ビリニュス首脳会議に見るNATOの戦略的行き詰まり(上)―隠された破局への道のりとバイデン政権の真の狙い―
国際冒頭の写真:7月11日から12日にかけて、リトアニアで開催されたNATO首脳会議に参加した計31カ国の首脳ら。「防衛的同盟」などと自称するが、実態は米国の侵略政策の道具に過ぎない。
7月11日から12日にかけ、リトアニアの首都ビリニュスで開催されたNATO首脳会議(サミット)は、何らかのドラスティックな決定があるのではないかという一部の予測に反し、さしたる意外性も生ぜずに終了した。
6月4日から開始されたウクライナ軍の反攻作戦が未成果のままの時期と重なったこのサミットは、改めて米国やNATOが外交交渉による戦争解決を一切考慮しない姿勢を鮮明にした事実は記憶されねばならない。今回のサミットが「(米英を中心とした)ウクライナ戦争の推進国が及ぼす影響から、欧州が救われる最後の機会」(注1)を逸してしまったという評価が生まれているのも、当然だろう。実際、NATOの戦略的混迷から生じる見通しの不透明感が増すのに比例して、予期し得ない危機的事態が生じる可能性が否定できなくなっている。
今回のサミットを検証すると、恐らく以下のようにNATOの方針が要約できるだろう。
●ロシアとの直接衝突は回避する。
●ロシアとの紛争相手国であるウクライナをNATOに加盟させれば、「集団防衛」を定めた5条の発動としてロシアとの戦争に直結するため、ウクライナの加盟は当面見送る。
●その代わり、ウクライナへの軍事支援は今後も継続される。
●ロシアとの停戦や和平に向けた交渉は、あり得ない。
だがこの方針がすでに破綻している最大の理由は、いくら軍事支援を拡大しようが、ウクライナがロシアに軍事的に勝利する可能性はほぼ皆無だからだ。結局、軍事的展望も戦争終結への道のりもすべて不明のまま、成り行き任せで戦争をウクライナに続けさせることだけが決定された。
今回のサミットで発表されたコミュニケは、「国家、土地、そして共通の価値観(?)を英雄的に守るウクライナ政府および国民との揺るぎない連帯を再確認する」(注2)などと気勢を上げているが、現実にはウクライナの国土の破壊と人命損失を無意味に重ねるだけだ。
ロシアの国防大臣セルゲイ・ショイグが7月11日に発表した数字によれば、反攻作戦から約1カ月間でウクライナ軍の損失は「2万6000人の軍人と3000以上の様々な兵器に達した」とされ、破壊された兵器の内訳は「航空機21機、ヘリコプター5機、戦車やその他の装甲車両1,244両、ドイツ製レオパルト戦車17輌、フランス製AMX戦車5輌、米国製ブラッドレー歩兵戦闘車12輌」(注3)であるという。
ウクライナの「反攻作戦」の惨状
これを、額面通りに受け止めるのは困難だろう。しかし一時はウクライナ軍の劣勢を挽回して「クリミア奪還」も可能とする「ゲームチェンジャー」との呼び声が高かったブラッドレーに関しては、「12輌」どころか7月半ば時点で米国が供与した109輌中、「34輌のブラッドレーが戦場で放棄か損傷、または破壊されたことが目視で確認できた」(注4)という報道がある。
また、ブラッドレーと並び鳴り物入りで供与されたドイツのレオパルド戦車についても、『ニューヨーク・タイムズ』紙の7月15日付の記事によると、2月28日からウクライナが受け取った32輌のうち6月だけで地雷除去車も含めて10輌が破壊され,「与えられたレオパルドの30%が失われた」(注5)という。すると7月分を加えると、ショイグが示した「17輌」という数字は必ずしも現実と乖離したものではないように思える。
さらに『ニューヨーク・タイムズ』紙の同じ記事は、次のように述べている。
「欧米当局者によれば、ウクライナの過酷な反攻の最初の2週間で、ウクライナが戦場に送った兵器の20%もが損傷または破壊されたという。犠牲となった中には、ウクライナ側がロシア軍を撃退するために頼りにしていた、戦車や装甲兵員輸送車といった西側の強力な武器も含まれている」
つまりウクライナ軍は、作戦開始から早々と弱体ぶりを示したことになる。CIAの元ロシア分析官で、米国では少ないリベラル系のシンクタンクであるクィンシー研究所の研究員ジョージ・ビーブは、「米国のNATO同盟戦略は失敗している」と題したレポートで次のように指摘している。
「ウクライナは兵士、砲弾、防空ミサイルの供給を急速に枯渇させており、西側諸国はこの暗い状況をすぐに変えるだけの兵力を訓練することも、武器を製造することもできない。また米国は、中国との潜在的な危機に対処する能力を損なうことなく、既存の軍事備蓄を削減し続けることもできない。その結果、反攻作戦の成功を前提とするNATOの戦争終結戦略は、ますます非現実的なものに見えてくる」(注6)
だが、「反攻作戦」開始前に米国が投入した努力は相当のものであったようだ。
「バイデン政権内部では、今回の攻勢を成功させるために全力を尽くしていると当局者は強調する。『ウクライナへの武器や装備の提供はここ数カ月で急増しており、(ウクライナが)反攻に必要だと言っていた要請はほぼ完了した』と、ある政権高官は語った」(注7)
