アメリカの東アジア戦略と、米中関係の変容
国際
米中関係の蜜月から封じ込めへ
米中関係は、冷戦期においても冷戦後においても、ソ連・ロシアを牽制する観点から、良好な関係が続いてきた。
しかし近年中国が、2010年に名目GDPにおいて日本を抜き、2014年にPPP(購買力平価)ベースのGDPにおいてアメリカを抜くと、にわかにアメリカは中国への警戒を増し、中国を敵視するようになってきた。
2030年になる前に中国は名目GDPにおいてアメリカを抜くと、英シンクタンク「経済ビジネス・リサーチ・センター」(CEBR)や、世銀、IMF、が予測する一方、米は経済頭打ちに加え、2020-22年にはコロナ・パンデミックがアメリカを襲った。アメリカは世界一コロナに脆弱で、9100万人が感染、105万人の死亡が明らかになる中、にわかに米中対立の度合いが増してきた。
現在、アメリカの最大の敵はロシア以上に中国である。そのため、アメリカはインドを味方に引き入れているが、インドも早晩アメリカを抜く経済力とIT力を持つ。そもそもインドは、中国以上にロシアに軍事的に依拠し、アメリカから自立している。ロシアに対抗するため強力に支援しているウクライナも、全く西欧的ではない。ロシア以上に汚職、フェイクニュース、右派の残虐さにまみれている。インドやウクライナがアメリカの期待と異なる行動を起こした場合、アメリカはどう反応するか、という点も興味深い。
筆者は2022年1月、「中国がアメリカを抜いて経済で世界一になる前に日本がとるべき路線—経済はアジア、政治はアメリカ―」を書いた 。[注1]
アメリカ・欧州・日本いずれにとっても、中国という巨大生産工場・巨大労働力市場を味方として活用することは各国の国益にかなっている。
逆に、中国を排除した経済関係は、コロナで打撃を受けた米欧日にとって決定的なマイナスとなる。中国と緊張関係を作ることは経団連を含む日本経済にとって得策とは言えない。隣国であり経済大国である中国と共同して発展することこそ、日本の長期戦略となりうる。
以下の図は、地域別世界人口の推移である。
表1 地域別世界の人口の推移 [注2]
コロナ・パンデミックは世界で640万人近い死者を出したが、その半数以上が欧米(336万人)である。
2100年(あと80年)の世界人口は109億人、アジアとアフリカで8割以上を占める。21世紀のアジア・アフリカ・ラテンアメリカは貧国ではなくBRICsを含む新興国である。欧米の時代は頭打ちに向かい、アジアの時代に置き換わりつつある。特にIT、AI人口は、中国・インドで15億、早晩20億に至る。そうした中、アメリカは一国支配維持の観点から、ロシア・中国・インドを分断している。
アジアにとって重要な事は、米欧露のように武力で他を制圧支配していくのではなく、経済力と知力と「和」の精神によって、新しい国際秩序を米欧と共に作っていくことである。アジアは、武力による支配ではなく、国際共同認識の育成により、米欧を凌ぎかつ共生する成熟した社会を実現する必要がある。
アメリカの「価値の同盟」
20世紀初頭、アメリカは、欧州の帝国主義的な世界秩序に代わって世界の秩序形成を牽引し、二つの大戦を経て、新国際秩序を構想してきた。
20世紀は戦争の世紀であった。
アメリカは20世紀の二つの世界大戦を経て、「価値に基づく国際秩序」を形成しようとした。
1)第一次世界大戦末期、ウイルソン大統領は、「戦争をやめさせるための戦争」を掲げて参戦し、ウイルソン14か条を打ち出して、欧州の帝国秩序に代わる、自由と民主主義に基づく国民国家の形成を実現しようとした。また国際連盟を創設し、国際秩序の実現により国家間の権力闘争を克服しようとした。
しかし小国の林立と国境をめぐる領土回復主義は、新たな対立と第2次世界大戦を導いた。
2)第2次世界大戦において、ローズベルト大統領は、「4つの自由(表現の自由、信仰の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由)」を掲げ、それを「4人の警察官(米・英、ソ連・中華民国)」によって実現しようとした。また国際連盟に大国が加わらなかった限界に鑑み、国際連合(UN)を創設し、国際秩序を4人の警察官=常任理事国により実現しようとした。平和のための国際機関の設置を実現したのである。
