【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第33回 ゼレンスキーの後釜は誰か? ロシア国連大使ネベンジャの安保理における演説

寺島隆吉

キエフ軍はIAEA(国際原子力機関)の査察団がザポリージャ原発を訪れる途上でも、原発に到着して査察している最中にも、非道で危険な攻撃を繰りかえしました。

前章では、その様子を国連安全保障理事会で、ロシアのネベンジャ国連大使が詳細に報告していることも紹介しました。そして私は前章の最後を次のように結びました。

〈これを読むと、 IAEAの査察団が、どのような環境下で検証作業をおこなったのかが、生々しく伝わってきます。ところが、このネベンジャ代表の演説を読んでいると、このような攻撃は
IAEAの代表団が査察作業をおこなっている間だけでなく、査察団がウィーンに帰った後でも
連日のように続いていたのです。

本当は、このような連日の攻撃がどのようにおこなわれたのか、それに対して地元住民がどの
ような行動をとったのかも紹介したくなったのですが、 今日はここで諦めることにしました。

しかし一晩寝て、午前中も休息していたら、少し気力と体力が回復してきました。

そして、やはり「このような連日の攻撃がどのようにおこなわれたのか、それに対して地元住民がどのような行動をとったのか」を書かなくては、という気になってきました。

そこで、ロシアのネベンジャ国連大使が安全保障理事会で熱弁をふるい、キエフ軍の非道で危険な攻撃ぶりを糾弾している様子を、引き続き紹介することにしました。

まず前回の復習として、キエフ軍がIAEA査察団とザポリージャ原発に対してどのような攻撃を加えてきたのか、それを時系列で以下に再録することにします。

査察団の原発訪問当日の9月1日に、キエフ軍は朝5時から原発基地とそれが存在するエネルゴダール市に対して大規模な砲撃を開始した。

キエフ軍は、 IAEA査察団が宿舎を出て原発基地に到着する最後の瞬間まで、 ザポリージャ原発への砲撃を続けた。

すなわちIAEA査察団とロシア専門家の会合場所ヴァシリフカ市および原発所在地エネルゴダール市だけでなく、そこへの移動ルートに対しても砲撃を行った。

たとえば、ザポリージャ原発の第1発電所から400mの距離のところに4発の砲弾が爆発した。

これとは別にキエフ軍は、ザポリージャ原発を占拠するため、9月1日朝6時、ドニエプル川カホフカ湖からザポリージャ原発方面に破壊工作部隊を送り込んだ。

このように、キエフの行動は、IAEA査察官の生命と安全を直接的に脅かした。

つまり、IAEAの査察団が原発に到着する直前に、原発を武力で占拠しようと、戦闘部隊は早朝から行動を開始した。だが失敗した。

なぜなら、事前にそれを察知したロシア軍とロシア国家警備隊の行動と地元住民の警戒によ
り、こうした挑発行為は阻止されたからだ。

ロシア代表とIAEA査察団との会談は予定より4時間も遅れた。結局、会談が行われたのは正午になってからだった。

この文章だけでは要領を得ないので、ザポリージャ原発周辺の地図を次頁に載せておきます。そうすればキエフ軍がどのように攻撃をかけてきたかが分かるのではないかと思うからです。

ザポリージャ原発エネルゴダール市&ヴァシリフカ市

 

この地図の色風船がエネルゴダール市を示しています。そこがザポリージャ原発の所在地です。そこから視線を右へずらしていくとIAEAの査察団とロシア側が会談する予定だったヴァシリフカ市(Vasylivka)が見えます。

つまり、この辺り一帯がキエフ軍による砲撃対象だったことが分かります。

他方、このカホフカ湖というダム湖がつくられたドニエプル川の対岸に、ニーコポリやマルハネツィという地名が見えますが、ネベ ンジャ国連大使の後の演説からも分かるように、これらの地区(ウクライナ軍の支配地域)から砲撃が行われました。

これだけのことが分かっていながら、 IAEAの報告書は、 誰が原発を攻撃しているかを明記せず、ウクライナやアメリカの主張通り、「原発周辺を非武装地帯にすること」だけを要求したのでした。

東欧、悪くすれば欧州一帯を「核の冬」にすることを避けるためには、キエフ軍が原発地区の攻撃を中止すれば済むことです。

しかし、それではロシア軍の進撃をくいとめることができないので、キエフ軍は「狂人理論」 「狂犬戦術」に出ているとしか考えられません。

それはともかく、ネベンジャ国連大使の演説は、さらに次のように続いていました。

 

