ゼレンスキー来日が〝追い風〞に 〝早期解散〞を目論む財務省と岸田文雄の思惑

山田厚俊

G7と〝解散風〞
「本当か? 本当なら解散は早まるだろうな。6月解散、7月総選挙になる」
財務省幹部は興奮した口調でこう語った。

これまで、「解散は秋だろう」と踏んでいた財務省幹部が慌てた理由は、「G7広島サミット」初日の5月19日、ニュース速報が飛び込んできたからだ。当初はオンラインでの出席予定だったウクライナのゼレンスキー大統領が急きょ20日に来日し、21日のセッションに対面参加することが明らかになったのである。

ロシアへの大規模な反転攻勢を前に、ゼレンスキー大統領はサミット直前の5月13~15日に、イタリア・ドイツ・フランス・イギリスのヨーロッパ各国を歴訪。19日にはサウジアラビアを訪れ、アラブ連盟首脳会議に出席するなど、精力的に外遊していた。

広島サミットへの対面参加は外務省が模索してきたもので、「戦時下にある本国から来日してもらうことは難しく、不可能に近い交渉だった。しかし、タイミングと運が味方をして奇跡的な結果をもたらした」(外務省関係者)という。いわば9回裏のサヨナラ逆転ホームランといった急展開に、世界中が注視する事態となったのである。

岸田文雄首相が全精力を傾注していた地元・広島でのサミット開催。G7首脳がそろって被爆地・広島を訪問するのは初めてのことだ。平和記念公園、原爆資料館への訪問、原爆慰霊碑への献花や被爆者との対話などが行なわれ、核軍縮・不拡散の方策を議論し、核保有国による核戦力データ公表などを盛り込んだ「広島ビジョン」をまとめた。その中では、中国の核戦力について透明性確保の重要性を指摘。インド太平洋情勢では、中国を抑止するための連携を深め、自由で開かれたインド太平洋を支えるとの方針を明確にした。

当然ながらこの間、メディアはサミット一色になる。4月15日、衆院和歌山1区補選の応援で和歌山市の漁港に駆け付けた岸田首相に爆発物が投げつけられた事件を受け、警察当局は最大時2万4000人の警備態勢を敷いた。物々しい市街地警備の様子と、続々と訪れる各国首脳、原爆被爆者の声など報道が過熱すればするほど岸田首相を持ち上げるかのような“ヨイショ報道”一色に染まってしまうのだ。

各社の世論調査の内閣支持率は上がることが予想され、冒頭の財務省幹部の発言は、追い風に乗って解散するタイミングとしては申し分ないとの思惑が透けて見える。

それでも低い内閣支持率
「つくづく岸田首相は運がいい」
こう語るのは、自民党ベテラン衆院議員だ。

実は広島サミットを迎える数日前まで岸田首相は相当参っていたという。その最大の理由は米国バイデン大統領が来日せず、オンライン参加となる可能性があったからだ。米連邦政府の借入限度額引き上げをめぐる共和党との協議が難航して、米国を離れることが難しいとの見方がされていた。

サミットに米国大統領がリアル参加できなければ、サミット自体のバリュー(価値)が変わってくる。米国内の内政事情とはいえ、外務省はギリギリの交渉を強いられ、岸田首相も気が気ではなかった。それが開催4日前の5月15日、バイデン来日が正式に決まったのである。

「私の地元にジョーを迎えられたことを大変嬉しく思っている」

バイデン大統領を「ジョー」と呼んだ岸田首相の表情が“安堵の笑み”と映ったのは、筆者だけではないだろう。それだけ最終盤まで途方もない神経戦を強いられていたと見るのが正しいのではないか。

それに加えて、ゼレンスキー大統領の来日だ。安倍晋三政権で2012年から約4年8カ月にわたり外相を務めてきた岸田首相。しかし、諸外国とのネットワークが強いとはお世辞にも言えない。にもかかわらず、広島サミットで想像以上の“成果”をもたらしたのは外務省官僚との絆の強さといっても過言ではないだろう。

広島サミットが表面的に成功だったからといって、そう簡単に衆院解散を早めるのだろうか。政治ジャーナリストは語る。

「メディア各社の世論調査による内閣支持率が今後、どれだけ上がるかがカギだろう。NHKと時事通信がサミット前に行なった数字では、前月比でNHKは4ポイント、時事も4.7ポイントアップしている。しかし、38.2%でまだ4割に達していない」

ところがサミット効果、とりわけ“ゼレンスキー効果”は絶大だった。5月20、21日の2日間に世論調査を実施した毎日新聞は、前回調査から9ポイント上昇し、45%。同期間に調査した読売新聞も前回より9ポイント上昇。56%で5割超えを記録したのである。

5月末から6月にかけて、メディア各社の世論調査は続く。政権寄りの読売新聞のみならず、内閣支持率50%越えの結果が出てくるものと思われる。それを見越してか、永田町ではいよいよ解散に向けての準備が慌ただしくなってきた。

衆参補選〝勝利〞は低投票率の賜物
一方、4月23日に実施された衆参補選および統一地方選の結果が、岸田首相の早期解散を思い止まらせたのではないかと読む向きがある。

一時は自民党が軒並み苦戦を強いられていると見られていたが、結果は4勝1敗。自ら危ない目にあった衆院和歌山1区こそ維新・林佑美氏に自民元衆院議員の門博文氏は破れたものの、“安倍遺産”の衆院山口2区は自民・岸信千世氏が野党統一候補の平岡秀夫元法相を退け、衆院山口4区は自民・吉田真次氏が立憲の元参院議員・有田芳生氏を破った。また衆院千葉5区は自民・英利アルフィヤ氏、参院大分は自民・白坂亜紀氏がいずれも初当選を果たした。

