インボイス制度の問題点とは何か? ~税は財源ではなく格差是正のために取るものである~
社会・経済政治今年10月から導入を予定されているインボイス制度について、昨今、その問題点を指摘する声や、当事者である個人事業主やアニメ・声優業界から反対の声が上がっている。その声は国会前でデモ(https://www.youtube.com/watch?v=IQv9ha3dVbI)が行われるほどまで膨れ上がり、また日本外国特派員協会にて当事者の方々が記者会見
(https://www.youtube.com/watch?v=V4zXR0agL60)を行うまでに至っている。現在は全国各地の地方自治体議会でもインボイス中止や延期を求める決議
(https://www.zenshoren.or.jp/2023/03/13/post-24272)も採択され始めている。
今回は何故ここまでインボイス制度導入に向けて、反対の声が上がっているのかについて、本稿ではインボイス制度の概要を分かりやすく説明しながら、そもそも消費税や税金の正しい在り方についても述べていきたい。
・インボイス制度とは事業者に対する「増税」である
インボイス制度の導入とは、端的に一言で言い表すならば「増税」である。具体的には、これまで年間の売り上げが1000万円未満だった事業者は消費税を納めなくても良いという免税制度があった。これが消費税の軽減税率制度の導入に伴い、消費税が複数税率となったことを受けて、インボイス制度が設けられる運びとなり、インボイス(適格請求書)の登録事業者となった者は、年間売り上げが1000万円未満であろうと、消費税を納税しなければならなくなるのである。要は、インボイスに登録した事業者は売り上げの金額に関係なく、売り上げから仕入れ額を除いた分の消費税を納めなければならないのである。仕入れ額が特段ない事業者からすれば、後述する6年間の免税処置期間が過ぎれば、丸々消費税10%分の増税となるのである。
またこうしたインボイス“増税”は何も個人事業主やフリーランスだけが対象になっているわけではない。普段はサラリーマンでありながら、インターネット等で副業をやっている人や、YouTubeの動画などで収益を上げている人、更には自宅に太陽光パネルを設置して発電している人まで、インボイス増税の対象者は多岐に渡る。こうした人達もインボイスの登録事業者になれば、翌年の3月31日までに消費税を税務署に納税しなければならないのである。そのための面倒な事務的作業も生じる上、仮に納税しなければ申告漏れで脱税となってしまうのである。
このインボイス増税への対抗措置として考えられる手段は、そもそもインボイスの登録事業者にならないことである。登録事業者にならなければ、今まで通り消費税納税の義務は生じない。また納税にかかる面倒な手続きも必要ない。インボイス登録自体は任意なので、決して登録しない人間が脱税者となるわけでもない。こうした背景を受けて、インボイス導入まであと2ヶ月と迫って来たにも関わらず、6月末地点での免税事業者の登録は、たった1割のみとの報道もなされている。
(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO72241910W3A620C2EP0000/)
当初は、インボイスの登録事業者にならなければ今の仕事を打ち切られるなど、登録しない個人事業主は不利益を被るのではないかと言われて来たが、さすがにこれだけ登録者数が少ないと、インボイスに登録しなかったからといって、仕事を打ち切られるといったことが発生する可能性は低くなって来たと思われる。この点はインボイス反対の社会運動が一定の成果を挙げた点であると言えよう。筆者である私自身も、政治経済評論家としての執筆活動や動画出演、講演業などを生業とした個人事業主なので、過去に取引があった会社からインボイス登録の有無の確認通知が届いているが、どの会社もインボイスに登録しなかったからといって、それが仕事を発注するか否かの判断基準にはならないといった趣旨は通知書の中でも述べられていた。
ただ、個人事業主がインボイスの登録事業者ではない場合には、その分の消費税は仕事を発注した事業者側が負担しなければならない制度設計になっている。そのため、受注者側である個人事業主がインボイスに登録していなければ、発注者側である企業などに対しての増税となる仕組みになっているのだ。なので、今後は企業側から負担増に伴い、インボイス制度に対する批判の声が上がって来る可能性もあるかもしれない。もしくは、発注する企業側がそうした負担を予め見越して、個人事業主に対する発注単価を引き下げるケースも増えて来るだろう。そうなると、結局のところは、個人事業主は収入減となってしまうのである。それでも、インボイスの登録事業者となって消費税を納税する手間を考えれば、まだ最初から発注額を引き下げてもらった方が、手間がかからない分、マシなのかもしれない。
いずれにせよ、消費税の納税という形で負担を被るか、発注単価の引き下げによる収入減少という形で負担を被るかの二択で、個人事業主の金銭的な負担が生じる可能性があるのが、このインボイス制度なのである。
