【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(12) 対ロ制裁という政治的パフォーマンスへの疑問

塩原俊彦

 

 

 

2023年11月2日、米国務省は財務省との連携の下、ロシアの戦争行為やその他の悪質な活動に関連する個人および団体をさらに標的とする制裁を発動すると発表した。この追加制裁の対象のなかには、民間ガス会社ノヴァテクの液化天然ガス(LNG)プロジェクトであるArctic LNG-2の実施を担当するArctic LNG-2 LLCも含まれている。約250億ドル規模のこのプロジェクトは、年産660万トンの液化ラインを3系列建設するもので、第1系列は年内に試運転を開始し、2024年初頭に出荷を開始する予定である。プロジェクトの第2ラインは2024年、第3ラインは2026年に建設される予定だ。

問題は、制裁措置が発動された後、ノヴァテクがプロジェクトからのLNGを長期契約に基づいて販売できるのか、それともプロジェクトの株主を含む消費者が契約の履行を拒否するのか、という点である。ノヴァテクはArctic LNG-2の60%を所有している。他の株主は、フランスのトタルエナジー、中国の中国石油天然気集団(CNPC)と中国海洋石油集団(CNOOC)、日本の三井物産とエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のコンソーシアムで、それぞれ10%を保有している。

このプロジェクトに参加する条件として、各外国人株主はそれぞれのシェアに比例してLNGを受け取る長期契約、つまり年間200万トンのLNGを受け取る契約を結んだ。今回の制裁により、貨物の支払いができなくなり、契約が履行されない可能性が高い。一方、長期契約の解除は数十億ドル規模の訴訟を伴う可能性がある(ゆえに、日本への影響も大きいのだが、日本のマスメディアはほとんどこの問題を報じていない。要するに、愚かで不勉強なのである)。

米国主導の制裁は少しずつ、その影響がロシア国内だけでなく、ロシアへの投資を行ってきた諸国にも広がりをみせつつある。だが、実際にこうし欧米諸国や日本による制裁は効果をあげているのだろうか。

ここでは、その効果は限定的であるという話について語りたい。他方で、ロシアは制裁による打撃を闇市場への横流しや、第三国からの輸入などによってかわそうとしている。今回は、2022年3月以降に導入された欧米中心の対ロ制裁の効果やロシア側の対応について考察してみたい。

ロシアからの重要な原材料の輸入をつづけるEU
2023年12月に、欧州連合(EU)は対ロ第12次制裁パッケージをまとめようとしている。G7が2024年からロシア産ダイヤモンドの輸入を禁止することを協議しているのを受けて、EUも同じ対応をとる可能性がある。だが、その他の制裁については不透明だ。

11次まで回を重ねたEUの対ロ制裁パッケージだが、EU側にとっての重要な原材料 (CRM)が対象になっていない。ロシアからの輸入が不可欠なCRMがあり、輸入制限措置が見送られてきたわけだ。2023年、「2023年EU向け重要原材料に関する調査-最終報告書」に基づき、ニッケル、銅、マンガン、金属チタンなど、34のCRMの第5次リストが規則案COM(2023)の付属書IIに掲載された(英国は最近、ロシアの銅、アルミニウム、ニッケルを禁止した)。EUは加盟国全体の一致を前提に制裁内容を決めているため、EU加盟国の一部が反対すると制裁ができないという事情がある。

2023年10月24日、2022年3月から2023年7月までの間に、ヨーロッパが137億ユーロ相当のCRMをロシアから輸入したことが、欧州統計局とEU共同研究センターのデータから明らかになった、と報道された。2023年1月から7月にかけては、ニッケル12億ユーロを含む37億ユーロ以上が輸入された。欧州政策センターは、欧州で使用される一部のニッケルの最大90%がロシアのサプライヤーから供給されていると推定している。

