世界を裏から見てみよう第93回 :「河瀨直美が見つめた東京五輪」の欺瞞
漫画・パロディ・絵画・写真・NHKの釈明は正当か?
NHKBS1で昨年12月26日に放送された「河瀨直美が見つめた東京五輪」の中に、重大なヤラセがあったとの疑いが持ち上がり、騒動となっている。
安倍・菅政権は、五輪が持つ闇の部分にスポットが当たることを避けながら、「東京五輪万歳」を国民に無理強いした。昨年秋の自民党総裁選で、四候補者の誰一人も五輪に触れずじまいだったことを見ても、いまだ自民党が、強行開催に負い目を感じていることがわかるだろう。「五輪は成功した」とはお世辞にも言えないことを、彼らはよく知っているからだ。
そんな東京五輪を振り返った番組のどこが問題だったのか。朝日新聞(1月14日付)の「NHK字幕問題 制作に甘さ」という記事が詳しく報じている。
〈番組は、映画監督の河瀨直美さんが東京五輪の公式記録映画を制作する現場に密着したもの。問題となっているのは番組後半、映画監督の島田角栄さんを追いかけたシーンだ。島田さんは河瀨さんの依頼を受け、五輪にまつわる様々な声を取材した。〉
この島田氏は、6月公開予定の河瀨監督の五輪記録映画「東京2020オリンピック(仮)」のいわば助監督であり、カメラマンでもある。今回の番組は、その撮影シーンを、さらに後ろからNHKのカメラマンが追いかけて撮影していた。記事は続く。
〈この中に登場する匿名の男性について、顔にモザイクをかけた上で『五輪反対デモに参加している』『実はお金を貰って動員されていると打ち明けた』と字幕で説明した。だが実際には、NHKの取材に『これまで複数のデモに参加して現金を受け取ったことがあり、五輪反対のデモにも参加してお金を受け取ろうという意向がある』と、字幕の内容と異なる趣旨の発言をしていた。〉
つまり、男性の実際の言葉に反して、NHKが「お金を貰って五輪反対デモに動員された」とテロップを流したわけだ。これは明らかに捏造であり、ある意図のもとに行なわれた改ざんの疑いが濃厚だ。
番組の制作元はNHK大阪放送局。局長代行が会見を開き、「制作担当者が、男性が五輪反対デモに参加したと思い込み、事実関係の確認が不十分なまま字幕をつけた」と釈明した。記者からの「捏造ではないか」との指摘には、「意図的、または故意に架空の内容を作り上げたという事実はない」と否定したが、はたしてそうだろうか。要するに、缶ビールを手にしながらカメラに向かって話す男性が何者であるかは不明なのだ。これをもって、捏造でないと言い切るのは無理がある。
カメラに向かって話す男性は、顔がぼかされていて、失礼だがその風情は「デブのオッサン」といった印象だ。Tシャツ姿で、なぜか缶ビールを持って取材に答えていた。ついでに言うなら、その缶ビールは島田氏も持っており、しかも五輪の公式スポンサー・アサヒビールの「スーパードライ」ではなくキリンの「一番搾り」に見える。
これはどうやら、撮影に使われた小道具だった疑いが限りなく濃い。怪しい人物に、あえてライバル社のビール缶を持たせた、ということではないのか。いやはや、あざとい演出ではありませんか。
放送後、NHKは男性に再取材したが、〝男性の記憶があいまい〟で、デモに参加したことを確認できなかったという。
・NHKは誰に謝ってるの?
