「対テロ戦争」からウクライナ戦争まで貫く米国の欺瞞性(中) ―「全領域支配」戦略がもたらす殺戮と破壊、そして人類存続の危機―
国際
ウクライナ戦争は、今や外交解決の道が閉ざされたかのような感が強まりながら、日々破局的様相を濃くしている。同時に開戦から1年半近くの時間が経過しても、ロシアにすべての「悪」を代表させ、それと戦うウクライナ(及び支援する米国を始めとしたNATO諸国)に「善」を体現させるという見解、あるいはプロパガンダは揺るぎが見られないようだ。
だが、昨年2月24日にあたかも「理性を欠いた独裁者」により「いわれのない侵略」(unprovoked invasion)が突如として引き起こされたかのようなこうしたナラティブが抱える本質的欠陥は、目前の「侵略」が絶対的な「悪」である以上、開戦以前の経過を子細に考察する必要性を認めず、あるいは軽視しても現実の認識にさほどの影響はないと見なす思考態度にある。
だがウクライナ戦争は、21世紀に移行する前後の時期に完成した米国の遠大な戦略(grand strategy)と切り離して考察することはできない。ウクライナ戦争こそ、今世紀の初めに起きた「9・11事件を契機とする「対テロ戦争」と不離一体のアジェンダとして、さしたる注目を集めることなく時間をかけて準備されてきた。
つまりウクライナ戦争とは、米統合参謀本部議長のマーク・ミリー自身が昨年4月5日の下院軍事委員会で「可能性が増加している」と述べた、「大国間紛争」(Great Power Conflict)(注1)まで展望する、長い計画の帰結に過ぎない。米国が対峙する「大国」とは、ロシアと中国を常に意味する以上、米軍はウクライナ戦争を中国との「次の戦争」も射程に入れながら進めてきたのは間違いなく、今後「大国間紛争」が時代を圧倒していくだろう。
一方で、欧米の主流派メディア(MSM)により「テロリストの温床」であるかのようなイメージが植えつけられてしまった中東や中央アジアを舞台に、今世紀の最初の20年を席巻した「対テロ戦争」は、2021年8月の米軍アフガニスタン撤退以降、主たる関心の対象から外されてしまったようだ。だがウクライナ戦争の本質を把握し、その解決を試みるためには、「対テロ戦争」との関連性を考察することなしには困難となる。
米国の世界一極支配の野望
米国のアフリカ系知識人・アクティビストの中でも傑出した存在であり、米国平和評議会執行委員のアジャム・バラカは、自身が編集長を務めるインターネットサイトBlack Agenda Reportでこの3月17日、「イラク侵攻20年にあたり明確にしなければならないこと:米国は世界平和と人類に対する最大の脅威である」と題したコラムを発表した。そこでバラカは、「米国は地球上の人類集団にとって存続の脅威となっている」と喝破し、その「脅威」の実態として「800から1000を超える軍事施設、次の9カ国の合計を上回る8000億ドルを超える軍事予算」と並び、「目標を『全領域支配』(full spectrum dominance)と公言する国家安全保障戦略」(注2)を挙げている。
2001年の「9・11事件」は米国が「テロリスト」によって「いわれのない攻撃」を受けたという言説が蔓延することにより、「対テロ戦争」では米軍の軍事力行使があたかもアプリオリに何らかの正当性を有しているかのような虚偽意識が定着した。そこでは「対テロ」が、米軍によるあらゆる国際法や人権諸規定に反した行動を看過させる黄金のキーワードとして機能した。
しかもそうした問題の検証が不十分のまま、未だに超法規的処刑としての無人機による暗殺作戦が放置され、法が一切及ばない事実上の無期限拘留と拷問が蔓延するキューバの米軍グアンタナモ基地内の強制収容場も閉鎖されていない。ところが、米国がロシアに仕掛けた続くウクライナ戦争においても、米国の他のNATO加盟諸国を圧倒する対ウクライナ軍事支援(及び事実上の参戦)が、悪辣な「大ロシア主義」に対する「国際社会」の道義的回答であるかのような言説がおびただしく見受けられる。だが「対テロ戦争」もウクライナ戦争も、バラカの表現を借りるなら「米国の抑制なき植民地主義的傲慢さ」と同義であるこの「全領域支配」の産物なのだ。
