【連載】大崎巌の国際情報

13 Days 2022(3)ドンバスでの大戦前夜(下)

大崎巌

 

13 Days 2022(3)ドンバスでの大戦前夜(上)は こちら

 

Day 4 2022年2月14日(月)
ニューヨーク、朝7時半。ロシア大統領府のホームページに、プーチン・ラヴロフ会談の内容が公表された。8時にはプーチンとショイグ国防相の会談内容も公表。3人の発言内容が一字一句載っている。
ロシアと西側メディアの報道にも目を通したが、ロシアを代表する経済新聞『ヴェドモスチ』の分析記事「ラヴロフは交渉に賛成し、ショイグは一部の軍事演習の終了を発表した:これは脱エスカレーションへの慎重な転換を意味するかもしれない、と専門家は考える」を読むと、ロシア側の意図がよく分かる。

プーチンは、ラヴロフと欧州安全保障の問題について話し合った。
一昨日の米ロ首脳会談では<ロシアの安全の長期的・法的な保証>に関する交渉が継続されたが、NATOを東方に拡大させない、ウクライナ領に攻撃兵力を配置しない、ロシア・NATO基本文書が締結された1997年当時の状態にNATO軍の配置を戻す、というロシアが最重視する3点について、米側からの実質的な答えは何もなかった。
このことについて、プーチンはラブロフに尋ねた。ロシアが懸念する重要な問題について、米国・NATOと合意するチャンスはまだあると思うか。それともこれは、論理的な結論のない無限の交渉プロセスにロシアを引きずり込む試みなのか?
ラヴロフは答えた。無限の交渉は容認できないが、外務大臣として、チャンスは常にあると言わなければならない。現段階では交渉の継続を提案したい。
プーチンは「分かった」と言って交渉の継続に同意した。

その後、ショイグが軍事演習の進捗状況についてプーチンに報告。太平洋艦隊がクリル諸島(千島列島)のウルップ島沖で演習中に米国の潜水艦を発見し、ロシア領海から退去させた。極東でのこの種の活動はまったく正当化されず、理解できない。ショイグはそう言って米国を非難したが、軍事演習の一部は既に終了したか終了しつつあり、一部は近い将来に終了する予定だと強調した。

このロシア大統領と閣僚との会談は、ロシア・西側のメディアや市場で緊張を緩和する「ポジティブなシグナル」として好感をもって受け止められた。軍事演習の一部も終了し、明らかにロシア政府は米国・NATOとの対話継続を望んでいる。

プーチンはこう考えているのだろう。
米国・NATOは「ロシアがウクライナ侵略を計画」と叫んでヒステリー状態を創り、裏ではウクライナの軍事力を増強させ、ミンスク合意を妨害し続けてきたゼレンスキーがドンバスでロシアを挑発する破滅的な試みを奨励している。クリミアを武力で取り戻すと宣言しているウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアとNATOは軍事衝突するだろう。
一方、欧州での短・中距離地上ミサイル配備の問題など、安全保障上ロシアが懸念する問題の一部については米国から具体的な提案があり、建設的な交渉が可能だ。ロシアはまだ外交的に勝利できる。ロシアの主張に一定の理解を示してきた独仏と共にウクライナのNATO加盟も阻止できるかもしれない。選択肢はまだある。キューバ危機の時に米ソが妥協して核戦争を回避したように、今回も外交努力によって妥協できる可能性はある。

ロシア側は冷静に交渉の機会を探っているが、2月11日にバイデンが嘘をついてから、ドンバスでは日ごとにウクライナ軍と2共和国間の緊張が高まっており、いつ何が起きても不思議ではない。現地の軍事情勢を理解するためにも、停戦違反と爆発(砲撃)の回数・場所が報告されているOSCEウクライナ特別監視団(SMM)日報のデータ分析にも力を入れていこう。
SMMは、裏では対ロシア制裁を実行してウクライナを支援する米英・EU・NATOが主要メンバーであり、ロシアとドンバスの2共和国からすれば、監視団員の立場の中立性には疑問が残る。それでも、ドンバス紛争が始まってから、ドネツク・ルガンスクの政府管理地域と2共和国管理地域でミンスク合意の遵守を監視する唯一の国際監視団であり、ロシア・2共和国側に有利な情報を載せないことはあったとしても、日報に記載されているデータは事実に基づく客観的なものだと言えよう。

