13 Days 2022(3)ドンバスでの大戦前夜(上)
国際Day 3 2022年2月13日(日)
祈りは届かなかったのか。危険な展開になってしまった。
今日、ミンスク合意(東部紛争をめぐる停戦協定)の遵守を監視するOSCE(欧州安全保障協力機構)ウクライナ特別監視団がプレス声明を出した。監視団の複数の参加国が、自国の監視員を数日以内にウクライナから退去させる決定を下したらしい。
これについて、ロシア外務省とドンバスの2共和国が反応。
ザハロワ外務省報道官は、「この決定には深刻な懸念を抱かざるを得ない。監視団は米国によって故意に軍事的精神症に引きずり込まれ、今後起こりうる挑発の道具として利用されている」と指摘した。
ルガンスク人民共和国の幹部も「米英・EUの監視員の撤退はウクライナと西側が大規模な挑発を始めることを意味する」と発言、ドネツク人民共和国の幹部は「米英・デンマークの監視員が共和国を去った」と言った。
ロイター通信によると、ある外交筋は、オランダ、カナダ、スロバキア、アルバニアのスタッフを含む160人のOSCEスタッフがウクライナから退去させられていると述べたらしい。
おいおいちょっと待ってくれ。米英、デンマーク、オランダ、カナダ、スロバキア、アルバニア…みんなNATO加盟国じゃないか。
この西側諸国の怪しい動きは、何を意味しているのだろう。
一昨日、バイデンは大嘘をついてウクライナからの米国人退去を決定し、昨日は米国務省が自国外交官ほぼ全員にキエフの大使館から離れるよう命じていた。
なぜOSCEの加盟国は、2014年にウクライナで違法な政権転覆を主導した米国の根拠のない政治決定に従うのか。
サーシャは吐き捨てるようにつぶやいた。答えは簡単だ。OSCEウクライナ特別監視団の中心メンバーである米英とEU・NATO加盟国は、表向きは中立的な監視団メンバーとしてミンスク合意の遵守を監視しながら、裏では対ロシア制裁を実行し、ウクライナのNATO加盟だけは絶対に許容できないと訴えるロシアを無視し、2014年以降、毎年約1万人のウクライナ兵を訓練し、ウクライナ軍をNATO化してきた。
昨日、ラヴロフ外相とザハロワ外務省報道官が言った通り、米国・NATO・ウクライナは一体となってドンバスで挑発的な軍事行動、新たな戦争を準備しているのではないか。
そもそも、ウクライナ語話者とロシア語話者が共存する多民族国家ウクライナに米国が介入しなければ、ウクライナ危機・ドンバス紛争は起こらなかった。ロシアとも欧州とも協力し合わなければ、ウクライナが発展する道はなかった。
それなのに、親欧米派・民族主義者は2014年2月に米国と共に暴力的なマイダンクーデターを実行し、ロシア語を公用語から外し、ウクライナ東・南部のロシア語話者を弾圧・虐殺し続けた。
虐殺を容認する新政府から自分の命を守るため、クーデターに反対するロシア系ウクライナ人が中心となり、クリミアとドンバスで住民投票が実施された。クリミアはすぐロシアに編入されたが、ドネツク・ルガンスク両人民共和国の独立承認あるいはロシアへの編入についてプーチンはかなり慎重で、今もなお、ウクライナ国内での両共和国の自治を規定するミンスク合意の履行を求め続けている。
おれはウクライナ政府によってドンバスで迫害されてきた人たちの地獄の苦しみを胸に刻みながら、ニューヨークで生きてきた。この8年間、数学者としてクーデター後のウクライナの人権状況に関する国連・OSCEなどの客観的なデータを分析し続けてきた。
今年1月27日に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が公表した報告書「ウクライナにおける紛争関連の民間人死傷者」によると、2014年4月14日から2021年12月31日までにドンバス紛争が原因で死傷した人は、推定で51,000〜54,000人。
その内、少なくとも3,404人の民間人、推定4,400人のウクライナ軍兵士、推定6,500人の共和国側戦闘員が死亡。約7,000〜9,000人の民間人、13,800〜14,200人のウクライナ軍兵士、15,800〜16,200人の共和国戦闘員が負傷した。
同報告書を読むと、2018年から21年までのドンバスでの激しい戦闘による民間人死傷者の81.4%は2共和国の管理地域内で発生し、ウクライナ軍の攻撃の結果だと分かる。政府管理地域の民間人死傷者は、16.3%だった。ミンスク合意後、米国・NATOの支援で軍事力を増強させたウクライナ政府がロシア語話者の民間人も激しく攻撃し続けていた。
彼らは皆、米国傀儡のポロシェンコ・ゼレンスキー両政権がドンバスで実行した「反テロ作戦」の犠牲者だ。米国政府がロシアを弱体化させるためにクーデターを画策し、ウクライナ人同士を殺し合わせる内戦へと導き、民族主義者の傀儡政権を政治的・軍事的にサポートしなければ、5万人を超える民間人・兵士が死傷することはなかった。
ウクライナ東部で必死に生きていた民間人の男性1,852名、女性1,072名、少年102名、少女50名、性別不明の成人30名の命。2014年7月17日に墜落したマレーシア航空MH17便に乗っていた298名の命。ウクライナ軍と2共和国軍の兵士、10,900名の命。8年間で14,000人を超える人間の命を奪ったのは、米欧ウクライナの政治屋・戦争屋たちだ。
サーシャはだんだん腹が立ってきた。やがて怒りは深い悲しみとなり、目から大粒の涙があふれ出した。西側の政治屋たちは、人間の心を失ったのか。金と権力と自己愛の奴隷で、人間の良心・理性・知性など最初からなかったのか。人間愛と戦争屋への憎しみで魂が揺さぶられ、サーシャは静かに苦悶し、嗚咽した。
(下)に続く。
参考資料(最終検索日、2023年8月26日)
Day3 2022年2月13日(日)
「OSCEウクライナ特別監視団のプレス声明」『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月13日:
「『軍事的精神症』:西側OSCE監視員のウクライナからの撤退を懸念するロシア」『スプートニク(電子版)』2022年2月13日記事:
(ザハロワ外務省報道官、ルガンスク人民共和国の幹部の発言など)
「OSCE監視団のスタッフがウクライナ東部から撤退」『ロイター(電子版)』2022年2月13日記事:
「モスクワ、OSCEがウクライナのスタッフを『移転』させる動きに懸念を表明」『モスクワ・タイムズ(電子版)』2022年2月13日記事:
「プーチンとバイデンの交渉が終わった」『イズベスチヤ(電子版)』2022年2月12日記事:
(2022年2月12日のラヴロフ外相発言について)
「バイデンはプーチンにロシアがウクライナを攻撃したら『迅速で深刻なコスト』を警告」『ワシントン・ポスト(電子版)』2023年2月12日記事:
(2022年2月12日のザハロワ外務省報道官発言について)
「2019年11月16日から2020年2月15日までのウクライナの人権状況に関する報告」『国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)ホームページ』2020年3月1日:
「ウクライナにおける紛争関連の民間人死傷者」『国連ホームページ』2022年1月27日:
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極東連邦大学(ウラジオストク)元准教授 おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。 政治学者として毎日新聞・北海道新聞・長周新聞・JBpressなどに論考を寄稿。エッセイストとしては、北海道新聞の連載「大崎巌先生のウラジオ奮闘記」(2020年10月〜22年4月)を担当。 【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/ 【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki