第28回 ウクライナ軍は勝っているのか 負けているのかーアメリカとNATOによるユーゴスラビア空爆1999年ー
国際さて話がかなり横道にそれたので、 冒頭の「健康友の会」ニュースレター『健康とくらし』
のコラムに戻ります。
このなかで、 Kさんは、段落 (3)で「クリミアと同じように、プーチンのロシアは簡単にウクライナを手玉にとることができると軍事侵攻を始めたのですが、いまのところ(5月8日)決着はつかず、 攻めあぐねているロシアと必至に抵抗しているウクライナ、という構図は変わらないようです」と書いていました。
確かに大手メデ ィアは、アメリカや欧米から流される「ウクライナは勝利する」という情報ばかりを報道しているのですから、このような判断になるのは無理もないでしょう。
しかし、私が「流れは変わった!」( 『問題の正体2』 第9章)で書いたように、アゾフ大隊がマリウポリ市の市民を「人間の盾」にして立て籠もっていたアゾフスタル製鉄所が完全解放
されてから、明らかに流れは変わりました。
キッシンジャー元国務長官がWEF(世界経済フォーラム)のダボス会議で「ドンバス2カ国やクリミアを手放すことも視野に入れ、ここ2カ月以内に和平交渉を」と呼びかけたのは、このような時期でした。
つまり、 「ウクライナは勝つ」「ロシア軍は敗北する」というのは、ロシアに対する経済制裁が効果を発揮するという希望的観測にもとづく願望に過ぎなかったことが、暴露されてしまったのでした。
考えてみれば、これは当然のことでした。シリアがアメリカによって送り込まれたイスラム原理主義勢力(ISIS)に手を焼いていたとき、アサド大統領の要請で支援に駆けつけたロシア軍は、あっという間にISISを駆逐してしまったからです。
キッシンジャー元国務長官は、この現実を十分に知っていたのです。このまま事態が進行すると、ロシアに対する経済制裁は逆にEU経済やアメリカ経済を痛めつけるだけでなく、ロシアと中国の同盟関係をいっそう強化することにしかならない、と恐れたのでした。
このキッシンジャーの予測は全く正しいものでした。それを証明する記事が次々と現れ始めています。そのいくつかの例を次に列挙します。
まず次の記事は、ロシア軍がアゾフ大隊の拠点にしていたマリウポリ市だけでなく、次の拠点だったセベロドネツク地区も完全解放したニュースです。
*Donbass: Full Liberation of Severodonetsk, Russia and LPR Control Zolotoye and GorskoyePosted by Internationalist 360 on June 27, 2022(ドンバス:セベロドネツク地区の完全解放、ロシアとLPRがゾロトエ市とゴルスコエ市を支配)。
https://libya360.wordpress.com/2022/06/27/donbass-full-liberation-of-severodonetsk-russia-and-lpr-control-zolotoye-and-gorskoye/
また拙著 『問題の正体2』では、ウクライナ軍の兵器の貧弱さとロシア軍の強さに恐れをなしてウクライナ軍から脱走兵が相継いでいること、捕虜になった外国人傭兵の証言から「同じ不満をもち帰国する義勇兵が後を絶たない」ことを報告しました。
次の記事は、そのような兵士不足から、キエフ政権が「囚人や女性までをも徴兵し始めた」ことを示しています。外国人傭兵の場合も、その国では犯罪歴があろうとなりふりかまわず受け入れています。
*Ukraine replenishes combat losses with convicts and women Jun 24,2022(ウクライナ、 戦闘損失を囚人と女性で補充)
https://www.rt.com/russia/557750-ukraine-draft-convicts-women/
今でもアゾフ大隊は「泣く子も黙る」過激な集団と恐れられていますから、ウクライナ軍はそのうち「ならず者集団」と化す恐れがあります。
また裕福な家庭の子弟で海外に縁故のある若者は、すでに国外に脱出していますから、ウクライナ軍は「経済徴兵制」の様相を呈していると言ってよいかも知れません。
さて、このような情勢を受けて、 EU諸国やアメリカでは、どのような反応が現れているのでしょうか。キッシンジャーの提言はどのように受け止められたのでしょうか。
次の記事は、このようなウクライナ軍の敗北とキッシンジャーの提言を受け、NATOのなかでも、「ウクライナは、平和と引き換えに、どれだけの領土を手に入れるかの決定を迫られている」という意見が出始めていることを示しています。
*Ukraine to decide how much territory it trades for peace-NATO Jun 12, 2022(ウクライナは平和と引き換えにどれだけの領土を手放すか、 その決断を迫られている。NATO)
https://www.rt.com/news/557057-stoltenberg-ukraine-give-territory/
また次の記事は、これを証拠づけるような論考です。ノルウェー南東大学のグレン・ディーセン教授によれば、今まではウクライナ「勝利」という偽情報ばかりを聞かされてきた西側諸国で、新しい現実をめぐって分裂が起きているというのです。
*Glenn Diesen: As propaganda about a Ukrainian ‘victory’retreats, is a split emerging in the West? ,Jun 22, 2022(グレン・ディーセン:ウクライナの 「勝利」 についてのプロパガンダが後退する中、 西側諸国では分裂が起きている?)
