【連載】週刊 鳥越俊太郎のイチオシ速報!!

「西山事件」運命の人 二人は今年2月亡くなっていた/今解き明かす事件の真相!!!!「外務省機密文書はなぜ社会党議員の手に渡ったのか?」

鳥越俊太郎

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私は今日12月24日日曜日のテレビをぼんやりと眺めていた。
TBSの「サンデーモーニング」で「墓碑銘」のコーナー。
「ええつ???あれれ??」字幕で私は次第に驚いていくのだった。

今年(2023年)2月6日、北海道選出の国会議員で、民主党政権下では衆議院議長まで務めた政治家、横路孝弘さんが亡くなった。82歳だった。
昭和16年(1946年)1月3日生まれ。私の一学年下である。
この事件を語る上でこの生年月日は大事なポイントなのでキチント明記しておきたい。
そして18日後の2月24日、横道衆院議長の死の後を追うように、あの外務省密約文書を入手した元毎日新聞記者、西山太吉さんが亡くなった。
こちらは長命で91歳での永眠だった。
西山さんはあの「西山事件」の主人公でもあるが、私にとっては毎日新聞の先輩後輩の仲である。西山さんは政治部の記者、私は社会部記者なので畑はちょっと違うけれど同じ窯の飯を食らっていた点では忘れられない人物なのだ。
そして私が何故この日曜日、一人驚きの声を上げたのか?テレビで同じ番組を見ていて驚きの声を発した人は私以外に誰がいたのだろうか?

西山記者と横路議員は切っても切れない仲だった。
日本を大きく揺るがすこととなる二人はある外務省の機密文書を巡って深くつながっていた。
忘れもしない。
1972年(昭和47年)、私の次女が生まれた年のことだ。
毎日新聞の大先輩、西山太吉記者が警視庁に逮捕された。
外務省の秘密文書をすっぱ抜いたからだという。驚いた、というよりそんなことで新聞記者が警察に逮捕されるなんてあり得ない。
怒りを覚えた記憶がある。私はまだ入社7年目で大阪の社会部にいた。
しかし、当初は言論の自由に対する妨害だと思っていたものが思わぬ方向へ転換して行った。
一般には「西山事件」として知られているが、いささか複雑な説明を要するのでウイキペディアで要約したものだとこうなる。

「西山事件 1971年の沖縄返還協定について、新聞記者らが取材で知り得た機密情報を国会議員に漏洩し、国家公務員法違反により最高裁判所で有罪判決が確定した事件である。
別名、沖縄密約事件 外務省機密漏洩事件」

以下は最高裁の判例から一部要約したものだ。

「昭和46年5月28日に愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でなされた、いわゆる沖縄返還に関する会談の概要が記載された電信文案は国家公務員法にいう秘密に当たる。外務省担当記者であった被告人(西山記者)が、外務審議官(安川壮審議官)に配布または回付される文書の授受及び保管を担当していた女性外務事務官に対し『取材に困っている、助けると思って安川(壮)審議官のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対迷惑をかけない。

特に沖縄関係の秘密文書を頼む』という趣旨の依頼をし、さらに別の機会に、同女に対し『5月28日愛知外務大臣とマイヤー大使が請求権問題で会談するので、その関係種類を持ち出してもらいたい』と頼んだ行為は国家公務員法の「そそのかし」罪の構成要件に当たる。
当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出せせたなど取材対象者の人格を著しく蹂躙した取材行為は正当な取材活動の範囲を逸脱するものである」

要するに沖縄の返還にあたってアメリカが負担すべきところを日本が肩代わりした外交の秘密。
この機密文書を西山記者が手に入れた。
ただ西山記者は女性の外務省事務官と特別な関係となり機密分書を入手した。
裁判ではそこを問題にされ有罪判決が出た訳だ。
私は当時話が途中から変な方向に行き驚いたが、一番関心を持っていたのは。この機密事件の経緯だった。

まず私たちが機密文書の問題に接したのは国会で社会党の代議士、横路孝弘議員が外務省に迫った時だった。
日本と米国が沖縄の返還交渉を進める際、アメリカが負担すべき費用を日本が肩代わりするというとんでもない秘密外交を日本外務省がやっている。
おかしいでは無いか、横路議員はそういう口調で外務省当局に迫った。
その時横路議員の右手には1つの文書が握られていた。
ここから先のドラマは後に、あの時横路議員に迫った外務省の職員YBさんに直接聞き取りをしたので本当の話だ。

