IAEAと大手メディアが既成事実化 原発核汚染水海洋放出の本当の目的(下)

浅野健一

IAEAに巨額の資金を拠出してきた日本政府
 韓国のネット媒体「市民言論ザ探査」が7月21日、「日本外務省幹部A」がアジア開発銀行(ADB)浅川雅嗣総裁とみられる人物の質問に答える非公開対話の録音を文字化し、動画で公開した。IAEAが日本政府の要求通りに動き、その中の重要人物(複数)に少なくとも100万ユーロ以上の「政治献金(賄賂)」を渡したと告発。外務省は事実ではないと反論した。

PIFが6月30日に海洋放出反対の声明を出しており、中韓と日本の漁協関係者だけが反対しているかのような報道は虚偽だ。IAEAに「献金した」のかは不明だが、日本政府がIAEAに巨額のカネと人を出してきたのは事実だ。

元外務省官房審議官の天野之弥氏は2009年に日本人として初めてIAEA事務局長(第5代)に就任した。3期目の任期中だった2019年に72歳で病死した。天野氏は2011年3月24日、福島原発事件に関する各国の「脱原発」への路線変更に対し、「原発が安定したクリーンなエネルギーだという事実は変わらない」と発言。東京電力福島第一原発事故に関する報告書をまとめたのも天野氏だった。

天野氏の後任がアルゼンチンのウィーン国際機関代表部のグロッシ大使。事務局長を決める選挙は35カ国の理事による投票で、当選には有効投票の3分の2が必要。4人が立候補し、日本はグロッシ氏を推していた。

この間、IAEAの中立性に疑問を投げ掛けたのは7月8日付の東京新聞〈原発処理水の放出にお墨付き…IAEAは本当に「中立」か日本は巨額の分担金、電力業界も人員派遣〉という見出し記事(大杉はるか、西田直晃両記者)だけだ。

〈IAEAはどこまで信を置けるのか。かねて日本政府は、IAEAに巨額の分担金や拠出金を支出してきた。IAEAのお墨付きは、中立的な立場から出たと受け止めるべきか。〉と疑問を投げかけ、〈20年度の外務省の拠出総額は約63億円〉〈15年度分を見ていくと、日本の分担率は10%を超える〉〈外務省以外にも本年度当初予算では、原子力規制庁が約2億9000万円、文部科学省が約8000万円、経済産業省が約4億4000万円、環境省が約3000万円を拠出金として計上した。原子力規制庁は職員9人を派遣見込み〉とレポートしている。

ロシア・ドイツなども放出に強く反対している。韓国では政府が日本に忖度していても、人民の中には反対の声が強い。

日本ではほとんど採り上げられないが、朝鮮も強く反対している。朝鮮政府の国土環境保護省対外事業局長の見解は、ずばり本質を衝いている。7月9日、IAEAに対し、「放出計画を積極的に庇護、助長している」と非難。IAEAは「環境評価機関ではない」とし、「国際法のどの節にも、IAEAが特定の国・地域に対して核汚染水を放流するように許容できるという条項や文句はない」と指摘。「なぜIAEAが誰も権限を付与していない日本の核汚染水放流に対してそれほど熱心になっているのか疑惑が濃くなる」と疑義を呈した。

公明党の山口那津男代表は7月2日、福島市で記者団に、「海水浴シーズンなどは避けた方がいいのではないか」と述べ、政府は慎重に放出時期を判断すべきとの考えを示した。海水浴シーズンが終わったら、不安は消えるのか。薄めているから安全だというなら、中国や韓国の人たちが言うように、工業用水などに使えばいい。

麻生太郎自民党副総裁は「飲める」と言うのだから、自民党本部の食堂や麻生事務所で飲用に使えばいい。薄めるのは、汚染水がそもそも危険だからではないのか。

日本政府はIAEA報告書を使い、国内では漁協、海外では大使館を動員して「科学的に安全」という宣伝を展開している。岸田首相は漁協幹部に会って、同意を取り付けようとしている。カネでの懐柔だ。原発推進の宣伝広報を担ったメディアは、いままた、岸田政権の原発政策を後押ししている。

