JR佐賀駅近くで玩具卸店経営の高橋梓さん(当時61歳)が出版した本「思いでは愛の泉」。

編集後記:長期連載の原点は記者駆け出しの426回暴力追放キャンペーン

梶山天

朝日新聞時代から付き合いのある読者から手紙やはがきを頂く。つい先日も故郷の五島列島出身の年配の女性と電話で話したのだが、特に読まれているのが今、ISF独立言論フォーラムホームページで展開中の冤罪をテーマにした連載だ。ほとんどの人たちがまず、聞きたがるのは、連載の回数だ。新聞などもそうなのだが、連載は普通、多くても10回。たった1人で、「どうやってこんなに長期にわたり続けられるのか」、知りたいという。

確かに私の連載は回数が多い。書き上げるのもお手の物だ。ホームページスタート時の昨年4月1日から小学1年生女児が殺害された「今市事件」を題材にした連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」が51回に及んだ。間髪を置かずに同年12月6日からは足利事件を描いた連載「鑑定漂流」を始めた。それも今年8月1日で35回目になり、ISFスタート時からの連載としてでは通算86回を記録したことになる。

実は100回やろうが、それ以上でも朝飯前だ。問題は、きちんと取材ができることが気がかりだけで、それ以外は何もない。

40年近く前、記者として初めて赴任した佐賀支局で体験した取材が今の自分に繋がっている。当時の支局長が駆け出しの私に「君は面白い原稿を書く。紙面をやるから何か君ならではのキャンペーンでも、コラムでもいいから俺がいいと言うまで書き続けてみないか」と命じられて始めた。しかもこの原稿だけは、デスクが見るのではなく、支局長自らが目を通した。

それが1年2ケ月。一日も休まず、ほぼ一人で、書き続けた426回の暴力追放運動キャンペーン「なくそう暴力」だ。暴力団のことだけにとどまらず、会社や学校でのいじめや夫の妻への暴力など報道するテーマをひろげた。

佐賀市を拠点に佐賀郡富士町などで表向きは砕石、砂利採取業の福光物産の看板を掲げて公共事業などに参入し、その裏では反山口組系の暴力団宮地組として暗躍するやからたちがいた。

連載が始まる3ケ月前から佐賀市内の農業の男性が起こした預金返還訴訟を担当する福岡市の弁護士を拉致・監禁する事件を起こし、さらに右翼への発砲事件や組幹部の自宅敷地で飼っているクロヒョウとトラの檻に人を閉じ込めて脅すなどの悪行が明るみになる。

佐賀県警は管内16署から選りすぐりの刑事たち約80人体制の弁護士等不法監禁事件捜査本部を佐賀署に設置、機動隊を含め300人以上の警察官が早朝から組事務所や自宅40数ケ所を一斉に家宅訴索、組員らを、次々に逮捕した。

JR佐賀駅近くで玩具卸店経営の高橋梓さん(当時61歳)が出版した本「思いでは愛の泉」。

JR佐賀駅近くで玩具卸店経営の高橋梓さん(当時61歳)が出版した本「思いでは愛の泉」。

 

宮地組から敷地の立ち退きを求められ、高橋さんが断る。するとネコの死骸を玄関に置かれたり、深夜に無言電話を掛けられたりの執拗な嫌がらせを受けた。この本の中でその時、私たち報道が体を張って何をしたのか、その活動も記録されている。《九月十八日。朝日新聞の梶山記者「なくそう暴力一周年でもう一度登場してください」と朝から写真など撮って帰られる。よくも一年間続けられたものだとその執念に頭が下がる。》

組員が警察に捕まり、妻が生活が苦しいために夜のホステス業を始めた。子共だけを部屋に残し出勤するが、煙草の火の後始末が不十分で火事になってしまう。子どもは佐賀医科大学病院に運ばれ危ない状態だった。刑事たちは検察に頼み込んで、父としてある一定の時間、子供のそばに添わせるよう手続きとをした。翌朝、病院から佐賀署に連絡が入った。「残念です。助かりませんでした」。留置場に向かう刑事の足取りは重かった、で終わる文章にはタイトルを「思いは鉄格子を越えて」と付けた。その原稿を見た支局長が開口一番に声を上げた。「このっ、へたくそがっ!」。そういうとあわててトイレに駆け込んだ。いい大人が涙を見せたくなかったからだと思い、そっとしておいた。

捜査の途中で幾人かの警察官らが組員から中元や歳暮を受けとっていたことが発覚した。市民の怒りを買った。報道はここぞとばかりに騒いだ。その影響が取材にも及んだ。特に夜に捜査本部の刑事たちの自宅に取材に行く。いつもは玄関の明かりをつけて待っていてくれる刑事宅の明かりが消え、玄関のブザーを押してもうんともすんとも返答がない。

しばらくすると、小学生の息子が目を真っ赤にはらして外に出てきた。私の目の前に近づくとこう叫んだ。「うちのお父さんは何も悪いことしていないのに、なんでみんな白い目でにらみつけるの?」。その息子の気持ちが私には痛いほどわかった。抱き寄せて耳のそばでつぶやいた。「そうだよ。君のお父さんは皆を守る最高の警察官だよ。君のお父さんに伝えてくれ。私は何があってもあなたを信じている。日を改めて出直すと伝えて」。全て活字にした。

朝日新聞鹿児島総局長時代の2007年11月に第7回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞草の根民主主義部門で総局が一丸となって取り組んだ鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反「でっちあげ事件」をめぐるスクープと一連のキャンペーンが大賞に選ばれた表彰式の後のレセプション会場で電報が披露された。

私あてに来たもので、駆け出し当時、一緒に宮地組事件を追いかけた同期の共同通信の記者からだった。「426回も続けた連載はこんな書き方もありなんだと勉強させられました。そして今回の授賞。おめでとうございます」などと綴られていた。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

●八木啓代さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

●ISF主催公開シンポジウム:東アジアの危機と日本・沖縄の平和

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