【連載】大崎巌の国際情報

13 Days 2022(4)ドンバス大戦勃発(上)

大崎巌

 

Day 6 2022年2月16日(水)
サーシャは覚悟を決めた。
この数日間、魂の叫びと心の痛みで極限まで苦しんだ。西側の戦争屋への憎しみを必死に抑えるため、セントラルパークで祈り続け、神の沈黙と向き合った。

第2次大戦後、世界各地で定期的に戦争を引き起こしてきた米国の政治屋・戦争屋たち。冷戦終結後も国際法を無視し、力による主権国家の政権転覆を繰り返してきた。
ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、イエメンなどで数百万人の命を奪い、今度はウクライナのドンバスで5万人を超える民間人・兵士を死傷させた。
人間愛を失い、自己愛に溺れ、人を殺しても何事もなかったかのように米国で富と権力を享受する政治屋たちは、人間なのか、悪魔なのか。いずれにしろ、彼らは皆、いつか人類に対する大罪で裁かれるだろう。

もういい、わかった。それが現実なのだ。この腐りきったシニカルな世界で数学者のおれが果たすべき義務は、客観的なデータ分析を行い、ウクライナ危機の本質を冷徹に解明することだ。これから先、何が起ころうとも、一切の感情を排し、戦争屋の醜さと人類の行き着く先をとことん見守ってやろうではないか。

「2月16日にもロシアがウクライナを攻撃する」というバイデンの予言は当たらなかった。当たり前だ。昨日、ドネツク・ルガンスク両人民共和国の独立承認をロシア下院から求められたプーチンは、今日16日もミンスク合意(東部紛争をめぐる停戦協定)の履行を求め続けている。嘘つきバイデンと米傀儡ゼレンスキーは、ドンバスで何を企んでいるのか。
今日からは、OSCE(欧州安全保障協力機構)、ウクライナ国営通信社「ウクルインフォルム」、共和国側メディア「ドンバス・インサイダー」、ロシア・西側メディアの情報を基に、ドンバスの軍事情勢を詳細に分析していこう。

ドンバスの政府・2共和国各管理地域でミンスク合意遵守を監視する唯一の国際監視団「OSCEウクライナ特別監視団(SMM)」の最新日報によると、現地時間の今晩19時半までの24時間で、ドネツク地域での停戦違反回数は189回、爆発(砲撃)数は128発、ルガンスク地域では402回、188発だった。今日はドンバス全体で591回の停戦違反と316発の砲撃。

昨日と比べ、停戦違反数・砲撃数ともに約4倍増加。ドネツク・ルガンスク両地域における1日平均の停戦違反・砲撃数は、昨年は257回・約70発だったので、去年1年間の平均と比べて今日の停戦違反は約2.3倍、砲撃は約4.5倍も多く、現地の軍事情勢は急激に悪化したと言える。
SMM日報の停戦違反・砲撃地が示された地図を見ると、今日、ドンバスの政府管理地域と2共和国の境界線上で激しい戦闘が始まったことが分かる。

一方、ウクルインフォルムの英語版記事で紹介されたウクライナ軍のデータによると、今日1日で共和国軍側がドンバスで8回停戦に違反し、ミンスク合意で禁止された兵器を2回使用したらしい。

OSCEとウクライナ軍のデータが比較可能だと仮定した場合、今日、政府軍は583回の停戦違反を犯したことになる。全停戦違反数の98.6%だ。だが、両組織では24時間の区切り方が違い、ウクライナ側のデータには今晩19時半から24時までの軍事行動も含まれるようだ。ウクライナ軍が対立する共和国側の停戦違反を少なく報告するとは考えにくいが、停戦違反・砲撃数のカウントの仕方によっては両者のデータに差が生じる可能性はある。明日以降も慎重な分析を続けよう。

モスクワ、18時35分。タス通信が、ロシアのペスコフ大統領報道官の発言を報じた。今、ドンバスの接触線近くにウクライナ軍が集結し、ゼレンスキー政権はドンバスで軍事作戦を開始する可能性が高い。2014年以降、ウクライナ政府がドンバスで軍事作戦を行い、内戦を始めたことを全世界は既に目撃した。ウクライナでの脱エスカレーションに関する数週間の集中的な国際交渉にもかかわらず、キエフ・モスクワ間の緊張は緩和せず。ウクライナが2共和国を攻撃する確率は減少していない。