7月21日付のハンギョレ新聞によると、東電は7月初めに外国報道機関のALPS取材の申請を受け付け、この日に実施したが、申込書を提出した韓国の新聞社・通信社のうち、ハンギョレだけが選ばれなかった。地上波では文化放送(MBC)が除外された。

キム・ソヨン東京特派員は〈ハンギョレとMBCの共通点といえば、他の報道機関に比べ、汚染水放出に対する懸念を込めた記事を多く報道してきたという点だろう。批判記事を多く書いたという理由で、韓国を代表して取材している報道機関を排除したのであれば、軽く流せる事案でない〉〈IAEAのグロッシ事務局長も、報道機関数社を選別し、インタビューを進めた。民主主義の重要な軸である報道の自由が各所で崩れ始めた〉と書いた。

私が東電広報室に、「韓国メディアの選別を行なったという報道は事実か」などを質問すると、「今回の取材会は、定員を大幅に上回る申し込みがあったことから、参加国間でバランスがとれるよう調整させていただいた」と回答。「廃炉協や県民会議、福島県漁連、地元首長など関係者の皆様には、地元に駐在する副社長の小野や福島復興本社代表の高原のほか、しかるべき者が様々な機会を通じて説明させていただいている。社長からの説明についても関係者の皆様のご意向なども踏まえながら調整をしていく」と答えた。

海洋放出の可否は原子力政策の根幹
 核汚染水を海に流す計画について、反原発運動の側にも混乱があるようだ。原発マフィアとキシャクラブメディアによる圧倒的な「安全」宣伝の影響だと思うが、運動の質が問われている。

私は朝鮮新報の連載で〈“水の惑星”地球の敵になる日本福島放射能汚染水の海洋放出〉(7月10日付)と題した記事を書き、その中で原発の危険性を訴えてきた小出氏に取材した。小出氏は「この問題は、安全問題だけで考えるのではなく、日本の原子力の死活問題であることを理解すべきだ。IAEAは原子力を推進する原子力マフィアの総元締めだ。言ってみれば、やくざの大親分。子分のやくざの不始末の是非を親分に判断してもらうなど、元からばかげている。実行可能な方策が山ほどあるのに、国と東電がそれを採用しないのは、青森県6ヶ所村の再処理工場計画のためだ。再処理とは使用済み燃料を高温の濃硝酸に溶かして、プルトニウムを分離する作業。その過程でトリチウムは全量が水に移り、環境に放出される。福島の汚染水を海に流してはいけないと認めれば再処理工場の運転もできなくなり、日本の原子力が根本から崩れてしまうからだ」と指摘した。

小出氏は今年1月、福島県三春町で汚染水放出について講演。福島原発告訴団団長の武藤類子氏も冒頭で挨拶した。その時の動画は「NPOはっぴーあいらんど☆ネットワーク」のユーチューブチャンネルで視聴できる。

小出氏は5・6月に、中国中央テレビと韓国KBSの取材を受け、韓国も中国も原発を止めるべきだと強調した。KBSの取材には、「福島原発に溜まっている水はれっきとした放射能汚染水」と指摘してこう述べた。

「日本では原発の使用済み燃料はすべて再処理すると決められている。福島原発が事故を起こさなければ、使用済み燃料になった段階で再処理工場へ送られる予定だった。再処理工場がもし運転を始めれば、1年間に800トンの使用済み燃料を処理し、毎年18ペタベクレルのトリチウムを環境に放出する。もし、福島のトリチウムを海に流してはいけないということになれば、再処理工場の運転もできなくなり、日本の原子力は根本から崩壊する。そのため、漁民がどんなに反対しようが、世界の国がどんなに抗議しようが、日本というこの国は放射能汚染水を海に流す(もちろん、私がそれを是としているわけではない)。

汚染水の問題は、今それが安全か否か(被曝に安全などないが)ではなく、日本の原子力の死活問題に関わっているということ。今、海への放出を許し、原子力を延命させてしまうなら、将来もっと大量のトリチウムが海に流されることになる」

