大手電力会社の高すぎる役員報酬 原発の安全対策費は裏金作りが目的だった

広岡裕児

原子炉に海水を注入した世界唯一の国
岸田文雄政権は、「電気代の抑制」を盾に、既存原発の運転期間延長をはじめ“原発回帰”に突き進んでいる。「安全性と地元理解が最優先」というが、いつか必ず起きる事故への対応に、根本的な改善はなされたのか。

2011年の福島第1原発事故で、3月12日、原子炉への海水注入が始まったことに対し、アメリカのテレビでコメンテーターの専門家は「これからどうなるかは見ものだね」と呟いた。実は、事故の際の緊急対応マニュアルに海水注入が記載されているのは、日本の原発だけだという。

しかし、これは奇妙な話だ。事故を起こした福島第1原発の原子炉は、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)社製だ。

「アメリカでは、事故を起こしたスリーマイル島原発がサスケハナ川の中州にあったように、内陸部の川や湖沼の近くに建てられているから海水注入は想定外です」(原発関係者)

環境経済学者の槌田敦氏が、原発事故後の2011年5月に上梓した『原子力に未来はなかった』(亜紀書房)には次のような記述がある。

「圧力容器の中に海水を入れたらどうなるかは、誰が考えてもわかることだ。海水は炉心で蒸発する。蒸発したら塩が残る。ということは、炉心の中にどんどん塩が溜まっていくことになる。炉心には、細い隙間に燃料棒が入っている。その隙間に塩が詰まってしまい、水がますます入らなくなる」

海水を蒸発させれば塩が残る。槌田氏の言うように、小学生でも理解できる話だ。その塩が原子炉内に溜まって燃料棒の隙間やバルブ(注水管)を詰まらせ、冷却効果に悪影響を与えたのではないのか。槌田氏の指摘は、十分に起こり得たことのように思われる。

原発事故から10年目の2021年に発売された『福島第1原発事故の「真実」』(NHKメルトダウン取材班、講談社)は、東京電力福島第1原発の吉田昌郎所長の英断とされた「海水注入」が、ほとんど原子炉に届かなかったことを明かしている。

同書は、2016年9月7日に福岡県久留米市で開かれた日本原子力学会の発表「過酷事故解析コードMAAPによる炉内状況把握に関する研究」を採り上げ、原発事故時に“どれだけ核燃料が溶けたか”から“どれだけ原子炉に水が入っていたか”について分析した研究と紹介されている。

「3月23日まで1号機の原子炉に対して冷却に寄与する注水は、ほぼゼロだった」という衝撃的な内容で、「原子炉へ注ぎ込まれる海水が、復水器に向かう配管に横抜けしていた」というのだ。

なぜ原子炉に注水した海水が、抜け道を通って排出されたのか。通常、原子炉の注水が困難になるのは、原子炉内の気圧が高まった場合が想定されるが、これはベント(排出口)を開放して圧力を外に逃がせば解決する。そうでないとすれば、槌田氏が指摘するように、注入した海水が蒸発して原子炉内が塩でいっぱいになり、注水しても圧力容器内に届かなくなっていた可能性も考えられるだろう。

緊急対応マニュアルに残った「海水注入」
「驚いたことに、いまでも海水注入は、原発が冷却不能になって暴走した場合の緊急対応マニュアルに残っている」

今年3月に、日本記者クラブや新聞協会の入ったプレスセンタービル5階にある中部電力東京支社を取材したフリー記者の証言だ。

2月21日に中部電力の林欣吾社長は定例記者会見で、浜岡原発(静岡県御前崎市)の再稼働について、「原子力規制委員会に対してていねいに説明し、できるだけ早い再稼働を目指す」と述べた。しかし、緊急対応マニュアルにある海水注入が適切な処置なのかは、検討した形跡がないという。他の各電力会社も同様と考えられる。

前出の本の通りだったとすれば、注水した海水が復水器へ抜け出ていることに気づかずに必死に注水を続けた福島第1原発の現場責任者・吉田昌郎所長は愚か者ということになるが、実際は海水注入後に原子炉内の水位が上がらなくなったことを報告している。

