「アジアでは日本に従え」──対米従属という国体護持のために(前)
安保・基地問題・「アジアでは日本に従え」
これは、雑誌「フォーリン・アフェアーズ」の2021年4月号に掲載された論文のタイトルである。同誌は外交分野において世界で最も影響力があるとされる米専門誌である。表紙に大きく掲げられたこのタイトルを見たとき、「この2、3年感じてきたことを、かくもストレートに表す論文が早くも出てきたか」。これが、私の感想であった。
「日米逆転はなぜ起きたか」という副題も添えられるこの論文(英語原文タイトルは「Japan is the New Leader of Asia’s Liberal Order ─Washington Must Learn to Follow Its Longtime Ally in the Indo-Pacific」)を要約すれば、「トランプ政権で米国はインド太平洋地域における名声を失墜したが、日本はそれに代わってリーダーシップをとり、各国からの評価も高く、既にかつての米国の役割を担うようになった。米国がこの地域における足場を取り戻せるとするならば、それは日本のリーダーシップに従った場合だろう」というものである。
「米国の立場を取り戻すためには日本に従え」とするこの論文を私は支持しない。従来の米国の立場には多くの問題があるし、日本が現在「アジアをリードしている」と論じられているその方向が、この地域の対立を深め、安全保障環境を悪化させるものであると考えるからである。しかし、「日本が、米国にも影響を与えながら、この地域をリードする存在にある」という点については共通する認識を持っている。
筆者が、書籍『自発的対米従属』(角川新書)を出版したのは17年である。当時、本のタイトルにおいて「対米従属」に「自発的」との冠を被せるのにかなり勇気を出した記憶がある。しかし、その後の短期間で日本を取り巻く安保・外交の状況は変化した。中国は習近平国家主席の下、対外拡張主義をより積極化させ、米国は「米国第一主義」を掲げるトランプ政権を経て、米中対立は日増しに激しくなるばかりである。
その中で日本は、敵基地攻撃能力保有の議論や防衛費の10年連続増加、過去最高額更新など、積極的に軍事力拡大路線に舵を切ってきた。この間、アメリカが手を出せないことに日本が率先して関わったり、日本から米国に働きかけたりすることで、日本がアジア地域の対立構造を先鋭化させる場面が増加してきている。
米国を巻き込み、米国独力ではできないところもがっちりと支える日本。そのようにして、日本は、「対立」を根本に抱える東アジア地域の安全保障環境のステータス・クオ(=現状)を維持しようとしてきたのである。その日本の加速度的な積極姿勢については、筆者は、「対米従属」、いや、「自発的対米従属」という表現すら既に超えた感を抱いている。
1.アメリカの強硬姿勢を求める日本
・核の先制不使用宣言に反発
時に日本は、米国の意思に反しても米国の外交政策をより強硬な方向へ導こうと働きかけてきた。近年のその代表例は、核兵器の「先制不使用」の問題である。
「核の先制不使用」とは、「核攻撃を受けない限り核兵器は使わない」と宣言する政策である。オバマ政権時代、まがりなりにも「核なき世界」を提唱したオバマ大統領は、その第一歩として米国の「核の先制不使用」を宣言しようと模索した。もっとも、具体的な検討がなされたものの、この宣言が出されることはなかった。「核なき世界」の提唱によりノーベル平和賞まで受賞したオバマ大統領は、結局、核の分野でほとんど成果を上げないまま政権を終えることになる。
オバマ政権終了後4年が経過した21年4月、同政権で核不拡散を担当していたトーマス・カントリーマン元米国務次官補が、当時の状況を日本メディアに暴露した。同盟国の一部、とりわけ日本が、米国の核の先制不使用宣言について「中国に間違ったサインを送る」と懸念を示し、「このことがオバマ大統領が当時、先制不使用政策の断念を決定した理由だった」と明らかにしたのである。
つまり、核兵器の役割を減らそうとする核大国アメリカの努力を、日本が妨害し、実現を許さなかったのである。「唯一の戦争被爆国」としてそのソフトパワーを利用する日本政府は、実際は米国の意思に抗ってでも核を推進しようとする姿勢にある。
現在のバイデン大統領は、大統領選の公約でも米国の核兵器の役割を「唯一の目的」に限定すべき(「先制不使用」と類似の政策)とし、就任直後の21年3月に公表した国家安全保障戦略の暫定指針でも「核兵器の役割低減の措置を取る」としている。今後、バイデン政権において核の先制不使用の宣言がなされる可能性もあると言われるが、今現在も、日本はこれに強く抵抗し、この宣言を出させないよう米国への働きかけを強めている。