小出氏に改めて聞いた。

――汚染水問題をどう感じているか。

「多数の人、組織から様々な批判を受けても、居丈高になるだけの日本政府に呆れています」

――反対運動の側に必要なことは。

「福島原発の放射能汚染水問題は『安全』問題ではなく原子力の根幹にかかわる問題であることを知ってほしい」

――8月の放出強行に向けてのマスメディア報道についてどう思うか。

「はなはだ呆れます。福島第1原発の敷地には今、約130万トンの水がタンクに溜まっています。国と東電はその水を『ALPS処理水』『途上水』と分けて呼んでいます。『途上水』とは、まだALPS処理がきちんと済んでいない放射能汚染水。これが約7割。『ALPS処理水』とは、ALPSで掴まえられる放射性核種は法令の濃度限度以下にできたが、トリチウムは残っているというもので、現状では3割です。つまり、両者ともれっきとした『放射能汚染水』ですが、マスメディアは率先して『処理水』と呼び、『汚染水』と呼ぶとあたかも間違ったことを言っているかのような論調です」

日韓首脳会談で海洋放出が問題になって以降も、小出氏に取材協力を求める日本のメディアはないという。

海洋放出以外の方策が無視されている前出の武藤類子氏にも聞いた。

――菅首相が2年前、海洋放出することを決めた時、どう思ったか。

「2018年に経産省が主催した3回の『説明公聴会』では、44人中42人が陸上保管をしてほしいという意見でした。パブリックコメントでも多くの反対意見があり、福島県内の7割の市町村が反対またはもっと慎重にとの意見書を国に提出し、漁業者をはじめ農林水産業・観光業・消費者グループなど県民の反対の声は多かったにもかかわらず、東電も入る関係閣僚等会議で決定したことは、あまりにも非民主的であり、原発事故被災県の県民を無視していると憤りを感じました」

――IAEAには海洋放出の環境影響を判断する権限はないと思うが。

「IAEAの報告を、メディアなどは『お墨付き』という言葉を使って報じています。IAEAが中立的な立場でないことはもちろん、包括的と言いながら正当性などについては審査していません。流すことでメリットがあるのは東電と政府だけです」

――汚染水はどうすべきか。

「市民団体やアメリカの学者などから提案されている堅牢な大型タンクでの保管や、コンクリートやモルタルで固化し、放射能が減衰するまで管理するのがリスクが少なく良いと思います」

脱原発を訴える「たんぽぽ舎」の柳田真共同代表は、東電本店行動で、「トリチウムを海に捨てるな。安全な陸上部へ保管せよ。土地はある」という横断幕を掲げている。柳田氏は「事故のデブリで汚染した水は、普通の原発のトリチウムとは違う。福島第1原発1~3号機のデブリで汚染した水だ。貯蔵タンクはある。土地もある。安全な陸上部で100年保管すれば放射濃度は100分の1になる。125年保存すれば千分の1になる」と指摘した。

柳田氏は「核汚染水について、捉え方に幅がありすぎる。闘う人々の間で、意見が一致していない。討論し方針を詰めたい」と述べた。メディア報道については、「IAEA報告書を朝日新聞社説が高く評価したことが典型的。ひどい」と述べた。

黒田節子氏(原発いらね!ふくしま女と仲間たち)は「2年前に海洋放出が決まった時、大変なことになったと思った。福島の放射能が現地の問題にとどまらず、世界の海を汚してしまうことにいたたまれない思いだ」と語った。東電が政府任せの現状については、「もともと国から多額のお金を出させて東電は経営。馴れ合いと無責任体制の両者だ」と指摘。

「IAEAは決めるのは日本政府と言い、日本側はIAEAのお墨付きが出たと言う。重大な責任をとれないことを知っているからだ」

「汚染水放出の理由は大うそだと、長沢啓行大阪府立大学名誉教授が発言している。『タンクの場所も、廃炉作業のための敷地もある。汚染水の発生は激減している。放出の緊急性はまったくない』と。スリーマイルでもチェルノブイリでも、意図的には拡散しなかった」

各地で汚染水放出反対の大行動が提起されている。岸田政権がこの夏に海洋放出を強行した。今後、アジア太平洋の市民が原発と人類は共存できるかを日々問うことになるだろう。

(月刊「紙の爆弾」2023年9月号より)

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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