知られざる自民改憲案の正体
政治ウクライナ戦争をめぐって9条をめぐる論議がかまびすしい。
今大切な事は、自民党や岸田首相がいう自民改憲案のうち、①9条自衛隊明記と②緊急事態条項がこの国の将来に何をもたらすのかに憲法をめぐる議論のポイントを絞ることだと思います。
この2つの点について、憲法を学ぶ法律家の一人として意見を述べます。
憲法記念日を前後してメデイアが行った世論調査は注目すべきものでした。
①9条自衛隊明記、②緊急事態条項加憲に関する回答では、賛成が反対を上回っている数字が伝えられています。
例えば5月3日付朝日新聞朝刊13版7面では、①について次の質問をしています。
「自民党は、憲法9条1項2項はそのままにして、新たに自衛隊の存在を明記する憲法改正案を提案しています。こうした提案に賛成ですか。反対ですか」。
→「回答 賛成55% 反対34%」
東京新聞5月2日付朝刊12版が載せた共同通信世論調査もほぼ同様でした。
こうした回答になるのはメデイアが事前にも世論調査の質問でも、人々にキチンとした解説を届けていないからです。
1. 9条自衛隊明記という言葉のうそ
2018年の自民改憲条文素案9条の2(産経新聞電子版2018年3月25日21時9分更新版から引用。以下、自民改憲素案条文は同じ記事から)は、9条1項2項はそのままとしたうえで「前条(9条1項2項)の規定は必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として自衛隊を保持する」としています。
これは自衛隊をそのまま憲法9条に書き込むだけだからいいじゃないか、ととられがちです。
前述の世論調査の質問はそういう風を吹かせたものでした。
ここに大いなるウソが隠されています。この条文一つで自衛隊はいままで専守防衛に徹するとしていた自衛隊をアメリカの指揮の下に海外派兵オーケー、他国への侵入オーケーの軍隊に仕立てることができるのです。
そのからくりを解いてみましょう。
<キーワードは集団的自衛権>
日本国憲法は戦争に関して国に次の3つのことを禁止しています。
戦争を放棄(①戦争の禁止)②戦力保持の禁止③交戦権の禁止です。
③は、交戦国に国際法上認められる権利(たとえば、敵国の兵力、軍事施設を殺傷破壊したり相手国の領土を占領したり、中立国の船舶を臨検し、敵性船舶を拿捕する権利のことです。通常ならば、犯罪になるこれらの行為が開戦宣言をしていれば犯罪とされることを免れるというものです。(芦部信喜『憲法』第六版、岩波書店67頁)。
この憲法9条の下では自衛戦争を含め一切の戦争はできないし自衛隊の軍事力も保持できません。
そこで編み出されたのが専守防衛論と集団的自衛権の否定論です。
専守防衛の答弁でよく知られているのは1963年9月23日の田中角栄総理(当時)の参議院本会議の答弁であり、集団的自衛権行使否定の答弁は1960年衆議院日米安保条約特別委員会における岸信介首相(当時)の次の答弁です。
「集団的自衛権で典型的なものは自分の締約国であるとか、友好国であるとかいう国が侵害された場合にそこへでかけていってそこを防衛する場合でありますけれどもそういうことは我々の憲法の下では認めておらないという解釈を私は持っております」(岸信介首相は政治家安倍晋三の祖父です。)
ところが自衛隊明記を示すという自民改憲素案は次のようになっています。
すなわち、国の一切の軍事行動を禁じた9条1項2項があっても「必要な自衛の措置をとることを妨げない」というのが自民改憲素案の自衛隊明記条文です。いままでの政府解釈であれば田中角栄、岸信介答弁のように専守防衛、集団的自衛権行使禁止であるところ、必要な自衛の措置を妨げないというのです。必要な自衛の措置―自衛権―には、集団的自衛権を含むとするのが自民党見解です。(自民党「日本国憲法改正草案Q&A」初版2012年10月発行、増補版2013年10月発行―自民党HP自民改憲案Q&A9問への答えも同旨)。
