【特集】新型コロナ&ワクチン問題の真実と背景

國部克彦・神戸大学教授の講演「ワクチンをめぐる倫理」を聴講して ―哲学・倫理学の英知を焦眉の現実問題の分析に生かす(下)

嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

國部克彦・神戸大学教授の講演「ワクチンをめぐる倫理」を聴講して ―哲学・倫理学の英知を焦眉の現実問題の分析に生かす(上)はこちら

2. 私たちを支配するシステム

以上の個別の論点を踏まえつつ國部氏は、ワクチンに批判的な態度を取る人達の間でよく取り沙汰される河野太郎氏やビル・ゲイツ氏のような、特定の人物を取り換えれば済むわけではなく、一人ひとりが変わる必要がある、というシステムの問題を提起します(注10) 。

興味深いのは、神が宗教家に預言を与え、宗教家が市民に布教するという宗教のシステムと、真理が専門家に理論を与え、専門家が市民を教育し、提言する科学のシステムには構造的類似がある、という指摘です。本来であれば、専門家が真理を検証し、市民が専門家に対して疑問を抱いて討議する過程があるべきです。けれども、実際にはそうした過程が希薄になっているので、科学が宗教のようになっている、と論じられます。國部氏が援用する20世紀フランスの哲学者、ミシェル・フーコーが説いたように、真理が政治経済的な要請に従属し、巨大な政治経済的な機構の統制を受けている、という側面も意識しなくてはならないでしょう。

システム論に関連して、既に言及したアガンベンに依拠した「恐怖を創造して統治するメカニズム」も興味深いものです。「ありうべきリスクにもとづいて架空のシナリオを構築する」「そこでは、データは極端な状況における統治を可能にする振る舞いを利するように提示される」「最悪なものの論理を政治的合理性の体制として採用する」「市民全体を、統治諸制度への賛同が最大限に強化されるように組織する」という流れがあります。私が補足しておくと、コロナ禍の初期に、「“対策なければ最悪40万人以上が死亡” 厚労省専門家チーム」といった極端な予測が流布し(注11) 、少なくとも実質的には、そうした恐怖を広げて人々を従わせる、という政策が採用されたことを、思い起こしておくに値するでしょう。ところが、國部氏も指摘するように、こうしたシミュレーションはパラメーター次第であり、事実レベルのエビデンスとは全く異なるものです。上の予測をしたのと同じ専門家が、コロナワクチンがなければ、日本で感染者は約6330万人、死者約36万人が出たはずだ、という仮定に基づく論文を書いたことも、知っておくべきでしょう(注12) 。

3. システムに抵抗するには

以上では、私達を取り巻くシステムの強大な権力について解説がなされました。私が大変参考になると感じるのは、國部氏が、私達がこのような困難な状況においてどのように対処すべきか、といった指針まで提示しているところです。

これまでの議論に基づき國部氏は、全体主義の問題を考察した20世紀の哲学者、ハンナ・アーレントの理論に基づき、「真の問題は思考しない人々」と看破します。ナチスドイツ体制下では、一夜にして考えを根底から変えた人々、つまり「ある価値の体系を別の価値の体系に置き換えた」人々が多数出現し、これこそが「凡庸な悪」であるとされます。それに対して、最後まで抵抗したのは、「思考することを望み、自分で判断しなければならない」と考える人々でした。しかも、自分で思考し、判断する人々とそうでない人々は、社会階層や教育程度では区別できず、判断の基準となるのは倫理だった、ともされます。

具体的な方針の第1のものとして紹介されるのは、19世紀英国の哲学者ウィリアム・キングドン・クリフォードの「信念の倫理」(The Ethics of Belief)です。「軽々しく物事を信じることは、人類に対する重大な間違いを犯すことである」というのがクリフォードの中心的主張です。國部氏は、たとえ正しいことでも容易に信じるひとは、間違ったことも簡単に信じてしまうからだ、と解説します。その上で、調べてから判断して、その結果を検証することは人類共通の義務であり、それなくしては、マスクを着ける自由もワクチン接種を受ける自由もないはずだ、と論じられます。クリフォードは、「権威が有効なのは、それを疑問視し、検証する者がいるから」と述べており、國部氏は検証→信念→判断→行為→検証→信念→…といった環を回し続けることが、信念の成長と社会の発展につながる、と解釈します。