議長

キエフ政権はIAEAがザポリージャ原子力発電所(ZNPP)を訪問した結果に対して失望を隠す必要さえないと考えていました。

ゼレンスキー氏の顧問であるM・ポドヤク氏は、 「これらの査察活動はすべて極めて非効率的で、極めて臆病な、かつ極めて専門家らしくないように見える」と述べています。

氏によれば、非常に厳しい状況下での仕事に従事する準備ができていなかったし、このことはIAEAだけでなく、国連についても同様だというのです。ウクライナ人の言では、国際機関は「すでに入口で信用されていない」のだということです。

ポドヤク氏は、IAEAの活動は2時間で大規模な検査をおこなえたかどうかも疑問視しているということです。

しかし、この原発はそもそもソ連が健在だった頃に建設されたものですから、それを安全かつ効率的に運営する技術は、むしろロシア側がよく知っていたことです。

ですから、この原発はウクライナ政府の技術者が運営していると言っても、ロシアがこの地区を占領してからは、600人のロシア兵・技術者が、その安全を守り、かつ運営に協力・助言してきたわけですし、それをIAEAも評価してきたことは、報告書でも明らかです。

ですからIAEAにとっては、誰がこの原発に危険をもたらしているかは、現地の査察で歴然としたはずです。しかしIAEA査察団は、自分の眼で確認したことを、アメリカの圧力で公の文章にできませんでした。

これと同じことは、「シリアが化学兵器を使った」という口実でアメリカがシリアに侵略したとき、OPCW(化学兵器禁止機関)の調査チームが現地へ入って調べた結果を報告したときにも起きました。つまりアメリカの圧力に屈した報告書をつくったのです。

その中では、化学物質が入っていた筒状の物体はシリア軍の戦闘機から投下されたのではなく、証拠は人の手で地面に置かれていたことを示唆していました。つまりイスラム原理主義勢力が化学兵器を使ったことを示していたのですが、この事実をOPCWの上層部は隠し、肝心の箇所は消されてしまいました。

それで調査に参加した科学者から抗議の声がおきたのですが、これも圧殺されてしまったのでした。これと同じことが、ウクライナで起きたと考えるべきでしょう。

*西側の支援する反シリア政府軍が化学兵器を使った事実をOPCWが隠したと判明
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905180001/(櫻井ジャーナル2019/05/18)

さて、このような現状をふまえて、ネベンジャ国連大使の演説は、 IAEA査察団が現地を去った後の攻撃について、次のように糾弾しています。

どうしようもない怒りにかられてでしょうか、 キエフ政権は極めて危険な計画を断念しないことに決定しました。

キエフ政権は、IAEAの代表が原子力発電所に滞在しているにもかかわらず、9月2日に再び原子力発電所の占拠を試みましたが、幸いロシア軍がそれを阻止いたしました。

それ以来、キエフ政権は連日のように原発を攻撃し続けています。

9月3日、ウクライナ軍は弾薬を懸垂した8台の無人機を使用しました。

幸いにもロシア軍の行動により、原発に接近するウクライナ軍の無人機は阻止され、その後ロシア軍は、原発の安全地帯から1.5キロ以上離れた無人地帯で、その爆弾を強制的に投下させました。

9月4日、さらにまたウクライナ軍は無人機による攻撃を行いました。ロシア軍の行動の結果、ウクライナの無人機は制御不能となり、ザポリージャ原発の領域から1キロ離れた場所に墜落しました。

9月5日、ウクライナ軍はザポリージャ原発に対し、新たに3発の砲撃を行い、うち1発が核燃料集合体を保管する特別棟1号の屋根と放射性固体廃棄物の貯蔵施設を直撃しました。

ロシア国防省によると、ザポリージャ原発とエネルゴダールへの砲撃は、 カホフカ貯水ダム湖の対岸、主にウクライナ軍(AFU)の支配下にあるニーコポリ、 マルハネツィ、 マリブカの各
地区から行われたとのことです。

ウクライナ側の攻撃により、ザポリージャ原子力発電所の7本の送電線のうち5本が損傷しました。

 

このような狂気じみた恐怖作戦は常人の頭では考えられないことです。原発冷却炉への送電線が1本、切れただけでも、どんな惨劇が展開するかは、福島原発やチェルノブイリ原発を経験した私たちには、よく分かっています。

にもかかわらず、このような暴挙に出ることは、 「我々は何をするか分からない狂気じみた集団だ」と相手に思わせる手段をとっているとしか考えられません。まさに「狂人理論」 「狂犬戦術」です。