「必要な自衛の措置」という言葉で集団的自衛権は憲法の条文に堂々とうたわれています。歴代戦後内閣が積み上げてきた9条解釈は一個の条文でふっとぶ。
9条1項2項は残る。自衛隊明記のどこが悪いんだ?という疑問はここで氷解します。
集団的自衛権は生易しいものではありません。それは同盟国に対する攻撃を自国への攻撃とみなして軍事的に対応する権利義務です。アメリカの航空機、軍艦、軍人、領土が攻撃されたときは日本の軍隊の指揮権をアメリカに認めた密約(古関彰一『対米従属の構造』、みすず書、15頁)の下、アメリカの思うがままに、日本は戦争に引きずり込まれます。4000㌔離れたウクライナで米兵が傷つき、あるいは米軍艦が攻撃されたらどうなるか。
集団的自衛権が認められる自衛隊明記条文があることで、9条1項2項があっても、自衛隊は、米軍の指揮の下、憲法の障害なく、15年安保法制(戦争法)の強行採決で法律となった重要影響事態法によりウクライナまで行かされます。兵器、弾薬、食糧、の補給部隊として。
その時日本はロシアの敵国として攻撃の対象となります。戦争への不安をもつあなたはそれでも自衛隊明記に賛成しますか?
2.緊急事態条項提案のからくり
緊急事態条項の創設については、朝日新聞の世論調査の回答は「賛成59%、反対34%」であり、共同通信の調査は、自民党案の特定はしていないがほぼ同趣旨の質問に対して「賛成69%、反対30%」となっています。
しかし、回答者には緊急事態条項についての丁寧な解説は与えられていません。緊急事態条項について自民改憲案は次のようになっています。
緊急事態条項とは国家緊急権発動であり憲法の一時停止です。
「戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限を、国家緊急権という(「憲法」第6版、芦部信喜、岩波書店、376頁)」。
もともと内閣は行政機関であり、立法権はありません。立法は国会に、行政は内閣に司法は裁判所にとする権力の三権分立これは近代憲法が定める原則です。
権利の制限は法律の定めがなければ行うことができません。しかし、自民改憲案によれば内閣は大地震その他の異常な大災害の時は法律にかえて内閣の発する政令によって国民の権利を制限し、義務を課すことができるようになるとしています。
緊急事態条項はこの「災害」という言葉に自然災害だけでなく、大規模な反戦デモの発展も含む恐れがあります。95年、戦争法反対運動のような運動高揚期の政権公権力の危機を救うための弾圧の武器とされる可能性です。防衛省が反戦デモやあおる報道も武力攻撃事態の一歩手前になるとして、警察、米軍と連携して対応するという行政文書を記者説明会に2020年に配ったとの報道(2022年3月31日付東京新聞)もあり、同種の陸上自衛隊幹部による講演も雑誌(「偕行」)に載っています(週刊金曜日2022年4月22日拙稿参照)。
国会で多数派を占める勢力がどれだけ強行採決を濫発して乱暴な内容の法律を作るかは、特定秘密保護法(13年)、安保法制(戦争法)(15年)、共謀罪(17年)で明らかです。自民改憲案を通せば、大騒動になったこれらの法律と同様か、もっと著しい人権抑圧の法規を、一夜にして、国会の審議抜き、内閣の閣議決定だけでできることになる。これは内閣独裁というほかありません。
ウクライナをわが身の痛みとして考えたい。独裁を許さないことが同じ犠牲を日本とアジアに起こさないことを心の底で確かめ、生きてゆきたいと考えます。
1943年群馬県桐生市生まれ。埼玉県立浦和高校卒。一橋大学法学部卒。1971年から弁護士(司法修習23期)。国分寺市人権擁護委員、東京弁護士会人権擁護委員長、山梨学院大学法科大学院教授、日本ペンクラブ理事,平和委員会委員長を歴任。現在、立憲主義の回復をめざす国分寺市民連合共同代表。著書に『改憲 どう考える緊急事態条項・9条自衛隊明記』(同時代社)他。写真撮影:トニー谷内