【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第37回 ロシア軍の新しい「部分的動員」が意味するもの②

寺島隆吉

では住民投票を成功させたウクライナ南東部の未来はどうなるのでしょうか。どうすれば4カ国住民の生活と平和は維持できるのでしょうか。

そのことをにらんでモスクワから新しく出された方針が、 「部分的動員」という方針でした。この新しい体制で、ウクライナ問題は次の段階に移行したと見ることができるように思います。

第一段階:ロシア軍のウクライナ進攻から、マリウポリ市のアゾフスタ ル製鉄所に立て籠もったアゾフ大隊の投降まで
第二段階:アゾフスタル製鉄所の陥落から、ウクライナ南東部4カ国の住民投票の成功とロシア編入への完了まで
第三段階:モスクワによる「部分的動員」の発令以降(ウクライナ南東部4カ国の国境保持と経済の再建をどうするか)

今までロシアは、クリミアを併合したものの、 自治と独立を宣言したドンバ ス2カ国が存在していたため、 国境を接してキエフ政権と直接に向き合うことを避けることができました。

それがクリミアの独立と編入を認めながらドンバス2カ国の希望を認めなかった理由ではなかったでしょうか。

しかし、それは、悪い言い方をすれば、この2カ国の人たちを「人間の盾」として利用してロシアを守る戦術だったとも言えます。

他方、キエフ政権は一貫して「ドンバス2カ国をウクライナの特別区として認める」というミンスク合意を拒否してきました。その結果、この8年間で1万3,000~4,000人もの命が奪われました。

ですからロシア内部でも「ロシア編入を求める強い声を無視して、このまま何時までロシア語話者の命が奪われ続けることを許すのか」という声は強くなる一方でした。
(プーチン大統領は欧米では「独裁者」だと言われていますが、国内ではむしろ「ハト派」だったのです。 )

しかし、プーチン大統領はこのような声を無視できず、ドンバス2カ国の独立を承認し、その2カ国の要請に基づいてウクライナに進攻するという手続きを取りました。アサド大統領の要請に基づいてシリアに軍を出したのと同じ手順です。

さて、こうした結果として、ロシアはドンバス2カ国だけでなくザポリージャ州とヘルソン州もロシア領に編入することになり、守るべき国境線は1,000㎞近くも延長されることになりました。

ですから新しく「部分的動員」をかけることは、ある意味で必然のなりゆきでした。こうして戦いは新しい段階に入りました。

今までの進攻作戦では、ロシア軍は「特別作戦Z」という戦術、いわば「孫子の兵法」を駆使して、少数ながらも、多数のウクライナ軍に対して善戦してきました。

しかし国境線がこれだけ長くなると、先述の通り、 「Z作戦」だけでは対応できなくなることは間違いありません。

この事情をボー氏は、先述の論文「ハリコフ撤退と新しい動員」で次のように述べています。

 

プーチン大統領の「部分的動員」発表に関して想起すべきことは、ロシアがウクライナに介入したの理由は2つある。

兵力は、西側が攻撃作戦を行うために必要と考える兵力よりかなり少なかったことである。そ

第一に、ロシアは「作戦術」に精通している。チェスプレーヤーのように、作戦の舞台で作戦モジュールを駆使していることである。これが、少ない人員で効果を発揮することを可能にしている。つまり、効率的に作戦を遂行する方法を知っているのだ。

第二の理由は、我々西側のメディアが意図的に無視していることだが、ウクライナにおける戦闘行為の大部分はドンバス民兵がおこなっていることである。

「ロシア軍」と言うのではなく、 (正直に言えば) 「ロシア=ドンバス連合軍」あるいは「ロシア語話者の連合」 と言うべきだろう。

つまり、ウクライナに駐留するロシア軍の数は比較的少ない。しかも、ロシアのやり方は、作戦地域に一定期間しか部隊を駐留させないことである。つまり、西側諸国よりも部隊のローテーションが頻繁に行われる傾向にある。

こうした一般的な考慮事項に加え、ウクライナ南部の住民投票の結果、 ロシア国境が1,000㎞近く延長される可能性がある。そうなると、より強固な防衛システムの構築、 部隊のための施設建設など、さらなる能力が必要となる。

その意味で今回の 「部分的動員」は良いアイデアだ。その意味で 「部分的動員」 は、先に見
たように、論理的帰結である。

 

この「部分的動員」に対して日本のメディアも欧米のメディアも、徴兵を逃れるためにロシアから脱走する人が後を絶たないというニュースを、連日のように流し続けてきました。

