〈海峡両岸論〉中国がウラジオストク港を「奪還」 ​弱体化するロシアの権益に浸食

岡田充


ロシア民間軍事組織「ワグネル」の反乱劇(2023年6月23~24日)は1日で終わった。この騒ぎをみて思い出すのは1991年8月、ソチで避暑中のゴルバチョフ大統領を監禁した「8人組」によるクーデター。クーデター粉砕で主役を演じたロシア連邦のエリツィン大統領は求心力を一身に高め、この年末のソ連邦解体につながった(写真 クーデターを粉砕しロシア国旗を振るエリツィン)。ワグネル反乱から「プーチンの終わりの始まり」とみる識者は多いが、プーチンに替わるリーダーはまだ見えない。「終わり」までかなり時間はかかるだろう。ここで論じるのはロシアではない。中国がロシア弱体化に乗じ、ウラジオストク港使用権を165年ぶりに回復したエピソードである。中ロ関係の現在地がよく見えると思う。

ソ連崩壊で「二つの山」築いた中国
少しだけロシア情勢に触れる。ロシアはソ連邦崩壊から少しも学んでいないように思える。長期にわたって沈滞したブレジネフ体制を経て、ソ連は軍事と科学技術に偏重し、民生と福祉をおろそかにしそれがソ連崩壊につながってゆく。2014年のクリミア併合と22年のウクライナ侵攻も結局、1991年のソ連邦解体による「帝国消失」に起因するのだが、プーチン大統領の軍事依存体質に変化はない。軍事優先体質というならアメリカもまた同様だ。
天安門事件を経て西側の経済制裁下にあった中国は、ソ連崩壊の経験を詳細にウオッチし続けた。そこから学んだのは、改革開放政策を継続して経済発展を進めて民生・福祉に精力を傾注する一方、政治的には党指導を強化し西側影響力浸透に防衛線を引くことだった。
レッドラインは、共産党の指導と国家統一の維持の二つ。鄧小平から現在の習近平に至るまで温度差はあっても「二つの山」への挑戦は許さない基本姿勢は維持してきた。台湾の分離独立に対し武力を行使しても許さない方針も、ソ連崩壊から引き出した教訓だ。
「ウクライナが敗れれば、中国は台湾に侵攻する」という西側の見立ては、見当はずれもいい謬論。「国家の統一性」維持とは「守り」の姿勢であり、中国の「好戦性」と何の関係もない。

「祖国の懐に」と興奮
本題に戻ろう。中国は6月1日からロシア極東最大都市ウラジオストク港の使用権を165年ぶりに回復した。さらに西部国境では、中国とキルギス、ウズベクの横断鉄道計画にゴーサインを出し、ロシアの権益を次々と浸食している。ウクライナ侵攻で衰退が加速するロシアの弱みを突いて「兄弟関係」を逆転しただけではない。ウクライナ危機の最大の受益者は中国と言っていいかもしれない。
「ロシアによって165年間使用された後、港はついに祖国の懐に戻った」
中国東北部の吉林省と黒竜江省が、省産品を浙江省など沿海地域に出荷する際、ウラジオ港を使用する特例措置が6月1日から認められたニュースを伝える報道だ。
かつて中国領だったウラジオが、帝政ロシアとの不平等条約によって奪われた「屈辱の歴史」を雪いだかのような興奮ぶりだ。ロシアはもちろん太平洋艦隊の基地がある極東最大の軍事拠点の同港を中国に「返還」したわけではない。順序を追って説明しよう。
中国税関総署は5月4日、中国東北部の老朽化した工業基地を活性化するため、6月1日から国内貿易品を国境越えの通過港としてウラジオ港を使用できるようになると公告した[i]。