繰り出される新手の兵器の供与
ならば米国及びNATOの現在の失望の大きさを想像するのは容易だろうが、「キエフ政権による反撃が失敗に終わり、NATO側の兵器の恥ずかしいほど悲惨なパーフォーマンスが露呈した」(注8)現在、米国にはある種の手詰まり感が漂っている。
「国防情報局のジョン・キルヒホーファー参謀長は7月13日、ワシントンで開かれた会議で、『確かに、我々はちょっとした膠着状態(stalemate)にある。ロシアの指導者たちが信じていることの一つは、彼らが西側のウクライナへの支持を凌駕することができるということだ』と語った。ウクライナの反攻作戦の状況についての同参謀長の見通しは、先月ウクライナ軍は『着実に前進している』と述べたマーク・ミルリー統合参謀本部議長を含む他の米政府高官のより楽観的な評価とは対照的であった」(注9)
無論、米国やNATOが次の手を考えていないわけではない。今回のサミットでは、ウクライナのNATO加盟見送りの代償措置として、G7加盟国を中心に「二国間の長期的な安全保障に関するコミットメント」として「防空、大砲、長距離砲撃、装甲車、その他戦闘航空などの重要な能力を優先し、欧州・大西洋のパートナーとの相互運用性の向上を促進する」(注10)ことなどが決定した。
すでにサミット前からウクライナへの新たな兵器供与が決定しており、バイデン政権はF‐16戦闘爆撃機の供与に加え、7月7日にクラスター爆弾の供与を発表。周知のようにこの爆弾は民間人への長期的被害から、すでに仏独や英国等のNATO加盟国も含む約100カ国が禁止条約(2010年発効)に署名しており、同政権の無軌道ぶりを際立たせている。
さらに米国は、これまで「ロシア本土への攻撃を可能にする」という理由でウクライナへの供給を見合わせていた射程300㎞の地対地戦術ミサイル(ATACMS)に関しても、解禁を目前にしている。このほど陸軍参謀長に指名された現副参謀長のランディ・ジョージは7月12日、承認のための上院軍事委員会公聴会で「ウクライナは米国によるATACMSの供与から恩恵を受けるだろう」(注11)と証言しているためだ。
ウクライナは5月以降、英国から供与された射程250㎞以上の長距離巡航ミサイル「ストームシャドー」(英仏共同開発)を使用しており、またフランスも大統領エマニュエル・マクロンが7月11日にサミットに出席した際、自国が使用する「ストーム・シャドー」と同型の長距離巡航ミサイル「SCALP-EG」を供与すると発表。同ミサイルは、すでにウクライナに搬送されたと見られる。こうした動きはウクライナにとって、NATOが「ロシア本土」とは認めていないクリミアへの攻撃を容易にする効果を生むかもしれない。
逆転困難なロシアの巨大な軍事的優位
ドイツも7月11日、レオパルド戦車25輌、マーダー歩兵戦闘車40輌の供与を中心としたウクライナへの約7億7000万ドルにのぼる軍事援助パッケージを発表。国防相のボリス・ピストリウスは「これによりドイツは、ウクライナの持続可能性の強化に重要な貢献をしている」(注12)と述べたが、問題は仮に一定期間「持続」できたとしても、その先は何も保証されてはいないという点だろう。
前出のDIA参謀長キルヒホーファーは、クラスター爆弾であれ長距離ミサイルであれウクライナが「より多量に、より強力な兵器を要求」しても、「残念ながら、これらはどれもウクライナ人が求めている突破を可能にするような聖杯(the holy grail)ではない」(注13)と見なす。つまりいかなる兵器を今後供与しようが、ロシアの軍事的優勢を覆すのは実質的に不可能なのだ。これを理解するためのキーワードは、ピストリウス自身が気付いている気配がない「持続性」にある。
主流派メディアのコメンテイターにまず登用されることはないが、米陸軍中佐出身の傑出した軍事アナリストであるダニエル・デイビスは6月中旬の段階で、「ウクライナの失敗の理由」としてロシア軍の装備の充実性に触れつつ次のように述べている。
「何よりもロシアには、後続部隊を補充できる何百万人もの兵力があり、兵器を無限近く生産できる完全に機能可能な軍事産業の能力がある。こうしたロシアの利点は永続的であり、戦争の勝者と敗者を決定するための基礎に他ならず、予見可能な将来においてそれらを変えるものは皆無だ」(注14)
つまり兵員と装備の余力面でウクライナはロシアと勝負にならず、このまま犠牲と損害を続けていればいずれ継戦能力が尽きるのは自明ということだろう。こうしたウクライナ軍の惨状が主流派ディアすら認めざるを得ないほど白日の下にさらされるまでの時間は、それほどかからないかもしれない。ロシアとドイツを結ぶ天然ガス輸送用パイプラインの爆破事件で米国政府の関与を暴いたジャーナリストのセイモア・ハーシュは、バイデン政権の内情について以下のように伝えている。
「現時点では、ウクライナが大きな成功を収めるのは不可能だということだと私は聞かされている。『戦争におけるバイデンの主な問題は、彼がめちゃくちゃだということだ』と事情通の当局者は私に語った。……『いずれにせよ、クラスター爆弾が戦争の流れを変える可能性はゼロだ』と当局者は語った。同氏は、本当の懸念は今夏の後半、おそらく早ければ8月に訪れるだろう。その時、ウクライナ攻撃を難なく切り抜けたロシア軍が大規模な攻撃で反撃するだろうと語った」(注15)
