【連載】大崎巌の国際情報

13 Days 2022(4)ドンバス大戦勃発(下)

大崎巌

13 Days 2022(4)ドンバス大戦勃発(上)

Day 8 2022年2月18日(金)
今晩19時半までの24時間のデータを整理したSMM日報によると、ドネツク地域での停戦違反回数は591回、砲撃数は553発、ルガンスク地域では975回、860発だった。今日はドンバス全体で1,566回の停戦違反と1,413発の砲撃。
昨日と比べて砲撃数は約2.2倍、停戦違反数は1.8倍も増加。2021年の1日平均のデータと比べると、今日の停戦違反は約6倍、砲撃は20倍以上も多い。

ウクルインフォルムが報じたウクライナ軍のデータでは、今日1日で共和国軍側がドンバスで66回停戦に違反し、ミンスク合意で禁止された火砲を52回使用したらしい。

ドンバス・インサイダーのデータは入手できなかったが、ウクライナ側のデータからは、昨日と比べて共和国軍側の停戦違反は6回、火砲の使用は9回しか多くなっていない。OSCEデータでは砲撃・停戦違反数ともに昨日から約2倍も急増しており、政府軍が激しく砲撃している可能性が高い。
実際、SMM日報の停戦違反・砲撃地が示された地図を見ると、ウクライナ軍がこの3日間でじわじわと両共和国内に攻め込んでいる状況が理解できる。

2015年に「ミンスク2」協定が締結された後、ドンバスの軍事情勢は比較的落ち着いていた。国連のデータを見ても、2016年以降、民間人の死者数は激減している。おれは過去のSMM日報にもできるだけ目を通してきたが、停戦協定締結後に時々激しい戦闘はあったが、今回のように情勢が急激に悪化し続けたことはなかった。

例えば、2021年4月2日19時半までの24時間のデータを扱ったSMM日報によると、ドンバス全体で1,021回の停戦違反と511発の砲撃があり、直前1週間・1ヶ月の1日平均の停戦違反数と比べて10倍も急増したことがある。
翌日19時半までの24時間では、約1,500回、約400発と激しい戦闘は2日続いたが、その後は砲撃・停戦違反ともに激減した。昨年4月1日19時半〜8日19時半までの1週間の1日平均の停戦違反・砲撃数は、400回強・80発くらいだった。砲撃数も1,000発を超えることはなく、2021年の1日平均257回・約70発と比べるとやや多い程度だ。
過去3日間の砲撃数やウクライナ軍の兵力を考えると、今のドンバスの状況は、次元が全く異なっている。

ロイター通信によると、それでもプーチンは今日、ドンバスの緊張が高まっており、2共和国と交渉を行うよう、ミンスク合意を履行するよう、ウクライナ側に求めた。
彼はまた、ロシア側は自国の安全保障上の要求についてNATOと交渉する準備ができているが、米国主導の軍事同盟とワシントンは、まだモスクワの重要な懸念に取り組む気分ではないと言った。

Day 9 & Day 10 2022年2月19日(土)・20日(日)
ウクルインフォルムが報じたウクライナ軍データ。2月19日にドンバスで2共和国軍が136回停戦に違反し、ミンスク合意で禁止された兵器を116回使用。2月20日は共和国側の停戦違反80回、禁止兵器の使用72回。兵器使用回数から、この5日間で戦闘がどんどん激しくなっていることが分かる。

今週末のSMM日報では、18日19時半〜20日19時半までの48時間で、ドネツクでは停戦違反2,158回、砲撃1,100発。ルガンスクでは1,073回と926発。ドンバス全体で3,231回の停戦違反と2,026発の砲撃。この3日間の砲撃数は、1日平均で1,146発。
17日以降の日報地図からは、ウクライナ軍が日を追うごとに両共和国内に攻め込んで激しく砲撃している状況が読み取れる。

18日にロイターは、ドンバスの2共和国支配地域での砲撃が2015年以来の激しさとなり、住民がロシアへの避難を開始したと報じている。ドンバスでは、過去7年間見られなかった激しい内戦が始まった。

ロシアを代表する週刊経済誌『エクスペルト』の昨年9月20日の記事「ドンバス対ウクライナ:誰が勝つのか?」では、ドンバスの軍事情勢が詳細に分析されている。
この記事によると、ウクライナ軍の兵力は、約40万人。その内、現時点でゼレンスキーは12〜13万人をドンバスの境界線に配備し、少なくとも20万人をドンバスに集中させることが可能らしい。予備役の数は約25万人で、大戦が始まり国内で戒厳令が出た場合、60〜65万人の兵力になるという。
一方、3〜4万人と言われている2共和国軍の兵力は、大戦の場合、16〜17万人に。

エクスペルト誌のデータは、ウクライナ側、西側のメディアの数字とも一致している。
2月13日のウクルインフォルムの記事で紹介されたザルジュニー軍総司令官によると、ウクライナ軍の兵力は42万人。レズニコウ国防省は、今のウクライナ軍は過去15年で最強で、欧州最強の軍だと言っている。
ドンバスのウクライナ軍兵力については、12万5千人の部隊を配備したウクライナをロシアが非難した、と昨年12月にロイター通信が報じていた。

2月16日から約12〜13万のウクライナ軍と3〜4万と言われる2共和国の武装勢力は激しい戦闘状態に入っている。
このまま事態がエスカレートし、ロシアが15万の兵力で軍事介入すれば、総兵力60〜65万のNATO化されたウクライナ軍と計31〜32万のロシア軍・共和国軍が戦うことになる。

