日本の戦略なき「反ロ・反中一辺倒」路線 「ドル崩壊」で始まった米国覇権の終焉

木村三浩

このままでは日本は取り残される
昨年末、安保3文書の改定が閣議決定され、敵基地攻撃能力の保有が明記された。そして今年4月5日、国家安全保障会議(NSC)で「同志国」の軍に防衛装備品を無償供与する「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の創設が決定。この「同志国」とは現在、フィリピン・マレーシア・バングラデシュ・フィジーの4カ国を指すという。

すでに武器輸出3原則など最初から存在しなかったかのようだ。「日本が死の商人となる」という指摘は過去からあったが、徐々にその次元に入ってきたと言っていい。

2月にバイデン米国大統領が、ウクライナのキエフを電撃訪問してゼレンスキー大統領と会談すると、比較的近隣の欧州G7首脳もウクライナを訪れた。G7で最後となる日本の岸田文雄首相の訪ウは3月21日で、同国への支援を表明したが、「紙の爆弾」5月号でレポートされているように、米国の防衛問題に関する最高峰のシンクタンクであるランド研究所は2月、ロシアとの和平交渉を提言。

4月にはフランスのマクロン大統領が、中国の関与を含めた停戦模索をバイデン大統領との電話協議で公言している。その行方は不透明でも停戦に向かう動きは始まりつつある。しかし、日本国内ではメディアがウクライナに一方的に肩入れし、反ロシア一辺倒は相変わらずだ。なぜなのか。

これはちょうど、30年前の湾岸戦争の時と似ている。イラクとクウェートの間には複数の問題があったにもかかわらず、米国発のイラク憎しのプロパガンダに多くの国のメディアが乗った。その裏には戦争広告代理店というべき存在があった。油まみれの水鳥の写真は、米国がイラクの油精施設に撃ち込んだミサイルが原因だった。クウェートに入ったイラク人兵士が保育器の中の赤ちゃんを取り出して放置し、死なせたとの少女の証言も、米国政府の意を受けた駐米クウェート大使の娘によるウソだったことが判明している。

こうしてイラクのサダム・フセイン大統領は世界中で「悪玉」とされた。そして、平成15(2003)年には米国によるイラク侵略が始まる。大義名分とされた大量破壊兵器が存在しないことは、すでに米国自身が認めている事実だが、なぜか日本だけが「米国の当時の判断の妥当性は変わらない」と強弁を続けている。

OSAを含めた岸田流の軍拡も、ロシア・中国が「敵性国家」であることが前提で、その前提が崩れることで政権維持が危うくなることを恐れているのか。結果として、ウクライナ情勢においても、当事者から遠い存在であるはずの日本だけが取り残される事態が現出しつつあるのかもしれない。

アメポチ岸田政権の支持率回復の理由
 西側の「ロシア悪玉論」に丸乗りした日本のメディアでは、ロシアとウクライナの間で平成26(2014)年に「ミンスク合意」が締結されたあと、ウクライナの東部地区でロシア系の人々が極右組織「アゾフ大隊」に殺害された事実などは、ほんの申し訳程度にしか報じられない。それゆえに、多くの日本人の意識は「独裁者プーチン」の「危険なロシア」である。

同時に中国脅威論も煽られ、「中国は近いうちに必ず台湾を攻撃するだろう」との認識が敷衍している。だからこそ、岸田首相のウクライナ訪問が、旧統一教会問題以来低迷を極めた内閣支持率回復の一因となりえたのだろう。

その間にも、腐った対米従属はますます深化し続ける。「米国との関係さえ上手くいけば日本は安泰」ということが、与党政治家の脳に刻み込まれているようだ。

このまま日本人の反ロ感情が上塗りされ続けた場合、ロシアの軍事行動が停止された後の日本の立場はどうなるのか。いつ米国で日本バッシングが始まるかわからない。それを恐れて対米貢献に血道をあげているのだ。

米国と一定の距離を保ちつつ、ロシアとの関係も是々非々で考えていかなければならない。しかし、「日ロ交流を続けるべき」と発言するだけで、「売国奴みたいなことを言うな」という空気に包まれる。

ブラジルのルラ大統領は4月15日、「米国は戦争を奨励するのをやめるべきだ」と語った。これこそが国際情勢の真実であり、日本人が出来ない自主外交の姿勢だ。

わが国で真実・正論を訴えることがいかに難しいことか。一昨年秋の自民党総裁選で「聞く力」をアピールし、総理総裁の座を射止めたのが岸田首相だったが、和歌山の“爆発物”事件を受けての対応だとしても、大分の演説会場での「プラカード・ヤジ禁止」の掲示には心底驚いた。国民の生活苦の呻き声は聞かないで、「宗主国」からの要望ばかり聞いているのが岸田首相なのである。