今晩19時半までの24時間のデータを集めたSMMの日報によると、ドネツク地域での停戦違反回数は17回、砲撃数は1発、ルガンスク地域での停戦違反は157回、砲撃数は40発だった。
昨年から今日までのデータを分析してみたが、ドネツク・ルガンスク両地域における1日平均の停戦違反・砲撃数は、昨年は257回・約70発、今年は今日2月14日までのデータを含めて200回余り・約50発だった。
今日はドンバス全体で174回・41発だったので、去年・今年のデータと比較すると現地の状況はまだ落ち着いていると言えそうだ。

 

Day 5 2022年2月15日(火)
現地時間の今晩19時半までの24時間のデータを扱った最新のSMM日報によると、ドネツク地域での停戦違反回数は24回、砲撃数は5発、ルガンスク地域では129回、71発だった。今日はドンバス全体で153回の停戦違反と76発の砲撃。砲撃数は昨日から35発増加し、去年の平均数を少し上回っているが、停戦違反数は比較的少ないし、現地の軍事情勢が急激に悪化したとは言えなさそうだ。

今日、ロシア下院は、ドネツク・ルガンスク両人民共和国の独立承認を大統領に求める案を圧倒的多数の賛成で可決した。ロシアが独立を承認したら、ウクライナと西側諸国からミンスク合意を破ったと非難され、これまでの努力が水の泡になる。ミンスク合意の履行を求め続けているプーチンが、すぐに下院の要請を承認することはないだろう。

だが、ドンバスではウクライナ軍と2共和国軍の接触地帯で緊張が日ごとに高まっている。昨年12月1日にロイター通信は、紛争地のドンバスに12万5千人の部隊を配備したウクライナをロシアが非難したと報じていた。西側メディアの多くは、10〜15万のロシア軍がウクライナとの国境周辺にいると報道し続けているが、ウクライナ政府がミンスク合意を破り、大軍をドンバスに配備して軍事行動を準備していることは、ほとんど伝えていない。
プーチン政権は迫害・虐殺されてきたロシア系ウクライナ人を守るため、ドンバスの住民700,000人以上にロシア国籍を付与した。NATO化された12万を超えるウクライナ軍が東部で大戦争を始め、ロシア語話者の住民を集中攻撃し始めたら、プーチンは「保護する責任」(R2P)という国際規範に従い、「人道的介入」に踏み切るだろう。

今日はプーチンとショルツ独首相の会談もあった。記者会見でプーチンは訴えた。今後数年間ウクライナがNATOに加盟しないと言われてもロシアにとって何の問題解決にもならない。ロシアはこの問題をまさに今、交渉によって平和的な手段で解決したい。ショルツは、近い将来にNATOが拡大することはないという見解を述べただけだった。
ロシア下院の採決について、プーチンは自らの認識を語った。議員は世論や支持者の声を無視できない。圧倒的多数のロシア国民はドンバスの住民に同情し、彼らを支持し、状況が彼らにとって根本的に良い方向に変わることを望んでいる。ショルツは、下院の提案を受け入れればミンスク合意違反になり、政治的大惨事になる、と反応した。

プーチンは共同会見で、「ウクライナでは、人権は大規模かつ体系的に侵害され、ロシア語話者に対する差別は立法レベルで固定されている」、「ドンバスで今起こっていることはジェノサイドだ」と言った。
ロイターによると、ショルツはその後の単独会見で、「プーチンのジェノサイドの用法は間違っている」と言ったらしい。サーシャは深いため息をついた。ショルツよ、市民を馬鹿にするのもいい加減にしろ。国連総会で採決された「ジェノサイド条約」の定義では、ジェノサイドとは、<国民・民族・人種・宗教的集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為であり、集団構成員の殺害、集団構成員に対して重大な肉体的または精神的危害を加えること>だ。
2014年のクーデター後、米国傀儡のポロシェンコ・ゼレンスキー民族主義政権はロシア語話者の自国民をテロリストと呼んで攻撃し、ドンバスで少なくとも3,404人の民間人と推定6,500人の共和国側戦闘員が死亡した。ロシア語話者たちは人権を侵害され、差別されて憎しみの対象になった。西側の政治家やメディアは、ロシア系ウクライナ人の殺害も、彼らに対する重大な肉体的・精神的危害も、事実ではないと主張するのか?
どうやら西側の偽善者たちには、理性と知性だけでなく、人間愛もないようだ…。

バイデンは、明日16日にもロシアがウクライナを攻撃すると予言している。おれは一学者として、ロシア・西側の当局者発言と報道を丁寧に分析してきた。この2日間のプーチンの言動からも、バイデンの「プーチンがウクライナ侵攻を決定」という主張には根拠がないことは明白だ。
嘘をつき続けてウクライナで緊張を極度に高めながら、外交による問題解決を訴えるバイデン。副大統領としてマイダン・クーデターを指揮し、5万人を超えるウクライナ人を死傷させた冷酷な政治屋は、今度はドンバスで大戦争を創り上げようとしているのか。

