来るべき「中国との戦争」とCNASの役割(上)―バイデン政権と最も近い関係にあるシンクタンクの内幕―
国際
米国下院の「中国問題特別委員会」(The House China Select Committee)は4月19日、連邦議会の一室で、軍事・外交問題の有力シンクタンクである「新米国安全保障センター」(CNAS)と共に「2027年の中国による台湾侵攻」を想定とする非公開の机上演習(TTX、Table Top Exercise)を実施した。
議員側が台湾軍と米軍に扮した「ブルーチーム」に、CNASのスタッフが中国軍の「レッドチーム」にそれぞれ分かれて2時間に及んだ今回のTTXは、「米国の軍需生産と台湾への武器移転を加速する2024会計年度の国防権限法案に向けた超党派の提案の準備」(注1)の一環であり、実際に「台湾防衛戦」において必要とされる課題を整理し、「侵略を阻止し、戦うための最善の立法上の対応を特定する」(注2)ことが目的とされた。
議会内でこうしたTTXが実施された例は稀だろうが、その2週間前の4月5日にはロサンゼルスで、訪米した台湾総統の蔡英文が、下院議長のケヴィン・マカーシー(共和党)ら連邦議員と会談。そこには超タカ派で「中国問題特別委員会」委員長のマイク・ギャラガー(同)も同席しており、現在米国議会を席巻している「反中国」「台湾防衛」に向けた一連の動きとして位置付けられよう。
このTTXを後に総括して文書にまとめたCNASの「敵意:米国と中国共産党(CCP)の戦略的競争に関する下院特別委員会のTTX」によれば、以下のような結論が導かれたという。
「ブルーチームとレッドチームはいずれも明確な勝利を宣言することはできず、戦争の目に見えるような終結にはならなかった。……米軍と中国軍は速やかなる勝利を得たかったが、結果は戦争の性格と両超大国が保有する軍備を考慮して、双方の(早期の勝利達成という)目的は実現可能とはなり得ないようだ」(注3)
ただ、「ブルーチームは巧みな軍事戦略を選択することによって、中国の早期の台北占領という勝利を阻止できた」(注4)というから、必ずしも議員たちが落胆する結果にはならなかったのかもしれない。問題は、このTTXによって示されたという実行すべき優先的項目にある。CNASの文書によれば、「米軍の弾薬貯蔵量を増加し、空域と水面下における戦兵器を最大限生産し、中国のミサイル攻撃に耐えうる分散され強化された態勢のために投資」(注5)するため、議会が予算措置を講ずることだとされた。
議会の兵器購入増額のための手段
すでに2023会計年度の国防予算では、中国との対決を念頭に活性化すべき「優先度の高い軍需品」として、「950発の長距離対艦ミサイル(LRASM)と1250発の海軍攻撃ミサイル(NSM)、1500発の艦対空ミサイルSM-6の他、数千の他の軍需品が含まれている」(注6)。だが、24年度はギャラガーが述べるように「習近平が自分にはそれ(注=台湾侵攻)ができないと結論づけるよう、抑止と拒否の姿勢を強化するために天と地を動かす必要がある」(注7)とされる以上、このままでは前年度を上回るさらなる兵器購入が必至だ。
今回のTTXは、それを促進するための口実、あるいは手段として活用されるのは疑いないが、CNASにとって台湾本島への「中国軍侵攻」を想定したのは二度目となる。CNASは昨年4月25日のNBCのニュース番組「Meet the Press Reports」で、より本格的で長時間の机上演習を公開しており、今回は「前回の演習を修正し、約2時間というこのような(議員用の)イベントのための圧縮された時間軸に収まるようにした」(注8)という。
CNAS以外にも米有力シンクタンク「国際戦略研究所」(CSIS)が今年1月9日、『次の戦争の最初の戦い――中国による台湾侵攻を想定した図上演習』(The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan)と題したに報告書にまとめて公表し、こちらはわが国のマスメディアで大々的に取り上げられたのは記憶に新しい。
そしてCNASとCSISは「基本的に同じ結論に達し」、「中国は台湾沿岸の橋頭保確保には成功したが、台北の占領や台湾の降伏を強制するのに十分な戦力を提供できず」、中国軍も「米日」側も「大きな損害を被った」というのが、両シミュレーションの結末とされている。(注9)
ちなみに昨年のCNASのTTXには、共同創立者の一人でクリントン政権の国防次官補、オバマ政権の国防次官を歴任したミシェル・フロノイも参加しており、彼らの並々ならぬ意欲を示す形となった。フロノイはバイデン政権発足前も含めこれまで実に5回も国防長官のポストにノミネートされ、ワシントンの軍事・安全保障に関わる官・民の言論空間やネットワークにおいて最も重きが置かれている一人に他ならない。さらに中国が過去最大規模の軍事演習を実施して抗議した昨年8月2日の下院議長(当時)ナンシー・ペロシーの台湾訪問に先立つ同年3月1日に、元統合参謀本部議長のマイケル・マレンら国家安全保障関連の元高官5人で構成する訪台団の一員に加わり、蔡と会見している。
またフロノイは『Foreign Affairs』誌20年6月号で、中国を抑止するために「米軍が南シナ海で、72時間以内に中国海軍の艦船と商業用船舶のすべてを撃沈すると確実に脅せるような能力」(注10)を保持するよう主張して物議をかもしたほど、代表的な対中国タカ派(China Hawks)としても知られている。こうした傾向が、CNASの言説に色濃く反映されているのは間違いない。
