改めて検証するウクライナ問題の本質: Ⅷ 忍び寄る戦術核兵器の脅威(その2)
国際米国の16の諜報機関を統括する国家情報長官のアブリル・ヘインズは5月10日、上院軍事委員会の公聴会でウクライナ情勢について証言し、英『ガーディアン』紙によると以下のような予測を示した。
「ヘインズは、ロシアの指導者(注=プーチンを指す)はロシアあるいは現体制が存亡の危機に直面するまで、核兵器を使うことはないだろうと述べた。だがロシアの指導者は、ウクライナにおける敗北の見通しがそうした危機を構成すると見なすだろうと付け加えた。『我々は(プーチンの存亡の危機という概念は)、彼がウクライナの戦争で敗北し、そして北大西洋条約機構(NATO)が介入するかあるいは介入しようとするかと見なした場合を指すと見なしている』」(注1)。
この証言の重要性は、明らかだろう。プーチン大統領は戦争での「敗北の見通し」となれば核使用に踏み切ると予測しながらも、当の米国が、今や明確にロシアの「敗北」を目指して膨大な兵器供与やロシア軍の情報提供も含む直接介入以外のあらゆる支援を強化しているのだから。
米下院議長のナンシー・ペロシは4月30日、議員団を引き連れ、ウクライナの開戦以来、同国を訪れた最高位の要人としてミンスクで大統領のウォロディミル・ゼレンスキーと会見。「米国のウクライナに対するコミットメントは、戦闘が終わるまで続く。……議員団がキエフを訪れたのは、全世界に対し、米国の紛れもない、確固としたメッセージを伝えるためだ。米国は、確固としてウクライナの側に立つ。我々は戦争に勝利するまで、共にある」(注2)と宣言した。
これは見方を変えれば、ロシアが核を投入するような破局的事態になろうとも、米国はウクライナに戦争を継続させるという宣言に等しい。
おそらくこうした米国の姿勢は、従来から核戦争を引き起こしかねないというリスクも辞さず、ロシアとの軍事対決を準備してきた経過と無縁ではない。つまり冷戦後のNATOの東方拡大を始め、この間異常な頻度で繰り返されてきたロシア国境や黒海周辺での挑発的かつ大規模な戦争一歩手前の軍事演習も、あるいは2月の開戦以降の停戦に向けた取り組みの放棄も、すべてはウクライナを戦場とする戦争へのロシアの引きずり込みを意図した動きではなかったのか。
画期的な命中精度が可能にするもの
加えて米国はそのような戦争で、核の投入も排除しないという前提で準備をしてきた兆候がある。それを示唆しているのが、画期的な精度を有する新型の投下型核爆弾B61‐12の欧州配備に他ならない。
周知のように米軍の欧州における核配備は、NATOの「核シェアリング」という方式をとっている。これはドイツとイタリア、ベルギー、オランダ、トルコの5ヶ国、6空軍基地に推定で計180発前後の投下型戦術核爆弾のB61‐3とB61‐4を配備。管理・使用は米欧州軍の権限となり、配備を受け入れている5ヶ国は米軍の指揮下で、戦術核爆弾を搭載した自国の戦闘爆撃機を運用する。
だが配備予定の最新型B61‐12はこれまでの旧型の単なる後継機ではなく、「史上最も危険な核兵器」と呼ばれるほど別次元の性能を秘めている。命中精度が、格段に向上しているのだ。
ミサイルや爆弾等の命中率を示す指標に「平均誤差半径」(Circular Error Probability:CEP)があり、爆弾、ミサイル等の半数が目標に着弾できる範囲(半数必中界)を長さで示し、数値が少ないほど命中率が高い。B61‐12は30メートルで、旧来型の110~170メートルの3倍以上の精度を誇る。これはB61-12が初めて備えた誘導尾翼やレーザー装置、GPS等によって可能となり、同時に旧来型と同じく核出力も変更可能で、最小で広島投下型原爆の50分の1の0.3キロトンから1.5キロトン、10キロトン、50キロトンの4段階の調整ができる。(注3)。
この画期的な命中精度は、新たな軍事的運用をもたらした。核爆弾は通常、CEPが2倍になると破壊力は8倍に増すため、B61-12は1発で前二機種の12倍の破壊力がある計算となり、以下のような機能を生む。
「B61‐12を最も危険な核兵器にしたのは、その『使いやすさ』だ。高い命中率と低出力は、米軍の核兵器で最も『使いやすい』兵器にした。……命中率が高いほど、目標を破壊するための威力は低くてすむ。つまり、使用した際の大量・無差別の人命殺傷や多くの放射能落下を怖れずに使えるのだ」。
「通常の高出力の核兵器を使って中国の大陸間弾道弾(ICBM)を破壊すると、300万人から400万人の死者を出す。だが高命中率と低出力のB61-12では、700人程度ですむ。核兵器が登場した1940年代以降、初めて『核の使用』が考えられるようになった。B61‐12こそが唯一、こうした傾向に拍車をかける」(注4)。
「使いやすい」核兵器の登場
長年、米国は基本的に建前としての核の運用目的を「抑止」に置いている。だが、そうであれば核兵器の戦場での「使いやすさ」を優先する理由はない。「使いやすさ」を優先した核兵器を開発し、配備しようとしている事実は、明らかに米国の核戦略が転換したことを意味する。それを象徴しているのが、トランプ前政権が2018年2月2日に発表した『核態勢見直し』(Nuclear Posture Review)だが、ここでは以下の指摘だけに留める。
「オバマ政権時代と比べ、今回のトランプの核ドクトリンは、米国の政策における核兵器の役割と意義を非常に高めている。それはより戦闘的かつより攻撃的で、世界全体の戦略的安定性を根本的に損ない、ロシアや中国との関係をさらに複雑化させる、非常に刺激的な文書となっている」。
「改訂された核ドクトリンでは、次の2つの重要な問題の同時解決に焦点が当てられている。まず、米国の戦略・戦術核戦力の抜本的かつ長期的な更新であり、同時に核兵器使用のハードルを下げ、次に限定的な核による攻撃の一環として低出力の核弾頭を起爆させる可能性を認知すること。B61-12核爆弾は、こうしたドクトリンが順調に発展した実例として見なされる」(注5)。
ただ、B61-12の開発を命じたのは元大統領のバラク・オバマで、2010年とされ、同政権下の14年2月4日には、核兵器の管理・運営に当たる国家核安全保障局(NNSA)が、B61-12用の核弾頭の臨界前核実験に成功したと発表している。つまり米軍の軍事戦略は、「政権交代」やその時々の政府の公式文書とは無縁な次元で形成されているという事実が浮かび上がるだろう。
いずれにせよB61-12は、「抑止」というよりも「使いやすい」核兵器として局地戦に投入される。命中精度に加えて地下貫通型の機能も備え、通常兵器では破壊困難な敵の地下の硬化された司令部・ミサイルサイロ等の戦略的目標を破壊するのが想定されているのは疑いなく、戦術核兵器と通常の非核兵器の区別を劇的に曖昧にする。そうした核爆弾が新たにNATOの「核シェアリング」を担うのは、ロシアにとって極度に警戒すべき事態となったはずだ。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。