遂にNATOの直接介入が実現するのか
こうなると「8月」といわず、デイビスが主張するように「ウクライナが守りだけに転じ、戦争終結を求めることが最も懸命な選択となる」(注16)ことが緊急に理解されねばならない。だが繰り返すように米国とNATOにとってそのような「選択」は存在せず、新手の兵器供与を中心に軍事支援を続ければ、「持続性」が担保されるかのような思考から抜け出せない。
なぜこうした非合理的な思考にとらわれているのかについては、あのジョン・ミヤシャイマーが正しく指摘している。現時点で米国やNATOが停戦をロシアに求めたら事実上「戦争に負ける」のを意味し、「米国の能力と信頼性に関する評判は大きく傷つき、(NATOが安全保障の傘だと信じている)同盟国だけではなく敵国、特に中国の米国への対応にも影響を与える」(注17)ようになるからだ。「戦争に勝たなければ恐ろしい結果を被らなければならない」という観念にとらわれている以上、軍事的勝利以外の選択肢は残されていない。これはロシアにとっても同様で、だからこそ「ウクライナ戦争が有意義な和平合意で終わる可能性はほとんどない」というミヤシャイマーの絶望的な結論が導き出される。
加えてミヤシャイマーも、「戦場ではウクライナ軍が著しく不利な状況にある」と断言する。今年前半に凄惨を極めたバフムートの攻防戦におけるロシア兵とウクライナ兵の戦死者比率について、1対7・5であったと認めたウクライナ国家安全保障・国防会議議長のオレクシー・ダニロフの発表を引用しつつ、消耗戦では決定的に重要となる「砲兵のバランス」でロシアがウクライナに対し5倍から10倍の圧倒的優位に立っていると見られるからだ。この「バランス」からすれば、人口だけでもロシアの3分の1程度に過ぎないウクライナは、「消耗戦」の経過と共に敗北に追い込まれていくしかない。
今やバイデン政権は、ウクライナの軍事的敗北という死活的な危機に直面しているがゆえに、さらに非合理的な方向に暴走しようとしている兆候がある。前述のサミットのコミュニケでは一切言及されていないが、ウクライナの軍事的敗北を決して座視できない以上、いかに極端で理性的計算からかけ離れていようとも、形勢逆転を可能にさせる唯一の策とされるものが徐々に現実性を帯びつつあるのだ。それこそはNATOの直接介入に他ならず、窮地にあるゼレンスキーに残された唯一の希望でもある。(この項続く)
(注1) July 10, 2023「Can Washington Be Saved from Itself at the NATO Summit?」
(注2)July 11, 2023「Vilnius Summit Communiqué」
(注5)July 15, 2023「After Suffering Heavy Losses, Ukrainians Paused to Rethink Strategy」
(注6)July 14, 2023「America’s strategy for the NATO alliance is failing」
(注7)April 4,2023「Biden’s team fears the aftermath of a failed Ukrainian counteroffensive」
(注8)July 12, 2023「More Grumbling From Zelensky Because NATO Doesn’t Want Direct War with Russia」
(注9)July 14, 2023「Ukraine Recap: US Intel Official Says Conflict at ‘Stalemate’」
(注10)July 2023 「G7: Joint declaration of support for Ukraine」
(注11)July 13, 2023「Ukraine would benefit from ATACM missiles, US Army general says」
(注12)July 11, 2023「Berlin Finalises 700-Million-Euro Military Aid Package for Ukraine」
(注13)(注9)と同。
(注14)June 21, 2023「Ukraine’s Chances Of Victory In 2023 Are Vanishingly Small」
(注15)July 13,2023「FEAR AND LOATHING ON AIR FORCE ONE」
(注16)(注14)と同。
(注17)June 24,2023「The Darkness Ahead: Where The Ukraine War Is Headed」
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。