アメリカ型の自由と民主主義を各国に贈り届けるために、他国民の自由、人権、生存権を奪うなんて、ただのリベラル独裁じゃないか。世界各地で戦争を創り、国際法を無視して主権国家の政権転覆を繰り返す米国の政治屋・戦争屋たちよ、お前たちは悪魔なのか?
サーシャの怒りは頂点に達し、魂の叫びで体がふるえ、顔がゆがんだ。

(サーシャには複数のモデルがいますが、本連載は、実際の出来事に基づいています)

 

参考資料(最終検索日、2023年8月26日)

Day 4 2022年2月14日(月)
「ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相との会談 ウラジーミル・プーチンはセルゲイ・ラヴロフ外相と作業会議を開催した。」『ロシア大統領府ホームページ』2022年2月14日:

「セルゲイ・ショイグ国防相との会談 ウラジミール・プーチンは、ロシア連邦国防大臣セルゲイ・ショイグと作業会議を開催した。」『ロシア大統領府ホームページ』2022年2月14日:

「ラヴロフは交渉に賛成し、ショイグは軍事演習の一部の終了を発表した これは脱エスカレーションへの慎重な転換を意味するかもしれない、と専門家は考える」『ヴェドモスチ(電子版)』2022年2月14日:

「ロシア、米潜水艦が『領海侵入』 米軍は否定」『ロイター(電子版)』2022年2月12日記事:

「軍事演習の一部が終了し、プーチンは米国との対話を示唆」『ブルームバーグ(電子版)』2022年2月14日記事:

「プーチン大統領、米国やNATOとの対話継続を示唆-ウクライナ危機」『ブルームバーグ(電子版)』2022年2月14日記事:

「プーチン氏、米欧との協議継続を了承 国営テレビ放映」『日本経済新聞(電子版)』2022年2月15日:

「ウクライナ特別監視団の日報・現地報告」『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』:

「ウクライナ特別監視団の日報 35/2022」『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月15日:

Day 5 2022年2月15日(火)
「ウクライナ特別監視団の日報 36/2022」『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月16日:

「ロシア議会はプーチンに分離した東ウクライナ地域を認めるよう求めている」『ロイター(電子版)』2022年2月15日記事:

「ロシア下院、大統領にウクライナ東部親ロ地域の独立承認を要請へ」『ロイター(電子版)』2022年2月16日記事:

「ロシア下院 親ロシア派勢力の独立国家承認要請決議案を可決」『FNNプライムオンライン(電子版)』2022年2月16日記事:

「ロシアは、ウクライナが軍の半分をドンバス紛争地帯に配備したと言っている」『ロイター(電子版)』2021年12月1日記事:

「ロシアはウクライナが軍を増強していると非難し、自国の冬季訓練を開始する」『ロイター(電子版)』2021年12月1日記事:

「ドイツ連邦首相オラフ・ショルツとの交渉 クレムリンで、ロシアの国家元首とドイツ連邦共和国のオラフ・ショルツ連邦首相の交渉が行われた。」『ロシア大統領府ホームページ』2022年2月15日:

「ロシアとドイツの交渉の結果に関する記者会見 ロシアとドイツの交渉の結果に関して、ウラジーミル・プーチンとドイツ連邦首相オラフ・ショルツは報道陣に声明を発表し、ジャーナリストの質問に答えた。」『ロシア大統領府ホームページ』2022年2月15日:

「ショルツはプーチンにNATOはまだ拡大しないと約束した プーチンとドイツ連邦共和国の首相は、ウクライナ、NATO、ドイツでのRT放送について話し合った」『ガゼータ・ルー(電子版)』2022年2月15日記事:

「ショルツ独首相、ロシア訪問で攻めの姿勢鮮明に」『ロイター(電子版)』2021年2月16日記事:
(ショルツ首相のジェノサイドに対する認識などについて)

*クーデター前後のウクライナの状況については、以下の動画を見ることをお薦めします:「ウクライナ・オン・ファイアー(Ukraine on Fire)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品)

「乗っ取られたウクライナ(Revealing Ukraine)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

「ウクライナ・オデッサの悲劇」:
(日本語字幕付き。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

 

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大崎巌 大崎巌

極東連邦大学(ウラジオストク)元准教授 おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。 政治学者として毎日新聞・北海道新聞・長周新聞・JBpressなどに論考を寄稿。エッセイストとしては、北海道新聞の連載「大崎巌先生のウラジオ奮闘記」(2020年10月〜22年4月)を担当。 【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/ 【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki

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