https://www.rt.com/russia/557629-ukraine-victory‐propaganda-west-split/
アメリカやEUの経済界からも、ロシアに対する経済制裁は「ブーメラン効果」で自分たちに
跳ね返りつつあることを自覚し始めているようです。次の2つの記事は、そのことをよく示しています。
ちなみに「ドイツのBASF」とは、「150年の歴史を持つ世界最大の総合化学メーカー」ですが、このような会社でも、ドイツがア メリカの言いなりになって、ロシアからのガス供給を拒否した結果、苦しんでいるのです。
* Billionaire explains why US sanctions against Russia have backfired(米国の対露制裁が裏目に出た理由を億万長者が解説)Jun 22, 2022
https://www.rt.com/business/557607-ray-dalio-russia-sanctioms-backfire-us/
* Chemical giant may close plant due to gas shortage – WSJ(化学の大手会社、ガス不足で工場閉鎖の可能性-ウォール ・ストリート・ジャーナル紙)
(副題) Germany’s BASF may shut down its biggest facility due to reduced Russian energy supply, thenewspaper reports Jun 27, 2022(ドイツのBASFは、 ロシアのエネルギー供給量減少により、 最大の施設を閉鎖する可能性がある)
https://www.rt.com/business/557936-germany-basf-russia-gas/
以上は、経済界の反応でしたが、庶民の生活はどうなるのでしょうか。
EUがアメリカの指示に従ってロシアへの経済制裁に加担した結果、 今年の冬を乗りきれるか否かが、 心配になってきています。
次の記事は、そのことをよく示しています。EU諸国の1カ国だけでも11月までに冬を越せるだけの暖房用ガスを貯蓄できなければ、その影響はEU全体に波及する恐れがある、とオランダ政府は警告しているのです。
*EU state warns of gas crisis domino effect(EU諸国、 ガス危機のドミノ効果を警告)
(副題)The failure of just one European country to fill storage facilities before November would put the entire bloc in danger, Dutch authorities warn Jun 28, 2022(11月までに欧州の1国だけでも、 貯蔵施設を満杯にできなければ、EU全体が危険にさらされるとオランダ当局が警告)
https://www.rt.com/business/557967-eu-gas-crisis-domino-effect/
ロシアに対する経済制裁は、逆にEU諸国やア メリカ庶民の生活を直撃し始めました。ガスどころか、ロシアからの肥料や食料が輸入できなくなったからです。そのため物価が値上がりし、庶民は毎日の生活すら脅かされつつあります。
次の2つの記事を見てください。欧米の庶民は、アメリカ支配層によるロシア壊滅作戦に協力させられて、その戦争に勝利するどころか、 自分たちの食と職を失う危険すらあるのです。
*Most Americans ‘concerned’ about making ends meet – poll Jun 28, 2022(ほとんどのアメリカ人が家計のやりくりに「不安」―世論調査)
https://www.rt.com/news/558003-americans-worried-everyday-things-poll/
* One in four Germans fears losing job due to Ukraine crisis – survey Jun 28, 2022(ドイツ人の4人に1人がウクライナ危機による失職を懸念―世論調査)
https://www.rt.com/business/557991-germans-fear-losing-jobs/
その庶民の心配と怒りは、イギリスではボリス・ジョンソン首相の辞任というかたちで、表面化しましたが、アメリカでも同じ動きが出始めています。
次の記事の副題でも分かるように、 世論調査ではアメリカ人の70%以上が、バイデン大統領の2期目出馬を拒否しているのです。
*Poll draws grim prediction for Biden’s re-election – The Hill(世論調査、 「バイデン氏の再選に厳しい予測」と政治紙The Hill)
(副題)Over 70% of respondents are opposed to the idea of US President Joe Biden’s second term, according to a survey cited in the media report1 Jul, 2022(ジョー・バイデン米大統領の2期目就任に7割以上が反対。調査結果の報道)
https://www.rt.com/news/558236-biden-poll-rematch-trump/
それどころか共和党の女性下院議員グリーン女史(Marjorie Taylor Greene)からは「NATONから脱退せよ」という意見まで出始めました。それが次の記事です。
(13)US should pull out of NATO – congresswoman Jul 1, 2022(米国はNATOから脱退すべき、と女性議員)
(副題)The US should pull out of the trans-Atlantic alliance instead of waging a proxy war against Russia, a Republican lawmaker says(米国はロシアとの代理戦争を行うのではなく、NATOから撤退すべきであると共和党議員が発言)