国会のやり取りを想像してほしい。機密文書を右手に外務省に迫る横路議員。追い詰められる外務省側。
この時外務省の答弁に立っていたYBさんはこう返した。「すみません、ちょっと確認のため文書を見せてもらっていいでしょうか?」「はいどうぞ」横路議員は気安い調子で文書を公開した。
YBさんはこの文書を見てピンと来たそうだ。
ドラマはここから動き出すのだ。YBさんは文書の一番上の端にある決裁欄をチェックした。
決裁欄は左端から右へ立場が上がるようになっており、文書を確認した人物は決裁の印鑑を押す。如何にも日本のお役所らしいハンコ行政だ。
YBさんは外務省安川壮審議官と直感した。
議員本人か安川審議官に仕える事務官だ!外務省の幹部が機密を漏らす事態は考えにくく、YBさんは安川審議官に仕える蓮見事務官だと直感した。

ここからは外務省職員の機密漏洩事件として警視庁の捜査が始まる。
警視庁捜査2課は忽ちのうちに事態を掌握する。蓮見事務官が先に紹介した判決の通り毎日新聞政治部の西山太吉記者に安川審議官に上がってきた文書を渡していたのだ。
毎日新聞をメディアは当初「言論弾圧」の論陣を張っていたが、二人の男女関係が明るみに出て世間の風当たりが急速に変わっていく。

これも私が直接取材をして間違いのない話だが、当時東京地検の検事だった佐藤道夫、のちに民主党参議院議員が事件の起訴状に一言付け加えたのだ。
後にテレビ朝日の「スーパーモーニング」に出演し、当時を振り返ってこう述べている。「言論の弾圧と言っている世の中のインテリ、知識層、あるいはマスコミ関係者なんかにもね、ちょっと痛い目に合わせてやれという思い」からあの起訴状の文言を考えた」という。
この一言で事件は大きく方向を変えた。「ひそかに情を通じ」、この一言で事件は「言論弾圧」から新聞記者と外務省女性事務官との「男女関係」へと変化した。
清く正しい話からたちまち爛れた不倫騒動に転回した。私は後にも先にも一つの事案の評価がこれほど大きく変化したのを見たことがない。

では次に西山記者のスクープ、経過は別にして、外務省の機密文書が社会党の横路議員に伝わったのだろうか??ここは事件になってからもほとんど問題にされないが、実は大事なポイントなのだ。新聞記者が自分が持っているネタを政治家に流すなど、特に反政権に流して政治問題にしてしまうことはメディアの人間にはあり得ない話だったはずだ。
じゃあ、何故、西山記者が握った大スクープ、外務省機密漏洩事案が毎日新聞から社会党の代議士に流れ、国会の大問題になって行ったのだろうか?ここからは本人に聞いた話と一部想像を交えての話になるが、西山記者はこれだけの大スクープを入手しながら、実は毎日新聞のストレート記事にはしていない。

メディア評論家達は「新聞の一面トップの大スクープだ」と評価するのにだ??これは想像だが西山記者あまりの大スクープを自分の名前では記事にはできなかった。
しかし、とは言えこのまま放置もできず、毎日新聞の後輩記者に「誰か社会党の政治家を知らないか?」と尋ねたものらしい。
その後輩記者は私の同期の記者で政治部に進んだことは私も知っていた。
また、彼は東大法学部出身で、横路議員とは東大法学部の同期だったらしい。
こうして私の同期の政治部記者だった彼は同じ東大法学部の出身の西山記者→私の同期記者→横路議員という流れで事件は流れて行ったのだろう。

後に私が親しい澤地久枝さんが『密約 外務省機密漏洩事件』(岩波書店)を出版している。

こうしてこの外務省機密漏洩事件は私の極々身近なところで通りすぎって行ったのだ。そして今日、その機密を外務省からすっぱ抜いた記者とそれを国会で華々しく取り上げた政治家の二人の重要人物が亡くなったのだ。2023年の2月にである。私の誕生日の1ヶ月前だ。

2023/12/25

追記:原稿を書く内に忘れそうになった。二人には何度も取材でお世話になっていたのだ。原稿書くだけで終わるのは大変申し訳ない。ここに心からの哀悼の言葉を送りたい。

合掌

鳥越 俊太郎 記述

 

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鳥越俊太郎 鳥越俊太郎

1940年3月13日生まれ。福岡県出身。京都大学卒業後、毎日新聞社に入社。大阪本社社会部、東京本社社会部、テヘラン特派員、『サンデー毎日』編集長を経て、同社を退職。1989年より活動の場をテレビに移し、「ザ・スクープ」キャスターやコメンテーターとして活躍。山あり谷ありの取材生活を経て辿りついた肩書は“ニュースの職人”。2005年、大腸がん4期発覚。その後も肺や肝臓への転移が見つかり、4度の手術を受ける。以来、がん患者やその家族を対象とした講演活動を積極的に行っている。2010年よりスポーツジムにも通うなど、新境地を開拓中。

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