特筆すべきは、ローズベルトが多様な価値、ソ連・中国を加えた世界秩序を考案したことだ。米欧の「自由と民主主義」に、社会主義とアジアの価値をも加えた世界秩序を、「国際連合」の創設により実現したのだ。
しかし巨頭ローズベルトの死後、小人トルーマンにより欧州の分断、ソ連・中国の排除が始まり、世界は二分され、冷戦が開始された。
バイデンは、20世紀の2人の米大統領を踏襲しようとした。2021年6月のG7で、コロナ後に向け「価値の同盟」を掲げて[注3] 、新国際秩序を再編しようとしたが、それは20世紀の巨頭ウイルソンとローズベルトを多分に意識したものであった。
しかし小人バイデンの「価値の同盟」は、多様な価値の包摂ではなく、米欧の「自由と民主主義」を正義とし、対抗軸に「専制主義」を置いたことで、中国・ロシアのみならず多くの国を敵と位置づけ、世界を分断するものとなった。
バイデンの戦略は共存の世界を分断したという点で、むしろトルーマンの戦略に酷似していた。
バイデンは、アメリカの延命と国益追及のため、「中国の封じ込め」を意図した。背景には、世銀・IMF・英シンクタンクが一斉に、10年以内に中国がアメリカを追い抜くと予測した事実があった。故に中国を牽制し、専制主義と人権の批判により中国を封じ込め、アメリカの一極支配を盤石にしようとした点で、強いイデオロギー性と自国中心主義に根差しており、米欧日の支持は得ても世界の共感を呼び難かった。
2021年G7におけるアメリカの動きに、欧州や日本は一様に戸惑いを見せた。
2021年12月、経団連は、アメリカの中国排除、封じ込めに対し、中国との経済関係は重要であり継続する、と声明を出した。また欧州では、2020年EU・中国連携が始まったところであり、ノルドストリーム2により、ロシアと欧州のエネルギー共同も進行していた。
コロナ禍による米国経済の停滞の中、アメリカは、中国・ロシアの封じ込めによって衰退を押し留めようとした。他方、日欧、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの多くは、中国・インド・ロシアと結ぶことで自国の復興を強化しようとした。
合理的に考えれば、中国との経済連携、ロシアとのエネルギー連携の方が正しい選択であった。
しかし米欧の経済停滞と、その後のロシア・ウクライナ戦争が合理的視点を一変させ、アメリカの「価値の同盟」と分断が世界を覆うことになる。
東アジアは、米中対立の最前線になるか?
バイデンの時代に、トランプの経済優先から軍事優先に舵を切ったことは重要な変化であった。2021年6月、G7での「価値の同盟」宣言以降、アメリカは積極的な軍事行動に出始めた。
英豪などアングロサクソンの同盟国と協力し、フランスのディーゼル潜水艦の購入を計画していた豪に、アメリカの原子力潜水艦を契約させたため、フランス・マクロンは、米豪のフランス大使を召還させ最大限の抗議を表明した 。[注4]
さらにアメリカは中国の経済力増大に対抗し、台湾・沖縄に軍備を増強したため、中国の反発と軍拡を招いた。これは2014年以降、ウクライナに武器増強を行いロシアの反発を招いたアメリカの軍事戦略と同様である。
アメリカは、西はロシアの境界線でNATOを拡大し、東は中国の境界線で、台湾と沖縄に軍を増派させるという、軍事行動をとっている。
さらにそれを正当化するために、メディアを最大限活用して、ロシア侵攻の危険性をあおることで、世界の軍事化を進行させている。
中国の東シナ海・南シナ海における軍拡は、米英豪の軍の拡大と並行して行われている。しかし米英豪の戦艦がアジアの海峡に続々と集結することは「航行の自由」として肯定し、中国の航行を軍拡の危機とあおることは、分断を促進するばかりである。日本の報道の自由度ランキングは2022年で71位まで落ち込んだ。自由と民主主義・人権の名の下に、中国・ロシアが一方的に批判され、経済連携や停戦要求までが非難される状況は尋常ではない。
