同志国軍事的支援「OSA」で〝戦争する国〞日本完成
国際政治岸田文雄首相の所属する「宏池会」は政策通の多いハト派集団といわれ、タカ派の代表である故・安倍晋三元首相が属した「清和会」の対極に位置している。池田勇人・大平正芳・鈴木善幸・宮澤喜一首相と谷垣禎一自民党総裁を輩出。政策としては軍事より経済を、イデオロギーより現実を重視するといわれてきた。
広辞苑によれば、「【鷹派】自分の理念・主張を貫くために、相手と妥協せず、強硬に事に対処していく人々。また、武力をもってしても主張を達しようとする人々」に対し、「【鳩派】強硬手段をとらず、相手と協調しつつ事を収めようとする立場をとる人々」と説明されている。
しかし、岸田首相が進める政策は、本稿で列挙しただけでも、元来の立ち位置であったハト派からかけ離れたものだ。なぜそうなったのか。以下、検証したい。
岸田文雄首相の原点
2015年10月5日に開催された派閥の研修会で、岸田氏(2012年に宏池会会長に就任)は憲法改正について「当面、9条自体を改正することは考えない。これが私たちの立場だ」と述べた。同年9月に成立した安全保障関連法への国民の理解が広がりを欠くなか、「ハト派」としての宏池会の存在感を示す狙いがあったとされる。岸田氏は同時に「政策に対する現実的・具体的な姿勢が宏池会の本質」と語り、安全保障に関する議論をさらに深めていく必要性にも言及した。
遡ること10年、2005年に岸田氏は、自らの季刊誌『翔』Vol.31で、戦後60年・自民党結党50年を迎え、憲法改正をはじめ国の根幹に関わる大きな議論が行なわれるに際し、歴史を振り返るとともに新しい時代に立ち向かう覚悟を新たにしなければならないとし、次のように述べている。
「今の日本の政治において気になることがあります。強いリーダーシップ、米国中心外交、タカ派的体質が強調されることです。それぞれの意義を否定するものではありませんが要はバランスが大切だと思っています。強いリーダーシップは勿論大切ですが、権力というものは謙虚に使わなければならないと考えます。謙虚さを忘れた権力は独裁者になります。(中略)
日米中3カ国の関係のバランスが重要です。武器輸出3原則、集団的自衛権等に関しても勇ましい発言が目立ちますが、もう少ししっかりとした吟味が必要だと感じています。バランスをとった上で、憲法をはじめとする国の根幹に関わる議論を進めていかなければならないと考えています」
ここには、彼のハト派的立場が鮮明に表れている。政治における「強いリーダーシップ、米国中心外交、タカ派的体質」に懸念を示し、中道的立場からバランスのとれた政治の必要性を強調していた。
タカ派に転向した岸田首相
2022年、岸田首相は年頭所感のなかで、「急速に厳しさと複雑さを増す国際情勢のなかで、外交・安全保障の巧みなかじ取りと、安定政権の確立がますます求められて」おり、本格的な首脳外交をスタートさせるとしたうえで、「(自由・民主主義・人権・法の支配といった)普遍的価値の重視、地球規模課題の解決に向けた取り組み、国民の命と暮らしを断固として守り抜く取り組みを3本柱とした『新時代リアリズム外交』を推し進めます」と述べた。
この「新時代リアリズム外交」という言葉が外交デビューしたのは、同年6月10日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議での基調講演である。
その具体像として、次の5本を柱とする「平和のための岸田ビジョン」を明らかにした。
(1)ルールに基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化。特に「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の新たな展開。(2)わが国自身の防衛力の抜本的強化、日米同盟の抑止力・対処力の一層の強化。有志国との安全保障協力の強化。
(3)「核兵器のない世界」に向けた現実的な取組の推進。
(4)国連安保理改革をはじめとした国連の機能強化。
(5)経済安全保障など新しい分野での国際的連携の強化。
しかし、その具体的内容となると、日米同盟関係の強化、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致問題や核ミサイル開発問題の解決、沖縄の基地負担の軽減、「自由で開かれたインド太平洋」の推進など、特別目新しい政策はない。目立つのは広島選出の議員らしく「核兵器のない世界の追求」を強調している点だろう。
この新時代のリアリズム外交は、「宏池会らしい現実主義の外交」だといわれているが、異なった「現実」に直面した場合、その現実に対応した、タカ派的な新たな外交が展開されてもおかしくはない。
ロシアによるウクライナ侵略という現実に直面した岸田氏は、タカ派的発想の政策を次々と打ち出していった。