・税は財源ではなく格差是正のために取るものである
このインボイス制度の最大の問題点は、今まで消費税を納めていなかった売り上げ1000万円以下の個人事業主やフリーランスが増税ないし、収入減少となる点である。つまりは、低所得者層もターゲットにした増税となっている点である。そこで、税金とはそもそも何のために存在しているのかについても述べていきたい。
多くの国民は、税金を社会保障などに政府が支出するための「財源」として徴収するものだと思っていることであろう。しかし、実はこれが大きな間違いであることが最近明らかになって来た。何故ならば、国には通貨発行権というものが存在しており、わざわざ国民から税金を取らなくても、政府は支出を行うことが仕組み上は可能だからである。具体的に言えば、政府による国債発行と中央銀行による国債の買い入れである。
よく新聞やテレビでは、昨今の少子化対策に関しても「財源はどうするんだ!」と頻繁に報道しているが、そもそも国には通貨発行権があるのだから、別にどこかからか財源を調達する必要性などないのである。これが地方自治体であれば、地方自治体には通貨発行権がないので、住民などから税金によって財源を調達する必要性はあるが、国の場合は新たに無から財源を生み出すことが出来るのである。このことはなかなか一般的には受け入れ難い、信じられない話かもしれないが、日本国には円の通貨発行権があることは紛れもない事実である。
であるならば、国民から税金など取る必要性はない、無税国家も可能ではないかと言われるかもしれないが、私自身は無税国家も可能であると言い切る。ただし、国税の約70兆円分を0円にした場合には、インフレ率が今よりも2~3%程度は上昇すると、内閣府の計量シミュレーションから見込まれる。(https://note.com/researcherm/n/nb9b182209c98)ということは、税金とはインフレを抑制するために取るというのが第一の目的なのである。逆に言えば、この25年間のデフレ不況とは、消費税などの「税金の取り過ぎ」によって発生したものだとも言えるであろう。
次に、インボイス制度の導入とも絡んだ話になるが、税金には他にも「格差是正」という役割が存在する。無税国家自体は、数%のインフレ率の上昇を許容すれば出来ることではあるが、無税国家にすると所得税も全くなくなってしまうので、格差が拡大してしまうことになる。そうなると、所得のあるお金持ちの社会的影響力もより一層強いものとなってしまうので、そうした影響力を削ぐ意味でも、彼らが得たお金を国が間引く必要性があるのである。これが税金の2つ目の大きな役割である。社会科の教科書などでも一般的に言われている、税の「応能負担」の原則にも通ずるものがあるだろう。応能負担の原則とは、税金を納める能力がある者、つまり所得の高い人ほど税金を多く納めて、所得の低い人はあまり税金を納めなくても良いといった原則である。
翻って、インボイス制度とは、この税の応能負担の原則から真っ向反するものである。今まで売り上げが年間1000万円未満と担税力が低く、税金を免除されていた個人事業主が、新たに最大10%の消費税を納めなければいけなくなるのだから、税の応能負担の原則に反した増税になるのである。これが格差是正という税金本来の役割から鑑みると、最大の問題点だと言えよう。インボイス増税は本来の税金の役割に反した制度であり、このインボイス増税を推進している政治家や財務官僚、経済評論家などは、そもそも税金の役割を理解していないのである。
・負担軽減措置が更に制度を煩雑化させる
こうした批判を受けて、政府はインボイス制度導入に伴う負担軽減措置を講じた。具体的に述べると、今年10月から導入されるインボイス制度であるが、最初の3年間は納める消費税額は2割でよい、つまり80%分の減免措置が取られているということだ。本来であれば、消費税10%分を納めなければいけないところを、今後3年間は大まかに言えば消費税2%分の納税で済むということだ。その後、3年経った2026年10月からの3年間も50%分の減免措置が取られている。なので、次の3年間は消費税5%分の納税となる。こうして、消費税10%分を丸々納めなければいけないのは、6年後の2029年10月からとなる。こうした段階的な軽減措置を取ることで、個人事業主や発注元企業の負担を軽くしようとするのが、インボイス増税推進派である政府の狙いである。とは言え、軽減措置があろうと、最初の3年間は2%分、次の3年間は5%分の消費税を納付しなければいけないのだから、増税であることには変わりはない。
さらに、この負担軽減措置は年の途中で切り替わるという点が制度をより複雑化させている。例えば2026年においては、1月~9月の売り上げから仕入れ額を除いた分の消費税納税は2%分でよいが、10月~12月においては5%分を納めなければならないといった、非常に複雑化した制度になっているのである。負担軽減措置の切り替え期である2026年になると、インボイス登録した個人事業主や発注元の企業、さらには税務署の職員まで、その事務処理が大変面倒になることが予測される。事務処理コストも更に掛かるであろう。政府が常々言っているような「生産性の向上」とは真逆の制度設計になっているのだ。