関係遮断できない軍産複合体
具体的にみてみよう。ロシアの税関データの分析によると、世界最大のチタン生産企業、VSMPO-Avismaは、2022年2月から2023年7月までの間に、英・独の支店を通じて少なくとも3億800万ドルのチタンをEUに販売したとされる。ロシア最大の軍産複合体、国家コーポレーション・ロシアテクノロジー(Rostec)が出資しているのがこのVSMPO-Avismaである。Rostecのトップ、セルゲイ・チェメゾフは、ウラジーミル・プーチンとともに1980年代に東ドイツにKGB将校として駐在していた。チェメゾフ本人およびRostecはEUの制裁下にあるが、EUはVSMPO-Avismaを直接制裁していない。

この背後には、RostecなどEUの特定リストに収載された制裁企業が50%以上所有する企業との直接的または間接的な取引を禁止している措置を避けるため、持ち株比率を50%よりも低く引き下げる動きがある。これに対して、2023年10月、欧州委員会は、株式の譲渡が「実際の所有権または支配権を偽装」し、制裁を回避するために悪意をもって行われたと疑う理由があるとして、このようにみなす場合の基準を明確化した。

なお、米国の商務省(議長)、国務省、国防総省、エネルギー省、および必要に応じて財務省の代表者で構成されるエンドユーザー検討委員会(ERC)は、2023年9月27日、VSMPO-Avismaを米国の防衛技術が転用される重大な危険性があるとして、ロシア向け事業体リスト(具体的かつ明確な事実に基づき、事業体が米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する活動に関与した、関与している、または関与する重大な危険をもたらすと信じるに足る合理的な理由がある事業体を特定するもので、リストされた主体が取引の当事者である場合、輸出、再輸出、および移転[国内]に対する追加的な免許要件を課し、ほとんどの免許例外の利用可能性を制限する)に追加することを決定した(官報を参照)。

EUがVSMPO-Avismaを制裁対象にしてこなかったのは、フランス、ドイツ、スペインの国家が一部所有する航空宇宙大手のエアバスが金属チタンをVSMPO-Avismaから輸入しているためである。ウクライナ戦争が始まってから2023年3月までの間に、エアバスはロシアから少なくとも2280万ドル相当のチタンを輸入したという。

ほかにも、EUはニッケルやパラジウムなどをロシアから輸入している。パラジウムと高品位ニッケルの世界的リーダーである、ロシアのノリリスクニッケルは、開戦から2023年7月までの間に、フィンランドとスイスの子会社を通じて76億ドル相当のニッケルと銅をEUに輸出したという。また、30億ドル以上のパラジウム、プラチナ、ロジウムをチューリッヒ空港に送った。2022年には、ノリリスクニッケルの売上のほぼ50%がヨーロッパ向けとなった。EUはノリリスクニッケル・グループを経営する筆頭株主のウラジーミル・ポターニンを制裁していない。逆に、米国政府はポターニンを制裁対象としているが、ノリリスクニッケルについては米財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁対象リストには収載されていない。

ルサールのデリパスカの場合
ロシアのアルミニウム大手、ルサールもまた、タックスヘイブンを利用してヨーロッパに鉱物を流し、アイルランドにEU最大のアルミナ精錬所を、スウェーデンに精錬所を所有している。ジャージーとスイスを拠点とする同社の商社は、ウクライナ侵攻後の16カ月間に少なくとも26億ドルのアルミニウムを域内に持ち込んだという。2023年8月、ルサールはヨーロッパが依然として収益の3分の1を占めているとのべた。ルサールの主要株主はオリガルヒ(政治家と結託した寡頭資本家。詳しくは拙著『プーチン3.0』や『ウクライナ3.0』を参照)のオレグ・デリパスカで、EUとその西側パートナーから制裁を受けている。