ペスコフの指摘は正しい。
2014年2月にヤヌコヴィッチ政権を転覆させた後、米国傀儡の新政府は、ドンバスで反テロ作戦という名の内戦を始めたが、デバルツェボでドネツク・ルガンスク両人民共和国に完敗を喫し、2015年2月に「ミンスク2」協定が締結された。
このミンスク合意は、ウクライナ国内での両共和国の自治を規定し、2共和国の地位は政府と共和国側代表との間で交渉されることが決まった。が、ゼレンスキーは彼らとの交渉を拒否し、両共和国の存在そのものを否定し、ロシアからクリミアを奪還すると公言し続けてきた。

過去8年間、民族主義政権はロシア語話者の自国民を攻撃し、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の統計では、昨年12月31日までにドンバスで少なくとも3,404人の民間人と推定6,500人の共和国側戦闘員が死亡。そして今日、2014年からNATOによって訓練され、クーデター以来最大兵力を有するウクライナ軍が、2共和国軍と戦闘状態に入った。西側メディアはほとんど伝えないが、ウクライナ政府はミンスク合意を破り、12〜13万人の大軍をドンバスに配備している。
ドンバスは今、クーデター後で最も危険な状況になった。

 

Day 7 2022年2月17日(木)
現地時間の今晩19時半までの24時間のデータを扱った最新のSMM日報によると、ドネツク地域での停戦違反回数は222回、砲撃数は135発。ルガンスク地域では648回と519発だった。今日はドンバス全体で870回の停戦違反と654発の砲撃。
ドンバスの軍事情勢が急激に悪化し始めた昨日と比べても、砲撃数は2倍以上、停戦違反数は約1.5倍も増加。戦闘がさらに激化し、現地の緊張は急激に高まっている。

ウクルインフォルムで紹介されたウクライナ軍のデータでは、今日1日で共和国軍側がドンバスで60回停戦に違反し、ミンスク合意で禁止された大口径火砲を43回使用し、兵士1名と民間人2名を負傷させたらしい。昨日と比べて停戦違反数は7.5倍も増加。使われた兵器は、122ミリ口径榴弾砲、155・120・82ミリ口径迫撃砲、携帯型対戦車砲、自動擲弾銃、対戦車ミサイルシステム、重機関銃、小型武器など。

一方、ドンバス・インサイダーによると、今日1日でウクライナ軍は、2共和国で43回の停戦違反を犯した。重砲、榴弾砲、迫撃砲、ロケットランチャー、対戦車ミサイル、グレネードランチャーで共和国側を激しく砲撃し、わずか数時間で2共和国に500発以上の弾薬を発射。500発全てが爆発を伴う砲撃だったのかは不明だが、詳細なデータから少なくとも数百発の砲撃を加えたことは読み取れる。火災は民間人1名を負傷させ、両共和国のいくつかの家とインフラに損害を与えたとのことだ。

ウクライナ軍とドンバス・インサイダーが報告した停戦違反数を足してもSMM日報の停戦違反数870回とは大きな開きがある。各報告の停戦違反データは比較できないことが分かったが、3組織の砲撃データを比較すると、今日のドンバス全体での砲撃数654発の内、政府軍の砲撃が圧倒的に多かった可能性は指摘できよう。

そう言えば今日、米英などに拠点がある「戦争・平和報道研究所(IWPR)」が、情報筋の話として、昨日16日時点で米英・カナダ・デンマーク・アルバニアがウクライナから監視員を撤退させ、オランダは政府管理地域へ団員を移動させたと報じた。

2月13日の2共和国幹部の発言やロイター通信の記事と一致している内容であり、撤退させた国はやはり全てNATO加盟国だった。
激しい戦闘が始まる16日の前に西側メディアはバイデンの「予言」を垂れ流し続け、監視活動の継続を訴えたロシアを無視し、米国と一部のNATO加盟国は自国監視員をウクライナあるいは共和国側から退去させていたことになる。

モスクワ、23時。タス通信が、<ロシアの安全の長期的・法的な保証>に関する米国の回答に対するロシア外務省の声明の全文を公開した。

米国は、ロシア側が作成した安全保証に関する米国との協定草案の基本的な要素に建設的な回答を与えていない。ウクライナとグルジアをNATOに加盟させない、旧ソ連構成国の領土に軍事基地を構築しない、ロシア・NATO基本文書が締結された1997年当時の状態にNATO軍の配置を戻す、というロシアにとって根本的に重要な諸点を、米側は無視し続けている。

