五輪も万博も日本ですべきではない 札幌五輪招致断念という「正しい判断」

本間龍

2023年10月11日、札幌市の秋元克広市長とJOC(日本オリンピック委員会)は2030年冬季五輪・パラリンピックの招致を断念すると発表した。

これは、「東京2020大会」の汚職・談合事件の影響などで市民の支持が伸びず、際限のない開催経費増大の不安も払拭できなかったためである。いわば、東京五輪の「負の遺産(レガシー)」が、ついに札幌招致を押し潰したともいえよう。

経済追求しかなかった札幌市の五輪招致
「2030断念」でも札幌市とJOCは、招致活動自体は継続すると表明したものの、2日後に開かれたIOC(国際オリンピック委員会)の理事会で、2030年と2034年の冬季五輪の開催地を同時決定する方針が明らかになり、2034年大会の招致も絶望的になった。IOCは11月末の理事会で両大会の開催地を実際に絞り込む方針だが、10月15日、ホームページ上で2030年大会はフランス・スウェーデン・スイス、2034年大会は米ソルトレイクシティをそれぞれ候補地として公表。そこに札幌の名前はなかったのだ。

10月18日の札幌市議会では、これまで五輪招致を推進してきた会派からも「招致活動はいったん白紙に戻すべきではないか」との意見が出た。これに対し、秋元市長は「何が不足していたのか、これまでの招致活動を検証する必要がある。これからはスケジュールありきでなく、対話を積み重ねる」と述べている。市民との対話を軽視して招致を進めてきたのに、今さら対話などとはおこがましい。

札幌市が冬季五輪招致を目指した背景には、1972年の成功体験があった。札幌市は、その五輪開催が都市インフラの整備を実現し、市民の誇りとアイデンティティを形成し、国際観光都市としての地位を確立したと総括している。

それから半世紀が経過した現在、古くなった都市インフラを更新し、人口減少・少子高齢化に対応し、国際観光都市としての存在をさらに推進することを目指して、当初は前回同様、東京五輪にもあやかった「札幌2026」の招致・開催を計画していた。しかし、2018年に起きた胆振東部地震の影響で断念、2030年に延期していた。

いずれも地元経済界も賛成し、北海道新幹線の札幌延伸が30年に予定されていた(今年、2030年以降への延期を発表)こともあり、市議会も自民・公明に加えて立憲民主党会派も賛成しての、オール与党体制だった。

だが、札幌市の開催経費案は二転三転した。経費増大への市民の不満を和らげるため、2021年11月には、それまで3100億~3700億円と試算していた開催経費を最大900億円削減し、2800億~3000億円とする案を発表。ところが翌年11月、今度は170億円増えるなど、金額が大きく変動した。

ウクライナ戦争による物価上昇が主な要因だとされたが、現在でもあらゆる物価が上昇しているのだから、7年後はさらに大きな増額が必要になることは目に見えている。こうした不安定要素も市民の不安を増幅させた。開催意義を見出せないまま経済的利益ばかりを言い募っても、結局は莫大な税金投入でその利益さえ吹き飛んでしまうのだから、開催する意味など全くなかったのだ。

 

札幌市開催計画の「致命的な欠陥」
 札幌市の運営計画書では、開催経費を約2300億~2400億円と見込んでいた(次頁表1)。収入内訳はIOC負担金640億、TOPスポンサー収入280億、国内スポンサー収入800億~1000億、チケット売上240億、ライセンシング90億、その他150億円となっていたのだが、実はここに致命的な欠陥があった。それは、大会経費の半分近くを占める予定だった「国内スポンサー収入」である。

もしこの金額が予定通りに集められなかった場合、穴埋めする代案はなく、税金投入しかなくなる。数百億円の収入不足の可能性に説得力のある代替案がないのだから、市民から不安の声が上がるのは当然であった。