圧倒的なバイデン現政権との距離の近さ
今回、下院がTTXを実施するにあたり、CSISではなくCNASが選ばれた意味は小さくないはずだ。それはCNASが持つバイデン民主党政権への影響力の大きさが、主要シンクタンクの中でも格別であるという事実と無縁ではないだろう。
しかも米国の118議会(23年1月~24年1月)の最初の3カ月だけで、「China」という語を含んだ法案・修正案がすでに273提出されているが、115議会(17年1月~18年1月)全体でのそれが288だったことに示されているように、今や議会の中国への関心の高まりは圧倒的だ。そのためCNASの中国政策に関する影響力も、他の主要シンクタンクにも増して拡大しているように思える。
CNASは創立が2007年と、1962年のCSISはともかく他の1916年のブルッキングス研究所や1921年の外交問題評議会、1948年のRAND研究所といった「老舗」のシンクタンクと比較して圧倒的に活動を開始してからの日が浅く、規模も比較的小規模に留まる。だが、現バイデン政権が発足して2021年1月に発足した時点で、閣僚・スタッフに移ったCNASのメンバーは過去の在籍者を含め16人に及び、この人数は他のシンクタンクの追随を許さない。この一体性が、政権への影響力の大きさに貢献している。
主な顔ぶれとして、17の諜報機関を統括する国家情報長官のアブリル・ヘインズ(元CNAS取締役)や同政権のロシア・ウクライナ政策で最も大きな影響力を持つとされる国務次官のヴィクトリア・ヌーランド(元CNAS最高経営責任者)、ホワイトハウス報道官のジェン・サキ(22年5月辞職。元CNAS最高経営責任者)、CIA副長官のデビット・コーエン(元CNAS非常勤上級研究員)らがいる。
だが特に中国政策でCNASの存在感を高めているのは、現政権で新設された国家安全保障会議のインド・太平洋コーディネーターで、オバマ政権で「アジアのツァーリ(皇帝)」という異名をとるほど民主党のアジア政策に圧倒的影響力を誇るカート・キャンベルが共同創立者の一人だからだ。キャンベルはオバマ政権で国務次官補(東アジア・太平洋担当)として、アジア太平洋地域に軍事や外交、経済、戦略の面で「軸足」(pivot)をシフトする「リバランス政策」を主導したのはよく知られている。
またCNASの前副社長兼研究部長だったエリー・ラトナーは、キャンベルとは外交誌『Foreign Affairs』の2018年3/4月号で、共著で「中国を考える」(The China Reckoning)と題した論文を発表した仲だが、バイデン政権発足後の21年年4月21日に、国防次官補(インド太平洋安全保障担当)に指名された。新政権のこの人事はラトナーが大統領選挙の年の2020年に、現職だったドナルド・トランプを中国との貿易協定や「パンデミック対策」で「中国の指導者に屈服」したと批判し、その「北京への弱腰」を指弾していた(注11)ことに加え、大統領選挙があった2020年1月に刊行され、民主党の対中国政策の青写真としてCNASが発表した長文の提言書『中国の挑戦に立ち上がる』(注12)の作成を統括した経緯と無縁ではないだろう。
継承されたトランプ前政権の対中国挑発策
この『中国の挑戦に立ち上がる』の執筆者19人のうち、ラトナー以外にも上級研究員のエリザベス・ローゼンバーグが財務次官補(テロ資金供与・金融犯罪担当)、同じく上級研究員のスザンナ・ブルームが国防長官室のコスト評価およびプログラム評価 (CAPE) のディレクターに就任している。また、非常勤上級研究員のラッシュ・ドシは国家安全保障会議の中国担当ディレクター、同じく非常勤上級研究員のピーター・ハレルも国家安全保障会議の国際経済・競争力担当ディレクターに移った。それだけ、この提言書が誕生したバイデン政権に重要視されたと見なされよう。
7章から成るこの提言書は、内容が軍事や外交から金融、交易、民間交流、テクノロジー、インテリジェンス等々と多岐に及び、総花的な印象が否めない。だが特に軍事・外交面で気付くのは、前大統領の対中国政策との差別化が目論まれていると思われる点だ。とりわけ、トランプ政権による1979年1月以来の米中国交回復以来の深刻な関係悪化をもたらした中国への敵視と意図的な対立扇動の路線が、明らかに薄められている。
周知のようにトランプ前政権は、2018年から中国に「貿易戦争」を仕掛けると共に、軍事・外交面では台湾を利用した中国への挑発行為が目立った。例えば、①台湾に対するオバマ政権時代を上回る金額の武器売却②18年の台湾海峡における米海軍艦船の「航行の自由作戦」の開始③後の台湾内の空港着陸につながる、18年の米空軍輸送機C-40の台湾上空飛行――等の、繰り返された瀬戸際政策的な行動が挙げられる。
だが『中国の挑戦に立ち上がる』では、台湾に関する記述が少なからず抑制されている。「台湾との外交・安全保障関係の強化」や「台湾、日本、ベトナム、フィリピンを優先し」て「中国の戦力投射作戦に挑戦する能力を地域諸国が開発するのを支援する」といった抽象的かつ少量の記述があるだけだ。このことは、「包括的戦略」と表現された抑止力強化と技術・経済面での「優位性の維持」による「関与政策」が、この提言書全体で大きなウェイトを占めていることと調和している。だが、こうした傾向はバイデン大統領誕生と共に消え、CNASはトランプ時代以上に台湾を利用した強硬な対中国対決路線を復活させていく。
中国が台湾の離島に侵攻?
