編集後記:校長の思いやりで救った大事な命、運動会の思い出
編集局便り
秋になると、新聞記者時代に取材した、それは素敵な運動会を思い出す。青空が朝から広がった2019年9月29日、栃木県日光市の山あいにある鬼怒川温泉街の鬼怒川小学校(92人)の運動会。その最中に児童の父親が突然、意識を失い倒れた。居合わせた看護師らが蘇生措置を施し、救急車で病院に運ぶ一方、学校側は、運動会を中断して、無事を祈った。一命を取りとめた父親は「卒業する子どもたちに思い出を作ってほしい」とメッセージを寄せ、翌日運動会は再開された。
父親が倒れたのは、午後2時前。20種目のうち、18番目の競技で、保護者らによる「大玉おくり」に参加し、退場するときだった。看護師資格を持つ大島由子・養護教諭(当時59)や観戦していた看護師ら数人が素早く会場外に運び出し、ブルーシートで囲んで救命措置に入った。
心筋梗塞の疑いがあると感じた大島教諭らは、元消防署長でスクールガードリーダーの沼尾成孝さん(同71)に、備え付けの自動体外式除細動器(AED)で心臓に電気ショックを与えてもらい、看護師らが心臓マッサージを続けた。治療に当たった病院の医師が「本来なら後遺症が出てもおかしくなかったが、初動の救命措置が見事だった」と讃えるほど手際の良い措置だった。父親は細い血管が詰まっていたという。
中断して運動会で残った2種目は、4~6年生が紅白に分かれて争う騎馬戦「決戦!たかはら山」と、「紅白リレー」。地域の住民と一つになって盛り上がる最大のイベントだった。
写真説明:入場式で西洋の甲冑姿で、ハーレーダビッドソンに乗って登場して運動会のムードを盛り上げる武田幸雄校長
武田幸雄校長はこの運動会で、仮装してハーレーダビッドソンで登場するなどムードを盛り上げていたが、父親が搬送される事態に一旦は中止しようと決めた。PTA役員らを集め、「みんなで無事を祈りたい」と呼びかけた。
会場を片付け、安否を気遣って待機していた職員室に夕方、父親が回復したとの連絡が入った。父親からの言葉は「これで運動会が中止になったら心苦しい。来春の卒業生に思い出を作ってもらえませんか」。
その後の職員会議では、涙を浮かべる職員もいて、児童全員の参加で運動会を再開することを決めた。職員が夜通し総掛かりで、テントや看板など元の通りに設営した。ただ、万国旗掲揚だけは、専門技術が必要であきらめたという。
翌朝、前日と変わらない約200人の地域の人々が集まった。そこには、秋風にたなびく万国旗も。校長の依頼で専門職の住民が引き受けたという。
開会式も仕切り直しをした。ステージには上がらず、整列する児童らの前にたった校長の背中が震えていた。「みんな、見てごらん。昨日と全く変わらず、万国旗もある。こんなに集まってくれた保護者の方は日本一のお父さん、お母さんだ。君たちは何も心配することはない。残りの2種目。全力で立ち向かってください」。
写真説明:翌日に再開された運動会。児童たちが騎馬戦に奮闘した=9月26日、日光市藤原の友田陽子さん提供
取材を重ねると、この運動会で見えてきたものがある。それは、武田校長の地域に対する思いやりの心だ。
お年寄りが多い地域で、みんなが楽しく過ごせるように不測の事態を想定して数日前から看護師らを集め、救命機器などの点検を行い、救命措置体制を整えてその日に臨んだ。そして翌日に運動会再開。200人もの父兄が集まるというドラマを生んだ。それもこれも、子どもたちにいい思い出を作ってもらおうという先生たちと地域の人たちの熱い思いやりからだ。「素晴らしい運動会をありがとう」。そう心から伝えたい。
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。