国土の半分をロシアに割譲
ロシア政府がこれを認めたのは、習近平が3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で3期目の国家主席入りを果たした後、3月20〜22日に初の外遊先としてロシア訪問した時だ。プーチン大統領との10時間以上におよぶ首脳会談での、最大のテーマはウクライナ問題だった。
首脳会談後に二人は、「2030年までの経済協力の大枠に関する共同声明」[ii]に署名した。この中で、「両国の鉄道、道路、河川、海運など輸送迅速化を含む物流面での協力」をうたい、ウラジオ港使用でプーチンの「ダー(イエス)」を勝ち取ったのだった。
沿海州は清朝時代には「外満州」(Outer Manchuria)と呼ばれる中国領だった。しかしアヘン戦争で清朝が弱体化、帝政ロシアは1858年のアイグン(璦琿)条約と、1860年の北京条約でアムール川左岸を獲得、ウスリー川以東の外満洲を両国の共同管理地として「割譲」した。
中国側は帝政ロシアに奪われた国土の総面積を、外満州にモンゴルと西域を合わせ約500万平方キロメートル(写真=帝政ロシアに割譲された領域を赤で塗った地図)[iii]と、現在の中国領土の半分強に相当すると主張、中国にとって屈辱的割譲だった。

経済的には「ウィンウィン」
ウラジオ港使用権の付与に合意した背景は何か。まず経済面。中国が吉林省や黒竜江省から貨物を輸送する場合、これまでは大連港まで運び、江蘇省、浙江省向けの貨物船に積み替えてきた。大連までの距離は最長600キロ。
ウラジオ港開放によって約300キロと半減される。コストパフォーマンスがいい。吉林、黒竜江省から中国南部への輸送は「国内貿易」扱いだから関税の問題も発生しない。
一方、ロシアのメリットは何か。これまでロシアはウラジオ港を、原油、天然ガス、海産物、木材などを日本、韓国、米国、台湾に輸出する窓口にしてきた。しかしウクライナ侵攻に伴う経済制裁で、西側諸国への輸出量は激減。ウラジオ港は「閑古鳥が鳴く」状況になった。中国が対西側貿易減少の穴を埋めてくれれば、ロシアも「ニエット(ノー)」とは言えない。それがウラジオ使用権を求める中国の要求を受け入れた経済的理由だ。双方にとり「ウィンウィン」なのだ。

プーチン政権を支え要求を飲ます
では政治的にはどうか。西側は中国がロシアのウクライナ侵攻を非難せず、ロシア軍の即時撤退を求めていないとして、「ロシア寄り姿勢」を批判。広島サミットの首脳声明でも中国に「ロシア軍撤退を要求するよう」求めたほどだ。
3月の中ロ首脳会談の共同声明は、「(中ロ)双方は、国際連合憲章の目的と原則が尊重されなければならず、国際法が尊重されなければならないと信じる」とした。ウクライナ侵攻が国連憲章に違反していること念頭にした事実上のロシア批判なのだ。中国は決してロシア寄りの立場をとっているわけではない。2014年のクリミア併合を中国が認めていないのもその証左だろう。
共同声明はさらに、ウクライナ危機の解決に積極的な中国の意思を歓迎し、「『ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場』(2月の声明)に示された建設的な命題を歓迎する」と、中国の仲介工作を支持した。
共同声明を読む限り、ロシアは中国の主張をそのまま受け入れたことがわかる。ウクライナ侵攻後、中ロ二国間貿易は前年比30%増になった。大半が経済制裁で西側に輸出できなくなった原油、天然ガスを中国が輸入しているからだ。ロシア経済を支える上で、原油を大量に輸入してくれる中国とインドの存在は死活的に重要だ。
中国は経済的利益を与えてプーチン政権を支えているだけに、ロシアは中国の要求をむげに断れない。米中対立の激化で、中ロは安全保障協力を強化することに「共通利益」を見出している。中国からすればロシアに様々な要求を飲ませる絶好のチャンスでもある。こうしてみると、中国はウクライナ危機最大の受益者ではないか。

中央アジアにも浸食
中国とロシア(旧ソ連)は1989年5月、当時のゴルバチョフ共産党書記長の訪中で関係を正常化。最大の懸案だった国境問題は2004年、東部のウスリー川など3河川の係争地を二分割することで合意し、国境線を最終画定した。
しかし、不平等条約によって奪われたウラジオの存在は、中国にとっては屈辱の歴史の象徴でもあった。一方、ロシアにとっては極東最大の海軍基地という重要性がある。にもかかわらずウラジオを開放したのは、プーチン政権が中国との協力によって衰退と孤立を回避したいためだ。
中国が獲得したのはウラジオ港使用権だけではない。習近平は5月18,19日、シルクロードの古都西安で、中央アジアのカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン5カ国首脳との首脳会議を開いた、
中国と5カ国の22年の貿易総額の合計は703億ドル(約9兆6300億円)と前年比4割増で過去最高だった。首脳会合は19日「中国・中央アジアサミット西安宣言」を採択、①「一帯一路」推進の確認②中央アジアの治安維持やテロ対策の支援③貿易・エネルギー開発の加速と総額260億元(約5100億円)の資金援助―をうたった。