2021年の東京五輪では、国内企業67社から約3920億円を集めた。これは過去最高額で、これまでの夏季大会のスポンサー収入の最高額の約3倍にあたるとされた。だが、これほどの巨額を集められたのは注目度の高い夏季大会だからで、招致段階でも、すでにスポンサーに名乗りを上げていた企業さえあった。

しかし、大会後に発覚した汚職と談合事件によってスポンサー企業からも逮捕者が続出したことで、もはや完全に風向きは変わっている。特にコンプライアンスに厳しいナショナルクライアント(協賛金100億円以上)で札幌五輪のスポンサーに関心を表明していた大企業は皆無であり、北海道のローカル企業をいくら集めたところで、1000億円などという巨額を達成できる見込みは全くなかった。もしこれが達成できなければ、結局は税金で穴埋めするしかないのだから、収支計画の杜撰さは明らかだったのだ。

多額の税金を招致活動に浪費してきた秋元市長、並びに山下泰裕JOC会長の責任は甚大である。だが、前述のとおり彼らは今もなお「招致断念」と口にはしない。2030年の招致断念を表明した会見で、秋元市長は招致をさらに後ろにずらすと表明し、その理由を「市民から多くの不安や懸念の声が寄せられ、招致に対する理解が十分広まったとは言い切れない」などと説明した。これは、東京五輪の汚職や談合問題で膨らんだ、市民の五輪そのものへの不信を完全に読み違えていたとしか言いようがない。

実際、民心の離反は明らかだった。北海道新聞が2022年12月16~18日に18歳以上の札幌市民を対象に実施した世論調査によると、招致に「反対」「どちらかといえば反対」と答えた人が計67%で、「賛成」「どちらかといえば賛成」の計33%の2倍以上となっていた。同日程で実施した全道調査でも反対意見が計61%で、賛成意見の計39%を大きく上回っていた。反対理由は「除雪やコロナ対策、福祉など他にもっと大事な施策がある」が48%で最多。「東京五輪を巡る汚職や談合事件で五輪に不信感が募った」が23%、「施設の整備・維持にお金がかかる」が13%だった。

全道においても同様の傾向だ。札幌市が490億円を負担する計画だった施設整備費770億円などの開催経費についても、「お金がかかりすぎる」との回答が札幌市民44%、全道47%でともに最多だった。札幌市が招致の意義や経費について十分に説明しているかとの問いに対しては、札幌市民・全道とも7割超が「説明が足りない」と回答していた。しかも、札幌市民の反対意見が賛成意見を上回るのは、2021年4月と22年4月に続き3回連続だったのだ。

このように、数年前から民意がはっきりしていたのに、秋元市長はその声に耳を貸してこなかった。東京五輪の轍を踏むまいと、五輪組織委員会を電通だけでなく複数社による運営にするとか、運営をチェックする第三者機関を設置するなどの提言も行なったが、実際に運用できるかは不透明で、市民の理解を得られるはずもなかった。

札幌市はここ数年の招致活動に数10億円を費やしてきたといわれており、今後はその責任の所在追及が重要になってくるだろう。

また、国内の五輪関係活動を統括するJOCの責任も、厳しく問われなければならない。山下会長は2030年と34年の開催都市を同時に決めることはないと発言した直後に、IOCに同時決定すると発表されて赤っ恥をかいた。IOCとの意思疎通すら出来ていなかったのだ。

加えて、東京五輪では、大会運営の根幹部分を電通に丸投げしてきたことが、数々の腐敗の温床となっていた。山下氏は東京五輪組織委の副会長を務めていたのに自ら調査することもなく、責任もとっていない。招致をめぐる疑惑の調査も不十分なままだ。何の反省もできない人物が再び五輪招致を主張しても、国民の共感を得られるはずもなかった。

あまりにも大きかった東京五輪「負の遺産」
 そして、札幌市が税金を注ぎ込んでも市民の理解が得られなかった最大の要因が、東京五輪の「負の遺産」であったことは誰の目にも明らかだろう。

