ガザ大虐殺で浮かび上がる集団的西側の欺瞞 ―イスラエルとウクライナへの「二重の支持」が意味するものは何か―
国際写真説明:イスラエルの空爆で炎に包まれるガザ地区。「世界最大の天井のない強制収容所」といわれ、200万人以上ものパレスチナ人が移動の自由もなく閉じ込められている。そこにイスラエル軍の無差別空爆が加えられ、子供を中心にすでに数千人が殺害されている。
10月7日のハマスの攻撃を契機に始まったイスラエルによるガザの大量虐殺(genocide)は、現時点で今後何が起きるのか見極め困難な状況のまま終わる展望が見えない。そしてこの間、膨大な量の現地情報が流されながらも、主流派メディア(MSM)を始め事態の本質を示している報道は決して多くはない。大半は、いつものように「イスラエル支持」を決め込んだ欧米各国政府の路線に沿う内容になっている。
その例外の中でも特に傾聴に値すると思われるのは、『ニューヨーク・タイムズ』中東支局長等を歴任し、中東での7年間を含む20年間を戦場の取材に費やした米国のジャーナリストであるクリス・ヘッジの以下の指摘だろう。
「抑圧者がもっぱら無差別の暴力によって抑圧されている人々に語りかけるとき、抑圧された側は無差別の暴力によって答える」(注1)
おそらくこの視点に立たない限り、ガザで起きている現実に関するいかなる言説も的外れとなろう。「抑圧者」と被「抑圧者」の混同、両者の関係の逆転が、洪水のようなMSMの「イスラエル報道」で生じているのはその好例だ。加えて「イスラエルとその国民は特別な同情をもって扱われる」一方、「イスラエルに反対する側は血に飢えた過激派として片付けられる」(注2)のが常態化している。目前で繰り広げられているイスラエルの病院への攻撃や水、電気、食料の遮断を始めとしたガザ住民に対する「無差別暴力」はあまりに言語を絶するが、ヘッジのこの視点なくして発すべき言葉を構想するのも困難となろう。
言うまでもなくこの「無差別の暴力」は米国によるイスラエルへの膨大な量の爆弾と兵器の供給によってのみ可能であり、同時にパレスチナ支援に温度差こそあれ米国の家臣団としての欧州諸国や日本を筆頭とした属国らの好意的寄り添いによって支えられている。そして視座を中東の一角だけに留めず、昨年からのウクライナ戦争にも広げることで、世界に及んでいる負の構造、欺瞞の支配がさらに鮮明に浮かび上がる。
もともと集団的西側(The Collective West)においてはイスラエルとウクライナへの支持が不可分に結びついており、この「二重の支持」を生み出している実態こそが、国際社会の平和と正義を脅かし続けている。
米国大統領のジョー・バイデンはイスラエルを訪問した翌日の10月19日、大統領執務室からの演説で、「イスラエルへの攻撃は、プーチン大統領が全面侵攻を開始して以来、ウクライナ国民に与えられた約20か月にわたる戦争、悲劇、残虐行為を反映して」いるとして、ロシアとハマスを意図的に結び付けた。さらに「ハマスとプーチンは異なる脅威を表しているが、共通点はある」とし、「どちらも隣の民主主義を完全に殲滅したい、つまり完全に消滅させようとしている」などと述べた。
またも「民主主義」を持ち出したバイデン
こうした稚拙で虚偽だらけの演説は、バイデン自身が語ったように「米国の国家安全保障の必要性に対し資金を提供し、イスラエルやウクライナを含む重要なパートナーを支援するための緊急予算要求を議会に送る」(注3)ことへの支持を取り付けたいという狙いがあった。
だがこうした言い分とは別に、「米国主導の西側諸国がロシアと対峙し、包囲し、封じ込めるためにウクライナを利用しているのと同様に、米国はイランとその同盟国に対抗し数十年にわたってイスラエルを中東における足場として維持してきた」(注4)という事実がある。それは、「民主主義」と何の関係もない。野党も独立したメディアも存在しないウクライナと同様に、アパルトヘイト国家でありレイシズム国家であるイスラエルも「民主主義」ではないし、イスラエルのガザ大虐殺を援助しようが米国の「国家安全保障」につながるはずもない。
翌20日になってバイデン政権はウクライナ向け614億ドル、イスラエル向け143億ドル等を含む1050億ドルの超大規模な予算要求法案を議会に提出した。これは、米上下両院が9月30日に可決した2024会計年度が始まる10月1日から11月17日までの政府資金を確保する暫定予算案で、ウクライナへの追加支援が除外されたからでもある。「少数の共和党議員が議会によるウクライナへの追加資金可決を妨げており、バイデン政権は台湾とイスラエル、そしてウクライナへの資金提供を組み合わせることで、複数の共和党議員に法案への賛成票を投じるよう促したい」(注5)という意図があるのは明白だ。