バイデンがトランプを凌いでアメリカの大統領になった2020年11月、「我々は分断のアメリカではなく、統合されたアメリカを作る」という勝利宣言は、アメリカだけでなく世界の心を揺さぶった。しかしその後のバイデンの行動は、アメリカの国益と内政・共和党に配慮したもので、外交的には友好国との同盟により敵対国を封じ込めるという新たな分断を生み出している。
それが2021年6月のG7で表明された「価値の同盟」であり、2021年12月に呼び掛けられた「民主主義サミット」であった。
欧州、日本、ASEANは、当初、アメリカの中国批判、特に新疆ウィグルの人権批判により中国との連携分断の圧力と専制主義批判に戸惑いを示した。
とりわけ中国と経済・政治関係を持つASEAN諸国は、米の側につくのか、中国との経済関係を維持するのかという、苦しい選択をせまられた。長期的にはASEAN諸国は「選ばせるな」と、米中一方のみに組することを避け、双方と経済・政治関係を維持する賢明な政策を維持している。
また2022年6月のG7会合での「民主主義対専制主義」批判に対し、7月のG20では明白に、アメリカの分断に対しロシアも巻き込む政策をとったが、アメリカの民主主義対専制主義の分断政策は、緊張を生み、バイデン政権の中間選挙での後退がささやかれている。「根底には民主主義国の影響力が弱まっている事実がある・・・21年時点で世界人口の7割にあたる54億人が非民主主義的な体制下にある」 。[注5]
今や多極化時代である。米欧が「自由と民主主義、法の支配」でリードできる時代は終わった。
何をなすべきか?―ロシア・ウクライナ戦争の勃発がアメリカに果たした意義
では、なにをなすべきか?
「価値の同盟」・民主主義サミットによる中国の封じ込めには賛同しない国が多い。
むしろ成長する中国やインドと連携し、中国の一帯一路戦略、インドの南アジア地域連合(SAARC)やBIMSTECと結び、経済、IT, AI, 医療技術、ワクチンにおいて相互協力や支援を要求する。敵対国の封じ込めではなく、共同して新しい未来と繁栄を構想するという考え方が、米欧日「以外」の国々、ASEAN, BRICS諸国、ラテンアメリカ、Global Southを掲げるアフリカ諸国、さらに欧州の東南部で広がっていた。
それが一転して変化したのが、2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻であった。
ロシアのウクライナ侵攻は、アメリカが旗を振れども、欧州・日本さえなかなか集結しえなかった「民主主義対専制主義」の図式を白日の下に明らかにし、アメリカにとって、経済的にも、政治的にも、軍事的にも、多くの利益を生み出すとともに、世界全体で、米欧日の主導による、ウクライナに軍事侵攻した帝国主義的な専制ロシアの国際社会からの排斥、という動きが一挙に加速していったのである。
[注1] 羽場久美子「中国がアメリカを抜いて「経済で世界一」になる前に日本がとるべき路線ー」講談社、現代イスメディア/オンライン2022.1.24. https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91690
[注2] https://www.joicfp.or.jp/jpn/2019/08/13/42989/
[注3] G7サミットの資料。 羽場久美子「コロナ後の国際政治と日本:経済競争から「価値の同盟」へ―新世界秩序の構築化、あるいは新冷戦か?」『神奈川大学評論』2021年7月95-106.
[注4] 羽場久美子「「反中国」ムードを強めるフランスが、「アジア太平洋進出」を画策している事情」現代イスメディア、2022.2.20.
[注5] 「対強権主義、価値観超え結束 民主主義の影響力に陰り―岐路に立つG7(上)」日経新聞、2022.6.30.
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博士(国際関係学)、青山学院大学名誉教授、神奈川大学教授、世界国際関係学会アジア太平洋会長、グローバル国際関係研究所 所長、世界国際関係学会 元副会長(2016-17)。