逆に、EUの輸入企業をみてみよう。戦争が始まって以来、ロシアの金属を購入した欧州企業には、ドイツのGGPメタルパウダー(銅6600万ドル)、フランスの兵器メーカー、サフラン(チタン2500万ドル)、ギリシャのエルバル・ハルコル(アルミニウム1300万ドル)などがある。オランダの物流会社C.シュタインウェグも、顧客に代わって少なくとも1億ドルのさまざまな重要金属を取り扱った。

なお、米財務省は2018年4月、トランプ政権下で制定された「制裁を通じた米国の敵対者対策法」(CAATSA)に基づき、ルサールとデリパスカに制裁を課した。しかし、米国の同盟国から、ルサールへの打撃は自国の利益を損なうとの不満が出たため、2019年1月27日、米財務省外国資産管理局(OFAC)はルサールへの制裁を解除したと発表する。

さらに、EUは、核エネルギー産業に覇権を握るロシアの核関連分野を統括する持ち株会社、「原子力国家コーポレーション・ロスアトム」に対する制裁についても二の足を踏んでいる。米国もロスアトム自体には制裁を科していないが、一部の子会社には制裁を科している(詳しくは拙著『知られざる地政学』〈下〉を参照)。もちろん、米国政府はロスアトムへの依存を低下させるため、2023年10月、ジョー・バイデン米大統領は、エネルギー安全保障の強化に60億ドルをあてるよう議会に要請した。このうち22億ドルは米エネルギー省に割り当てられ、低濃縮ウラン(濃縮度20%までのウラン)の「長期的な国内濃縮能力を拡大」し、国内で開発中の小型モジュール炉の稼働を確保するために使われる予定だ。

ロシアによる制裁回避
ロシアは欧米などによる対ロ輸出制裁を巧みに回避する動きもみせている。2023年6月にアルジャジーラが報じたところでは、ノルウェーを拠点とするリスクコンサルタント会社コリスクが発表した報告書によると、EU12カ国、ノルウェー、英国、米国、日本の税関データを分析したところ、ロシアへの輸出制裁の回避は2022年に80億ユーロ(85億ドル)という驚くべき額に達したという。調査対象国中、ドイツが最大の対ロ制裁品輸出国であり、第2位はリトアニアだ。この2カ国は、モスクワが入手できないはずの欧米製品の半分を供給しているという。

宝飾品や香水などの高級品、半導体、機械、輸送機器などの制裁品の輸出データの分析から、2022年初頭、欧米からロシアへのこれらの商品の輸出は激減した。しかし、近隣諸国への輸出は急増した。つまり、ブランドとは関係のない業者や個人が海外から輸入・販売するという、いわゆる「並行輸出」のかたちをとって、半分近くはカザフスタンを経由し、残りはグルジア、アルメニア、キルギスからロシアへと運ばれていたのである。

興味深いのは、制裁品リストには、ドローンや車両、特定の化学物質など、民生用と軍事用の両方に使用できるデュアルユース商品が含まれている点である。たとえば、戦地では前線への物資輸送に不可欠であるとされているいわゆる中型トラックをみてみよう。ドイツからロシアへのこの重量クラスのディーゼルトラックの輸出は2022年5月までにゼロになったが、同じトラックのアルメニアへの販売は飛躍的に増加し、同年9月までにドイツが以前ロシアに販売していたものの5倍に達したという。

摩耗に強いため、衣料、自動車部品、電子部品、バッグ、歯ブラシなどに使われるポリアミドも二重用途製品とされている。2022年6月まで、ドイツはカザフスタンにポリアミドをほとんど輸出していなかった。しかし、制裁が導入された後、カザフスタンではこれらの化学物質に対する需要が爆発的に増加し、同年10月にはドイツの生産者から200トンを輸入するまでになったという。普通に考えれば、ポリアミドの一部がカザフスタンからロシアに搬入されているに違いない。

