第10回 捜査側にまずい取り調べ映像
メディア批評&事件検証前回は、裁判員たちがこれといった殺人を裏付ける証拠がなく、宇都宮地裁に提出された検察側による一部の取り調べの録音・録画映像で無罪か有罪かを決めるしかなかった実情を紹介した。さて、今回はどうやって勝又拓哉受刑者の自白調書や影像を作ったのか、法廷での証言などで追いかけてみた。
勝又受刑者が初めて殺人を認めたのは、2月18日の朝だった。別件の商標法違反で現行犯逮捕しての1回目の勾留満期の日で録音・録画はしていなかったと検察側は説明している。
勝又受刑者が一言でもいい「やった」と認め始めた今がチャンスとばかりに宇都宮地検の大友亮介検事が映像に保存するために再度、午後から聴取したとしている。
ISF独立言論フォーラム副編集長の私は、本当に撮っていなかったのだろうかと、にわかに疑いの目で見ている。というのも、冤罪「足利事件」でも取り調べ中は録音をしていたことが再審で無罪が出た後に朝日新聞のスクープでわかったいきさつがある。用意周到の検察が撮らないはずがない。ならば、どうして撮らなかったと嘘をつくかと推理してみた。その場面は、法廷では見せてはいけないものがあるからと推察している。
何かまずいことはあるかな?勝又受刑者の顔が脳裏に浮かんだ。これだ!!彼が法廷で証言したことを裏付けることになることだ。2月18日朝は、検察庁での検事調べだった。殺人を認める調書にサインをした時間帯だ。勝又受刑者の証言では、取調室に「班長」と呼ばれる看守がいて、背中を何度も揺さぶられて「サインをしろ」といわれてもうろうとなってサインをした。これは取調室に警察官がいること事態違法だし、看守の行動も外には出せない。もしこれが本当なら、勝又受刑者が書きかえさせられたと証言した母への手紙もつながってくる。何か臭うな。
問題のあの日朝の検事調べからその後の調べについて話題を変えよう。仕切り直しをするように調べを再開する。自白を認めることをためらう被告。その後、時間をかけて検事が「女の子」、「車」、「包丁」というキーワードを使って彼の口を開かせ、言葉巧みに殺人の事実を作りあげていく調べ方がまるで推理小説を読んでいるような感覚にさせてくれる。しかし、実際はこれが冤罪だったから末恐ろしい。
「足利事件」で犯人にされた菅家利和さんの自白調書も、さも犯人しか知らないような供述になっていた。今回は、取り調べ中に勝又受刑者が突然ある行動に出る。途中で彼の姿が消え、音声だけが流れる。なぜ、こうなるんだ?当時勝又受刑者は自殺をしようとしたのではないのか………。殺人容疑で逮捕される前の2014年2月下旬の取り調べ映像を再現してみよう。
・2月25日の取り調べ
検事:「新しい気持ちで話してな。吉田有希ちゃんを殺したよね?」
被告:「昨日、姉と話せていろいろと心のつかえが取れて…。それでその後すぐ弁護士が会いに来た。やっと弁護士にちゃんと話せた感じだった」
(一部省略)
検事:「不利益におとしめようとか、そんなことないの。今、話してほしいわけよ。ずっと話さないつもりか。まあ、いつまでも悪夢を見続けろって話だけど」。
被告:「あぁ…」
検事:「いつまでも遺族とかいろんな人間に恨まれ続けて生きていけばいいよ」。
被告:「もう無理、もう無理、もう無理ーっ」。(何回も叫んで腰縄で結ばれた椅子ごと立ち上がり、検事の後ろの窓に突進。取り押さえられる。画面が消えて3分ほど勝又被告の鳴き声が続いた。
・同月27日の取り調べ
検事:「今日も吉田有希ちゃんの事件について聴きますから。黙秘権はあります。任意の取り調べで録音・録画しています。こないだ火曜日夜は…(25日に突然、窓に突進したことについて)」。
被告:「すいません」
検事:「どうしたんだ。別にいいよ。つらかったんだろ」。
被告:「うん」
検事:「どんな気分になっちゃったの?」
被告:「飛び降りたら楽だなあって」
検事:「自殺しようとしたの。この間、姉と会ったら話すって言っていたのに、火曜は言わないで…。信じてたのに。葛藤もあってパニクったんじゃないの?」
被告:「何か壁があったから」
(場面が変わる)
検事:「逃げたい自分がいるのか。あれか、黙っていれば処罰されないんじゃないかみたいな一筋の希望を見だしたのか?」
被告:「弁護士…。弁護士と話せば話しているほど言えなくなってきて…」
検事:「自分がどうなるか怖くなっちゃったの。それはみんな怖いんだよ。でも段階を踏むわけ。凶悪犯罪した人も被害者や遺族を思って話してるわけよ。話さない人もいるけどさ」。
被告:「話さない…。ずっと話さないつもりはない。自分でも耐えられないと思っている。ずっと話さないのは無理」。
(一部省略)
検事:「先週はさ、しゃべっていたじゃない。しゃべっていたところ録音・録画してたし、君は真っ白で覚えてないって言うけど、調書もあるんだよ。それ以外にも君が犯人と思う証拠あるんだけど、今さらしゃべんなくなっちゃうのはみっともないと思うの」。
被告:「いくら刑事に言われて、いくら思い出そうとしても全然…」。
検事:「覚えてないの。パニクった?」
被告:「いや、もう、どうしたのか全然覚えていない。思い出すように何回も言われたけど…」。
宇都宮地方裁判所206号法廷での一審判決公判直後にこの裁判員裁判に参加した裁判員や補充裁判員の7人が宇都宮地裁内で記者会見した際に口々に語られたのは、再生されたその録音・録画映像が自分たちの裁判の行方を判断する決め手になったということだった。
このニュースをテレビニュースで知り、今市事件の控訴審を欠かさず見守り続けたのが映画「それでもボクはやっていない」で刑事裁判の現実を描き自ら潔白を立証する理不尽をスクリーンで問うた周防正行監督だ。法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の一員として可視化法案作成にかかわり、全事件における取り調べ全過程の録音・録画を主張したものの裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件に限り、義務づけられることになった。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。