「知られざる地政学」連載(18) 海底ケーブルをめぐる覇権争奪(上)
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拙著『知られざる地政学』〈下巻〉において、「サイバー空間の基盤にかかわる覇権争奪」として、光ファイバーケーブルについて考察した。その際、海底に同ケーブルを敷設してインターネットの通信基盤を構築するための覇権争奪について論じた。ここでは、拙著において言及されていない問題やその後の展開について説明したい。
光ファイバーケーブルの重要性
最初に、いわゆる「グローバル・サウス」と呼ばれる国々を味方につける争奪戦において、光ファイバーケーブルが重視されていることを確認しておきたい。中国が2013年に打ち出した「一帯一路イニシアティブ」(Belt and Road Initiative, BRI)や2021年の「グローバル開発イニシアティブ」(Global Development Initiative, GDI)に対抗するために、G7、米国、EU、英国などがグルーバル・サウス諸国に通信基盤インフラの整備支援にも力を入れている。
少しだけ整理しておきたい。まず、ドナルド・トランプ政権末期の2019年、当時の国務省次官キース・クラック主導で、エネルギーやデジタル通信などのインフラプロジェクトへの投資を支援する日米豪の共同プロジェクト、「ブルードット・ネットワーク」(Blue Dot Network, BDN)が初期資金600億ドルでスタートする。2020年8月には、マイク・ポンペオ国務長官が「クリーン・ネットワーク」(Clean Network)プロジェクトを打ち出す。「Clean Carrier」(クリーンな通信事業者)、「Clean Apps」(クリーンなアプリ)、「Clean Store」(クリーンなアプリストア)、「Clean Cloud」(クリーンなクラウドサービス)、そして「Clean Cable」(クリーンな海底ケーブル)、「Clean Path」(クリーンな端末から端末までの通信路)という六つの包括的政策による権威主義的政権からの長期的な脅威に対処する計画だ。
同年10月、エストニアのタリンで開催された「三つの海サミット」において、参加12カ国を代表して、ケルスティ・カリユライドエストニア大統領が「ブルードット・ネットワーク」と「クリーン・ネットワーク」を支持したことで、BDNは、バルト海、アドリア海、黒海に挟まれた地域にもかかわるようになる。2020年11月には、台湾がBDNに加盟し、さらに、注目されるようになる。
だが、トランプ政権からジョー・バイデン政権への移行により、2021年6月のG7において、「より良い世界を取り戻す」(Build Back Better World, B3W)が取り組むべき構想として認められる。BDNの着想はB3Wにつながっていると思われるが、中国排除を鮮明にした「クリーン・ネットワーク」は少なくとも表舞台からは姿を消した。他方で、米国内で「ビルド・バック・ベター」構想に対する議会の支持を得られなかったことから、B3W構想の再構築を迫られる。その結果、2022年6月のG7が打ち出したのが米国主導の「世界インフラ投資パートナーシップ」(Partnership for Global Infrastructure and Investment, PGII)であった。低・中所得国のインフラ整備に今後5年間で6000億ドルの民間・公共投資を動員する計画である。2023年5月のG7では、PGIIの下、米国政府がアフリカ全土でデータセンターの建設に取り組むことなどが表明された(なお、PGIIがインドネシア、ルーマニアで小型モジュール炉(SMR)の進展を支援することも明らかになったことは重要である)。
この過程で、欧州委員会は2021年12月、発展途上国のインフラなどへの投資を増強するための新戦略「グローバル・ゲートウェイ」(Global Gateway)を発表する。2027年までに計約3000億ユーロを投資する構想である。EUがグローバル・ゲートウェイの中で2023年中に特定した70の優先プロジェクトのなかには、地中海と北アフリカ諸国を結ぶ全長8700kmを超える光海底ケーブルの建設(アルカテル・サブマリン・ネットワークス、エレトラTlc、メデューサ、オレンジが関与)も含まれている。さらに、2022年6月、太平洋島嶼国との経済・外交関係を強化することを目的とした非公式グループ「青い太平洋のパートナー」(Partners in the Blue Pacific )が米英日豪カナダ・ニュージーランドによって誕生し、太平洋島嶼国への中国進出を排除する体制づくりが進む。これは、後述するこの地域での海底ケーブル敷設問題に深くかかわっている。
米国政府による中国排除の動き
『知られざる地政学』では、「米中の暗闘」として、「東南アジア-中東-西ヨーロッパ」海底電気通信ケーブル(SEA-ME-WE 6)の建設の裏側で、米中の暗闘が繰り広げられていたことを紹介した。米国政府の狙い撃ちから、中国のファーウェイは海底ケーブル事業を含む同社事業の株式とセグメントを売却し、2020年、亨通集団有限公司が華為海上網絡株81%の取得を完了する。社名は「華海通信」[HMN Technologies、以下HMNテック]に変更された。この会社がケーブルの製造と敷設を実施することになっていたにもかかわらず、米国政府はケーブルのルート上にある国々の通信会社5社に圧力を加えるなどして、米国の電気通信会社サブコム(ニュージャージー州)に契約変更させたのである。この成功した裏には、「米国務省、商務省、通商代表部のチームがホワイトハウスと連携し、外交的圧力を使って中国企業をプロジェクトから締め出す」戦術があった。
中国の巻き返し
この中国企業の締め出しに激怒した中国の中国電信集団(チャイナ・テレコム)、中国移動通信有限公司(チャイナ・モバイル)、中国聯合網絡集団有限公司(チャイナ・ユニコム)の中国国有通信事業者3社はこのプロジェクトを推進していたコンソーシアムから脱退した。だが、これら3社がヨーロッパ、中東、アジア(EMA)を結ぶ5億ドルの海底・光ファイバー・インターネット・ケーブル・ネットワークを開発中であることが2023年4月にロイター通信によって報じられた。EMAプロジェクトと呼ばれるこの計画では、香港と中国の海南省を結び、その後シンガポール、パキスタン、サウジアラビア、エジプト、フランスへと延びるケーブルが敷設される。
海底ケーブルは当初予定のHMNテクノロジーズ社によって製造・敷設される計画だ。中国が主導するEMAプロジェクトは、前述した米企業サブコムが現在建設中のSEA-ME-WE 6に直接対抗することを意図しており、パキスタン、サウジアラビア、エジプト、その他ルート上の6カ国を経由して、シンガポールとフランスも結ぶ。
ロイター通信によれば、中国の通信事業者はすでに四つの通信事業者と個別に覚書を交わした。フランスのOrange SA、PTCL(Pakistan Telecommunication Company Ltd)、Telecom Egypt、そしてクウェートのMobile Telecommunications Company K.S.C.P.傘下のZain Saudi Arabiaである。さらに、シングテルとして一般に知られている国営企業であるシンガポール・テレコミュニケーションズ・リミテッド(Singapore Telecommunications Limited)とも交渉を行っているという。
「知られざる地政学」連載(18)
海底ケーブルをめぐる覇権争奪(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。