NHKの捏造には前科がある。そのひとつが、2014年5月14日に放送した「クローズアップ現代」の「追跡〝出家詐欺〟〜狙われる宗教法人〜」。番組内で出家を斡旋する「ブローカー」と紹介された男性が、名誉棄損と人権侵害を訴え、BPO(放送倫理・番組向上機構)が「放送倫理上、重大な問題あり」と勧告した。この時もNHKは男性本人に裏付け取材をせず、記者によるナレーションが虚偽の内容だったのだ。
BPOの勧告を受けてNHKは、匿名取材の場合のルールや制作担当者とは別の職員や専門家による「複眼的試写」といった再発防止策をつくったそうだが、今回の番組では、そのチェックは行なわれなかったようだ。前出記事でNHKの担当者は、「映画製作の密着取材の番組で、今回はそうした(チェックすべき)ケースに当たらないと担当者が判断した」と述べている。
NHKはホームページにも、次のような謝罪文をアップした。
「番組の取材・制作はすべてNHKの責任で行っており、公式記録映画とは内容が異なります。河瀨直美さんや映画監督の島田角栄さんに責任はありません。字幕の一部に不確かな内容があったことについて、映画製作などの関係者のみなさま、そして視聴者のみなさまにおわびいたします」。
おいおい、何か重要なことを忘れていやしませんか? 五輪反対デモに参加した人たちへの謝罪だ。東京の市民グループ「反五輪の会」はツイッターで、「『金銭で動員』と印象付けられ貶められた私たちに対しては(謝罪は)一言もなく、名誉はいまだ毀損されたままです」と指摘している。
さらに、問題はこれだけではなかった。番組内で河瀨監督は、こんなコメントをしていたのだ。
「日本に国際社会からオリンピックを七年前に招致したのは私たちです。そしてそれを喜んだし、ここ数年の状況をみんなは喜んだはず。だからあなたも私も問われる話。私はそういうふうに描く」。
この発言に、多くの人が怒りを爆発させ、SNSには「#五輪を招致したのは私達ではありません」といったハッシュタグが飛び交った。
ちなみに映画の製作はIOC(国際オリンピック委員会)、企画は大会組織委員会、制作は木下グループ。河瀨監督の先のコメントからは「五輪批判は許さない」という意図が見え見えなのだ。これはもとよりIOC・組織委の意思を、彼女が十分に忖度していることの証左ではないか。
・河瀨監督の釈明文
河瀨監督は年が明けた1月10日にコメントを発表、「番組においては、私は被取材者の一人ですので、事前に内容を把握することは不可能です」などと述べているが、誰が見ても不十分なので、以下に私が正しいコメント例を代筆して差し上げよう。
〈私、河瀨は四面楚歌状態が続いています。NHKの問題については、私はこのシーンのことは全く知らされていませんでした。そんなわけないだろうと思うでしょうが、知らないものは知らないのです。
さて、私は、東京五輪は日本国民の誰もが開催を心から喜んだと思っていました。安倍晋三首相が「福島原発はアンダーコントロール、制御されているので心配は要りません」と大ウソをついても、ほとんどの人は文句を言わなかったじゃないですか。滝川クリステルさんがスピーチした「オ・モ・テ・ナ・シ」が「ぼったくり男爵」ことトーマス・バッハIOC会長へのメッセージだったことがわかったときには、さすがに文句も出ましたが後の祭りでした。
また、振り返ると、東京都は招致時に「コンパクト五輪」を掲げ、示した見積もりは総額7340億円でした。それが1兆6440億円に膨れ上がり、終了後には追加負担を入れて総額4兆円になったというからオドロキです。そこで、「東京2020オリンピック(仮)」としていた映画のタイトルは「東京血税4兆円オリンピック」に変更しました。
現在も急ピッチで編集し直していますが、問題のシーンを見直すと、意外な事実がわかりました。実はこの男性、安倍元首相だったのです。スタッフが気をつかって顔にモザイクをかけたとのことでした。しかし、せっかくご登場いただくのですから、本番ではモザイクを外してお顔をお見せしたいと思います。
最後にちょっとだけ自慢をすると、私は97年、27歳で第50回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を最年少受賞。07年には最高賞パルム・ドールに次ぐ審査員特別賞「グランプリ」を受賞しました。おまけに私は昨年バスケットボール女子Wリーグ会長に就任、2025大阪・関西万博のプロデューサーでもあります。この名誉に恥じないよう今回の五輪映画には全精力を傾注する所存です。どうかお見捨てなきようお願いします。〉
(月刊「紙の爆弾」2022年3月号より)
日本では数少ないパロディスト(風刺アーティスト)の一人。小泉政権の自民党(2005年参議院選)ポスターを茶化したことに対して安倍晋三幹事長(当時)から内容証明付きの「通告書」が送付され、恫喝を受けた。以後、安倍政権の言論弾圧は目に余るものがあることは周知の通り。風刺による権力批判の手を緩めずパロディの毒饅頭を作り続ける意志は固い。