〈米・NATO同盟への積極的参加〉
昨年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始すると、ウクライナを支援するアメリカをはじめとしたNATO(北大西洋条約機構)陣営の軍事援助や、ロシアやベラルーシに対する経済制裁へと発展した。
この事態は、アメリカとともにウクライナ支援を行なっている日本にも影響を与えている。その典型が岸田首相によるアメリカ支持の姿勢、NATOへの急接近である。それは、岸田首相による“戦争への道”の選択であり、戦争準備の遂行である。
同年6月29日、岸田首相は、NATO首脳会議に日本の首相として初めて出席。ロシアによるウクライナ侵略は欧州だけの問題ではなく、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙であり、欧州とインド太平洋の安全保障は切り離せないとの認識の表れであった。
そこで、岸田首相は次の“約束”を明言した。
①22年末までの新たな国家安全保障戦略等の策定。
②防衛力の抜本的強化および防衛費の相当な増額の確保。
③有志国・パートナーとの安全保障協力の強化。
④重要なパートナーであるNATOとの協力の一層の強化。
⑤「日・NATO国別パートナーシップ協力計画(IPCP)」アップグレード作業の加速化。
⑥サイバー・新興技術。海洋安全保障分野での協力の進展。
⑦NATO本部への自衛官派遣等を通じての協力の深化。相互間の演習へのオブザーバー参加の拡充。
これらは日本がNATO陣営の一員に組み込まれたことを意味している。
〈NATOのインド太平洋への拡大〉
この首脳会議に先立ち、NATOのアジア太平洋パートナーである日本・オーストラリア・ニュージーランド・韓国の4カ国による初の首脳会合が行なわれた。
4カ国首脳は、ロシアのウクライナ侵略を非難することで一致したほか、インド太平洋と欧州の安全保障は不可分であるとの認識に基づき、4カ国が緊密に連携しつつ、各国の特性を活かした上でNATOのパートナーとして協力を進めていくこと、4カ国が主導し、インド太平洋とNATOとの意思疎通を深めていくとの認識を確認。インド太平洋地域の平和と安定のため、引き続き4カ国で緊密に意思疎通を図っていくことで合意したという。
〈仮想敵国包囲網の形成〉
ユーラシア大陸にあるロシア、その大陸の東側に位置する中国、さらにその先にある朝鮮。これらの国々を仮想敵国とした場合、NATOと4カ国の軍事的連携強化とは、それらの国々に対する包囲網形成にほかならない。日本をはじめとした4カ国がNATO首脳会議に招待されたことは、このことを意味しているのだろう。これが岸田首相の唱えた新時代のリアリズム外交の結果である。
岸田首相は、ロシアによるウクライナ侵攻という「現実」に直面したとたん、宏池会が伝統的に唱えていた「対話による解決」ではなく、「力による対決」という道を選んだのだ。これは、もはやタカ派そのものだ。
また、岸田首相は「自由で開かれたインド太平洋」の実現を主張している。そこでは、「法の支配に基づく自由で開かれた秩序の形成が極めて重要」と言い、「米国をはじめ、豪州・インド・ASEAN(東南アジア諸国連合)・欧州・太平洋島嶼国などの基本的価値を共有する国・地域と連携し、日米豪印も活用しながら、『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた協力」を深めていくという。
この主張は、一見すると非常にリベラルなもののように見えるが、その意味するところを前述したNATOとの関連で捉えれば、「自由で開かれたインド太平洋」が実現した暁には、ロシア・中国・朝鮮に対する包囲網が完成したことになるのである。
自衛隊が参戦できる国内体制の整備
首相官邸ホームページには、岸田政権の主要政策が掲げられている。そこには、「国民を守り抜く、外交・安全保障」として、「①普遍的価値を守り抜く②我が国の安全と平和を守り抜く③地球規模の課題と向き合い人類に貢献し、国際社会を主導する」と記されている。
〈安保3文書の改訂と敵基地攻撃能力の付与〉
そのうち、「②我が国の安全と平和を守り抜く」では、「国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画の策定」を決定したことについて、「まず優先されるべきは積極的な外交の展開です。同時に、外交には、裏付けとなる防衛力が必要です。(中略)今回の決定は、戦後の安全保障政策を大きく転換するものです。政府としては、外交力・防衛力を含む総合的な国力を最大限活用し、『国家安全保障戦略』等で示した施策に早急に取り組みます」と述べた。
これは、いわゆる安保3文書の実現への決意を示したのであろう。3文書をよく読んでみると、そこには仮想敵国からの攻撃を前提とした対処方針が列挙され、今にでも攻撃があれば反撃できる体制を整えようとしていることがよくわかる。
