【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(13) 小粒な政治家が多すぎる世界の政治(下)

塩原俊彦

 

 

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まだまだあるEUの外交的非力
EUは、長くアゼルバイジャンとアルメニアが対立するナゴルノ・カラバフをめぐる領土問題の調停役を自任してきた。しかし、2023年9月、アゼルバイジャンが紛争中の飛び地から数万人のアルメニア人を追い出した際には、おとなしく抗議することしかできなかったのである。

正式にはアゼルバイジャンの一部でありながら、ナゴルノ・カラバフにはアルメニア人が居住している。2020年には、アゼルバイジャンが1990年代からアルメニア軍に占領されていた地域を奪還した。2021年12月以降、アゼルバイジャンはカラバフとアルメニアを結ぶ唯一の道路であるラチン回廊を封鎖し、カラバフの指導者たちに自治の夢を断念させた。アゼルバイジャン政府は2023年9月9日、ナゴルノ・カラバフとアゼルバイジャンの他の地域を結ぶ別の道路の開通と引き換えに、回廊を再開することに合意した。

しかし、9月9日にカラバフの飛び地で行われた選挙と、4人の警察官を含む6人のアゼルバイジャン人が死亡した最近の地雷爆発に対応することを口実に、9月19日、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフに対して武力攻撃を開始する。現地時間9月20日13時に停戦し、武装解除することがこの地域のアルメニア人分離主義者とアゼルバイジャン側との間で決定される。さらに、未承認国家であるナゴルノ・カラバフ共和国のサムベル・シャフラマニャン大統領は9月28日、共和国の清算に関する法令に署名した。それによると、2024年1月1日までに「すべての国家機関およびその部門配下の組織」を解散させる。同共和国(アルメニア語で離脱国家を意味する「アルツァフ共和国」)は消滅することになる。こうして、ナゴルノ・カラバフのアルメニア人全住民(およそ12万人)が立ち退かざるをえないとの見方が強まり、9月29日までに、カラバフのアルメニア人9万3000人がアルメニアに到着するに至る。こうした大混乱にもかかわらず、EU指導部は何もできなかったに等しいのだ。

チュニジアをめぐる混乱
EU指導部のあきれる混乱はまだある。EUとチュニジアは、経済支援策の一環として移民抑制に協力することで合意した。チュニジアのカイス・サイード大統領は7月16日、チュニスで欧州委員会のライエン委員長、オランダのマーク・ルッテ首相、イタリアのジョルジア・メローニ首相と協定に署名したのである。

EUはチュニジアに対し、1億500万ユーロ(約1億1800万ドル)を、パトロール・ボートや無人偵察機などの装備、国境警備隊の訓練や技術支援に充てることを約束した。また、サハラ砂漠以南の移民を自主的に送還する費用も支援するとした。この協定は、チュニジアがIMFによる救済が行き詰まり、7月にEUが急ぎ成立させた協定で、10億ユーロを提供され、移民を抑制することと引き換えに、さまざまなカテゴリーの経済支援を提供するというものであった。

しかし、10月に入って、サイード大統領はこれらの条件に難色を示し、最初の援助の一部6,000万ユーロ(約6300万ドル)を送り返した。「チュニジアは(移民の)ホットスポットや目的地になることを拒否している」という見方や、協定は透明性が不十分だとも批判されていた。EUにおいては、人権や民主主義の基準の乱用で批判され、金のために強硬な交渉をしているとみなされる指導者にEUが依存するようになることへの批判がある。

北コソボの混乱
まだある。それは、コソボとセルビアの対立にEUがうまく対処できていないという問題だ。2023年9月24日、装甲車に乗ったセルビア人武装集団がコソボ北部の村を襲撃、警察と戦い、修道院に立てこもる事件が起こる。バニスカ(Banjska)村の近くにあるセルビア正教の修道院で銃撃戦が激化、双方合計で4人の死者が出た(下図参照)。

アルバニア系とセルビア系の住民が入り乱れるコソボ
(出所)https://www.economist.com/europe/2023/10/26/a-mysterious-attack-in-northern-kosovo-rattles-everyone

セルビアの旧州であるコソボの人口180万人の大半はアルバニア系民族だ。だが、北部に住む約5万人のセルビア人は、2008年のコソボの独立宣言を受け入れず、抑圧的なセルビア支配に対するコソボ・アルバニア人のゲリラ蜂起から20年以上経った今でも、セルビアのベオグラードを首都とみなしている。ロイター電によれば、セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領は、この行動はコソボ北部のセルビア人自治体の連合体結成を拒否しているコソボのアルビン・クルティ首相に対する反抗だとのべた。

The Economistの報道によれば、2022年ロシアがウクライナに侵攻して以来、EUと米国はコソボを説得し、セルビアとの関係を正常化させようと躍起になっている。その要点は、セルビアがコソボを独立国として事実上承認する代わりに、セルビア人地域に一定の自治権を与えるというものだ。だが、セルビアのヴチッチ大統領もコソボのアルビン・クルティ首相もこれに乗り気ではない。

2022年11月、コソボのセルビア人は警察を含む国の機関から辞職した。セルビア人がボイコットした2023年4月の選挙後、コソボ北部でアルバニア系住民が市長に就任し、騒乱が激化する。新市長たちが2023年5月に無理やり事務所に移ろうとすると、地元のセルビア人たちが抗議し、暴徒がデモ隊を引き留めようとする北大西洋条約機構(NATO)の平和維持軍を襲撃する事件が起きる。これ以降、EUと米国はコソボにペナルティを課している。「EUと米国の外交官たちは、北部の騒乱が続いているのはクルティ首相のせいだと憤慨している」と、The Economistは指摘している。

NATOはコソボに3700人の部隊を駐留させている。だからこそ、米国政府もこの問題に介入する。いずれにしても、コソボとセルビアをめぐる北コソボでの紛争はEUだけの力ではまったくどうにもできない状況にあるのだ。

これだけの事例を知れば、EUの政治家のお粗末さがわかるだろう。それは、日本も同じである。あるいは、米国の状況も類似している。こんな政治家に政治をさせている各国国民にも大きな責任がある。

これらの政治家はみな誠実さに欠けている。にもかかわらず、マスメディアはそうした政治家の不誠実をなかなか批判しない。マスメディア自体が不誠実なのである(その具体例については、私の運営する「21世紀龍馬会」のサイトにアップロードした「不誠実な記事を信じてはならない:ノルドストリーム爆破事件に関する「ワシントンポスト」とDer Spiegelの報道」という記事をぜひ読んでほしい)。

こんな不誠実な人々がいまの世界を主導しているのだ。こうした流れを元に戻すには、一人ひとりの誠実さで対抗するしかないのだろうか。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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