 

中国・キルギス・ウズベク鉄道が前進
日本の全国メディアは報じていないが、宣言は中国新疆ウイグル自治区からキルギスタンとウズベキスタンに伸びる「新鉄道建設」[iv](総延長523キロ)の着工加速も盛り込んだ。
鉄道が完成すると、中国貨物を鉄道で中央アジアから中東各国に輸送できるだけではない。中国から欧州への鉄道の最短ルートにもなるのだ。(写真 中吉烏鐵路_百度百科から)
計画は1997年に浮上したが、山岳地帯を貫く工法や環境問題、軌道幅など技術問題に加え、ロシアと中国のどちらが出資するかなど政治的理由もあり進展しなかった。
変化は2022年5月16日、モスクワで開かれたロシアと旧ソ連構成6カ国の集団安全保障条約機構(CSTO)首脳会合で起きた。プーチンがキルギス大統領の進言を受け、計画を中国資金で建設することに「反対しない」と初表明した。これにより着工への展望が一気に開け、王毅外相(当時)は翌6月に「23年着工」を発表した。

迫られる微妙なハンドリング
中国のロシア権益浸食についてロシアはどう受け止めているのか。フランスのマクロン大統領は5月14日付けの仏紙とのインタビューで、ロシアは国際的に孤立し、「中国の属国に成り下がった」と酷評した。
これに対しクレムリンのペスコフ報道官は「両国は戦略的パートナーであり、従属かどうかの問題などない」と反論した。プーチン自身も6月16日、サンクトペテルブルク「国際経済フォーラム」で、欧米制裁にもかかわらず、「世界経済のリーダーの地位を維持する」と強気の姿勢をみせた。
しかしプーチンの強気に説得力はない。中国共産党は1921年の創設以来「共産主義の祖国」ソ連から革命理論をはじめ党組織論、経済建設計画などを学んできた。新国家建設もソ連をモデルにし、ソ連を「兄」、中国は「弟」の兄弟関係にあった。
その関係がいまは完全に逆転したのは、差が開く一方の経済力にある。ウクライナ戦争発動の遠因は、1992年のソ連崩壊にある。長期にわたり世界の半分を支配した「帝国の喪失感」は、プーチンだけでなくロシア国民に広く共有された意識である。
しかし戦時経済の長期化でロシア経済は深刻な打撃を受け、中国の協力抜きの生存は危うい。ウラジオ港の使用権回復と中央アジア権益拡大は、中国がロシアの弱さを突いて獲得したものだ。同時に権益浸食が過剰になれば「傷ついた熊」の誇りを失わせかねない。
それが嵩じれば、中ロ関係にひびが生じ西側の利益になることを、中国は自己の歴史経験から知っている。今後中国がどこまでロシア権益に手を出すか、アクセルとブレーキを交互に踏み分けながら、微妙なハンドリングを迫られるだろう。
(注)本稿は「東洋経済Online」に掲載された拙稿「中国がロシアの港を奪還? 極東権益を侵食中 ウラジオストク港の使用権を165年ぶりに回復」中国がロシアの港を奪還? 極東権益を侵食中 ウラジオストク港の使用権を165年ぶりに回復 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)を大幅に加筆した内容。

[i] 海关总署公告2023年第44号(关于进一步拓展吉林省内贸货物跨境运输业务范围的公告) (customs.gov.cn)

[ii] 中华人民共和国主席和俄罗斯联邦总统关于2030年前中俄经济合作重点方向发展规划的联合声明_滚动新闻_中国政府网 (www.gov.cn)。

[iii] 如何看待海参崴百年后重归中国中转港口? – 知乎 (zhihu.com)关注)

[iv] 中吉烏鐵路_百度百科 (baidu.hk)

 

岡田充の海峡両岸論 第151号 2023・7・8発行 からの転載です。

 

 

岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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