ホワイトハウスが作成する「国家安全保障戦略」と並ぶ重要文書である国防総省作成の「国家防衛戦略」(National Defense Strategy)は、トランプ前政権で名称替えするまで「4年ごとの国防計画見直し」(Quadrennial Defense Review、QDR)と呼ばれていた。QDRが最初に刊行されたのが1997年で(注3)、そこには冷戦終結後の基本的戦略として、「核・生物・化学兵器」や「テロリズム」、「米軍と米国内外の利害に攻撃を加える非対称的手段」等々、思いつく限りのあらゆる「脅威」を並べ立て、それに対する万全の軍事力強化を宣言している。
なぜなら、そのような措置を取らないと「現在の、そして将来のライバルを圧倒する軍事的優越性」や「世界で唯一の超大国の地位」が脅かされかねないからだという。実際、譲れない「米国の死活的国益」の一つとして、「敵対的な地域の連合勢力やヘゲモニーの出現を阻止する」という点が掲げられている。このQDRは冷戦終結後、米国が世界一極支配の野望を公式に宣言した歴史的な文書として記憶されよう。
「全領域支配」と「全領域優越」
さらに国防総省は2000年5月、21世紀を展望した戦略文書の『統合ビジョン2020(Joint Vision 2020)』((注4)を発表。そこでは1997年のQDRに登場していた「全領域にわたる兵力」(Full-Spectrum Force)という用語が「全領域支配」に変り、全編に登場する。例えば「米国は、全領域にわたる支配を達成するため、海外における軍事力の拠点と、全世界に緊急に軍事力を展開する能力を維持しなければならない」とか、「米国のビジョンは、軍が全領域にわたる支配を可能にする統合された戦力でなければならないという見解に基づいている」といった具合だ。
なお、国防総省が2021年11月に刊行した『軍事及び関連用語辞典』には、なぜか「Full-Spectrum Dominance」という用語は見当たらない。代わって「Full-Spectrum Superiority」(全領域優越性)があり、「空、陸、海、宇宙領域、電磁スペクトル、情報環境(サイバースペースを含む)における支配力の累積効果であり、効果的な反対や禁止的な妨害なしに共同作戦を実施することを可能にする」(注5)と説明されている。
要するに人間の行為が及ぶ地表や大気圏・大気圏外の空間、電子等の「全領域」に、相手の「反対」が及ばない圧倒的な「優越性」を確立することによって、一極支配を実現するという意思が示されている。
これについて英国の左派紙『The Morning Star』の編集人で、ジャーナリストのロジャー・マッケンジーは「中国やロシア、あるいはその他の国が、自国の利益や投資を守るために陸、海、空、宇宙を軍事的に支配すると発言したら、大騒ぎになるのを想像してみたらいい。驚くべきことに、これは米国の政策として明言されているのだ」(注6)と、皮肉を込めて批判している。だが、米国のみがこうした国際法や国連憲章の精神とは無縁の法外な主張をして恥じない現状に、「国際社会」がさして「驚く」気配も見せてないのは、それだけMSMの言説支配が盤石だからなのだろうか。
周知のように「対テロ戦争」は「9・11事件」直後の2001年9月16日、大統領のジョージ・ブッシュによって使用された用語で、次の大統領となったバラク・オバマが2013年5月23日に「終わった」と宣言した。だが、以後もアフガニスタンの戦争や米軍のパキスタン空爆は続き、イエメンでの「アルカイダとの戦い」を名目にした米軍の特殊部隊と無人機を使った作戦も継続された。さらに2014年5月14日から、イラクで勃興したIS(「イスラム国)」) に対する「対テロ」空爆作戦も開始された。
「テロリズム」から「国家間の戦略的競争」へ
そして公式的には、トランプ政権時代の2018年に発表された『国家防衛戦略』で「テロリズムではなく、国家間の戦略的競争が、今や米国の国家安全保障の主要な関心事である」と宣言された。さらに「中国は、南シナ海で軍事化を進めながら、近隣諸国を威圧するために略奪的な経済活動を行う戦略的競争相手である。ロシアは近隣諸国の国境を侵犯し、近隣諸国の経済、外交、安全保障上の決定に対する拒否権を追求している」(注7)などと敵愾心が向けられている。
