【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

第2回 続・ウクライナ戦争報道の犯罪:米欧日の事実上の参戦を容認する日本メディア

浅野健一

*アゾフ大隊の正体を報じないメディア

ウクライナ南東部の要衝マリウポリの攻防で、ロシアが武力介入の根拠としたウクライナの「ネオナチ化」の根拠としているアゾフ大隊がメディアに晒された。アゾフ大隊はマリウポリの戦闘で製鉄所に立てこもった。

テレビ各局はアゾフ大隊から映像素材の提供を受け、製鉄所構内にいる1000人以上の民間人の映像を放映し、ロシア軍の攻撃によって地下室にいる民間人が逃げられないと報じた。ロシア側は、製鉄所の民間人はアゾフ大隊の「人間の盾」にされていると主張している。

プーチン大統領は21日、マリウポリの「解放作戦」が「成功した」と述べ、製鉄所については攻撃を中止するよう命令した。防衛省防衛研究所の兵頭慎治政策研究部長と高橋氏がNHKと民放キー各局にはしご出演し、「1週間前から用意されていた国内向けのポーズ」「東部2州への攻撃に集中するためだ」などと解説した。両氏はプーチン氏を呼び捨てにしているが字幕には「氏」が付いている。これは一種の捏造ではないか。

TBSの22日の情報番組でキャスターが、ロシアの国防相との会談の際、10数分間、机に右手を置いていたのは、病気のせいではないかとか、国防相が前かがみで報告しているのは、「プーチンが怖いのか」と高橋氏に質問すると、「私も防衛大臣に呼ばれて報告する時は、前かがみになる」と答えたのには、笑うしかなかった。

NHKの石川一洋解説委員(元モスクワ支局長)が、19日午後6時からのラジオ番組で、アゾフ大隊が元ネオナチの民族主義者の私兵組織で、2014年以降、ウクライナの正規軍組織に組み入れられたと説明した。ジャーナリストの小西克哉氏の質問に答えた。
NHKは最近、アゾフ大隊の実名を出さず、ウクライナ軍の部隊と言い換えている。

読売新聞は4月26日、アゾフ大隊を率いるマクシム・ゾリン司令官にオンライン取材した。司令官は「アゾフ大隊は決して降伏しない。武器が最後の1丁になっても戦い続ける」と徹底抗戦の方針を強調した。

テレビ各局もアゾフ大隊のパラマリ副司令官らに電話取材し、「我々は戦いをやめない。マリウポリはウクライナだから」という声を報じた。アゾフ大隊は極右・国家主義的で、白人至上主義の組織だ。ドンバス地方で、親ロシア派に占領される過程で生まれた民兵組織がルーツ。14年のクーデター後、内務省の国家親衛隊に統合され、正式な国家組織の一部となった。

公安調査庁(公調)もHP(ホームページ)に「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」などと規定していたが、4月8日、「事実と異なる」「誤った情報が拡散されている」として、該当記述を削除した。

4月23日のTBSの「報道特集」で、金平茂紀キャスターはリモートで、アゾフ部隊司令部の幹部司令官にインタビューした。「ネオナチではない。ナチスはプーチンだ」と主張させた。金平氏は、「駐日ロシア大使が彼に示した映像がウソで、虐殺はあったと、TBSの取材で明らかになった。(米企業の)衛星写真で墓地も明らかになった」と指摘した。

金平氏は「情報戦の中、ジャーナリズムは証拠に基づいて事実を伝えなければならない。現時点でロシアの主張はすべて破綻している」と断言した。金平氏に問いたい。2014年のクーデターの後、東部でロシア系住民を弾圧してきた事実は取材したのか。「アゾフ大隊はネオナチと無関係」という言い分をきちんと確認したのか。

*ウクライナ情勢に乗じて中朝の脅威を

5月1日のTBS「サンデーモーニング」は、「攻勢強めるロシア軍 国連トップ訪問中にも攻撃」を取り上げた。水野真裕美アナウンサーが、4月26日、クレムリンでプーチン大統領と向き合った国連のグテレス事務総長との会談を次のように報じた。

<「ロシアは人道回廊の設置を発表しているが使用されていない」。「事務総長閣下、あなたは誤解している。人道回廊は機能している」。全く取り合わないプーチン大統領。さらに、親ロ派の支配する東部2州について持論を展開。セルビアからの独立を宣言したコソボを 引き合いに出し、こうまくしたてた。>

<「私はコソボ情勢に関する国際司法裁判所の文書を読み詳しく知っている。ドンバス(ウクライナ東部)のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国も、コソボと同じように、ウクライナの中央当局に訴えることなく主権を宣言する権利がある。そう思わないか」。「まず、大統領閣下、国連はコソボを認めていない」。「ええ、でも裁判所は認めた。最後まで聞いてください。裁判所は認めたのだ」。>

水野氏は「すれ違いに終わった」と締めくくった。

この後、自民党の政府への防衛費をGDPの2%に引き上げる提言に触れた。ドイツ、スウェーデン、デンマークなども軍事費を増額する方針と伝え、「中国、北朝鮮の脅威」を映像で示し、自民党の敵基地攻撃能力の保有提言を取り上げた。