同書は、1号機のメルトダウン(炉心溶融)は、吉田所長が官邸の武黒一郎元東電副社長からの指示を拒否し、注水を継続した3月12日午後7時過ぎの22時間前から始まっており、海水注水が始まった時点ですでに核燃料はすべて溶け落ち、原子炉の中には核燃料がほとんど残っていなかったと推測される、とも書いている。東電は、12日午前6時頃に全燃料がメルトダウンしたとしている。

東電・日本原子力学会・前出書籍の原発事故の分析をまとめればこうなる。

①海水注入は、原子炉に届いていなかったので冷却に寄与しなかった。

②海水注入前の12日午前6時頃には全燃料がメルトダウンしていたので、結果に影響はなかった。

それゆえに、原子炉冷却に海水注入が適切なのかは検討されず、今も緊急対応マニュアルに残っているわけだ。

なぜ、彼らは海水にこだわるのか。アメリカが製作したマニュアルは、不磨の大典のごとく1字1句変更してはならないと信じているのだろうか。あるいは海水を淡水に変更するにはコストや技術的な困難があるのか。

アメリカから授けられたマニュアルを変更できないというのは馬鹿げた思い込みだ。アメリカの原発の緊急対応マニュアルには、前述のように海水注入はない。

福島原発事故の際、アメリカは日本側との協議で、米軍の船舶で原発の冷却に使う真水を提供することを検討したり、早期に海水から真水に切り替えることを忠告したとされる。彼らは海水を原子炉に入れると支障があることを予測していたのである。

太平洋を目の前にする浜岡原発の再稼働のために、中部電力は4千億円の巨費を投じて防波壁を建設した。ならば、津波や地震に耐える貯水池やプールを高台や地下に建設し、真水を溜めるタンカーを建造するのは、技術的にもコスト上も可能だろう。

原発事故における海水注入については、安倍晋三・菅直人両元首相の確執が知られている。2011年5月20日に安倍氏が、「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」と題したメールマガジンに「やっと始まった海水注入を止めたのは、なんと菅総理その人だったのです」と配信。事実は、東電の武黒氏が吉田所長に「官邸は海水注入を了解していない」と偽って中断を指示したのだが、安倍支持者や保守派の間では、菅氏が悪いと流布され信じられてきた。

しかし、その安倍氏も鬼籍に入り、彼に忖度する必要はなくなっている。むしろ、原子力学会や規制委員会の専門家たちが、彼らのメンツのために、緊急対応マニュアルの海水注入を見直したくないのだと思われる。

安全より原子力専門家のメンツ優先
槌田氏のような在野の研究者から指摘されるまで、アメリカが作った緊急対応マニュアルの海水注入の記述に何十年も疑問を持たずにいたことを認めたのでは、政府の原子力専門家の面目は丸つぶれになる。

前出のフリー記者は、「原子炉建屋の上部にある使用済み核燃料の保管プールの天井が無防備なのも、放置されたままです」と指摘する。原子力専門家は「原発の建屋はミサイル攻撃に耐えられるほど頑丈」と喧伝してきたが、使用済み核燃料保管プールの天井は防護されていないのだ。

政府は4月13日にも北海道周辺に北朝鮮のミサイルが落下するかもしれないと、Jアラートを発信。学校の児童や田舎の農村の人々に頭を抱えてうずくまる姿勢をとらせたりしたが、原発の使用済み核燃料保管プールの天井は無防備なままなのである。本気でミサイル攻撃を警戒するのなら、一刻も早く使用済み核燃料を、安全な場所に移し替えなければならないはずだ。

政府の専門家の安全に対する意識の低さを示す事例はたくさんある。2021年3月の参議院予算委員会で、社民党の福島みずほ議員は、柏崎刈羽原発で東電社員が原発の中央制御室に不法侵入した件、東電が原発の安全対策工事の進捗を捏造して発表した件、福島第1原発の1・2号機のベントの配管が不適切だった件、2021年の福島・宮城地震発生時に3号機の地震計が故障していた件、1号機と3号機の水位が低下していた件を指摘。東京電力や原子力規制委員会を追及している。