このようにウクライナとイスラエルへの支援・支持は密接につながっているが、EUも同様だ。10月2日、EUは異例にも外相会議を初めてウクライナのキエフで開催した。EUが公式な首脳会議を域外で開催するのは初めてだが、これは出席したフランス外相のカトリーヌ・コロンナの言によると「ウクライナが勝利するまで我々が断固とした永続的な支持を表明するものであり、ロシアに対する我々の(支援の)疲労に頼るべきではないというメッセージ」(注6)だという。
ウクライナが6月以降の攻勢で明らかに失敗し、欧米でウクライナ支援の一時の熱気が冷え込んでいるなか、EUだけは「ウクライナ支援で団結し続けている」(欧州連合外務・安全保障政策上級代表ジョゼップ・ボレル)という姿勢を示したかったのだろう。今回の会議にはハンガリーとポーランドの外相は欠席しており必ずしも「団結」が盤石ではなさそうだが、10月7日以降は「団結」の対象にイスラエルも加わった。
特に目を引いたのは、EUの欧州委員長ウルズラ・フォン・ライエンのイスラエル一辺倒の姿勢だったろう。ライエンは10月13日に自身でX(ツィート)に「ハマスによる恐ろしいテロ攻撃を受け、イスラエル国民との連帯を表明するために」と書き込んでイスラエルを訪れ、テルアビブで首相のネタニエフと会見。翌日に「ハマスのテロリストからイスラエルを守る権利」を支持するとの短い声明を発表した。
イスラエル支持は「ダブルスタンダード」か
さらに「イスラエル国民との完全な連帯」を唱えるEUはこの訪問に先立ち、ウクライナと同様に異例の行動に出ている。ブリュッセルの欧州委員会本部の建物を「イスラエルへの団結を示すため」に10月7日直後から、イスラエルの国旗を模してライトアップしたのだ。欧州議会のブリュッセルの建物には、加盟国でもないのにイスラエルの国旗が掲げられた。
パリのエッフェル塔やベルリンのブランデンブルク門等の欧州各国の象徴的な建物も同様の措置が取られたが、さすがにEUの内部から抗議の声が出ている。その一例は、EUの職員ら約800人が署名し、このほどライエンに提出した公開書簡だ。そこでは「(EUの)最近の不幸な行動や立場表明は、ガザ地区における(イスラエルの)戦争犯罪の加速と正当化を自由にしている」とした上で、「ガザ地区で進行中の民間人の虐殺に対し、過去にEUの機関が無関心を示しているように見える」と指摘。さらに「EUが民間人への敵対行為と無差別の暴力の即時停止を求めていたら、我々は誇りに思っていただろう」(注7)と、ライエンに代表されるEUのイスラエルだけを擁護する姿勢を強く批判している。
このように、集団的西側においてウクライナとイスラエルへの支援・支持は一体化している。それは米国の世界一極支配戦略にとってこの両国が不可欠の位置を占めている現実を反映しているが、今日、イスラエルを批判する際にウクライナを引き合いに出す奇妙な傾向が見受けられる。
英『ガーディアン』紙は10月11日付で、米ニューヨーク市立大学ブルックリンカレッジの英語科教授で作家でもあり、米国のムスリム系知識人として著名なムスタファ・バユーミによる「イスラエルとパレスチナのダブルスタンダードは我々を道徳的暗闇に置く」と題した一文を掲載した。
そこでバユーミはエジプト系らしく、イスラエルの行動に批判を抑制していない。それは「自国の致命的な過ちと恥ずかしさを隠すために、ほとんど無防備で囲い込まれた住民に前例のない暴力を振るう」行為に他ならず、「ガザの全住民に対する集団的懲罰の方針が、米国やその他のイスラエル支持者から、どうして擁護できると思われるのだろうか」と告発する。
だがバユーミによれば、そのような「擁護」の姿勢は「ダブルスタンダード」だという。なぜならば、ロシアを念頭に「世界中の多くの人々が外国の占領に対するウクライナの抵抗を支持している(そうあるべきだ)が」、その一方で「パレスチナ人が占領に抵抗するのをむやみに否定している」からだ。(注8)
ここでは、イスラエルのパレスチナ占領と同じ次元でロシアがウクライナを「占領」しているという認識が前提となっている。それゆえ、ロシアを批判してイスラエルを批判しないのは「ダブルスタンダード」だというが、このようにイスラエルとロシアを「占領」というタームで一括できるのだろうか。むしろ集団的西側と同じ立場でウクライナを擁護しながら、イスラエルだけは批判する言動こそ「ダブルスタンダード」といえないだろうか。
イスラエルとロシアを同列に置く
同じようにイスラエル批判を堅持しながらも、イスラエルに匹敵する否定的存在としてロシアに矛先を向ける論者の好例が、ミシガン大学教授のジュアン・コールだ。コールは米国の最も優れた中東研究者の一人であり、そのアカデミズムに裏付けられたイスラエル批判は例によって「反ユダヤ主義」という右派・シオニストの歪んだレッテル貼りの対象になっている。それでも、以下のように記述している。