BS-TBS「報道1930」キャスターの松原耕二氏は「米国が莫大な武器を提供しており、戦況が悪化。プーチンは苛立ちが強まり、核しか頼れないという状況に追い込まれる危険性がある」と発言。これを受けて、関口宏キャスターは「核の問題はねー、ロシアだけでなくてね、北朝鮮もね、いろんな問題を起こしそうな雰囲気がありますわね」とコメントした。

北朝鮮は核・ミサイル開発は米国から自衛するためで、日本を標的にしていない」と主張している。また、日中間には相互不可侵を誓約した日中平和友好条約(1978年)がある。北朝鮮・中国が日本に侵攻してくるという扇動は止めるべきだ。

*東京新聞・特報面で師岡カリーマ氏が的確な論評

日本のメディアからの情報だけでは、ウクライナ情勢は把握できない。

4月30日の東京新聞特報面で、文筆家の師岡カリーマ氏が「ウクライナ侵攻に思う」と題して、「アルジャジーラ(カタール)の記者たちは現場から生中継で真偽を検証する。情報の量も密度も圧倒的に勝っているのは事実」と書いている。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/174778

師岡氏は「本当に避けられない戦争だったか」「安易な勧善懲悪の悦に浸りすぎてはいないか。安易な確信に甘んじ、安全な距離から感傷と独善に浸っていないか」などと問い掛けている。

「これはプーチンの暴挙であると同時に、西側の外交的失敗でもある」「プーチンを悪魔化して責任逃れをする『世界のリーダーたち』は、どうも薄っぺらに見える」。主要メディアに、米英の責任を問う論評が出たのは初めてではないか。

フランスのジャーナリスト、アンヌ=ロール・ボネルが監督するドキュメンタリー映画『ドンバス2016』(54分)がYouTubeで公開されている。2015年の記録だが、当時からドンバス各地の都市がウクライナ政府による攻撃で廃虚と化し、住民が地下室に閉じこもる生活を強いられていたことが映し出されている。
https://www.chosyu-journal.jp/review/23294

NHKは開戦から2カ月の4月24日朝、ロシアの祝日である5月9日の「対ドイツ戦勝記念日」を前に、国内向けに戦争の成果を示す必要があるという筋書きで報じた。「プーチン大統領は式典で戦果を誇示するとみられていて、この日に向けてウクライナ東部への攻撃をさらに強める可能性がある」

石川解説委員は「第2次世界大戦で連合国軍がドイツ軍に勝利した日を記念する日。その日を、ウクライナへの暴挙で汚している。記念日を侵略戦争の正当化に使うのは本末転倒だ」と断じた。
https://www3.nhk.or.jp/…/20220424/k10013591941000.html

24日午後7時のNHKニュースでは、兵頭氏がスタジオで解説した。米国が新たに武器供与を決めたことを評価し、制裁強化も求めた。ロシア軍の軍事行動を「敵の攻撃」と表現し、プーチン大統領はいつものように呼び捨て。ウクライナは「こちら側」なのだ。

日本が戦争をしているわけでもないのに、隣国を「敵」と言うのはダメだろう。防衛省の職員をテレビで「識者」として、言いたい報道の「解説」をさせるのは報道犯罪の蛮行としか言いようがない。

プーチン大統領は、ウクライナのNATO加盟の阻止と、ロシア系住民の多いウクライナ東部2州の分離独立を目指している。対米隷従の御用学者や防衛省の職員が強調する「領土の拡大」は狙っていないと私は思う。

2002年にインタビューしたノーム・チョムスキー米マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授は4月14日、米メディアの取材に、解決策を提言している。韓国のハンギョレ新聞が<チョムスキー氏「核戦争防ぐにはプーチンに出口与える醜悪な解決策を試みよ」>(4月19日)という見出しで報じている。
https://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/1039385.html

私と教授は2003年、共著『抗う勇気 ノーム・チョムスキー+浅野健一対談』(現代人文社)を出版している。
また、「知の巨人、ノーム・チョムスキー!ウクライナ戦争とアメリカの巨大な欺瞞―全世界必見の動画」と題したインタビューも22日にアップされている。文字記録もある。
https://www.youtube.com/watch?v=yw5DvUgJlZA
https://theintercept.com/2022/04/14/russia-ukraine-noam-chomsky-jeremy-scahill/

ノーム・チョムスキー教授はこの間、核戦争を止めるためには、ゼレンスキー政権が譲歩し、「親ロシア派分離主義勢力が掌握するウクライナ東部のドンバス地域を、ウクライナは独立地域と認めなければならず、2014年にロシアが強制合併したクリミア半島についても、ロシアの支配力を認める必要がある」と指摘している。

Ukraine political map with capital Kiev, national borders, important cities, rivers and lakes. English labeling and scaling. Illustration.

 

 

ウクライナに軍事資金、武器弾薬を渡し、ロシアへの制裁を強化することで、停戦は実現しない。ウクライナ戦争を終わらせるために、国際社会はロシアとウクライナの双方が歩み寄れる調停案を探る努力をすべきではないか。

1 2
浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