第2次安倍政権でも、原発の再稼働や輸出が叫ばれていたが、安倍氏自身、どこまで本気で原発再稼働を考えていたのかは、不明なところがある。

「安倍さんは結構いい加減だったから、原発の輸出や再稼働を唱えても、本音は電力会社に原発事故前のように自民党に献金させることが狙いだったのではないか。原発の安全対策を名目にすれば、いくらでも金をかけられるし、裏金も作れた。安倍さんに比べれば真面目なところのある岸田文雄首相は、本当に浜岡原発を再稼働しかねないと思う」(全国紙社会部記者)

電力業界は、原発の建設コストを浮かせるために活断層の存在を無視し、見つかっても分断して直下地震の予測震度を過少評価し耐震基準を引き下げてきた。一方で自民党に献金し、マスコミにも広告費をばら撒いた。そうした体質が福島原発事故の大惨事を防げなかったといえるのだ。

岸田首相は、安倍氏よりも怖いのか。前出記者は「総理が再稼働を決断した後で『あれは裏金作りのためですよ』とは言えない」と不安がる。

「原発がないと電気料金値上げ不可避」は嘘
 電気料金の値上げラッシュで電力会社への非難が沸き起こっている。最近の電力業界の不祥事を列挙しよう。

関電の第三者委員会による調査報告書は、2020年に元役員ら関電グループの計83人が“原発銀座”の福井県高浜町の元助役から金品を受領したと公表。また、東日本大震災後の経営悪化で減額された役員報酬を、退任後に相談役などに委嘱する方法で約2億6千万円を補填していたことが判明。

だが、市民団体の告発を受けた大阪地検特捜部は、2021年11月に全員を不起訴処分とした。市民団体は翌年1月に検察審査会に審査を申し立て、大阪第2検審は、昨年8月に起訴すべきと議決。しかし、大阪地検は昨年11月に再び全員を不起訴処分に。現在、検審で2度目の審査が行なわれている。

2021年から電力カルテル“不可侵協定”の嫌疑で公正取引委員会の調査を受けていた関西電力・中部電力・九州電力・中国電力の4社のうち、関西電力を除いた3社に、3月30日に過去最高の合計1010億円の課徴金納付命令が下されている。

また大手電力各社が送配電子会社を通じて、競合する新電力の顧客情報を盗み見していたことが発覚。経産省が4月17日に関西電力および関西電力送配電、九州電力と同送配電、中国電力子会社の中国電力ネットワークの5社に業務改善命令を出している。

先のフリー記者は、「中部電力を訪ねたのは、カルテルの課徴金や原発の安全対策費も、電気料金の値上げに含まれるのではないか、との疑問からです。応対した社員は『特損(特別損益)で処理しますから、そんなことはありません』と言いましたが、そりゃそうでしょう。でも結局は消費者負担になるのだと思いますよ」と言う。

政府から電気料金の補助金を受け取る中部電力の役員報酬は、2022年3月期で1人あたり4042万円。内閣総理大臣の年収(約4032万円)より高い。

同記者は「原発事故直後の電力会社は低姿勢で、われわれの質問にもそれなりに答えてくれたのですが、いま役員報酬への質問をしても『フリーライター様のご質問には答えられない』と言われます」と自嘲気味に語った。

電力各社は、小売電気事業者が利用する際の託送料金の値上げ申請でも、社員のクラブハウスや体育館など福利厚生費、地元の商工会議所の年会費も必要経費に含めていた。

燃料費の高騰は事実でも、経営努力とはほど遠い。中部電力は4月8日に再生可能エネルギーの出力制御を実施。その一方で東電との合弁会社で、日本最大の発電会社「JERA」の配当で黒字なのだ。

マスコミを使った「電気代が値上げされるのは原発再稼働に反対する勢力のせいだ」との世論誘導は、今後ますます活発化が予想される。電力会社のマスコミに対する影響力は、福島原発事故時に東電の勝俣恒久会長(当時)が、マスコミ幹部を引き連れ、愛華訪中団として中国を旅行していたのを見ても明らかだろう。

(月刊「紙の爆弾」2023年6月号より)

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広岡裕児 広岡裕児

フランス在住ジャーナリストでシンクタンクメンバー。著書に『皇族』(中公文庫)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文春新書)他。

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