【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質: Ⅷ 忍び寄る戦術核兵器の脅威(その2)

成澤宗男

無視されたロシア側の警告

すでに15年2月23日の段階で、ロシア政府報道官のデミトリー・ペスコフが、ドイツのテレビ局ZDFが同国西部のビューヒェル空軍基地に年内にもB61-12が配備されると報じたのを受け、「欧州におけるパワーバランスを変えるもの」と批判。「ロシアは戦略的バランスと均衡のため、必要な対抗措置を取る」(注6)と警告した。

実際の配備は22年から始まって2年間以内に完了となる予定というが、17年8月29日には、ロシア外務省不拡散・軍縮局長のミハイル・ウルヤノフがB61-12について「このような爆弾が運用されると、核兵器使用の敷居が客観的に低くなる可能性がある」として、NATOの核爆弾の「現在進行している更新作業の重要な弊害だ」(注7)と指摘した。

NATOと対峙しての、通常戦力の圧倒的不利を補うために戦術核兵器を保有しているロシアにとって、NATOがさらに「核シェアリング」で局地戦で「使いやすい」新型核爆弾を目の前に配備しようとしている事態は看過できるはずもない。ロシアはB61-12の配備を、これまでとは危険性のレベルが異なった自国への破滅的ダメージを意図する米国とNATOの攻勢姿勢への強化と受け止めてもおかしくはなかっただろう。

このためロシアは21年12月17日に米国に提出して調印を求めた、自国の安全保障を盛り込んだ条約案で、核兵器について以下の内容を織り込んでいた。

「(米ロの)締約国は、自国の領土外における核兵器の配備を控え、条約が締結された際には自国の領土外に既に配備した核兵器を自国内に戻す。締約国は自国の領土外の核兵器配備のための既存の設備を撤去する」(注8)。

周知のように、これに対して米国は翌年1月26日に、ゼロ回答で応じた。無論、①NATOのさらなる東方拡大の防止②相手国の安全保障に影響を及ぼす行動の禁止③他国の領域を使用した、相手国に対する武力攻撃やそのための準備等の行動の中止などの他の項目も同様だった。おそらくロシアが、自国領土付近で執拗に繰り返される大規模で挑発的な軍事演習のみならず、B61‐12の配備すら厭わない米国とNATOの姿勢から、戦術核の投入も含めた何らかの攻撃が予測されると判断したとしても不自然ではなかったろう。

 

すべては最初から仕組まれていた

ロシアのウラジミール・プーチン大統領は5月9日の対独戦勝記念日で、次のように演説している。

「去年12月、われわれは(米国に)安全保障条約の締結を提案した。ロシアは西側諸国に対し、誠実な対話を行い、賢明な妥協策を模索し、互いの国益を考慮するよう促した。しかし、すべてはむだだった。
NATO加盟国は、われわれの話を聞く耳を持たなかった。つまり実際には、全く別の計画を持っていたということだ。われわれにはそれが見えていた。ドンバスでは、さらなる懲罰的な作戦の準備が公然と進められ、クリミアを含むわれわれの歴史的な土地への侵略が画策されていた。キエフは核兵器取得の可能性を発表していた。
そしてNATO加盟国は、わが国に隣接する地域の積極的な軍事開発を始めた。このようにして、われわれにとって絶対に受け入れがたい脅威が、計画的に、しかも国境の間近に作り出された」(注9)。

これは、2月24日のロシア軍ウクライナ侵攻当日にプーチン大統領が演説した内容と大差はないが、ドンバスの域をはるかに超えた「特殊作戦」の評価は別にして、「危険は日増しに高まっていた。ロシアが行ったのは、侵略に備えた先制的な対応だ」というその主張を、少なくとも米国とNATOは、冷笑だけですませる資格があるかどうか疑わしい。

しかも、「史上最も危険な」核爆弾を配備して自ら核戦争の危険を高めておきながら、開戦になっても停戦努力は一切放棄してロシアを敗北に追いやることしか考えず、その過程でロシアの戦術核の投入の可能性が論議されるようになっても軌道修正のそぶりも見せない姿は、最初から米国が「全く別の計画を持っていた」という指摘を裏付けていると思えなくもない。そしてB61-12こそ、そのような「全く別の計画」の黙示録的な本質を象徴しているのではないか。
(この項続く)

(注1)「Putin could use nuclear weapon if he felt war being lost – US intelligence chief」(URL: https://www.theguardian.com/world/2022/may/10/putin-nuclear-weapons-us-intelligence-avril-haines
(注2)「US speaker Nancy Pelosi visits Ukraine, meets President Zelenskyy」(URL: https://www.aljazeera.com/news/2022/5/1/pelosi-visits-kyiv-meets-with-ukraine-president
(注3)B61 ‐12に関しては、Federation Atomic Scienceの「B61-12: The New Guided Standoff Nuclear Bomb」(URL: https://programs.fas.org/ssp/nukes/publications1/Brief2014_PREPCOM2.pdf)を参照。
(注4)October 9, 2018 「Why the B-61-12 Bomb Is the Most Dangerous Nuclear Weapon in America’s Arsenal」(URL: https://nationalinterest.org/blog/buzz/why-b-61-12-bomb-most-dangerous-nuclear-weapon-americas-arsenal-32976
(注5)February 09, 2018「Trump’s Nuclear Doctrine Is a Threat to Strategic Stability」(URL: https://www.globalresearch.ca/trumps-nuclear-doctrine-is-a-threat-to-strategic-stability/5628700
(注6)September23,2015「Russia pledges counter measures if U.S. upgrades nuclear arms in Germany」(URL: https://jp.reuters.com/article/us-usa-nuclear-germany-russia/russia-pledges-counter-measures-if-u-s-upgrades-nuclear-arms-in-germany-idUSKCN0RN0SX20150923
(注7)August 29,2017「US B61-12 nukes may lower threshold of using nuclear weapons, diplomat says」(URL: https://tass.com/politics/962483?utm_source=google.com&utm_medium=organic&utm_campaign=google.com&utm_referrer=google.com)
(注8)December 17,2021「Russia calls on US to stop NATO eastward expansion in draft security treaty」(URL: https://tass.com/politics/1377261?utm_source=news.antiwar.com&utm_medium=referral&utm_campaign=news.antiwar.com&utm_referrer=news.antiwar.com)
(注9)「【演説全文】プーチン大統領 戦勝記念日で語ったことは」 (URL:
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220509/k10013618261000.html

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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