの軍事基地

ヨーロッパに展開する米国/NATOの軍事基地
(出所)https://eisenhowermedianetwork.org/russia-ukraine-war-peace/

 

つぎに「もし、靴が反対側にあるとしたら?」という図をみてほしい。要するに、米国に対して、ロシアと同じように軍事基地があるとしたら、いま米国が受けるはずの恐怖を想像してほしいという図が示されていることになる。

先に紹介した筆頭署名者のフリッツは、この二つの図を題材にして、「動物を壁際に追い詰めると、その動物は反応する。自らを守ろうとする」と話している。「私たちは他者の安全保障の必要性に共感しない傾向がある」が、それではダメだと訴えているのである。

ロシア恐怖を理解するためにつくられた想像上の米国周辺を取り囲むロシアの軍事基地

ロシア恐怖を理解するためにつくられた想像上の米国周辺を取り囲むロシアの軍事基地
(出所)https://eisenhowermedianetwork.org/russia-ukraine-war-peace/

 

好戦的な米国の背後に軍産複合体
ソ連が崩壊し、冷戦が崩壊したにもかかわらず、米国はNATO拡大に固執した。もちろん、それに反対する人々もいた。「ロバート・ゲイツやウィリアム・ペリーといった元内閣官房長官や、ジョージ・ケナン、ジャック・マトロック、ヘンリー・キッシンジャーといった著名な外交官」がNATO拡大に対して警告を発していた、と共同書簡は指摘している。だが、「1997年には、50人の米国外交専門家がビル・クリントン大統領に公開書簡を送り、NATOの拡張を「歴史的な政策ミスだ」と忠告した」にもかかわらず、クリントン大統領は「これらの警告を無視することを選択した」と記している。

彼らは、「なぜ米国はNATOの拡張に固執したのか」という重要な問いを発している。その答えは、「武器販売による利益が大きな要因であった」という。「NATO拡大への反対に直面して、新保守主義者(ネオコン)グループと米国の武器メーカーのトップ・エグゼクティブは「米国NATO拡張委員会」を結成した」という興味深い記述がある。これは1990年代半ばに設立され、のちに「米国NATO委員会」(USCN)に改称された。「アメリカを強くせよ。欧州を守れ。価値観を守れ。NATOを拡大せよ」がモットーの委員会である(私はこの事実をはじめて知った。まだまだ勉強が足りないと猛省している)。

USCNの最初の理事会メンバーには、新保守主義者として有名なポール・ウォルフォウィッツとリチャード・パールの二人がいた。設立者のブルース・ジャクソンは、2002年まで、ロッキード・マーチンの企画・戦略担当副社長として、グローバルな企業開発プロジェクトの先兵を務めていた。彼こそ、「防衛産業とネオコンの結びつき」を担っていたのだ。

共同書簡には、つぎのように記述されている。

「1996年から1998年にかけて、最大手の兵器メーカーはロビー活動に5100万ドル(現在は9400万ドル)、選挙寄付にはさらに数百万ドルを費やした。この大盤振る舞いにより、NATOの拡大はあっという間に決まり、その後、米国の兵器メーカーはNATOの新加盟国に何十億ドルもの兵器を売り込んだ。」

そして、「これまで米国はウクライナに300億ドル相当の軍用品や武器を送り、ウクライナへの援助総額は1000億ドルを超えている」と指摘されている。これ以外に、ドイツや英国などからの武器供与で、欧州の軍事産業も暴利をむさぼっている。

交渉の第一ステップ
ロシア側の恐怖に感情移入できるだけの感性をもたなければ、いまの事態を外交的に解決に導くことは難しいというのが彼らの意見である。ゆえに、この「戦略的共感」をより深めるためにも、相手の言い分に耳を傾けることが何よりも必要になる。

「交渉の最初のステップは、実際にロシアに耳を傾けることである」というのがフリッツの主張だ。「私たちがテーブルに着くべき最初のことは、実際にロシアのニーズに耳を傾けることであり、その後、どのような決定も遵守されるのである」という。「最初のステップは、実際にテーブルに座って、ロシアの安全保障上のニーズ、ウクライナ人のニーズ、そしてNATOのニーズに耳を傾ける機会を持つことでしょうね」というわけだ。

ウクライナ側の反論
ここで紹介した共同書簡に対するウクライナ側の反論がすでに明らかになっている。ウクライナ大統領府のティモフェイ・ミロヴァノフ長官顧問は、「その主張はどれも見当違いであり、知識が足りない」とツイートしている。とくに、「NATOの膨張がロシアを挑発した」という共同書簡の見方に対して、彼は否定している。しかし、その根拠は判然としない。