なので、せめて2%から5%への負担軽減措置の切り替え時期は2026年いっぱいまでにして、2027年~2029年の3年間を5%の期間と制度設計変更すべきではないだろうか。この点はインボイス推進派の与党であっても、受け入れて欲しいものである。このように、次から次へと税制度を複雑化させようとするのが、日本の財務官僚の特色なのかもしれない。
・今後起こり得るインボイス問題と各種増税への解決策
以上のように、インボイス制度とは一言で言えば「増税」であり、登録しない個人事業主にとっても「収入減」に繋がるようなものであると言えよう。そして、この制度は軽減措置も含め、より一層、事務処理が煩雑化する制度である。また、そもそも税金とは格差是正のために取るものであって、高額所得者が納めるのが税金の役割であり、売り上げ1000万円未満の個人事業主からは、本来は税金を取るべきではないのである。インボイスの問題点を端的にまとめると以上のようになる。
こうした点を踏まえた上で、今年10月のインボイス導入に向けて取るべき対応策であるが、やはりインボイス制度に対して、反対の意を示す意味でも登録事業者になることは避けるべきではないだろうか。インボイス制度の問題点が周知されて来たことによって、個人事業主の登録者数が伸び悩んでいることは、反対活動に対する一定の理解が得られたことを示しているとも言えよう。登録者数が伸び悩んでいることから、企業側がインボイス登録者にしか仕事を発注しないといった、当初危惧されていた事態も回避できそうではある。また、既にインボイスを登録してしまったという人も、今から「取り下げ」を行うことも可能だ。(https://don-buri.net/info/info/entry-750.html)その取り下げ件数も累計で1万件を超えるなど、毎月増加傾向にある。
(https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2023-07-24/2023072401_01_0.html)
最後に、今後起こり得る可能性があることについて考えてみたいが、インボイス登録は現状では「任意」ということになっている。しかし、ここまで登録者数が伸び悩み、このままだと制度がまともに機能しない現状を鑑みると、より強制に近い形で政府はインボイス登録を求めて来るのではないだろうか。ちょうど健康保険証を廃してマイナンバーカードの取得を推進させるのと同じような形で、インボイスへの登録を半ば強引に迫って来る可能性もあるのではないかと私は予測する。
また、インボイス制度は個人事業主やフリーランスを狙った増税であるが、次はサラリーマン増税という話も囁かれている。こうした各種増税の背景には、もはや「ザイム真理教」(https://amzn.to/3QdXoPX)とまで呼ばれている、財務省の存在が強くあることを我々国民は認識しなければならない。彼らはプライマリーバランス黒字化目標(歳入額が国債費を除いた歳出額を上回ること)の達成に向けて、もはやなり振り構わず、ありとあらゆる増税や新税の導入を考え、マスコミや経済界も巻き込んだカルト集団と化している。
今年10月からのインボイス増税はその一環でもあり、今後も控えている各種増税メニューを止めるには、与野党問わず国会議員が、健全財政を謳った「財務省設置法」の改正を目指すなど、財務省そのものの在り方を見直し、世論によって「財務省改革」の声を上げることこそが、根本的な問題解決への糸口ではないかと私は考える次第である。
☆池戸万作(いけどまんさく)関連記事と動画
(https://www.youtube.com/watch?v=bPUmnUS_YLc&list=PLzWX3wp6mOwoPCokyRwE1lKeyef6w01-_)で積極財政を主張する。論文を寄稿した書籍に、『データで読み解く日本の真実』、『コロナ時代の経済復興』、『本当に野党ではダメなのか?』がある。
ツイッター(https://twitter.com/mansaku_ikedo)や
YouTube(https://www.youtube.com/@hankinsyuku-keiseisaimin/streams)で、日々、政治や経済政策に関することを中心に情報を発信している。
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いけどまんさく。1983年東京都生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。日本経済復活の会・幹事。経済政策アナリスト。2019年、消費税増税の「リスク」に関する有識者会議 (http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/190507-2)に最年少出席者として参加したことを機に政治経済評論活動を始め、全国各地での講演やYouTube番組への出演