『人権と利権』編者が語る LGBT理解増進法の内実/森奈津子
社会・経済一部団体の反LGBT差別運動や、女性支援団体「Colabo」が抱える問題を指摘した『人権と利権「多様性」と排他性』(5月23日発売、鹿砦社。本誌裏表紙参照)が賛否両論を集めている。出版元では一時品切れ状態にもなった(現在は書店・ネットで入手可能)。
そして、6月23日に施行されたLGBT理解増進法もまた、その是非が議論されている。同法をどのように評価するか、『人権と利権』の編者で自身もバイセクシャルとして当事者である作家の森奈津子氏に聞いた。
反差別運動の「利権化」
――LGBT理解増進法に至る経緯を振り返りたいと思います。
森 最近の国会での動きとしては、2016年に野党4党がLGBT差別解消法案を国会に提出しました。差別行為を罰則付きで禁じるもので、否決されています。同時期に、国会提出に至らなかったものの、自民党の特命委員会がLGBT理解増進法案を作成しました。前者は差別認定のやり方によって表現の自由を過度に規制する可能性がある、後者は理念法のため効果が見込めないのでは、といった指摘があります。
自公の理解増進法案の作成を進めた繁内幸治さん(元自民党性的指向・性自認に関する特命委員会アドバイザー)もゲイの当事者であり、神戸でHIVに関する啓蒙団体を運営されていた方で、当時の自民党政調会長・稲田朋美衆院議員にはたらきかけて法案が作成されました。
――21年には、与野党の超党派の議員連盟で理解増進法の合意がなされたものの国会提出が見送られています。
森 今年2月に荒井勝喜元首相秘書官の「隣に住んでほしくない」との差別発言があって、LGBT理解増進法に関する機運が急速に高まりました。自公案と、立憲民主党を中心とした案、維新・国民民主の3案が提出され、結局、自公案に維新・国民案を一部組み込んだものが可決・成立しました。
――荒井発言が批判されるのは当然として、岸田文雄首相が即更迭を決定したこと自体、自民党内でも一定の流れができていたとも見えます。そのなかで一石を投じたのが『人権と利権』。タイトルのとおり、一部運動の背景に「利権」の存在を指摘しています。
森 LGBTの運動が段階的に実を結び、問題意識が社会で共有される一方で、一部の活動家が各地で好き勝手に高額の講演会や講習会を開いたり、教育現場に介入して「子どもにこういう教育をしろ」と、LGBT団体から派遣されたスクールカウンセラーの配置を求めたりするなどの事例が目につくようになりました。まるでLGBTの運動に「寄生」して利権化するような動きです。
そうした動きのなかに、反差別団体C.R.A.C(旧レイシストをしばき隊)を中心に、俗に「しばき隊界隈」と呼ばれる運動体の存在が見えてきました。「界隈」というのは、彼らがあえて勝手連的に集まった体裁をとっているからですが、そこには政治家や弁護士、文化人、報道関係者なども関わっています。もともと「在日コリアン差別反対」を掲げながら、批判的な人々に集団ネットリンチをあびせ、相手が在日の方々の場合には「なりすまし認定」して偽物だと決めつけてきた連中です。また女相手のときにこそ、ネットリンチは苛烈になります。
そんなしばき隊界隈が、2018年に起きた『新潮45』騒動をきっかけに、LGBT差別反対をさらに激しく叫ぶようになりました。まさに「寄生」を本格的に始めた瞬間で、その実態については、『人権と利権』をお読みいただければと思いますが、こうした事態への危機感が、成立したLGBT理解増進法にも影響しています。
――第11条の「政府は(中略)関係行政機関の職員をもって構成する性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進連絡会議を設け」という部分ですね。理解増進法に反対する側は、官僚ポストや天下り先につながるとか、当事者の参加が明記されていない点を批判しています。ここが法律の本質のひとつだと。
森 そうですね。ただ、「LGBT運動の暴走を止める法律だ」と言ってしまうと、マスコミを味方に付けた活動家に潰される。理解増進法では、稲田議員は保守の側からも責められていましたが、承知のうえで耐えていたのだと思います。
実際、反差別運動の実情は、社会で知られていません。たとえば荒井氏の発言で、岸田首相を謝罪させたゲイの活動家・松中権氏は、「グッド・エイジング・エールズ」というLGBT団体のリーダーで、元電通マン。彼が始めたものに「PRIDE指数」というものがあり、企業がジェンダーレストイレの設置などの条件をクリアすれば「LGBTフレンドリー」だと認定する事業です。いくら当事者であるからといって、勝手にランク付けしてお墨付きを与えたかに見せるなど、荒唐無稽としか言いようがありません。
「性自認」か「性同一性」か
――3つの理解増進法案で、ポイントのひとつが「ジェンダーアイデンティティ」「性自認」「性同一性」といった言葉の問題でした。