その端緒が、21年10月に発表された台湾が実効支配する南シナ海の東沙島への中国軍「占領」を想定した「戦争ゲーム」の結果をもとに発表された『ヤドクカエル戦略:台湾の諸島への中国による既成事実化を防ぐ』(注13)という提言書だ。
「ヤドクカエル」とは中南米に生息する皮膚に有毒物質を含んで触っただけで害を及ぼすカエルの種類だが、要するに現状では中国軍によって東沙島を占領された場合、「米国と台湾は危機を拡大させずに中国の撤退を促す信頼すべき選択肢がほとんどない」ため、安易に侵攻するのを「抑止できるような機能を持つ軍事基地を諸島内に建設」すべきだというもの。
しかも東沙島の占拠を許せば、中国側に「攻撃的な行動を他でも繰り広げ、さらに台湾(本島)に侵攻しても米国は守ろうとしないと仮定しかねない」と煽るが、そもそもこの「戦争ゲーム」ではなぜわざわざ海外への兵力投入能力が限られている中国軍が、あえて軍事的価値の乏しいこの島を占拠しなければならないのかの説明がない。
この「ヤドクカエル戦略」に限らずCNASの「戦争ゲーム」やTTX、及びそれを下地にした「レポート」の類はすべてこの調子で、現実の「平和統一」を基調とする中国の対台湾政策・方針とまったく切り離された次元で荒唐無稽な中国軍の「軍事行動」を勝手に「想定」しつつ、それを「抑止」し、あるいは「抑止が破れた際に必要ならば(if necessary)戦う」という決まり文句で台湾への兵器供与や米軍の装備・戦闘態勢強化のための国防総省の予算措置投入を結論として導く。そこには「外交的解決」という発想はほとんど存在せず、そうした要求が現実にでもなれば、台湾周辺の軍事的緊張を歯止めがないまま高めるだけだろう。 (この項続く)
(注1)April 28, 2023「Congressional China Panel Preps Proposals to Rapidly Arm Taiwan」
(URL https://www.globalresearch.ca/congressional-china-panel-preps-proposals-rapidly-arm-taiwan/5817518)
(注2)April 21, 2023「U.S. House China Committee to War-game Taiwan Invasion Scenario」
(URL https://www.globalresearch.ca/house-china-committee-to-war-game-taiwan-invasion-scenario/5816664)
(注3)April 27, 2023「Bad Blood: The TTX for the House Select Committee on Strategic Competition Between the United States and the Chinese Communist Party (CCP)」
(URL https://www.cnas.org/publications/congressional-testimony/bad-blood-ttx)
(注4)(注3)と同。
(注5)(注3)と同。
(注6)(注1)と同。
(注7)April 9, 2023「Taiwan threat from China serious, House GOP chairman says」
(URL https://apnews.com/article/taiwan-china-congress-gallagher-tsai-22b91ed7955144c0d5540aaffa3b4e7c)
(注8)April 18,2023「House China Committee goes to war (game)」
(URL https://www.politico.com/newsletters/national-security-daily/2023/04/18/house-china-committee-goes-to-wargame-00092498)
(注9)April 26,2023「A US-China War Over Taiwan?」(URL https://www.thenation.com/article/world/china-taiwan-war-military/)
(注10)June 18, 2020
「How to Prevent a War in Asia The Erosion of American Deterrence Raises the Risk of Chinese Miscalculation」(URL https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-06-18/how-prevent-war-asia)
(注11)September 19, 2020「Trump has been weak on China, and Americans have paid the price」
(URL https://www.pennlive.com/opinion/2020/09/trump-has-been-weak-on-china-and-americans-have-paid-the-price-opinion.html)
(注12)『Rising to the China Challenge Renewing American Competitiveness in the Indo-Pacific』 (URL https://www.cnas.org/publications/reports/rising-to-the-china-challenge)
(注13)「The Poison Frog Strategy: Preventing a Chinese Fait Accompli Against Taiwanese Islands」 (URL https://s3.us-east-1.amazonaws.com/files.cnas.org/documents/TaiwanWargameReport_Formatted-1-1.pdf?mtime=20211025143441&focal=none
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。