【特集】終わらない占領との決別

国際情勢の変容と日本の進路(前)

末浪靖司

・各国が自主的立場を強める

中華人民共和国建国後しばらくは米国と対立していた中国が、米国に接近した背景には、ソ連の対米融和への反発とともに、経済破綻から脱出するための路線転換があった。

中国は1966年から約10年にわたる「文化大革命」下の政治・経済・文化など全分野にわたる大混乱をへて、1978年には「市場経済」による西側諸国との協調路線を採用した。ソ連も「社会主義」を標榜していた経済路線の転換を模索したが、これは成功せず、結局1991年に解体した。

こうして東西の冷戦は終わり、ソ連、中国を理由にした西側軍事同盟の存在理由は失われた。

そこで軍事同盟の新たな理由として米国が唱えたのは、国際秩序を安定化するためには西側諸国の結束が必要であり、米国がその盟主として「世界の憲兵」になるということであった。当時のブッシュ大統領(父)は、イラクのクウエート侵略で始まった湾岸危機が「米国の指導力にとって代わるものが存在しないことを証明した」(1990年9月11日米上下両院合同会議での演説)と述べた。

米国は、イラクが隣国を侵略したことを利用して、ソ連崩壊・中国の路線転換によって存在理由を失った軍事同盟の正当化をはかったのである。米軍は1990年代後半には、NATO軍としてユーゴ・コソボ紛争に介入し、引き続き「世界の憲兵」として出撃した。

しかし、そうした状況は21世紀に入ってさらに変化した。各国はそれぞれ自主的立場を強め、もはや大国の言いなりにならない機運と風潮が国際的に広がっている。軍事同盟の義務として米軍の戦争に参加しても、自国の利益にならないことが認識されはじめたのである。

ASEAN(東南アジア諸国連合)に示されるように、大国の意向によっては左右されない諸国がふえた。アフリカや中南米でも、多くの国々が自主的立場を強化している。

2021年になって作られたQuad(米日豪印。Quadrilateral Security Dialogue)やAUKUS(米英豪。United States・United Kingdom・Australia)は、ANZUSが事実上ニュージーランドが抜け、いまや実質的に米豪同盟になっているもとで、米軍を駐留させ軍事基地をおくこれまでの軍事同盟とは異なる準軍事同盟的組織を米国主導でつくったものである。アジア太平洋で影響力を強める中国に対抗するためとされているが、米国、米国と軍事同盟を結ぶ英豪日、それにロシアと密接な関係をもつインドが加わって、アジア太平洋からインド洋にいたる広い地域で影響力を保持したいという思惑がある。

4.中国の台頭と米中の覇権争い

2020年代に入って国際情勢には、米中の覇権争いという新しい特徴が加わった。中国が経済発展により国際的影響力を強化し、米国に対抗する大国として前面に出てきたからである。

中国は、「一帯一路」により東南アジア、アフリカ、中南米などで、港湾、道路、鉄道の建設に投資するなど、多くの諸国と関係を強めている。中国経済の発展は、欧米の発展モデルに対抗するものであるかのようにいわれているが、実際はどうなのか。

中国は2010年に国民総生産(GDP)で日本を追い抜いて、米国に次ぐ世界第二の経済大国となり、中国企業は世界市場において米国企業と互角に競争するようになった。いまや地球的規模で各国に資本を輸出し、独自あるいは合弁の企業をつくっている。その点では最大の利益を求めて地球上のあらゆるところに進出してきた欧米資本主義国とも共通している。

・米中が互いに「競争」する

中国がWTO(世界貿易機関)に加入して世界市場に乗り出したのは、2001年だった。それによって国内市場を西側諸国に開放するとともに、多国籍企業を誘致し資本と技術を積極的に吸収した。いまでは多くの産業分野で米国を上回る生産力をもつようになった。

それは国家権力による強力な誘導と規制のもとで進められたものであり、企業が中央・地方の権力と癒着し、その庇護のもとで活動する場合が少なくない。「定住人口の約4割を占める農村の消費品小売額が総小売額の「13.38%」(北京青年報2021年3月4日付)と指摘される現実は、そうした政治・経済と無関係ではない。

もともと中国経済の発展は、1950~60年代の「大躍進」「調整政策」「文化大革命」の混乱を経て1970年代末に市場経済を取り入れ、さらに1990年代には欧米の資本を導入したことに起因しており、利潤追求を生産の機動力とする体制への転換と結びついている。そのもとで特定の企業への富の集中と貧富の格差を助長する資本の論理は、ここでも貫徹している。

それは経済学のうえでも、それまでマルクス経済学を研究していた経済学者を新自由主義経済学のメッカと言われていたシカゴに派遣して転向させるなど大きな変革をともなっていたのである。したがって、よくいわれる米中の対立は、体制選択をかけた根本的なものではない。そのことは、米中の首脳がしばしば電話やオンラインなども使って長時間にわたる会談をして、両国関係を対立ではなく、「競争」と確認していることにもあらわれている。

・アラビア半島の新たな情勢
このように米中が根本的な対立ではなく、競争の関係にあることは、長年、米国の独断場だったアラビア半島の最近の動きにもあらわれている。

アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアは、首脳が北京で習近平主席と会見し、あるいは電話で会談して、中国の投資を合意している。サウジアラビアが中国の協力で弾道ミサイルを製造しているとも報じられている(CNN・日本経済新聞2021年12月25日)。

UAEとサウジアラビアは、中東における米国の最も重要な同盟国であり、「アラブの春」と呼ばれた民主主義運動を破壊する先頭にたってきた。いまもアラビア半島南部のイエメン革命政権を転覆するため非人道的な爆撃や攻撃を繰り返している。米軍と有志連合の爆撃が始まって約7年になるが、革命政権はいまも健在である。

※「国際情勢の変容と日本の進路(後)」は5月10日に掲載します。

1 2
末浪靖司 末浪靖司

1939年 京都市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。著書:「対米従属の正体」「機密解禁文書にみる日米同盟」(以上、高文研)、「日米指揮権密約の研究」(創元社)など。共著:「検証・法治国家崩壊」(創元社)。米国立公文書館、ルーズベルト図書館、国家安全保障公文書館で日米関係を研究。現在、日本平和学会会員、日本平和委員会常任理事、非核の政府を求める会専門委員。日本中国友好協会参与。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