森 埼玉県などで施行されているLGBT条例では「性自認」という言葉が使われています。読んで字のごとく、その人が自認する性に基づくということ。体が男でも「私は女」という自認があるならば、それを尊重するということです。
身体的に男性でも性自認が女性である人をトランス女性と呼びますが、その人が女子トイレや女湯に入っていいのか、女性スポーツに参加していいのかという問題が出てきます。入っていい、というのが欧米のLGBT活動の価値観で、それらの国では実際に、トランス女性を名乗る男性が女性スペースに入ってきて、実はその人物が性犯罪者として逮捕歴がある男だった、といった問題が起きています。
こう言うと揚げ足をとられかねないのですが、決してトランス女性という存在を問題視しているわけではありません。私もそうした方々と仲良くお付き合いをしています。その人たちが善良だからといって自宅に鍵をかけないのか、ということです。
次に「性同一性」ですが、もともと自民党案ではこれを採用していました。「性同一性障害」という言葉があるとおり、たとえば身体的に女である私が、「本当は心は男だ。心の性別に合わせて体も男になりたい」という。そのために性別適合手術を受けることがありますよね。身体的な性と心の性が別といったような、肉体的な差異を前提とした、私たちがこれまで認識してきた「性別」を前提としています。
――「性自認」は、従来の性別の定義に手を加えるのかということになりますね。
森 法において、性自認にするか性同一性にするかが議論となるなか、私は2021年に繁内さんに声をかけていただき、性自認では問題が起きると、国会議員に陳情を行なうことになりました。繁内さんは当初、別のレズビアンの女性に依頼するつもりだったのが、「活動家が怖いので出来ない」と言われたと聞きました。
そして私はゲイの方たちとともに、自民・公明・維新の議員に陳情しました。立憲・共産・社民の議員も訪ねたかったのですが、こちらは会ってはもらえませんでした。結局、2021年の超党派の合意においては「性自認」となったものの、成立した法律では折衷案といえる「ジェンダーアイデンティティ」が採用されています。
ただし、第2条で、「『ジェンダーアイデンティティ』とは、自己の属する性別についての認識に関するその同一性の有無又は程度に係る意識をいう」と定義。性同一性の程度や継続性に言及した点で、性同一性に近いものだと私は理解しています。
女性は「マイノリティ」ではなくなったのか
――ほかに、理解増進法の焦点となったのが、維新・国民が加えた第12条「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」という内容でした。
森 一部のLGBT活動家は異性愛者対LGBTと捉え、「多数派に従えというのか」と怒っていますね。でも、先ほどの話と重なりますが、懸念されるのは女性と、LGBTのなかでも「T」、その半分といえるトランス女性の間の問題です。男性との間で「弱者」として捉えられてきた女性への配慮は、ことここに至って必要なくなるのか。わざわざ悪意をもって捉えているとしか思えません。
――特に、女性スペースの安全が確保されなくなるのではないかと取り沙汰されました。国会での審議でこの点に多くの時間が割かれたことに、「本質ではない」と批判する声もありますが、先にも述べられたとおり、社会で価値転換が求められている以上、無視してはならないテーマだと思われます。
森 理解増進法に反対するLGBT活動家の基本は「心が女性なら女子トイレを使って当然」という考えと言っていいでしょう。たとえば同志社大学の岡野八代教授は、フェミニズムの言論サイト「WAN」(2020年8月19日付)で、お茶の水女子大学がトランス女性を受け入れることに関して、〈女子大学に入学する女性たちはすべて、トイレも更衣室も同じであることが当然でしょうし、部活動などでは、お風呂も一緒だということが前提とされるでしょう。そして、現在その大半の受験生が未成年であることから、ほぼ全ての学生にとって、適合手術を受けることは不可能なのです〉と書いている。
女性たちは「フカソ」という言葉を使って、そうした学者の態度を批判しています。「フカフカソファ」の略032で、そこに座って机上の空論を語っているフカソ先生方は、私たちのことなど他人事だ、と怒っているのです。
こうした猛反発に、活動家の側もトーンが変わりつつあります。それでも、議論ができない不健全な状況に変わりはありません。トランス女性が女子トイレを使うのかという問題にしても、私たちが反対すると、活動家は「それはトランス女性を悪魔化する差別発言。ヘイターだ」と騒ぎだします。レッテル貼りによって、それ以上の議論を阻害する。しばき隊界隈に至っては、ネットで女性を集団バッシングしたうえ本名や住所を探るなど陰湿なことをするので、本当に不健全で、まさに運動が腐敗しています。