「ウクライナのドンバス地方を占領し、ウクライナ国民に全面戦争を仕掛けているロシアの行動に対するアメリカの姿勢は、『ルールに基づく国際秩序』の支持から道徳的な力を得ている。
しかし、ネタニヤフ政権は、パレスチナ自治区ガザの女性や子どもたち、その他の罪のない非戦闘員に対して、ロシアがウクライナの人々に対してとった行動以上に過酷で違法な行動をとっている」(注9)
ここでは集団的西側のイスラエル批判の欠如を批判しながら、やはりイスラエルとロシアが同列に扱われている。それはコールがパレスチナ問題に正しく精通してはいても、ウクライナ戦争に関する認識は、少なくともコールが「歴史的に文盲で偽善的」だと酷評するバイデン政権が振りまくナラティブ以上ではないと自身で証明しているに等しい。
今日のガザの極限的状況は、「ウクライナ支持=ロシア批判」、「イスラエル支持=パレスチナ批判(又は無視)」という集団的西側の「二重の支持」と並行して、「ウクライナ支持=ロシア批判」、「パレスチナ支持=イスラエル批判」という異なる言説を浮上させている。バユーミやコール、そして我が国の「左派」、「リベラル」とされる勢力によって代表されるだろうこうした立場は、集団的西側の「ウクライナ支持」とほぼ同一歩調をとりながら、他方では「イスラエル批判」に回るというものだ。
彼らは「加害側」としてのロシアとイスラエルの共通性、及び「被害側」であると見なすウクライナとパレスチナのそれに注目しているようだが、そのような関係性は事実として成立するのか。ウクライナとイスラエルは米国の世界支配にとって重要な役割を担っており、だからこそこの2ヵ国は米国から過剰な好意と支援に恵まれている。にもかかわらず、ウクライナに関しては米国とのつながりを切り離し、ロシアとの関係だけで「被害側」として評価することが果たして可能なのか。
英国の左派紙『モーニング・スター』 を中心に執筆活動を続けている同国の優れたジャーナリストであるジョン・ワイトは6月の時点で、今回の事態を予測したかのようにこの「二重の支持」について触れていた。そこで注目すべきはイスラエルを「パレスチナ人に対する組織的かつ構造的抑圧に関してはいかなる制約も受けない」と批判しながら、前者らと異なりロシアではなくウクライナとの共通性を指摘している点だ。
ワイトは「ウクライナとイスラエルの間に存在する類似点は驚くべきものである。ウクライナは入植者による植民地計画ではないが、2014年以来、ウクライナ南部と東部でロシア語を話す少数民族に対する虐待は、イスラエルがパレスチナ人に与えたものと同じくらい残忍なものである。両国は民族ナショナリズムの毒に溺れており、どちらも米国の属国であり、ワシントンの支援と経済的巨大さに依存している」と指摘。「西側諸国は、ロシアに対するウクライナの抵抗を支援する点でこれほど団結したことはなく、イスラエルによるパレスチナの不法占領を擁護する点で揺れたこともなかった」(注9)と、「二重の支持」を批判してやまない。
パレスチナ支持とウクライナ支持は両立しない
集団的西側において当然視されている「二重の支持」は、このような「毒」を意図的に視野から遠ざけることでそれを許容し、助長している。イスラエルの大量虐殺はその「毒」が極限まで顕在化した結果であり、ウクライナのドンバスにおけるロシア系住民への差別と抑圧という「毒」が、現在のウクライナ戦争の重要な原因となったのは疑いない。今回の戦争が、ウクライナによる2015年2月に調印された「ミンスク合意の実施のための措置のパッケージ」(ミンスク2)を無視した、昨年2月16日からのドンバスのロシア系住民に対する大攻勢にあった事実を想起すべきだ。ワイトの認識からすれば、「ウクライナとイスラエルの間に存在する類似点」を無視した「ウクライナ支持=ロシア批判」と「パレスチナ支持=イスラエル批判」の組み合わせは、論理的破綻でしかない。米国丸抱えのウクライナはイスラエルと同様に「加害の側」にある以上、今こそ求められている「被害の側」としてのパレスチナ人の側に立つという姿勢は、「ウクライナ支持」と整合性を保つのは困難のはずだ。
