【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)
DNA型判定の狂いを防ぐために本田克也教授が使った複数キャピラリー機器(3130xL)

第47回 メーカーの鑑定機器の欠陥まで指摘する本田教授の優れた能力

梶山天

待望の足利事件の再鑑定が始まったのはいいが、弁護側の鑑定人である筑波大学の本田克也教授に難題が降りかかってきた。検察側の鑑定人である大阪医科大学の鈴木廣一教授が何の連絡もしないで鑑定結果をファックスで本田教授の研究室に送ってきたのだ。

しかも、常染色体STRなどが本田鑑定と一致していなかったのだ。被害者の肌着の試料などは長い年月と杜撰な管理のために、そう簡単に鑑定ができるはずがない。

今は亡き大阪大学の恩師である若杉長英教授が本田助教授(当時)のことを鑑定技術だけにとどまらず、メーカーのキットや試薬、さらに鑑定機器などの研究にも長けている類稀なる能力にも期待していたぐらい知識が豊富な人物なのだ。

だからこそ、鈴木教授らの鑑定ミスにいち早く気づき、鈴木教授が間違っているのでは、と助言して傷つけないように丁重に鑑定の繰り返しをお願いしたのだ。Y‐STR以外の結果が鈴木鑑定とは、明白に異なることに戸惑いながらも、その時は相手の結果を信頼し、その後も何度か鑑定を繰り返した。しかし、やはり両者の違いは解消できなかった。そのうちに、経験値から本田教授は次のような考えに至った。

検察や鈴木教授が絶賛して使用する市販キットだが、鑑定の信頼を覆す重大なマーカーの欠陥を知らないのではないか、と。キットに含まれる「GS500」というマーカーには、最も大事な「250」のサイズに狂いがあった。

メーカーの担当者からは、250のバンドを判定に使用しないように指示されていた。しかし、欠陥品の販売というメーカーのミスであるにもかかわらず、正式な通達文書はそのサイズ (250bp)のマーカーは計算に入れないように、と書かれていた。カタログにはさりげなく1行、「サイズスタンダードを変更するとサイズの算出値が変わることがありますのでご注意ください」とも記載されていたのである。

250を使うなと書かれたGS500のメーカーカタログ

250を使うなと書かれたGS500のメーカーカタログ

 

サイズスタンダードを変えると型が変わるなんてことがあっていいはずはない。これはMCT118検査の123ラダーマーカーと同じ現象である。どういうことかと言えば、ポリアクリルアミドゲルほどではないにしても、キャピラリー電気泳動で用いられているポリマーにおいてもわずかながら泳動フラグメントの塩基組成による泳動誤差が生じうるということを意味する。

メーカーはこの欠陥を糊塗すべく、再鑑定が始まる前年の2008年、後発としてGS500のバグを改良した「600LIZ」を販売していた。PCR増幅したDNAバンドのサイズはいかなるものでも絶対的な量を持っているので、サイズの算出値がマーカーによって変わるはずがないし、変わってよいはずがない。かつてポリアクリルアミドゲルによる電気泳動によって123ラダーで起きたのと同じ現象が繰り返されていた。本田教授はこの一文に、足利事件の亡霊が再び蘇ったような恐怖を覚えたのである。

GS500で「250bp」のサイズスタンダードを除いたら、STRフラグメントの中心的サイズであるため、最も大事な部分でマーカーの間隔が大きく飛んでしまい、型判定に狂いが生じる。

特にこれは、「ジェネティックアナラーザー310」(以下310機器)という機器を用いるときに致命的となる。この機器はキャピラリー(直径1ミリメートルの毛細管)による1検体ずつの電気泳動であるため、複数キャピラリーの同時泳動では、可能なアレリックラダーによる補正をかけることができないためだ。本田教授が使った機器は複数キャピラリー機器(3130xL)であったのでこの欠陥を回避できた。

つまりこの危機器を使わなければ鑑定は誤ってしまうということだ。おそらく鈴木教授も科警研も気づいていないのではないか。

DNA型判定の狂いを防ぐために本田克也教授が使った複数キャピラリー機器(3130xL)

DNA型判定の狂いを防ぐために本田克也教授が使った複数キャピラリー機器(3130xL)

 

鈴木鑑定に読み取りエラーが幾つか生じている可能性を本田教授は考えた。MCT118法におけるポリアクリルアミドゲル電気泳動の123ラダーの問題は、本質的にキャピラリー電気泳動にも発生している。ただし、これは誤差が小さいため通常は無視できる。電気泳動における泳動速度は、DNAのサイズだけに依存しているのではないのだ。誤差がある限界を超えた時は、常に型判定を誤る可能性がある。

これは同時に、真犯人を突き止める場合にも影響する重大な問題だった。鈴木教授がこのことを理解していなければ、真実は同一の型であるのに、2人の鑑定人の結果が不一致のであると裁判での信用性がなくなるだけでなく、証拠試料の型を誤ってしまうため、真犯人の特定ができなくなる。

GS500と600LIZでは、特に低分子のサイズのものが少し異なって判定される現象が起きることを、本田教授は自らの実験でつかんでいた。

鈴木教授は旧マーカーと310機器を使って鑑定していたはずだ。さらに言えば、科警研も最初は310機器を使って鑑定していたが、その後は使用されなくなった。機器やマーカーを変更する以前に行われた鑑定は、型判定を誤っている可能性を否定できない。検査を正しく行っていたとしても用いる機器やマーカーなどの違いから同じ部位でも値が何カ所か異なるという、あってはならない現象が置き続けていたのではないか。

今回の鑑定に誤りが含まれていたとしてもそれは鈴木教授の責任ではないが、共通部分として裁判所に出せる結果があまりにも少なくなり、鑑定の信頼性が薄まると考えた本田教授は、ミトコンドリアDNA法を追加実施することにした。結果を補強しようとしたのである。

ISF独立言論無フォーラム副編集長の梶山天(たかし)がこの本田教授と付き合って、かれこれ十数年になるが、彼は全然ぶれない。その理由は、検査結果には常に誤差が生じうるから、何度も何度も確かめて真の型を炙り出さなければならないという信念を持っているからである。

このようにあらゆる現象が呈する不確定性という法則性は、統計学の歴史を学ぶことによって本田教授は修得したという(本田克也ほか『統計学という名の魔法の杖』現代社、参照)。鑑定技術だけでなく、科学一般の素養も並大抵ではないばかりか、鑑定機器や試薬などの特異性なども研究していて詳しい。

ふと思うのは、只者ではない、それも超人的な努力の賜である、ということだ。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

● ISF主催トーク茶話会:船瀬俊介さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

● ISF主催公開シンポジウム:WHOパンデミック条約の狙いと背景〜差し迫る人類的危機〜

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