広島出身で核廃絶を前面に打ち出しているかのようにも見える岸田首相の下でも、日本政府は「全ての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではない(2021年11月10日松野博一官房長官会見)」 と警戒感を示しており、根本的な反対の態度から変化はない。
・核の傘強化に向けての働きかけ
日本は被爆国であるにもかかわらず、核に頼る安全保障から抜け出す道を追求しようともしていない。仮に核兵器禁止条約に直ちには入れないとしても、核への依存度を少しずつ減らしていくことが核廃絶に向けた第一歩として重要である。しかし、日本はその逆を突き進んでいる。その日本の姿勢を示す事例は核の先制不使用宣言の例以外にも挙げられる。
オバマ大統領就任直後の09年2月、「米戦略態勢に関する諮問会議」が米議会主催で開催された。日本代表として出席した秋葉剛男駐米公使(当時・後に外務次官)らは「米国の拡大抑止についての日本の視点」と題するメモを提出し、米国の核政策に意見を述べた。このメモは「核の傘」の重要性を説き、また、地中深く堅固な地下施設や移動式目標、サイバー攻撃や衛星攻撃、中国の接近阻止・領域拒否戦略などを列挙して、これらに対応できる能力の保有を米側に要求した。また、米国による戦略核弾頭の大幅削減については日本との密接な事前の協議が絶対不可欠、と米側を牽制もしていた。
さらに、この会議では、日本が米国に、当時米国が廃棄を予定していた核弾頭搭載の巡航ミサイル「トマホーク」を廃棄しないよう働きかけてもいる。座長であったウィリアム・ペリー元国防長官は、日本のトマホークへの強いこだわりに驚いたと後に振り返っている。
加えて、この会議では、米側から日本に対し、いざという時に核兵器を持ち込めるよう沖縄に核の貯蔵庫を設置してはどうかと提案がなされたが、これに対して秋葉氏から「説得力があるように思う」との回答がなされたとの会議参加者のメモも残っている(次ページの画像。右上はメモの表紙)。「核持ち込み」は非核三原則に反している。このトマホークや沖縄核施設についての発言は、10年後の19年になって日本メディアで大きく取り上げられたが、外務省は発言を否定した。
・対立は是・対話は非
地域における対立のステータス・クオ(現状)維持に向けた日本からの米国への働きかけは、核の傘の問題に限らない。
例えば,北朝鮮の核・ミサイル開発の問題で、18年、米トランプ政権が北朝鮮に対して大陸間弾道ミサイル(長距離ミサイル)を放棄するよう交渉するとしたとき、日本はその交渉に反対した。長距離ミサイルを北朝鮮が放棄し、その保有が短中距離ミサイルだけとなると北朝鮮のミサイルが米本土に届かなくなるため米国が北朝鮮問題から関心を失ってしまう、というのである。
当時の日本のメディア報道は、いかにしてアメリカを巻き込むかに過度に意識が集中され、北朝鮮の、より高度なミサイル技術開発・維持をむしろありがたがるかのような風潮に覆われていた。
さらに、北朝鮮の問題でいえば、18年、トランプ大統領が金正恩総書記と会談を行うとした際に率先して反対したのは日本であったし、その後,米朝交渉の妨げにならないように、とトランプ氏が米韓軍事演習を中止した際も、日本の安保関係者はこぞって反発した。
・異色のトランプ外交を引き戻す
時に覇権国アメリカをもリードしながら、アジア太平洋地域における対立のステータス・クオを維持するための外交を「主導」する日本の姿勢は、異色の大統領であったトランプ政権時代にはっきりと露呈した。
「米国第一主義」を掲げたトランプ氏は、16年の大統領選の間から「駐留経費を日本が全額負担しなければ在日米軍撤退」を持論とした。そのトランプ氏の当選に、安倍首相(当時)は慌てふためき、ニューヨークのトランプタワーに飛んでいった。氏と会って、日米同盟の重要性を説明したとされる。
当時は、リベラルとされる朝日新聞を含め日本中がこぞって「トランプ氏の下、日米同盟どうなる」と動揺し、従来の外交を素晴らしいものとして書き立てていた。そのような状況下で、日本政府は米側に懸命の働きかけを行い、結果、氏の大統領就任3週間後の17年2月に行われた日米首脳会談では、「あらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない」と強調する共同声明を日本が草案を作成して発表させ、事態をひとまず既定路線に引き戻した。
その後もトランプ大統領は、在任中、在日米軍駐留経費についてこれまでの4倍増し請求をしたり、日米安保条約破棄の可能性について発言したりするなど物議を醸し続けた。そのたびに、日本政府関係者からは、トランプ政権が「道」を踏み外さないよう相応の米側への手当がなされていった。
新外交イニシアティブ(ND)代表、弁護士(日本・米ニューヨーク州)。米議会などで政策提言を行うほか、国会議員等の訪米活動を企画。近著に『米中の狭間を生き抜く─対米従属に縛られないフィリピンの安全保障とは』。