何度も言いますが、このような戦術はドンバス地区どころかウクライナ全体を死の灰で覆い尽くす可能性があります。場合によってはモスクワどころか東欧あるいは欧州全体に及ぶかも知れません。

しかしアメリカにとっては、その死の灰が自分に及んでくるとは考えていませんから、ゼレンスキー大統領のこのような「狂犬戦術」を黙認するどころか、裏で後押しをしている可能性もあります。

拙著 『ウクライナ問題の正体1,2』でも詳述したように、もともとアメリカは核兵器で地図上からソ連(=ロシア)という国を消したいと思っていたのですから。

ザポリージャ原発周辺の地区

 

それはともかく、キエフ軍がどのような地区からザポリージャ原発地区を攻撃したかを上の地図で確認していただきたいと思います。

ザポリージャ原発のあるエネルゴダール市の対岸、 真向かいにマルハネツィ、マリブ(Marivka)があり、対岸左側にニーコポリ市が見えるはずです。

この地図をみただけで、 日本や欧米の大手メデ ィアが「原発攻撃はロシア軍による自作自演
だ」と主張していることが、いかに荒唐無稽であるかが分かるのではないでしょうか。なにし
ろ対岸は、まだウクライナ軍の支配地域なのですから。

ゼレンスキー大統領の「狂人理論」 「狂犬戦術」は、もうひとつの期待によるのかも知れません。

つまり、このような戦術で脅迫すれば、恐れをなしたロシア軍がキエフの提案を呑むかも知れないし、その要求を呑むよう、エネルゴダール市民がロシアに圧力をかけることを期待しているのかもしれません。

しかし現実は全く逆でした。市民はその要求書をロシア軍に対してではなくIAEA事務局長に手渡したのです。それをネベンジャ国連大使は次のように述べています。

私たちは、国連安全保障理事会の理事国および国連の指導者に対し、発電所の従業員だけでなく、国際的な職員(IAEA職員)にも向けられたキエフ政権のこれらの挑発行為を強く非難することを求めます。

エネルゴダール市の住民もまた、ウクライナ軍にとって「生きた標的」であることに変わりはありません。今日だけで5回の砲撃がありました。

IAEA事務局長。エネルゴダール市民があなたに、キエフ政権の挑発を止めるための集団署名簿を手渡したことを私は知っています。

この話はメディアで広く取り上げられました。しかも、あなたはメディアに対して、 「最善を尽くす」と述べられただけです。

この件について詳しくお聞きしたいと思います。エネルゴダールの住民とのコミュニケーションから、どのような感想をお持ちでしょうか。

御覧のとおり、エネルゴダール市民は砲弾がロシア軍からではなくウクライナ軍からであることを、自分の眼と耳で確認しているのです。だからこそ、市民のIAEAに対する要求署名は2万人を超えたのでしょう。

そこで、ネベンジャ国連大使は次のように自分の演説を締めくくっています。

ザポリージャ原子力発電所の安全な運転を確保するために、私たちはあらゆる努力を続けています。原子力発電所の運転は、ロシアの専門家の支援を受けながら、正規の技術者によって確保されています。

今のところ、原発の放射能状況は正常です。しかし、キエフ政権の挑発行為が続く場合、誰ひとり、より深刻な結果を免れることはできません。

この責任は、キエフ政権とその西側後援者、そして他のすべての安全保障理事会の理事国にあります。彼らはいまだに物事の責任者を固有名詞で明らかにしていません。だから国際平和と安全に対する真の脅威である、原発に対する無謀な行動をやめるよう、キエフ政権に要求する勇気を見いだせずにいるのです。

私たちは、今日、安全保障理事会の理事国が、起こりうる放射能の大惨事を防ぐために、勇気をもって行動してくださることを信じています。

ご清聴ありがとうございました。

 

ここでもウクライナの正規の技術者とロシアの専門家が協力しながら、ザポリージャ原発の安全な運転を確保していることがわかります。しかし、9月9日現在でも、ザポリージャ原発および周辺への砲撃は続いています。

IAEAのグロッシ事務局長は9日、声明を発表し、ザポリージャ原発が立地するエネルゴダール市が8日、砲撃の被害にあったと明らかにしました。

砲撃によって原発近くの火力発電所が被害を受けたほか、原発の技術者らが住むエネルゴダール市では大規模な停電が発生したということです。

IAEAのグロ ッシ事務局長は、 大規模停電などの影響で原発の安全な運転に必要な人員の確保が難しくなっているとも指摘し、原子力事故のリスクが高まっていると強い危機感を示した上で、砲撃をただちにやめるよう訴えました。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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