編集後記:みんなと肩組んで歌った「サライ」

梶山天

 

茨城県利根町布川で1967年に男性が殺害された「布川事件」の犯人として無期懲役判決を受けた後、再審無罪となり、今年8月23日に直腸がんで亡くなった桜井昌司さん(76)の葬儀、告別式が先月31日に水戸市斎場で営まれた。

持ち前の笑顔で、冤罪事件の支援を続ける前向きな姿で多くの人々を勇気づけてきたこともあって、支援者ら約350人が参列した。「みんな、がんばれ!」。そんな彼の声が聞こえてくるような青空にほほ笑む遺影に最後の別れを惜しんだ。

写真説明 桜井さんの笑顔にみんながどんなに励まされたことか、安らかにお眠りください。そして、ありがとう。あなたの笑顔は、私の心の中にある大切な宝物です。

 

桜井さんは、自信の体験を生かし、冤罪をなくすための講演活動などにも人一倍力を注いだ1人で、「冤罪犠牲者の会」を設立し、裁判当事者が証拠を閲覧できる仕組みの確立などの制度改革を訴え続けてきた。

葬儀会場には、東住吉事件で放火殺人の罪を着せられ、20年服役した後に無罪になった青木恵子さんや、ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天が冤罪の証拠を見つけ、昨年4月からホームページで計51回にわたる栃木県今市(現日光)市の小学1年女児を殺害したとして無期懲役の判決で千葉刑務所に服役中の勝又拓哉さんの冤罪撲滅キャンペーン連載「絶望裁判」を展開。息子の無実をひたすら待つ母親のイミコさんらも参列した。

あいにく葬儀にいけなかった梶山はその夜、勝又さんの母から電話をもらった。思い出深いことに、自分が朝日新聞鹿児島総局長として現地に赴き、すぐに検察の起訴状を見て、2年もたつのに犯行日時が特定されていないことに気づいた鹿児島県警による統一地方選の県議選で架空の選挙違反事件をでっちあげた「志布志事件」で人権無視も甚だしい取り調べを受けた川畑幸夫さんか゛葬儀に参列してたことを聞いた。

川畑さんは取り調べ時に江戸時代のキリスト教弾圧を彷彿させる「踏み絵」にも似た踏み字「栄三 お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」「沖縄の孫 早くやさしいおじいちゃんになってね」などとA4版の紙3枚にマジックで書かれた紙を取調官から椅子に座った川畑さんの両足をつかまれ、何度も何度も踏まされたのだ。

2006年1月からの冤罪撲滅キャンペーン展開の甲斐あって翌年07年2月23日の鹿児島地裁は、被告とされた12人全員に無罪の判決を言い渡した。検察は控訴を断念し敗北を期した。あれから16年、歳月が流れるのはあっという間だ。今市事件の勝又さんの母から連絡を受けた梶山は今年9月3日に川畑さんの妻の順子さんにメールを送った。すると、即返事が来た。

写真説明 川畑順子さんから送られて来たメール。

 

志布志事件取材で鹿児島総局の記者たちが一丸となって検察、警察に対峙出来たのは、「サライ」。谷村新司の十八番「(おはこ)の歌で、事あるごとにみんなが自然と肩を組んでこの歌をかなで励まし合ってきたからだ。

私たちのこの志布志事件報道は、全国の人々にも共感を得ていくつもの賞を受賞。朝日新聞社も約160年の歴史の中で西部本社の中でわずか2回目の社賞を記録した。初回は大所帯の社会部で、わずか13人の地方総局の受賞は稀だという。

その年の夏、鹿児島市内が一望できるホテルを会場に社賞を祝う会を開いた。志布志事件の被告とされた人々や記者たちが日ごろお世話になっている人々を招いて親睦を深めた。

梶山はいつもそうだが、このような会の時には裏方に徹し、その祝う会も社長のあいさつの後の総局代表のあいさつを次長にしてもらう。梶山の出番は一番最後。。川畑さんの奥様が返信のメールにも記していたサライの大合唱の指揮役でムードを盛り上げる役だ。

会場の全員が立ち上がり、肩を組み、梶山のタクト代わりの両手を見ながら音楽に合わせて歌う。ゆったりとしたリズムに合わせてみんなのそろった片手が左右に揺れる。特にサビ部分の歌詞は最高で、みんなの声がひときわ大きくなる。

「桜吹雪の サライの空へ 哀しい程 青く澄んで 胸が震えた」。そしてみんなの瞼から光るものが落ちた。

 

写真説明 川畑幸夫・順子夫妻に囲まれて笑顔をみせる桜井昌司さん。昨年7月。

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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