米国の「くびき」から脱け出す対米自立こそが、あらゆる政治の1丁目1番地。この厚い壁こそが本質だ。

先日、私はロシアのマスコミからインタビューを受けた。ロシア側は、日本政府や日本人の行動を不思議に思いつつ、それでも知りたいと興味を持ってくれていると感じた。そのことを救いとするしかない。

「ドル崩壊」で変わる世界の状況
 3月29日、広島市のホームページに掲載されていた劣化ウラン弾に関する記事が一時的に削除された。イギリスが劣化ウラン弾を使用する戦車「チャレンジャー2」をウクライナに提供したことを踏まえ、5月19日からのG7広島サミットに向けた、日本側のイギリスへの忖度ではないかという憶測を呼んだ。

昨年には、公安調査庁が「国際テロリズム要覧2021」からアゾフ大隊に関する記述を削除するなど、ウクライナとNATO(北大西洋条約機構)にとって都合の悪い事実は国民からひた隠しにすることが常習化している。

劣化ウラン弾に関する記事は2日後に再度公開されたが、「化学的毒性により腎臓などを損傷するとともに癌などの放射線障害を引き起こします」「土壌などに付着し、半永久的な環境汚染を引き起こします」などの実害に関する記述は削除され、「人体や環境への影響が危惧されています」という、まるで煙草の注意書きのような曖昧な表記に変わっていた。

劣化ウラン弾による2次被害はあくまでも米国が認めていないだけで、米国が多用したイラクや旧ユーゴスラビアでは放射能汚染による被害が数多く報告されている。環境・人体への被害を関連付けるデータも多岐にわたって存在しているにもかかわらず「危惧されています」の一言で片づけてしまって良いわけがない。

岸田政権は、対米従属を頼りに政権維持だけを考えているようだ。安倍晋三元首相は、少なくとも言葉の上では「日本を取り戻す」などと言っていた。といっても、その安倍内閣で外相を務めたのが岸田氏だから、今の事態も“安倍亡霊”のなせる業かもしれない。

ウクライナを訪れた岸田首相に対し、ゼレンスキー大統領は、10年で総額54兆円と試算される戦後復興への中心的な協力を求めた。その間にも中国の習近平国家主席がロシアに赴き停戦を提案し、ロシア側が検討を進めている。その前の1月には、トルコのエルドアン大統領がプーチン大統領に停戦を働きかけた。米国のヘンリー・キッシンジャー元国務長官も「停戦すべき」と発言している。

ただし、武器供給している欧米諸国を前に、ゼレンスキー大統領が事態を止められなくなっている状況もある。やはり一番の問題は、バイデンとアメリカの軍産複合体制ということだろう。

一方、ロシアのラブロフ外相は2月に西側による世界情勢の「独占」を終わらせるとして新外交方針を提起。翌月のG20外相会合でも、インド・トルコ・ブラジル・南アフリカなどの「グローバル・サウス」との関係を重視すると表明した。基軸通貨として君臨してきた米ドルの価値が低下していることを前提に、米国一極ではない世界を目指すということだ。

4月のインドメディアの報道によると、ロシアのアレクサンドル・ババコフ下院副議長が、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)が独自の「共通通貨」を作成するために取り組むべきだと述べたという。中国の仲介でサウジアラビアとイランの和解が成立したことも、世界的な「ドル離れ」と無関係ではないと思われる。

米国にとっては覇権に固執するのか、新しい形を模索するのか決断を迫られることになるのか。ただし、ドルの地位が危うくなるほど、米国がまた戦争を起こす可能性は高まるだろう。軍事的介入が狙われるのが台湾だ。しかも米国は国内世論への影響を避けるため、わが国の自衛隊を、その尖兵とすることになる。

最後に余談だが、最近イラク戦争以後の旧政権幹部の動向を調べていたら、外務大臣も務めたタリク・アジズ元副首相にたどりついた。彼は2003年に米軍に拘束されたものの、あの「東京裁判」ならぬバグダッド裁判でも毅然として米国の横暴を批判し、「サダム・フセイン政権は間違っていなかった」と訴え続けた。

戦争回避に努めながら禁錮22年の判決を受けたアジズ氏の存在は、軍部の暴走や対中強硬論に抵抗しつつも「東京裁判」で絞首刑を執行された唯1の文官・広田弘毅元首相と重なる。2015年に獄死したアジズ氏には、私も何度かお目にかかったことがある。現在の状況にあって、アジズ氏から学ぶことは多いはずだ。

(月刊「紙の爆弾」2023年6月号より)

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木村三浩 木村三浩

民族派団体・一水会代表。月刊『レコンキスタ』発行人。慶應義塾大学法学部政治学科卒。「対米自立・戦後体制打破」を訴え、「国際的な公正、公平な法秩序は存在しない」と唱えている。著書に『対米自立』(花伝社)など。

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