【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(18) 海底ケーブルをめぐる覇権争奪(下)

塩原俊彦

 

 

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米国は島嶼部ネットワークにも参画

米国の中国排除は太平洋の島嶼部にも広げられている。米、豪、日は2021年12月、東ミクロネシア・ケーブルとして知られる同ルートのケーブルに共同出資すると発表した。2023年3月には、米国、ミクロネシア連邦(FSM)、日本、キリバス、ナウル、オーストラリアの代表者が、東ミクロネシア・ケーブル・プロジェクトの推進に向けて会合を開いた(USAIDの資料)。このプロジェクトは、ミクロネシア連邦のコスラエ州、キリバス共和国のタラワ、ナウル共和国を、ミクロネシア連邦のポンペイにある既存のHANTRU-1ケーブルに接続する海底ケーブルを建設するもので、これら三つの太平洋諸国の10万人以上の人々を結ぶことになる。2023年6月、NECは、ミクロネシア連邦の海底ケーブル運営会社FSM Telecommunications Cable Corporation (FSMTCC)、キリバス共和国の国営通信会社Bwebweriki Net Limited (BNL)、ナウル共和国の国営通信会社Nauru Fibre Cable Corporation (NFCC)と、光海底ケーブル敷設プロジェクト「East Micronesia Cable System (EMCS)」のシステム供給契約を締結した、と発表した(下図参照)。

 

光海底ケーブルEMCSルート図
(出所)https://jpn.nec.com/press/202306/20230606_02.html

2022年9月、バイデン政権は、太平洋地域の優先事項を満たすための野心的なイニシアティブを盛り込んだ、史上初の「米国太平洋パートナーシップ宣言」を発表した(ホワイトハウスの情報を参照)。そのなかには、「デジタル接続とサイバーセキュリティの改善」という項目が含まれており、「太平洋諸島諸国のデジタル変革を支援するため、5年間で最大350万ドルを支援する」とされた。

さらに、2023年9月、ホワイトハウスで開催された米太平洋諸島フォーラム首脳会議において、バイデン大統領は、平和、調和、安全保障、社会的包摂、繁栄が実現し、個人が潜在能力を発揮し、環境が繁栄し、民主主義が花開く、弾力性のある太平洋地域という共通のビジョンを達成するため、太平洋諸島および各国政府とのパートナーシップを強化するとの決意を新たにした(ホワイトハウスの情報を参照)。先の東ミクロネシア・ケーブル・プロジェクトについては、米国政府はこれまでの2000万ドルに加え、さらに250万ドルを提供する意向であるとした。

ほかにも、米国は、世界インフラ投資パートナーシップ(PGI)などの取り組みを通じて、太平洋諸島を商用国際海底ケーブルに接続することを支援するとの方針が示された。開発中の国際商用海底ケーブルに基づき、米国は、議会の通告を条件として、300万ドルの初期投資を提供し、政権は、安全なICTインフラ投資への追加需要に応えるため、この地域のスパーを支援するため、議会に最高1200万ドルを要請する意向だ。この発表には、グアムからアメリカ領サモアまで走り、ハワイとの三角形を完成させ、さらに太平洋島嶼12カ国を接続できる新しいセントラル・パシフィック・ケーブルのためのUSTDA事業化調査のための、最大300万ドルの初期投資が含まれている。

 

地球低軌道衛星利用をめぐって

拙著『知られざる地政学』〈下巻〉の第3章において「地球低軌道衛星利用をめぐって」という節を設けて論じておいた。インターネットの利用可能な低軌道空間の開発競争が激化している。ただし、地球低軌道(LEO)の開発では、米国、中国以外にも、英国、ロシア、インド、日本なども競争に参加している。同じ同盟国というのであれば、協力し合えばいいと思うが、なぜかこんなものに多額の税金をかけようとしている。

主権国家の軍隊は、すでに地球上の広範な地域において地球低軌道衛星サービスを実現しているイーロン・マスクのスターリンクに頼ることを嫌悪しているようにみえる。だが、各国がLEO開発に挑めば、宇宙ゴミが増え、地球ばかりか宇宙まで汚染されてしまう。

 

気になる軍事情報共有

ここで紹介したような海底ケーブル敷設における中国排除は、「米国、中国に対抗するためアジアで情報網を構築」というブルームバーグ報道に対応している。2023年10月に公表されたその情報では、バイデン政権は、米、印、日、豪のQUAD(クアッド)グループとの情報共有協定を含む、アジアにおける個別だが重複する一連のパートナーシップを構築している。そして、この情報網には、日米韓の三国間パートナーシップや、日米フィリピン間のパートナーシップも含まれているという。さらに、日本、インド、ベトナムとの二国間情報共有の強化も推進されている。これらの関係強化は、海底ケーブル網への中国の攻撃作戦に対する回復力を高めることもねらいの一つとしている。

ロシア側の報道によれば、2023年3月16日、日本と韓国の両政府が秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の全面再開を約束したことで、軍事情報共有が実現可能となった。ほかにも、2021年9月、インド、韓国、日本、ドイツが米下院から、「ファイブ・アイズ」と呼ばれる米、豪、カナダ、ニュージーランド、英で構成される情報(諜報)同盟への参加を招請されたという情報もある。

こうして、中国を敵視する軍事的動きがどんどん広がっていることに気づいてほしい。

 

不可思議な出来事

2023年10月8日、Balticconnectorガスパイプラインとフィンランド・エストニア間の通信ケーブルが損傷するという出来事が起きた(下図参照)。この二つの出来事はほぼ同時期に、同じ海域で発生した。ただ、問題はすぐに修復され、ケーブルについては再び稼働している。
The Economistの報道では、バルチック海峡の被害を調べていたフィンランド警察は、ロシアの原子力貨物船セヴモルプト号と中国のコンテナ船ニューニュー・ポーラー・ベア号を捜査対象としている。両船は当時、この海域にいた。

いずれにしても、海底ケーブルや海底パイプラインが何らかの要因によって損傷を受けることは今後も予想される。

図 ガスパイプラインと通信ケーブルの損傷
(出所)https://www.economist.com/europe/2023/10/22/who-is-sabotaging-underwater-infrastructure-in-the-baltic-sea

 

米国は中国と戦争をするつもりなのか

こうした現実を知ると、海底ケーブルなどをどう敷設し、その支配や管理をどう維持するかが安全保障上、重大な意味をもっていることに気づくだろう。

とくに米国政府は、中国との交戦という最悪の事態を想定したうえで準備行動を積極化させているように思えてくる。こんな米国に日本は追随するだけのいいのか。このままでは、「米中戦争」になれば、100%日本も巻き込まれてしまうだろう。日本国民がこんな戦争に巻き込まれないようにするにはどうしたらいいのか。それがいま問われているように思える。政治家はもちろん、マスメディアも、そして国民ももっと目を凝らして、しっかりとこの問題について知ってほしい。日本のマスメディアはその責任を果たしていない。その証拠に、今回、ここで紹介した内容を日本語で読んだ人は日本に存在しないだろう。もっともっと勉強してほしい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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