リトアニアからベラルーシを経由してロシアに輸出される経路もある。リトアニアは2022年5月から9月にかけて、隣国ベラルーシへの自動車販売を10倍に増やしたとされる。「ロシアへの輸出がゼロになり、ベラルーシの自動車需要がこれほど劇的に増加したとは考えにくい」から、これらの商品はロシアに流れているとみなせる。

まだまだある制裁回避方法
制裁回避方法はまだまだある。世界各国の「腐敗」状況を調査している非政府機関「トランスペアレンシー・インターナショナル」のロシア支部は2023年3月、「ステーブルコイン」を使用することで、ロシアから英国に不正資金が送金される可能性があることを示した。さらに、「暗号通貨」による不審な資金を匿名で英ポンドなどの不換紙幣に変換するービスのプロバイダーに登録された認証済み口座を他人名義で提供する闇市場が存在することも同年10月に示された。前者は「FROM MOSCOW-CITY WITH CRYPTO」、後者は「ANONYMITY FOR SALE」に詳しい。なお、「ステーブルコイン」や「暗号通貨」については、拙著『知られざる地政学』〈下巻〉の第4章「CBDCをめぐる覇権争奪」の「暗号通貨」と「暗号資産」において詳しく説明しておいたので、そちらを参照してほしい。

トランスペアレンシー・インターナショナルは、制裁を受けたロシア人エリートの財産を追跡すると約束した各国政府に対し、個人としても集団としても、過去1年間に講じた措置について公に説明責任を果たすよう求めてきた。2023年2月に公表された状況報告によると、オーストラリアとイギリスの担当機関は、データがない、あるいはさまざまな文書からデータを抽出するのに多大な手作業が必要だとして、トランスペアレンシー・インターナショナルの要請を拒否したという。

このように、実際には、表面上、制裁を叫んでいても、実際にはなお抜け道が存在するというのが現状なのである。

制裁という政治パフォーマンス
拙著『復讐としてのウクライナ戦争』において、復讐・報復・制裁について詳しく分析したことがある。制裁はいわば、言葉を換えた復讐や報復にほかならない。ゆえに、「いま欧米主導で行われているのは、制裁という言葉を使った復讐であり、それは西欧キリスト教文明なるものが隠蔽してきた支配権力による暴力であると思えてくる」と明確に指摘しておいた。あるいは、「だからこそ、集団全体がヒステリー状態に陥り、キリスト教文明の正体、すなわち「血の復讐」さえ厭わないような暴力行為に加担するようになるのだ」と厳しく書いておいた。わかりやすい説明を紹介すると、つぎのような記述がある。

「本書の展開を先取りして書いておくと、欧米というキリスト教を中心とする文明は復讐心を含めた復讐全体を刑罰へと転化しようとする。それが可能だと錯覚させたのは、この文明化がキリスト教神学の一部の主張に立脚してきたからにほかならない。だが、その根幹にある「罪たる犯罪の罪滅ぼしとして暴力的罰が必要である」とする信念それ自体に大きな疑問符がつく。キリストの磔刑を素直に考えれば、それは、これから説明する「純粋贈与」そのものであり、その教えこそ大切なのだ。にもかかわらず、西洋の歴史は、「互酬的な贈与の(自己)否定」がもたらしうる帰結を否認し、抑圧することを繰り返してきた。これこそ、キリスト教神学による贖罪の利用という「咎」であり、現代までつづく西洋文明のもつ、隠れた「咎」なのである。」

この原理的誤謬にもかかわらず、キリスト教文明が支配する政治は、制裁を金科玉条のように利用する。その現実は、ほとんど効果がないにもかかわらず、そうするのである。こんな「操作」がまかり通っている民主主義なる政治は真っ当なのだろうか。

そもそも民主主義が実現されているのだろうか。多くの国の国民がここで記したような制裁の実情を知らない。そんなもとで、民主主義が本当に行われているのだろうか。嘘ばかりを垂れ流し、無関心や無知に支えられているのがバイデン大統領が主導する「民主主義」の正体なのだ。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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