第2の方針として打ち出されるのが、香西豊子・佛教大学教授が、江戸時代の種痘師の思想から取り出した「100分の1の倫理」です(『現代思想 特集 ワクチンを考える』、青土社、2020年11月号所収)。この思想は、たとえ大多数の人々が接種によって救われ、副反応で犠牲になるのはその100分の1であろうとも、「傷つき失われるかもしれない命は、即自的な、あるいは眼前の、唯一絶対の『一』である」、というものです。國部氏は「『一』を大切にすることが『自己』を大切にすることであり、『社会』を大切にすることにつながる。確率的思考は必ず『一』を犠牲にする」と、功利主義的思考様式に対して警鐘を鳴らします。
以上が國部氏の講演の概要です。多岐にわたる問題点を、古今東西の思想家の考えに学んで、深く考え抜く姿勢の一端に触れていただけたでしょうか。日本には生命倫理、医療倫理、因果論、科学哲学、技術哲学といった関連する分野で、有能な研究者が多くいるはずです。そうした方々が、國部氏の議論に刺激を受けて、専門家ならではの高度に批判的な考察を展開してくださるようになることを、願ってやみません。ISF読者の皆さまにも、國部氏の『ワクチンの境界』や、その基になったnote連載記事をお読みになり(注13) 、考えを深めるきっかけとすることをお勧めします。

謝辞 講演会についての記事執筆、およびチラシの画像の使用をご許可いただいた日本ホリスティック医学協会関西支部の皆さまと、國部克彦先生に感謝致します

 

<注釈>

(注10)私自身は、巨額の投資でコロナワクチンを推進したビル・ゲイツ氏や、米国のコロナおよびワクチン政策を推進したアンソニー・ファウチ博士ら、結果責任を問われるべき個人が存在することは否定し難い、と考えています。ゲイツ氏、ファウチ氏らについては、ロバート・F・ケネディ・ジュニア『The Real Anthony Fauci 人類を裏切った男 巨大製薬会社の共謀と医療の終焉』全3巻、石黒千秋訳、経営科学出版、2023年、を参照。河野元ワクチン担当大臣が起こした問題については、大村大次郎『河野太郎とワクチンの迷走』(かや書房、2023年4月)という緻密な批判的著作があります。ただし、そうした特定の個人に責任を取らせたとしても、また別の似たような個人が出てくる、というシステム上の問題は確かにあると思います。

(注11)NHK、2020年4月15日配信。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200415/k10012387961000.html

(注12)共同通信:「コロナワクチンで死者9割以上減 京都大チームが推計」、2023年11月16日。https://kumanichi.com/articles/1234351
西浦博・京都大学教授らの論文は次のものです。Kayano, T., Ko, Y., Otani, K. et al. Evaluating the COVID-19 vaccination program in Japan, 2021 using the counterfactual reproduction number., in: Scientific Reports, 13, 17762 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-44942-6
小島勢二・名古屋大学名誉教授による、次の反論記事も参照。
「感染者数6,330万人、死亡者数36万人!西浦論文への疑問」、『アゴラ』、2023年12月19日。https://agora-web.jp/archives/231218070130.html
また、右派系の雑誌でありますが、コロナ問題に力を入れてきた『Will』の次の記事も参照。掛谷英紀・筑波大学准教授「8割おじさん西浦がまた暴言 ワクチンがなければ36万人死んでいた」、2024年2月号、ワック、259-267頁。

(注13)https://note.com/kokubu55/

 

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嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員) 嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

しまざき・ふみたか 1984年生まれ。MLA+研究所研究員。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程(哲学専門分野)修了。ISF独立言論フォーラム会員。著書に『ウクライナ・ コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文は、以下を参照。https://researchmap.jp/fshimazaki 記事へのご意見、ご感想は、以下までお寄せください。 mla-fshimazaki@alumni.u-tokyo.ac.jp

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