https://www.rt.com/news/558216-us-lawmaker-withdraw-nato/
この記事の副題を読んでいただければお分かりのように、グリーン議員は、「ウクライナを『道具』 『代理』に使ったロシアとの戦争を止めるべきだ」と訴えているのです。
このグリーン議員の記事の最後は次のように結ばれていました(和訳は寺島)
マージョリー・テイラー・グリーン議員は、ウクライナへの軍事援助供与に議会で反対票を投じた。それはロシアに対する 「代理戦争」 であり、 アメリカ人はそんなことに興味も関心もないと言った。
「ロシアと戦うためにウクライナを大砲の餌食にするなんて不愉快極まりない行為だ。ロシ
アは付き合い方次第でアメリカの仲間にすることもできたのに」とツイートした。
また、グリーン議員は、高騰するインフレから鎮痛剤フェンタニルの過剰摂取、横行する犯罪まで、米国民にとってより緊急性が高いと思われる問題の数々を列挙した。ロシアとの紛争を煽っているのは、 「それでお金を稼ぐ人たち」だけだと彼女は主張した。
「NGO、あらゆる種類の軍事契約、助成金、ビジネス取引、さらには人道支援、政治コンサルタントなど、すべてがいかがわしい」 「戦争は産業だ。致命的な利益を生む産業だ」と彼女は書いている。
ロシアとの戦争を求めるワシントン戦争中毒の連中は、 「それにふさわしい格好に着替えて、自分自らが戦いに行くべきだ」と彼女は提案した。 「戦争がしたいのであれば、あなたの子供を戦場に送れ。自腹でやれ。私たちを巻き込むな」。
日本で誰かこのような意見を述べた議員はいるのでしょうか。私の知るかぎり、共産党すらこのような意見を表明していません。
冒頭で取りあげたニュースレター『健康と暮らし』のコラム「健康春秋」を書いたKさんは、
コラムの最後を次のように結んでいました。
膨大な死者を出した独ソ戦の舞台となり、またスターリンによる「ホロドモール」と言われる
大量の餓死等、悲惨な歴史を持つウクライナの歴史から学ぶべきことは多いようです。
そのうえで、 「平和」 を取り戻すためになにが必要かを学ぶ努力が求められています。その努力は日々流されている情報を正しく理解するためにも必要なようです。
確かに「悲惨な歴史を持つウクライナの歴史から学ぶべきことは多い」ことは間違いありません。
また、 「そのうえで、 『平和』を取り戻すためになにが必要かを学ぶ努力が求められています。その努力は日々流されている情報を正しく理解するためにも必要」だということも、仰るとおりです。
しかし、そもそも間違ったウクライナ理解から何が得られるのでしょうか。
今まで説明してきたように、Kさんのウクライナ理解は、 「日々流されている情報を正しく理解する」ことから、程遠いように思われます。
もっとも、このことはKさんだけの責任ではありません。共産党の志位委員長でさえ、日本の国会におけるゼレンスキー大統領のオンライン演説を「感銘した」と言っているのですから。
拙著『ウクライナ問題の正体2』で詳しく述べたように、 欧米のメデ ィアもゼレンスキーを「民主主義の旗手」として絶賛しているのです。
それどころか世界中の左翼・リベラルのひとたちから尊敬されてきたチョムスキーでさえ、「ロシアが深刻な打撃を受けるまで戦争を続けろ」という発言をしているのです。この事実を知ったとき、私は絶句してしまいました。
*Video: Noam Chomsky’s Stance on the Ukraine War: “The War must continue until Russia is Severely Harmed.” By Kim Petersen, Global Research, June 28, 2022(動画ノーム ・チョムスキーのウクライナ戦争論「ロシアが深刻な打撃を受けるまで戦争を続けろ」 )
https://www.globalresearch.ca/noam-chomsky-qualified-military-analyst/5784806
現在のチョムスキーは、 前頁の論考にあるとおり、ウクライナに関しては、 「コソボ問題」で示したような立場を放棄してしまったようです。私にとっては信じがたいことでした。
コロナ騒ぎを引きおこし、 「グレート・リセット(世界の初期化)」を企画した人たちの目論見は、まんまと成功したのかも知れません。なにしろ共産党やチョムスキーまでも「リセット」してしまったのですから。
かくして、私にとって北斗七星のような存在だったチョムスキーは、もはや存在しません。
悲しむべきことに、コロナ騒ぎを契機として世界はいま「左翼 ・リベラル総崩れ」の状態です。
*Ukraine War, Divided Left: “Social Patriots” and the “Anti-Imperialism of Fools”!( 「ウクライナ戦争、 分裂する左翼―『社会愛国主義者』 と 『愚か者たちの反帝国主義』!」『翻訳NEWS』2022/10/10)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1082.html
また、Kさんのような左翼・リベラルの人たちが「ロシア軍によるウクライナ侵略」を叫べば叫ぶほど、自民党岸田政権が、そのような声を口実に憲法を改悪し、中露を「仮想敵国」とした軍事化をすすめることは目に見えています。
このような悲しむべき現状をどのように建てなおすか。私たちに課せられた課題は前途遼遠ですが、絶望するわけにはいきません。私も老体に鞭って「亀の歩み」を続けて行くつもりです。どうか今後ともよろしくお付き合いください。
(寺島隆吉著『ウクライナ問題の正体3—8年後にやっと叶えられたドンバス住民の願い—』の第2章から転載)
〇ISF主催トーク茶話会:鳥集徹さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/
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国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授