ところが米軍のイラク空爆が再開され、シリアのアサド政権が、米国と湾岸諸国の巨大な物量作戦で勢いづいた「テロリスト」に徐々に追い詰められつつあったその4年前の2014年の時点で、すでに「国家間の戦略的競争」が激化していた。
宇宙空間の軍事利用に関する国際的権威で、「宇宙における武器と原子力に反対するグローバルネットワーク」コーディネーターのブルース・ギャニオンは「国防総省の世界支配戦略:アジアからアフリカまでの全領域支配」という論文で、以下のように現在のウクライナ戦争や台湾海峡の緊張を予測させる主要にはクリントン政権以降の事実を列挙していた。
「オバマ政権はトルコやルーマニア、ポーランド、そして黒海に侵入する米海軍駆逐艦に『ミサイル防衛(MD)』システムを配備している。NATOの軍事的縄目がロシアを取り囲むように締め付けている」
「米国はNATOを軍事手段として利用し、現在ロシアを包囲して、欧州を拠点とするはずのNATOをアフガニスタン戦争とリビア攻撃にいとも簡単に引きずり込んでいる。米国はNATOを世界的な軍事同盟に変え、アジア太平洋地域でも利用しようとしている」
「米国とNATOによるユーゴスラビア、リビア、イラクのバルカン化を我々が見てきたように、ロシアに対しても同じ戦略が展開されているようだ。NATOによるロシアの軍事包囲が続いていることから、その計画はロシアをウクライナの軍事的泥沼に引き込み、同国を弱体化させることにある」
「ハワイ、韓国、日本、グアム、沖縄、台湾、オーストラリア、フィリピン、その他の太平洋諸国で現在進行中の米軍拡張は、確かに、中国を制御するためのこの攻撃的な『軸』における重要な戦略である」(注8)
ちなみに、米軍は東欧でのロシアを対象にしたミサイル防衛システムの配備理由として、何と「イランの中距離ミサイルの脅威」を掲げていた。こうした荒唐無稽の名目は、自国のことは棚に上げてイランを「テロ支援国」に指定し、「対テロ戦争」との関連を匂わせることで正当化を試みる作為があったのは疑いない。
今世紀直前から中国と中東を視野に
ギャニオンは上記のような動きから、「米国の軍事目標は、大企業に代わって『全領域支配』を達成することにある」と断じているが、「全領域支配」への野望こそ「国家間の戦略的競争」を煽り、ひいては「大国間紛争」に火を付けかねない。そしてそうしたプロセスを円滑に進める上で、先行した「対テロ戦争」において、米国が被害者然と振舞えたことが多大な効果を発揮したように思われる。
さらにもっとさかのぼるなら、「対テロ戦争」が始まる前年の2000年の5月26日付『ワシントン・ポスト』に掲載された「国防総省にとってアジアは最前線に」という長文の記事は、「全領域支配」が最初にアジアを念頭にしていた事実を示している。
「慎重にかつ着実に、国防総省は将来の軍事紛争、あるいは少なくとも競争の可能性が最も高い部隊としてアジアを検討している。
この新しい方向性は、多くの小さいながらも重要な変化に反映されている。つまり、太平洋に割り当てられる攻撃型潜水艦の増加、アジアを中心とした戦争ゲームや戦略研究の増加、アジアにおける米軍のプレゼンスの再構成を目的にした外交の増加である」
「長期的には、多くの米国の政策立案者は、遅かれ早かれ中国が他のアジア諸国に大きな影響力を持つ大国として台頭すると予想している」注9)
さらに同記事は、「国防総省が主催する主な机上作戦は、陸軍を除いてテヘランから東京までの弧を描いたアジアで行なわれることが増えている」とも記している。すると同記事に登場する「アジア」とは、「大国間紛争」の相手である中国のみならず、すでに並行して「対テロ戦争」の舞台となった中東まで包摂していたということなのか。
この「弧」で思い出すのは、国防総省が2001年9月30日に発表した同年版GDRに初めて登場した「不安定の弧」(arc of instability)というタームだ。「対テロ戦争」と並行して日本で進められた「在日米軍再編」が論議された時代によく引用されたが、そこでは「中東から北東アジアに至る広大な不安定の弧に沿って、台頭する地域大国と衰退する地域大国とが流動的に混ざり合っている」(注10)と地理的に定義されている。
