【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(22) :近づく人類の滅亡(上)

塩原俊彦

 

 

拙著『知られざる地政学』の〈上巻〉は2023年7月末、〈下巻〉は8月末に脱稿したものである。そのため、『サイエンス』に公表された話題の論文「前期更新世から中期更新世への移行期における深刻な人類ボトルネックのゲノム的推論」を取りあげることができなかった。この論文は、地球上の陸海空およびサイバー空間をめぐる支配について歴史的に考察する地政学にとって教訓的な内容を含んでいる。そこで、拙著では論じられなかったテーマとして、ここで考察対象としてみたい。

絶滅しかけた人類

中国科学院大学のWangjie Huらの研究は、約93万年前の気候変動で人口が激減したことを示唆する証拠を発見した。「人類の祖先の約98.7パーセントがボトルネックの初期に失われたため、絶滅の危機に瀕したのだ」という。中国の科学者らの結論は、歴史気候学のデータによって説明することができる。彼らは、地球規模の気候変動が93万年前の人口クラッシュを引き起こしたと提唱している。

科学者たちがのべた人口統計学的大災害は、中期更新世への移行と呼ばれる地球上の深刻な冷え込みと重なり、アフリカとユーラシアの化石記録には年代的に大きな隔たりがあった。我々の祖先の個体数は減少し、23本の染色体からなる珍しいゲノムをもつ稀少種は、なぜか生存率が高かったのだ。

研究者らの材料となったのは、アフリカの現代人10集団と世界各地の現代人40集団の3154人のゲノム配列である。彼らは、「今日のヒトの遺伝的多様性を最もよく説明できるモデルを見つけるため、さまざまなモデルを検討した。その結果、93万年前にヒトの祖先が絶滅寸前にまで至ったというシナリオに行き着いた」、とNYTは解説している。科学者たちは、ボトルネックになる前、我々の祖先の個体数は約9万8000個体だったと結論づけた。その後、個体数は1280以下まで減少し、およそ93万年前から81万3000年前までの11万7000年間もその状態が続いた。その後、個体数は回復したという。

人類の歴史:過去にあったボトルネック

一般的理解では、進化の枝は、約700万年前にアフリカで他の類人猿の枝から分かれた。我々の祖先は、100万年ほど前までにアフリカで背が高く大脳に進化していた。その後、初期の人類の一部はヨーロッパとアジアに広がり、ネアンデルタール人とそのいとこのデニソワ人に進化した。なお、ホモ=サピエンス(現生人類)、デニソワ人、ネアンデルタール人という知的な人類の三つの集団のすべての子孫はハイデルベルク人であり、ホモ=エレクトゥスから、非常に進歩的な新しい種が進化したと考えられている。

我々自身の系統は、アフリカで現生人類へと進化を続けた。数十年にわたる化石発掘の結果、95万年前から65万年前のアフリカでは、古代の人類の親戚の記録は比較的少ないままである。中国の研究者によれば、この新しい研究は、多くの遺骨を残せるほど人類がいなかったという可能性を示している。

飢饉、地震、洪水、火災、病気、旱魃などの環境的な出来事や、殺処分、広範な暴力、意図的な淘汰などの人間的な活動によって、集団の規模が急激に縮小することを意味する集団ボトルネックという見方がある。約4万年前にネアンデルタール人が姿を消したことも集団ボトルネックといえるだろう。しかし、その原因はいまだにはっきりしない。

人類は7万5000年前に、インドネシアに位置するトバ火山の噴火(とそれに続く極端な寒冷化)によってボトルネックを経験し、アフリカ外のサピエンスの生殖人口は数千人にまで減少したという説もあった。ただし、現在では、その気候変動の程度は当初考えられていたよりもずっと小さいとみられている。

生存可能な個体群の最小サイズ(MVP)

こうした過去を知ると、将来、いまの現生人類が消滅する事態も十分に想定できると思えてくる。すでに、絶滅した種は数知れない。ロシア語の資料には、「1940年までにアムールトラの個体数は40頭にまで減少したが、19世紀にはハンターが毎年100頭も殺していた。2015年の国勢調査によると、極東には523~540頭のトラしかおらず、絶滅の危険性はもはや高くないと考えられている」と書かれている。そのうえで、トラには人間以外に天敵はいないから、「狩猟が禁止されている限り、個体数は森林の面積と獲物の有無にのみ左右される」と指摘されている。他方で、「ケニアのタナ川に生息するアカアシコロブスというサルは、現在1300頭しか残っておらず、木の伐採によって絶滅の危機に瀕している。この稀少なサルを救うためには、彼らが生息する森林の破壊を止めなければならない」という。

こうなると、「種を存続させるためには、いったい何頭の個体が必要なのか」という疑問が浮かぶ。ある時間枠内で個体群の絶滅を回避するために必要な、生存可能な個体群の最小サイズ(MVP)については、関係する時間スケールと存続確率に最も影響する遺伝的な力の観点からさまざまな考察が行われてきた。たとえば、イアン・ロバート・フランクリンは、短期的・長期的に必要とされる最小有効個体数(Ne)について、それぞれ古典的な50/500の推奨値を提唱した。Ne=50という値は動物の繁殖計画から導き出されたもので、Ne=50から生じる1世代あたり1%の近親交配率は許容範囲と考えられている。Ne=500は、長期の平衡状態を想定したものだ。

「知られざる地政学」連載(22)近づく人類の滅亡(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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