ロシアの安全を確保するための確固たる法的拘束力のある保証に米国側が合意する準備がない場合、ロシアは軍事技術的な措置の実施を含む対応を余儀なくされる。
ウクライナの状況を緩和するためには、次の措置を講じることが根本的に重要だ。ウクライナへの兵器供給の停止、西側の全軍事顧問・教官のウクライナからの撤退、NATO諸国によるウクライナ軍との合同演習の拒否、以前ウクライナ領土外でキエフに供給されたすべての外国兵器の撤去。

2022年2月7日のマクロン仏大統領との会談後の記者会見で、プーチン大統領が、ロシアは対話にオープンであり、「世界のすべての人にとって平等で安定した安全保障条件について考えること」を求める、と強調したことに注意を喚起する。

深刻な声明だ。
一昨日、プーチンはショルツとの会談後、ウクライナのNATO加盟問題を平和的な手段で解決したいと訴えた。
それでも、このまま米国とNATOがロシアにとって死活的に重要な安全保証の問題を無視し続け、同時並行的に、12〜13万のウクライナ軍がドンバスのロシア語話者に対する攻撃をエスカレートさせていったら、ロシアは軍事介入の選択肢も排除しない。
プーチン政権は、そう宣言した。

(下)に続く

 

<参考資料>

Day 6 2022年2月16日(水)
・「OSCEウクライナ特別監視団(SMM)の日報・現地報告」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』:

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 37/2022」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月17日:
(停戦違反・砲撃数のグラフや停戦違反・砲撃地が示された地図もあります)

・「占領者は今日、すでにウクライナの陣地に2回の攻撃を仕掛けている」
『ウクルインフォルム(英語版)』2022年2月17日記事:

・「2月16日の露占領軍停戦違反8回=ウクライナ統一部隊」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月17日記事:

・「ペスコフは、キエフがドンバスで軍事作戦を開始する可能性が高いと言った」
『タス通信(電子版)』2022年2月16日記事:
(2022年2月16日のペスコフ大統領報道官発言について)

・「クレムリンは、ウクライナによるドンバス攻撃の危険性が高いとの声明を出した」
『レンタ・ルー(電子版)』2023年2月16日記事:
(2022年2月16日のペスコフ大統領報道官発言について)

・「ウクライナにおける紛争関連の民間人死傷者」
『国連ホームページ』2022年1月27日:

・「ロシアは、ウクライナが軍の半分をドンバス紛争地帯に配備したと言っている」
『ロイター(電子版)』2021年12月1日記事:

・「ロシアのウクライナ侵攻をめぐる西側メディアのヒステリーが高まっているが、それはまだ起こっていない」
『ドンバス・インサイダー』2022年2月17日:

Day 7 2022年2月17日(木)
・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 38/2022」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月18日:
(停戦違反・砲撃数のグラフ や停戦違反・砲撃の場所が示された地図もあります)

・「ウクライナ統一部隊作戦地域の最新情報:60回の停戦違反、兵士1名と民間人2名が負傷」
『ウクルインフォルム(英語版)』2022年2月18日記事:

・「露占領軍の停戦違反件数急増、17日60回、宇軍人2名、民間人・施設に被害=ウクライナ国防省」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月18日記事:

・「OSCE監視団、2月17日、ウクライナ東部で870回の停戦違反を確認」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月19日記事:

・「ドンバス-ウクライナはドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を激しく砲撃し、民間人1名を負傷させ、いくつかの家に損害を与えた」
『ドンバス・インサイダー』2022年2月18日:

・「OSCE監視団はウクライナ東部からスタッフを撤退 一部の加盟国は、大規模なロシアの侵略に対する懸念が高まる中、監視員を呼び戻している。」
『戦争・平和報道研究所(IWPR)』2022年2月17日:

・「安全の保証に関する米国の回答に対するロシアの反応。全文」
『タス通信(電子版)』2022年2月17日記事:
(2022年2月17日のロシア外務省の声明について)

 

*クーデター前後のウクライナの状況については、以下の動画を見ることをお薦めします:
「ウクライナ・オン・ファイアー(Ukraine on Fire)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品)

「乗っ取られたウクライナ(Revealing Ukraine)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

「ウクライナ・オデッサの悲劇」:
(日本語字幕付き。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

 

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/

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● ISF主催トーク茶話会:船瀬俊介さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
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大崎巌 大崎巌

極東連邦大学(ウラジオストク)元准教授 おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。 政治学者として毎日新聞・北海道新聞・長周新聞・JBpressなどに論考を寄稿。エッセイストとしては、北海道新聞の連載「大崎巌先生のウラジオ奮闘記」(2020年10月〜22年4月)を担当。 【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/ 【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki

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