東京五輪の運営業務をめぐる入札談合事件について、公正取引委員会は2月28日、広告最大手の電通など6社と関係者7人を、独占禁止法違反の疑いで刑事告発した。これを受けて東京地検特捜部は同日、同法違反の罪で6社と7人を同罪で起訴した。

起訴されたのは、電通・博報堂DYホールディングス・東急エージェンシー・フジクリエイティブコーポレーション・セレスポ・セイムトゥーなど、日本のスポーツイベント開催で名の通った6社だ。また、大会組織委員会の元次長と、6社の幹部ら計7人も起訴された。現在、その裁判が進められ、次々と有罪判決が下されている。

さらに、2022年の夏から冬にかけて発覚した一連の汚職事件では、大会組織委の元理事で元電通専務の高橋治之被告が、東京オリ・パラの公式パートナーだった紳士服大手「AOKIホールディングス」から計5100万円の賄賂を受け取ったなどとして、受託収賄罪で起訴されている。元理事への資金提供疑惑はAOKIのほか出版大手「KADOKAWA」、広告会社「大広」「ADK」、ぬいぐるみ製造の「サン・アロー」の計5ルートとなり、立件された賄賂総額は計約1億9600万円に上った。

東京五輪はコロナ禍での強行開催や、当初予定の倍以上に膨らんだ巨額の開催費問題で国民の反感を買っていた。さらにこれだけの悪事が露見しては、もはや新たな五輪招致に理解など得られるはずがなかった。東京五輪の負の遺産(レガシー)が、札幌五輪招致を葬ったのである。

昔も今も、五輪は「発展途上国の経済発展を促す」起爆剤としてのみ、存在価値がある。特にアジアにおいては、1964年の東京、1988年のソウル、2008年の北京五輪は、その後の経済発展の基になった。インフラなどがまだ整っていない都市が五輪を招致し、交通などの整備に莫大な国家予算を投じる。さらに開催によってインバウンド効果も享受できる。

確かに発展途上国においては、都市の発展を一気に達成する手段として機能してきた。だが反対に、すでにさまざまな機能が揃った都市にとっては、五輪開催は無駄な税金を食うお荷物と化す。成熟し、過密化された交通網を抜本的に刷新するのは難しく、せいぜいいくつかの競技場の新設・改修にとどまるから、恩恵を受ける人は圧倒的に少なくなる。その上に、昨今はテロ対策や疾病対策費などが余計にかかり、開催するとなれば巨額の税金投入は避けられない。

さらに、日本固有の現象として、開催ノウハウが電通一社に偏っているという問題がある。その電通が一社独占にあぐらをかき、暴走した結果が一連の汚職・談合事件であった。

五輪は、それ自体が汚職を生む構造となっている。その証拠に、2024年に予定されているパリ五輪でも、大会組織委本部や五輪の開会式に関与しているイベント企業の汚職疑惑で、事務所などへの家宅捜索が行なわれている。東京であれだけの汚職事件が起きてもIOCは無関心であり、汚職構造は脈々と受け継がれているのだ。

結局、これだけ通信手段が発達し、世界のどこで五輪をやっても臨場感のある映像で同時体験が可能になっている現在、巨額の税金をはたいて五輪などのメガイベントを新たに誘致するなど、愚の骨頂である。もう二度と、日本で五輪などやるべきではない。

札幌冬季五輪の収入・支出(札幌市ホームページより)

(月刊「紙の爆弾」2023年12月号より)

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

● ISF主催公開シンポジウム:WHOパンデミック条約の狙いと背景~差し迫る人類的危機~

● ISF主催トーク茶話会:小林興起さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

本間龍 本間龍

博報堂を2006年に退社後、著述業。原発安全神話を追及したのを皮切りに、広告が政治や社会に与える影響を調査・発表している。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