イタリアの国際問題ジャーナリストであるクラウディオ・レスタは「ドンバスの2014年としてのガザの2023」と題した記事で、「ロシア・ウクライナ戦争と、イスラエル・パレスチナ紛争に対する欧州のアプローチは多くの面で似ている」と指摘し、その一つとして「ウクライナ・イスラエル両国政府の誤ったモラリズムと党派性に根ざしたイデオロギー的立場を認めることによる、米国への拝跪(flattening)」(注10)を挙げている。こうした見解によれば、ウクライナとイスラエルへの「アプローチ」において、後者のみを批判するスタンスはあり得ない。繰り返すように米国の両国への支援は同一の世界支配戦略、地政学的計算に基づいている以上、米国のウクライナへの武器・爆弾を始めとした支援には何かの「道徳的な」正当性が担保されているが、イスラエルへのそのような支援に関しては当てはまらない、などという両国を別々に切り離した見解が成立し得るのか。
イスラエルは公然とパレスチナ人を「人間の形をした動物」(注11)と呼び、ウクライナはロシア人、ロシア系住民に対して「我々は人間だが、彼らは人間ではない」(注12)と蔑む。パレスチナとドンバスのロシア系住民地域は費やされている時間と人的規模こそ異なるが、共に民族浄化(ethnic cleansing)が及んだ地域であることを立証する文献や資料、証言は膨大に存在する。加えてイスラエルはパレスチナ人のモスクを攻撃し、ウクライナは国内のロシア正教に対するあらゆる迫害を加えて、共に非人間化した相手の文化の抹殺も躊躇しない。
これらはナチスの人種理論と共通するレイシズムであり、国際人権基準に従えば指弾に値する。だが両国のこの種の言動に、集団的西側が敏感であった形跡は乏しい。それは、ジョージ・オーウェルの逆説に満ちた小説『1984』の名高い一節を借りるなら、「道徳を主張しながら道徳を否定する」(repudiate morality while laying claim to it)という「二重思考」(doublethink)」に通じるだろう。そして、世界がそのような集団的西側の本質的属性に習わねばならない理由などないのも確かなはずだ。
(注1)October 19, 2023「Israel’s Culture of Deceit」
(注2)October 14, 2023「Propaganda Blitz: How Mainstream Media is Pushing Fake Palestine Stories」
(注3)October 20, 2023「Remarks by President Biden on the United States’ Response to Hamas’s Terrorist Attacks Against Israel and Russia’s Ongoing Brutal War Against Ukraine」
(注4)October 16,2023「US Stretched Thin as Ukraine Offensive Fails, Israelis Threaten Large-Scale Conflict」
(注5)October 20, 2023「White House Seeks $105 Billion To Arm Israel, Ukraine, and Taiwan」
(注6)October 2, 2023「EU foreign ministers in Ukraine’s Kyiv for unprecedented meeting abroad」
(注7)October, 20 2023「EU staffers criticise von der Leyen’s ‘uncontrolled’ support of Israel」
(注8)「The double standard with Israel and Palestine leaves us in moral darkness」
(注9)October, 20 2023「Biden’s Historically Illiterate and Hypocritical Speech on Ukraine and Gaza」
(注10)October 12, 2023「Gaza 2023 as Donbass 2014」
(注11)イスラエル国防相ヨアブ・ギャラントの 10月9日におけるガザの電気と食料、燃料を遮断する包囲を命じた際の発言。「Israeli minister: ‘We are fighting human animals’」
(注12)ウクライナ国土防衛隊の英語広報担当で、9月に2カ月にも満たない任期中に解任されたトランスジェンダーのアシュトン=シリロの発言。August 10, 2023「“Russians are not human”: Kiev’s trans military spox causes controversy for racist comments」
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。