なお、公衆浴場などの男女の区分けについて、内閣委員会では「戸籍の性別」をもって説明されています。戸籍というのは、性同一性障害特例法に基づき性別を変更する際に、未成年の子どもがいないとか、生殖腺を切除していることを要件とした考え方です。これについて共産党は、手術要件を人権侵害や“断種手術”と主張しています。つまり共産党としては「ペニスがある戸籍上の女性もそのうち出現するだろう」と捉えている。身体的に男性の女性が女子トイレや女湯に入るのを拒絶したら人権侵害ということになるのでは。
しかし、彼らも新宿・東急歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレ騒動あたりから、主張のトーンが変わったように見えますね。
――歌舞伎町のジェンダーレストイレというのは、ジェンダーレス・女性用・男性用・多目的の個室が同一空間に並んだもので、女性から「安心して使えない」との声を受けて警備員が配置された、という騒動ですね。
森 ゲイの人たちが「これはハッテン場の状況だよ」と感想を述べていました。
歌舞伎町タワー以前に炎上したのが、渋谷区の「THETOKYOTOILET」という事業です。おしゃれなトイレとして区がつくったものの、出来上がったら女子トイレがなかった。須田賢区議が指摘して、テレビのワイドショーでも批判的に採り上げられたようです。ただし、なぜマスコミが報じたかといえば、この事業は日本財団のプロジェクトだから。もしLGBT団体がつくったトイレなら、批判しづらかったのでは。
――代々木公園内の「透明トイレ」は利用者がいないときに、壁に電気を流して透明になるという仕掛けでしたが、故障して利用中も丸見えになるという事態が起きました。
森 出来たとき、みんな心の中で思いましたよね。「故障したらどうなるんだろう?」。男性が主導のプロジェクトだったので、女性中心だったらこんなことにならなかったんじゃないかという言う方もいました。
「差別」の線引きをどうするのか
――トイレを透明にしたのは、中が清潔か、誰か隠れていないか、といったことを確認するためだといいますが、誰しもの日常に関わるテーマについて理念を先行させる、議論の浅さを象徴しているようなケースでした。ここまでのお話をふまえ、LGBT理解増進法に対する森さんの評価を聞かせてください。
森 本当は、こんな法律はなくてもいいと思うのですが、反LGBT差別をめぐる勝手な利権化や暴走を止めつつ、その理念を社会に敷衍させるには、これが現状のベストだと思います。また、運動を行政主導とすることに批判はあるものの、地域に認められ、日本という国が世界から認められるようになるには、個々人が勝手な活動をしていてはいけません。
一方、差別禁止法や防止法はまったく別で、罰則を設けることは言論規制につながり本当に危険ですし、かえって社会の断絶を深めかねません。20年前に「おかま」という言葉が差別用語か否かという、大きな論争がありました。東郷健さんという著名な同性愛者が「おかま」を自称し、「おかまの何が悪い」と訴えていたのを、欧米のLGBT思想を受けた人たちが、「それは差別用語だ」と糾弾した。すでに故人ですが、禁止法で東郷さんは罰せられるのか。差別の線引きをどうするのか、誰が決めるのかという問題は、絶対に出てきます。そこにLGBT活動家が入り利権が発生することもまた目に見えています。
こうした危機意識を持つ当事者は多いですが、マスコミがそれをきちんと伝えません。規制されるのは自分たちなのに、活動家にベッタリです。
――最後に保守派にも目を向けたいと思います。
森 保守派に限らないことですが、社会がやっと事態に気づいたのが先のジェンダーレストイレ騒動でした。これで保守の側からも議論が盛り上がると思ったのですが、いろいろな誤解があり、保守派の多くが、LGBTをめぐる問題に関心を持ってこなかったことがわかりました。中にはネトウヨなどの差別主義者もいて、LGBTを指して「異常者だ」などと、私のツイートに同意のつもりでリプライされて困ることもありましたね。
また、マスコミは活動家の主張を広める一方、基本事項の説明に欠けています。トランス女性を、性別適合手術を終え戸籍も変更し、女性になった人のことだと思っていた人も多くいました。
最後に言いたいのは、ジェンダーを考えるうえで、LGBTだけが特別ではないということです。男性対女性の賃金格差は男性100に対し女性74といわれますが、ゲイカップルとレズビアンカップルも同様で、男女格差がそのまま反映されています。ジェンダー全体についての問題意識を喚起することが必要だと思っています。
(月刊「紙の爆弾」2023年8月号より/聞き手◉「紙の爆弾」編集部)
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株式会社鹿砦社が発行する月刊誌で2005年4月創刊。「死滅したジャーナリズムを越えて、の旗を掲げ愚直に巨悪とタブーに挑む」を標榜する。