ミロヴァノフ長官顧問は、「この書簡は、「資格を奪ったり禁止したりする前提条件なしの即時停戦と交渉」を求めている」としたうえで、「ここでの意味合いは、ウクライナはロシアからテロを受けている占領地の市民を見捨てるべきだということだ」と勝手な解釈を披歴している。

どうやら、ゼレンスキー政権の幹部は即時停戦と交渉に応じるつもりはさらさらないようだ。その理由は簡単である。第一に、彼らは戦争をつづけることでしか自らの権力を維持できないからである。戦争継続こそ、彼らの権力基盤の維持そのものなのだ。

第二に、ゼレンスキー政権のなかには、ロシア人を殺し、ロシアを破壊することこそウクライナの独立に不可欠であると信じている過激なナショナリストが含まれているからである。こうした超過激なナショナリストを米国政府が2013年ころからずっと支援してきたのであり、2014年2月のクーデター以降も、彼らはそれまでの暴力行為を罰せられないまま一定の勢力を保ちつづけてきたのである。そして、ウクライナ戦争がはじまったことで、彼らの権力は急速に増大した。そんな彼らにとって、戦争終結は権力喪失につながりかねないのだ。ゆえに、彼らは戦争継続を願ってやまないのではないか。

G7の無責任
5月19日、主要七カ国(G7)首脳は「ウクライナに関する声明」を公表した。そのなかで、「今日、我々は、主権国家ウクライナに対するロシアの違法な侵略が失敗することを確実にし、国際法の尊重に根ざした公正な平和を求めるウクライナ国民を支援するための新たな措置を講じることにしている。我々は、ウクライナが必要とする財政的、人道的、軍事的、外交的支援を、それが必要とする限り提供するというコミットメントを更新している」と書かれている。

「侵略が失敗すること」の意味を明らかにしないまま、あるいは、「必要とする限り」の意味を語らないまま、こんな声明を出して政治家としての責任を果たしかのようにふるまっている世界の政治家の能天気ぶりに唖然とする。

「戦略的共感」という発想そのものがないから、「即時停戦と交渉」という発想もないのだろう。はっきり言えば、彼らは戦争で金儲けをたくらみ、大いに成功している軍産複合体の望みに沿うばかりで、戦争に死傷する人々のことなど眼中にないのだ。

広島で進められた核戦争への「下準備」
最後に、私がいま書いていている『新しい地政学の構築』(仮題)の原稿のごく一部を紹介したい。

「騙されやすい日本人」
 それでも、日本人は実に簡単に騙された。何と、核兵器投下を受けた広島に核発電所を建設することで、核エネルギーを平和利用しようという提案が米国側から出され、その過程で、核発電所の建設が猛烈に推進されたのである。この提案は1955年1月、シドニー・イエーツ下院議員(イリノイ州選出、民主党)によって議会に動議というかたちで提起された。彼は、「爆弾」と「核エネルギー」を明確に結びつけて、「原子エネルギーを死ではなく生命のために使う」と呼びかける。「平和な原子の資源へのアクセスにおいて、原爆の最初の犠牲者となった広島を優先する」ことを求めたのである。1954年10月、AECのトーマス・マレー委員長は、ほとんど同じ言葉で、米国に核発電炉を日本に提供するよう求めており、原爆への「代償」として「平和のための原子」が強調された(結局、イエーツの提案はアイゼンハワー政権の支持を得られず頓挫してしまう)。

1955年4月、日本で「平和のための原子」キャンペーンが開始される。キャンペーンは、当時としては日本最大規模の展示会とPRキャンペーンを展開したもので、讀賣新聞、日本テレビ放送網はもとより、多くの地方紙、全国紙が後援した。その結果、全国で250万人以上の来場者があった。讀賣新聞をはじめとするほぼ毎日の新聞記事には、原子飛行機や列車、宇宙旅行、「原子」を「もう一つの太陽」と表現していたという。」

何が言いたいかというと、「ロシアの違法な侵略が失敗すること」のために「ウクライナが必要とする財政的、人道的、軍事的、外交的支援を、それが必要とする限り提供するというコミットメント」が、ロシアからみると、皮肉にも、ロシアによる戦術核兵器の使用を促すことになることに気づいていないということだ。要するに、「戦略的共感」に欠けている政治家ばかりが集まって、世界を核戦争に巻き込みかねない「下準備」を広島で行ったということなのである。

そして、そうした意味を日本のマスメディアはまったく報道できずにいる。「騙されやすい日本人」は再び騙されているのだ。だからこそ、どうか「世界の平和のために」という共同書簡を熟読してみてほしい。そして、即時停戦と交渉の必要性に気づいてほしい。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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