2001年版QDRは、この「弧」を念頭に在日米軍を中心とした米軍戦力を中東方面にシフトするのを謳っていたが、「9・11事件」のわずか19日後に、早くも「対テロ戦争」の舞台となる地域を戦略的に焦点化した文書が発表されたのは偶然なのか。また2001年の6月15日には、中国とロシアの今日の格段に強化された同盟関係の基盤となった上海協力機構が結成されているが、これと切り離して一連の「対テロ戦争」及びその前兆的動きを考察するのは、「全領域支配」との関連から困難のように思える。
破局的事態を前にして
いずれにせよ、「対テロ戦争」も、現在のロシアに対する可能な限りの無力化を狙ったウクライナ戦争も、さらにはそれが引き起こす恐れのあるNATOの直接介入、さらには中国が何らかの形で武力衝突に巻き込まれる事態も、すべては自国への同調や追随、支配の組み込まれを拒む他国を許容しない米国の「全領域支配」というむき出しの征服欲を起源とするだろうことは疑いない。「全領域支配」に向けた一環としての「対テロ戦争」がユーラシア大陸最大のエネルギー地帯の制圧を目指し、もう一つの「大国間紛争」がユーラシア大陸の二大強国を屈服させて最終的な世界覇権を握るという戦略的意図が見て取れる。
実際、「対テロ戦争」を発動したブッシュは、2008年4月1日にルーマニアの首都ブカレストで開催されたNATO首脳会議で、米国として正式にウクライナ(及びジョージア)のNATO加盟を打ち出し、ロシアからの激しい反発を招いた。さらに続くオバマは2011年1月にシリアのアサド政権転覆のため介入したのに続き、3月には他のNATO加盟諸国と共にリビアを空爆して破綻国家に帰させた。そして2014年2月には、ネオナチと結託して対ロシア協調派の大統領ヴィクトル・ヤヌコーヴィチを暴力で追放したウクライナのクーデターを引き起こしている。
2人の元大統領がそれぞれ今日のウクライナ戦争の最大遠因を用意したのを示すこうした経過は、改めて「対テロ戦争」が継続されている一方で「大国間紛争」が準備されていた事実を示す。「全領域支配」のもとでの、両者の一体性がうかがえるはずだ。
今世紀初頭、空前の大惨事となった「対テロ戦争」を有効裏に阻止し得なかった人類は、このままだと文字通り「存続の脅威」に直面する。本来なら公言するのもはばかられるドイツ第三帝国を想起させるような「全領域支配」などという語を口にする「ワシントンの狂信者」に対し、世界は「地球上の生命を平気で脅かすほどの傲慢さによって、信じ難いほど盲目になってしまったのか」(注11)と問いかける義務があるだろう。 (この項続く)
(注1)April 5, 2022「Potential for Great Power Conflict ‘Increasing,’ Milley Says」( リンクはこちら)
(注2)「On the Twentieth Anniversary of Invasion of Iraq It Must Be Clear: The U.S. is the Greatest Threat To World Peace and Collective Humanity」(リンクはこちら )
(注3)(リンクはこちら)
(注4)(PDFはこちら)
(注5)「DOD Dictionary of Military and Associated Terms」(URL https://irp.fas.org/doddir/dod/dictionary.pdf)
(注6)April 4, 2023「The Answer to ‘Full Spectrum Dominance’ 」(リンクはこちら)
(注7)(PDFはこちら)
(注8)「The Pentagon’s Strategy for World Domination: Full Spectrum Dominance, from Asia to Africa」(リンクはこちら)
(注9)「For Pentagon, Asia Moving to Forefront」(リンクはこちら)
(注10)(リンクはこちら)
(注11)June 05, 2023 「Nuclear Brinkmanship in Ukraine」
(URL https://www.globalresearch.ca/nuclear-brinkmanship-ukraine/5821297)
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。