ロシア有力経済紙「コメルサント」によると、ドンバスの緊張が極度に高まる中、ゼレンスキーは昨日19日、ミュンヘン安全保障会議で、<ウクライナの安全保証に関する具体的な決定がない場合、「ブダペスト覚書」が機能せず、覚書の全決定内容は疑問視される>と考える権利がウクライナにはある、と言ったらしい。
ソ連崩壊後の1994年に署名されたブダペスト覚書とは、旧ソ連のウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンが核兵器を放棄する代わりに、米英ロシアが各国の安全を保証することを決めた合意文書だ。
非核国の地位を放棄するかのようなこの発言は、ロシアではウクライナの「核兵器保有宣言」と受け止められた。

バイデン同様、表向きは外交による問題解決を訴えながら、裏ではドンバス内戦を激化させ、ロシアとの緊張を高め続けるゼレンスキー。彼はミンスク合意を無視し、クリミアを武力で取り戻すと宣言し、ロシアを挑発し続けている。
大戦争を避ける手段はいくらでも残されているのに、米国・NATOはロシアの安全保証要求を無視し続け、西側の支援で飛躍的に増強されたウクライナ軍は、今日もドンバス住民に対する集中砲撃を続けている。
プーチンにはいよいよ選択肢がなくなってきた。

ついに米国・NATO・ウクライナは、人類を滅亡させかねないドンバス大戦を始めたか。サーシャは一瞬、氷の微笑みを浮かべ、乾いた声で言い放った。

(サーシャには複数のモデルがいますが、本連載は、実際の出来事に基づいています)

 

<参考資料>

Day 8 2022年2月18日(金)
・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 39/2022」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月19日:
(停戦違反・砲撃数のグラフや停戦違反・砲撃の場所が示された地図もあります)

・「ドンバスの最新情報:占領者は過去24時間で66回発砲し、大砲、迫撃砲を使用」
『ウクルインフォルム(英語版)』2022年2月19日記事:

・「2月18日の露占領軍停戦違反66回=ウクライナ国防省」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月19日記事:

・「【ウクライナ東部情勢激化】OSCE監視団、2月18日に1500回強の停戦違反を確認 昨年平均の6倍」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月20日記事:

・「緊張高まるウクライナ東部、停戦違反10倍に 米露が牽制合戦」
『産経新聞(電子版)』2021年4月6日:

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 77/2021」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2021年4月3日:
(2022年4月1日19時半〜4月2日19時半までの停戦違反・砲撃数のグラフ、停戦違反・砲撃の場所が示された地図があります)

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 78/2021」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2021年4月6日:
(2022年4月2日19時半〜4月5日19時半までの停戦違反・砲撃数のグラフ、停戦違反・砲撃の場所が示された地図があります)

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 79/2021」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2021年4月7日:
(2022年4月5日19時半〜4月6日19時半までの停戦違反・砲撃数のグラフ、停戦違反・砲撃の場所が示された地図があります)

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 80/2021」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2021年4月8日:
(2022年4月6日19時半〜4月7日19時半までの停戦違反・砲撃数のグラフ、停戦違反・砲撃の場所が示された地図があります)

・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 81/2021」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2021年4月9日:
(2022年4月7日19時半〜4月8日19時半までの停戦違反・砲撃数のグラフ、停戦違反・砲撃の場所が示された地図があります)

・「プーチンはウクライナに、モスクワが支援する分離主義者と会談を行うよう伝える」
『ロイター(英語電子版)』2022年2月18日記事:

 

Day 9 & Day 10 2022年2月19日(土)・2022年2月20日(日)
・「ウクライナ特別監視団(SMM)の日報 40/2022」
『欧州安全保障協力機構(OSCE)ホームページ』2022年2月21日:
(停戦違反・砲撃数のグラフや停戦違反・砲撃の場所が示された地図もあります)

・「過去4日間で、敵の攻撃により104の民間人世帯が被害を受けた」
『ウクルインフォルム(英語版)』2022年2月21日記事:

・「【東部情勢激化】2月19日の露占領軍の停戦違反136回、ウクライナ軍人2名死亡、4名負傷=宇統一部隊」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月20日記事:

・「2月20日の露占領軍停戦違反80回、ウクライナ軍人1名負傷=宇国防省」
『ウクルインフォルム(日本語版)』2022年2月21日記事:

・「米大統領『プーチン氏がウクライナ侵攻決定』、数日中にも開始か」
『ロイター(日本語電子版)』2022年2月19日記事:

・「ドンバス対ウクライナ:誰が勝つのか?」
『エクスペルト誌(電子版)』2021年9月20日記事:

・「『地獄へようこそ』 ウクライナの国防相・軍総司令官、軍の抵抗準備を強調」
『ウクルインフォルム(電子版)』2022年2月13日記事:
(ウクライナ軍兵力に関するレズニコウ国防省・ザルジュニー軍総司令官の発言について)

・「ゼレンスキーはウクライナが非核国の地位を放棄すると脅した」
 『コメルサント(電子版)』2022年2月19日記事:

 

*クーデター前後のウクライナの状況については、以下の動画を見ることをお薦めします:
「ウクライナ・オン・ファイアー(Ukraine on Fire)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品)

「乗っ取られたウクライナ(Revealing Ukraine)」:
(日本語字幕付き。オリバー・ストーン監督が製作総指揮を務めたドキュメンタリー作品。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

「ウクライナ・オデッサの悲劇」:
(日本語字幕付き。年齢制限があり、YouTubeにログインする必要があります)

 

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/

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● ISF主催トーク茶話会:船瀬俊介さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

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大崎巌 大崎巌

極東連邦大学(ウラジオストク)元准教授 おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。 政治学者として毎日新聞・北海道新聞・長周新聞・JBpressなどに論考を寄稿。エッセイストとしては、北海道新聞の連載「大崎巌先生のウラジオ奮闘記」(2020年10月〜22年4月)を担当。 【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/ 【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki

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