この安保3文書の冒頭の文書である「国家安全保障戦略」では、「我が国が優先する戦略的なアプローチ」として「安全保障上の目標を達成するために、我が国の総合的な国力をその手段として有機的かつ効率的に用いて、戦略的なアプローチを実施する」という。
具体的には、「自由で開かれた国際秩序の維持・発展と同盟国・同志国等との連携の強化」として、「インド太平洋地域に位置する国家として、日米同盟を基軸としつつ、日米豪印(クアッド)等の取組を通じて、同志国との協力を深化し、FOIPの実現に向けた取組を更に進める」「同盟国・同志国間のネットワークを重層的に構築するとともに、それを拡大し、抑止力を強化していく」といい、仮想敵国への包囲網として、「オーストラリア、インド、韓国、欧州諸国、ASEAN諸国、カナダ、NATO、EU(欧州連合)等との安全保障上の協力を強化する」としている。
さらに「防衛体制の強化」も目論まれている。自衛隊に反撃能力(敵基地攻撃能力)を付与することだ。そこでは、「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある」というが、「相手」とは誰なのかが書かれていない。当然、先に挙げた仮想敵国のことである。
これは、戦争を想定した部隊を定めたのと同じであり、憲法9条が容認するものではない。
また、「4方を海に囲まれ、世界有数の広大な管轄海域を有する海洋国家」として、「海洋安全保障の推進と海上保安能力の強化」が必要であるとし、「同盟国・同志国等と連携し、航行・飛行の自由や安全の確保、法の支配を含む普遍的価値に基づく国際的な海洋秩序の維持・発展に向けた取組を進める」という。
さらには、海上の警察機関であり、消防機関である海上保安庁を、有事の際には自衛隊の指揮下に置く取り組みも提起された。
これは、非常に恐ろしいことを含んでいる。海上で許されることは陸上で許されてもおかしくはないとの前提に立てば、有事の際には警察・消防機関が自衛隊の指揮下に入ることを意味し、法執行機関を挙げて戦争に協力する体制が完成するのだ。
〈同志国への軍事的支援〉
「国家安全保障戦略」を受け、4月5日、政府は「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を決定した。これについて外務省は「我が国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれる中、力による一方的な現状変更を抑止して、特にインド太平洋地域における平和と安定を確保し、我が国にとって望ましい安全保障環境を創出するためには、我が国自身の防衛力の抜本的強化に加え、同志国の抑止力を向上させることが不可欠」だと説明する。
OSAとは、ODA(政府開発援助)のように、同志国の安全保障上のニーズに応え、資機材の供与やインフラの整備等の、新たな無償による資金協力を行なう枠組み。その導入のために、関連経費20億円を盛り込んだ本年度予算も成立している。その対象国は、フィリピン・マレーシア・バングラデシュ・フィジーの4カ国だといわれる。
同日に決定されたOSAの実施方針では、対象国を「我が国にとって望ましい安全保障環境を創出する観点から、安全保障上の能力強化を支援する意義のある国」とし、その選定は「相手国における民主化の定着、法の支配、基本的人権の尊重の状況や経済社会状況を踏まえた上で、我が国及び地域の安全保障上のニーズや二国間関係等を総合的に判断」するとした。
このあいまいな規定で「同志国」を選定することは、客観的に可能なのか。とうてい不可能で、日本が企図する包囲網形成の枠に入るか否かが選定基準になるのではないか。それは、日本が主体となった“囲い込み”である。
4月13日付の東京新聞が指摘するように、「中国との競争に勝つためにODAやOSAを使いたいのが本音。『同志国』も、普遍的な価値を共有するとの触れ込みだが、実際には今の時点で日本に都合のいい国という意味」ではないか。
このような同志国の囲い込みは、自衛隊への敵基地攻撃能力の付与とともに、日本を戦争のできる国へと変貌させるものにほかならない。
本稿を執筆中の4月13日7時55分、政府は北海道周辺を対象に「ミサイルが午前8時ごろ、北海道周辺に落下するものとみられる」とのJアラートを発出。その後訂正され、「北海道周辺への落下の可能性なし」とされた。実際にミサイルが発射されたのは、7時22分だという。
30分以上も遅れた発出に、果たして意味があるのか。しかも誤報だった。国民に「北朝鮮は怖い国」という意識を植え付けるだけで、人権外交とは真逆である。
(月刊「紙の爆弾」2023年6月号より)
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