【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第15回 DNA型鑑定独占は、こうして始まった

梶山天

14年。警察庁はついに動いた。ISF独立言論副編集長の私が持っている同年9月12日付の警察庁刑事局の松岡亮介捜査1課長が当時の日本法医学会の池田典昭理事長(九州大学)に宛てた文書によると、以下のように記されている。

「DNA型検査及び血液型検査については、原則として科学捜査研究所において実施することとして、検査項目からは削除することとしたい。そのうえで、ミトコンドリアDNA型検査法を実施する場合など、大学法医学教室にDNA型検査又は、血液型検査を嘱託すべき特段の理由がある場合は別途の契約に基づいて行うこととしたい」。

松岡亮介警察庁刑事局捜査第一課長が日本法医学会の池田典昭理事長にあてた文書。

 

どういうことかと説明すると、各大学の法医学教室では、全国の警察から嘱託を受けて司法解剖する際にこれまで検査項目にあったDNA型検査と、血液型検査を除外し、その検査だけは都道府県警の科捜研が代わりに実施するというものだ。法医学者からDNA型検査を取り上げるということで、事実上の鑑定独占だ。さらに科捜研ではやっていないミトコンドリア検査だけは大学にしてもらっても仕方がないというものだ。法医学者が解剖時に行うDNA型検査はそもそも、遺体の身元を確認することと同時に、鑑定技術を磨き、冤罪防止の監視役を担っていたのだ。

この警察庁が同法医学会に突き付けた改定案は、まさに本田元教授が足利事件後に心配し、学会役員たちに相談したDNA型独占の恐怖だったのである。いわばもう、DNA鑑定には法医学者はいらないということだ。予算削減を盾に、ここぞとばかりに鑑定独占を提案という形だが、本性をむき出しにしてきたのだ。

当時の同学会の池田理事長は、この時に初めて、事の重大性に気づいた。大慌てで警察庁と協議を重ねた。警察庁は解剖経費削減のためとしているが、事実上、捜査機関以外でDNA型検査ができなくなるとして、同法医学会側は反発したが、警察庁は、方針を変えることはなかった。これによって、大学の法医学教室などに委託している司法解剖の検査項目の中からDNA型検査を原則として除外することが決まり、来年度の概算要求の項目から削除した。代わりに全国の警察本部に付属する科捜研で行うことになった。

当時の警察庁によると、13年度の司法解剖に伴う検査料は、総額14億2900万円に上った。そのうちDNA型検査は8大学を含む13機関で321体、総額は約3200万円。DNA型検査料は1体10万円。捜査のためにDNA型検査をしている科捜研でやれば、試薬代のみの1体1万円程度で済むという。

当時、年間約50体の司法解剖を担う東海大学医学部の大沢資樹教授は「普段からDNA型検査をやっていないと、裁判所から再鑑定を依頼されても、なかなか難しいと思う。また裁判でDNA資料が捜査側独占になり、裁判自体が公正でなくなる恐れがある」と指摘していた。これに対して警察庁刑事局捜査1課の今村剛・検視指導室長(当時)は「今回の変更は予算削減が目的。それに科捜研は人材も豊富だ。科捜研でできない特殊なDNA型検査はこれまで通り委託するので、独占になるとは思わない」と話していた。

足利事件後、本田元教授には司法解剖を回さなくて済むような体制が、おそらくは検察庁の指示で作られたのだろう。11年ごろから十数年にわたって、殺人事件の司法解剖の依頼は筑波大学には一切なされなくなったのである。これは法医学を専門とする本田元教授にとっては現役を引退せざるを得えないような仕打ちだった。その一方で県警は筑波大学以外の県外の多数の大学とも水面下で司法解剖契約を結び、解剖を依頼できる体制を作っていたのである。

今市事件の解剖は、警察庁の改定案が施行される前の2005年だったのは幸運であった。それ以降は依頼があるのは事件性が全くない焼死体や腐乱した溺死体、白骨死体など他大学が嫌がるような死後変化の激しい遺体が大半で、殺人事件は全て他大学に回された。そのため、司法解剖を楽しみにして見学に来た筑波大学の医学生も、行われている司法解剖のつまらなさに呆れ果て法医学を志す人材は育たなくなった。

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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