これだけ見ると、自民に弾みがつき早期解散に向かうと見られたが、内情を分析するとそうではないと自民党中堅衆院議は語る。

「全体的に投票率の低さが自民に勝利をもたらした。無党派層は投票に行かず、野党支持層も熱心ではなかったということだろう」

千葉5区は38.25%(2021年衆院選は54.07%)、和歌山1区は44.11%(同55.16%)、山口2区は42.41%(同51.61%)、山口4区は34.71%(同48.64%)、参院大分は42.48%(2022年参院選は52.98%)で、いずれも2ケタ減だったのだ。党員・党友など支持層の母数が大きい自民が圧倒的に優位に働いたのは、当然の帰結ということだ。

予想外だったのは和歌山1区だろう。自民支援の地元医師会関係者は語る。

「自民党候補の門博文氏に対する反対票がこんなにあるのかと驚きましたね。まあ結局、彼は一度も小選挙区で勝っていない男ですから。本来ならば圧勝せんとアカンところ。もう流石に門さんはアカン。解散に向けて別の候補を探さないけんでしょうね」

自民党支持層の多くが維新の新人・林佑美氏に流れ、結果的に維新が勝った。大阪以外で小選挙区で議席を獲ったのは2021年衆院選で兵庫6区の市村浩一郎以来2人目だった。

「現在の自民に不満を持っている自民支持層が維新に投票したということです。解散総選挙になれば、この“和歌山現象”が各地で起こる可能性がある」(同前)

5月21日に投開票された東京・足立区議選でも自民党に衝撃が走った。自民党は19人を擁立したものの7人が落選。13人が全員当選した公明党に第一党を明け渡したのだ。

さらに維新が統一地方選でも躍進した。当選したのは599人。統一地方選以外の現職は175人で、計774議席となった。党の中期経営計画で掲げた“公約”600議席をはるかに上回る勝利だった。しかも、これまで“大阪ローカル”と揶揄されてきたのが、269人が近畿2府4県以外の地域からの当選者となり、国政政党への足掛かりを着実に掴んだと見る向きもある。

「次期衆院選で維新は全選挙区に候補者を擁立すべく作業を進めている。この戦いは容易ではない」(同前)

早期解散を望む財務省
市議選では72議席増の269議席で党勢凋落をなんとか免れた立憲民主党だが、野党間の選挙区調整など何もできていない状態でいる。

「今年に入って、東京都の若年被害女性等支援事業委託で、受託した一般社団法人の事業費の使い方が杜撰で不透明だったことが問題となり、SNSなどで“公金チューチュー問題”と騒がれました。本来、必要な弱者支援が新たな利権づくりの温床になってしまったように見られたのです。その背後にリベラル勢力がチラチラと垣間見え、投票率低下の一因とも見られています」(前出・政治ジャーナリスト)

こうした煽りを受けた格好なのか、立憲はしっくりこないまま。このまま衆院選に突入すれば、野党第一党の座さえ危ういとの見方もある。与党・自民、野党・立憲の2大政党が何とも心許ないのが、今の永田町なのである。

そうしたなか、全く別の思惑で早期解散を目論んでいるのではないかと見られているのが、財務省である。

「政府はコロナ禍の3年間、途方もない額の国債を発行し、赤字国債を膨らませ続けてきました。今後、防衛費増額、子育て支援などさらなる支出が増える。財務省はその費用を増税で賄い、財政健全化に軌道修正したい考えですが、これに反対しているのが積極財政派の議員たちです。中でも、自民党内の『積極財政推進議連』は少数派ながら粘り強く活動を続け、5月11日にジョセフ・E・スティグリッツ氏を招き、講演してもらった。これが財務省側にかなり効いた模様なのです」(別の自民党中堅衆院議員)

スティグリッツ氏といえば、2001年にノーベル経済学賞を受賞した“経済のプロ”で、現在はコロンビア大教授を務めている。世界の主流となっている積極財政理論を提示し、日本がデフレ完全脱却を目指すためには積極財政を進めるほかに道はないと述べたのである。これまで財政健全化が正義であるとしてきた財務省にとって、風向きが変わった瞬間でもあった。

「本格的な増税議論に入る前に、解散総選挙に踏み切ってもらい、増税による財源確保を確定させたい思いがあるのではないか」(自民党「積極財政推進議連」のメンバー)

果たして、会期末での解散はあるのか。解散権は岸田首相にあり、まさに岸田首相の胸三寸なのである。なのに、官邸はこれまで通り穏やかで、自民党本部にも変わった動きはない。

「岸田首相は何を考えているのか、本当にわからない。6月解散かもしれないし、結局解散せずに年を越してしまうことだって考えられる。常に解散の時期をはかっていた安倍元首相とは真逆のタイプだ」

閣僚経験者の自民党中堅衆院議員はこう語り、ため息をついた。

伝家の宝刀と呼ばれる解散権の行使はいつになるのか。岸田首相ののらりくらりで、さまざまな思惑が交錯したまま、間もなく通常国会会期末を迎える。

 

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山田厚俊 山田厚俊

黒田ジャーナル、大谷昭宏事務所を経てフリー記者に。週刊誌をはじめ、ビジネス誌、月刊誌で執筆活動中。

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