しかしロシアは脱走するひとに逮捕令状を出したり、引き戻して罰を科すという政策を取っていません。

タカ派の野党議員から、 「脱走禁止の法律をつくり、脱走者に厳罰を科すべきだ」という声もありましたが、プーチン大統領はそのような政策を認めませんでした。

他方、ゼレンスキー大統領はウクライナから脱走しようとするひとが後を絶たないので、
これに厳罰を科すという方針をとっています。ところが、このことにふれているメディア
も私は見たことがありません。

これについてもボー氏は先述の論文で次のようにコメントしています。

 

西側諸国では、動員を避けるためにロシアを離れようとした人々について随分わめき散らしている。そういう人々は確かに存在する。

他方、徴兵を逃れようとした何千人ものウクライナ人が、ベルギーの首都ブリュッセルの街角で、パワフルで高価なドイツのスポーツカーに乗っているのを見ることができるのと同じである。

しかし、徴兵所の前に長い行列を作る若者たちや、動員を支持する民衆のデモについては、
あまり宣伝されていない。

残った人は脱出するためのお金や縁故をもたない人ばかりです。

3D render animation of representation of Russian military invasion and occupation of Ukraine, battle between soldiers with grenade launchers and Russian tanks

 

つまり金持ちで外国に縁故をもつひとは既に多数がウクライナを脱出しているのです。

上でボー氏が「徴兵を逃れようとした何千人ものウクライナ人が、ベルギーの首都ブリュッセルの街角で、パワフルで高価なドイツのスポーツカーに乗っているのを見ることができる」と述べている通りなのです。

ロシアでも同じ現象が起きているでしょうが、もう一方で、2022年9月21日に行ったプーチン大統領の演説を視聴したひとたちで、その演説に心を動かされた人も少なくなかったのではないかと思います。

かつてプーチン大統領がロシア軍のウクライナ進攻直前におこなった演説(2022年2月24日)は、それをNHKによる翻訳で読んでみました。

私の敬愛する物理化学者藤永茂先生(97歳)が、ブログ「私の闇の奥」で、とても感動した
と書かれていたからです。そして私も確かに感動しました( 『ウクライナ問題の正体1』106~112頁を参照ください。)

ですから、今度の「部分的動員」についての演説も読んでみたくなり調べてみました。

するとその演説全文が、やはりNHKのサイトに翻訳されていることを発見しました。

それを読んでみたら、 RTニュースでその英文要約を読んだのとは全く違った印象を受けました。 NHKの翻訳は必ずしも良い翻訳とは言えませんが、それでも私の胸に響くものがありました。

*プーチン大統領「 “予備役”部分的動員の発表」 【演説全文】
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/detail/2022/09/22/25523.html NHK2022/09/22

ですから、その後、 RTニュースが次のような記事を載せていても全く違和感をもちませんでした。

*Russian partial mobilization numbers revealed(部分的動員の中間結果を発表)
(副題)More than 200,000 have joined the Russian army since the call-up began, Defense Minister Sergey Shoigu said(20万人以上が招集に応じたと国防大臣が発表)
https://www.rt.com/russia/564046-russia-partial-mobilization-progress/ Oct 4, 2022

御覧の通りプーチン演説があってから2週間足らずで、すでに20万人以上もの予備役兵が、政府の呼びかけに応召しているのです。

確かに間違った召集令状が間違ったひとに届けられたこともあったでしょうが、すでにそれは分かり次第、即座に訂正されています。

ですから、 上でボー氏が、 「しかし、徴兵所の前に長い行列を作る若者たちや、動員を支
持する民衆のデモについては、あまり宣伝されていない」と言っていた通りだったのです。

かつて日本がアジア太平洋戦争に乗りだしたとき、私の父も小作農で貧農でしたから、「赤紙」ひとつで徴集されました。が、 幸いなことに生きて戻ってきました。ところが本家の当主は仮病で徴集を免れています。

このように抜け道を知っていた富裕層のひとは、 「学徒動員」で多くの学生が特攻隊で死んだときも、理系の大学・学部に進学することで徴兵を逃れていました。私がこのこと
を知ったのは岐阜大学に職を得たときでした。

そのときの学部長が「徴兵を逃れるために岐阜農林専門学校に入った。敗戦後、東北大学文学部に入り直したのは、本当は文学をやりたかったからだ」と言ったので驚きました。

能登半島の小作農で育った私には、そんな抜け道があるとは想像もつかなかったからです。

そういえば社会言語学者として名高い鈴木孝夫先生も、最初は慶応大学医学部に入ったが戦後は文学部に入り直したことを知り、先生を囲む懇談会の席上で、その理由を尋ねてみたことがあります。するとやはり右記の学長と同じ理由でした。尊敬する先生だっただけに、やはり小さなショックを受けました。

(寺島隆吉著『ウクライナ問題の正体3—8年後にやっと叶えられたドンバス住民の願い—』の第10章から転載)

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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