【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(4)「ジャニーズ帝国」と「アメリカ帝国」:恐怖による権力支配(上)

塩原俊彦

 

私が2020年9月から2022年3月までの間、「論座」に論考を掲載してきたなかで、もっとも多くの閲覧数を得たのは、「「嵐コンサート事件」を報道しないジャーナリズムを問う:最先端の「コンテンツ産業としてのジャーナリズム論」」という記事であった。社会的事件と呼べる出来事にほぼすべての主要マスメディアが沈黙を守ったのだ。この事件の起きた2020年の段階から、日本のマスメディアはジャニーズ事務所の支配下に完全に置かれていたのである。この事実を剔抉したのが私のこの記事であった。だからこそ、たくさんの「とまどえる群れ」がこの記事を読んでくれたことになる。こんな経験をもっているので、いまの「ジャニーズ帝国」をめぐる騒動には、考えさせられるところがある。

そこで、今回はかつての「ジャニーズ帝国」と「アメリカ帝国」を比較しながら、マスメディアを抱き込んで「とまどえる群れ」をだましつづけるという構造について語ることにしたい。拙著『知られざる地政学』で論証したことと、ジャニーズ事務所がマスメディアを脅しまくってきたこととはよく似た構造にあると思えるからである。

「権力は恐怖に依存する」
英語やロシア語、そして日本語の記事を読んでいて残念に思うのは、書き手のほぼ全員が「現実」を知らないことである。その現実とは、政治における「脅し」の話だ。政治は力であり、それは議員数や得票数を意味することもあるが、もっとずっと生々しい力として脅迫する力がある。恐怖で相手を圧倒するのだ。これは、「権力は恐怖に依存する」という権力論の基本だ(Robert Peckham, Fear: An Alternative History of the World, Profile Books, 2023を参照)。

覇権国アメリカのジョー・バイデン大統領は近年、しばしば「脅し」を外交戦術としている。その前任のドナルド・トランプも同じである。報道では、「懸念を表明した」といった表現であっても、その裏で「脅しまくった」という恐怖政治が隠されているのだ。米国による制裁の歴史をみれば、いかに米国政府が「脅迫」を伝家の宝刀としてきたかがわかるだろう(詳しくは拙著『復讐としてのウクライナ戦争』を参考にしてほしい)。

ジャニーズ事務所も同じく、脅しまくることで、マスメディアによる批判報道を完全に封じ込めてきた。1988年には、元フォーリーブスの北公次著『光GENJIへ』が刊行されたが、その後、同事務所はマスメディアへの「圧力」や「脅迫」を強めていく。『週刊文春』が1999年10月から、ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川から所属タレントらが性被害を受けていた疑惑を報じて以降、1983年頃から毎週文春を愛読している私もこの話を知った。

ジャニーズ事務所と喜多川は名誉を傷つけられたとして、発行元の文芸春秋に1億700万円の賠償と謝罪広告を求めて提訴する。1審では文春側が敗訴したが、2003年7月の2審の東京高裁判決は「少年たちの証言は具体的で詳細なのに、事務所側は具体的に反論していない」として「セクハラに関する記事の重要部分は真実」と認定する。文春側が実質的に勝訴したといえるだろう。ジャニーズ側は上告したが、最高裁は2004年2月に上告を棄却し、東京高裁判決が確定した。つまり、ジャニー喜多川による性被害が裁判所によって認定されたことになる。この裏側で、ジャニーズ事務所は文芸春秋に数々の「嫌がらせ」や「圧力」を加えてきた。

悪辣なのは、喜多川と仲がいいと公言してきた黒柳徹子だろう。これではまるで、トラの威を借る狐だ。ジャニー喜多川と友達だった彼女はいま何も語ろうとしない。マスメディアは、「性加害を助長してきた自分を恥ずかしくありませんか」と問わなければならない。

米国における大統領とマスメディア
米国の大統領とマスメディアとの関係をみると、一つの例外がある。それは、リチャード・ニクソンを大統領の座から引きずり降ろした「ウォーターゲート事件」における「ワシントン・ポスト」(WP)の頑張りだ。だが、これはあくまで当時の時代の雰囲気が生み出した例外にすぎない。

もう一つの例外となりうるのは、ドナルド・トランプ前大統領への「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)やWPによるバッシングである。権力を握る大統領とマスメディアは一般に、持ちつ持たれつの関係にあり、相互に「共謀関係」にあるかにみえる。だが、トランプに対しては、これは、民主党系のNYTやWPによる「トランプいじめ」はすさまじかった。その理由は簡単だ。トランプが既存の支配層であるエスタブリッシュメントを目の敵にする政策をとろうとしたからである。その典型が米国の北大西洋条約機構(NATO)からの離脱といった構想であった。

拙著『知られざる地政学』〈上巻〉において、トランプのエスタブリッシュメント批判については論じておいた。ここでは、指摘したいのは、このトランプ批判を通じて、所詮、NYTもWPもエスタブリッシュメント側に立った報道しかしてこなかったし、いまも報道していないという点である。その証拠として、拙著では、遺伝子組み換えやゲノム編集のリスクについて報道しないNYTやWPの「ていたらく」について指摘しておいた。エスタブリッシュメントは、遺伝子組み換えやゲノム編集によって、世界中の人々の生命を危険にさらしながら利益を貪っているのであり、その「事実」(少なくともリスクの存在)をNYTもWPもまったく報道しない。

日本のマスメディアの悪辣さ
日本のマスメディアは、この構図を日本にもち込んでいる。ゆえに、NYTやWPが蛇蝎のように嫌ったトランプを批判しても、バラク・オバマやビル・クリントンの政策を辛辣に報道することはなかった。日本のマスメディアをみていると、どうやらトランプを例外として、米国政府の政策に対して批判をしないことが暗黙の了解事項になっているように思える(真山真著『売国』にあるように、親米スパイが日本にはたくさんいる)。

2014年2月のウクライナ危機の表面化に際して、米国主導のクーデターによって民主的な選挙で選ばれていたウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領がロシアへの脱出を余儀なくされた事件が起きる。これを厳しく批判したのが拙著『ウクライナ・ゲート』だ。しかし、当時、この事件は「マイダン革命」(マイダンとは独立広場の名称)と呼ばれ、親米の反政府勢力が武力で既存のヤヌコヴィッチ政権を打倒したことが正当であるかのような報道ばかりが世界中に広がった。

当時から、日本では、米国政府のやり方を批判する私のような者の主張がマスメディアにおいて冷遇された。要するに、マスメディアは「無視」を決め込むことで、米国政府主導のクーデターを是認しつづけたわけである。いまテレビに登場する小泉悠とか、廣瀬陽子といったレベルの低い「専門家」はみな、当時の米国のウクライナ政策に対して「無視」していたのである(その証拠が彼らの書いた『ウクライナ危機の真相』である)。

ついでに知ってほしいのは、左翼系とみられる学者の多くもまた私の主張を無視しながら、浅薄かつ皮相な論考を垂れ流したことである。その結果、ウクライナ戦争が勃発してからも、2014年2月のクーデターを無視しつづけている。まさに浅学菲才そのものだということだ。

これは、マスメディアが性加害者ジャニー喜多川の犯罪についてうすうす知りながら、あるいは、裁判で認定されたのを知りながら、この犯罪を糾弾せずにきた構造とよく似ている。米国政府のとんでもなく身勝手な政策に対して、批判すら行わずに、報道しないことで、日本国民全体をだましつづけてきた姿勢とそっくりなのだ。そうすることで、だます側は自分たちの既得権を守ることができる。

(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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