【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第16回 被害者女児の解剖鑑定書が「統合捜査報告書」に

梶山天

ところが、茨城県警から解剖実施と鑑定書作成の必要経費として振り込まれていた解剖鑑定謝金について、かかる経費のすべてを認めず、個人の利益とみなされてしまうような、不当な会計調査を、本田元教授は1年間にわたり延々と受けることになった。解剖や鑑定には、大変な費用がかかる。

解剖が終わってもその後の追検査、鑑定書の作成と製本、医学的な情報収集、捜査員や検察官との打ち合わせ会議、さらなる意見書作成や現場への調査、交通費、裁判の打ち合わせと裁判出廷はすべて個人持ちであって、1体7万円程度ではとても足りず、いうなれば寸志でしかない支払いでしかなく、多くは個人の持ち出しにならざるを得ないことは明らかだった。

しかも当時年間200体を超えるような解剖依頼も本田元教授の法医学者としての使命感で受けていたのであって、それを金儲けの手段とみなされてしまうことへの憤りは筆舌に尽くしがたいものがあった。したがって、全国の法医学教室では、これまで解剖・鑑定謝金について業務に要する費用の一部にでしかないのは当然である以上、個人的な利益を得ていることが疑われて調査されたことはなかったのである。

しかし、本田元教授はそこを何度丁寧に説明しても、殺人事件の解剖を知らない調査官は、「解剖に必要なものはメスとハサミだけでしょう。そこは認めますが、それ以外は個人の利益になったはずで、それ以外の支出があったとしてもそれは遊びに使ったとしか考えられません」と初めから結論ありきであるかのように、全く聞く耳を持たなかった。

結果として本田元教授は、10年以上にわたる解剖や鑑定書作成を無料で行ったに等しいような、個人ではとうてい返却不可能なほどの大きな借金を背負わされることになったのである。これは勝又受刑者にとどまらない本田元教授への冤罪である。

なぜなら、刑事訴訟法第223条には鑑定嘱託についての規定があり、「1 刑事訴訟法……の規定により、警察官若しくは検察事務官の取り調べた者又は検察官若しくは検察事務官から嘱託を受けた鑑定人、通訳人若しくは翻訳人には、旅費、日当、宿泊料、鑑定料、通訳料、又は翻訳料を支給し、かつ、鑑定、通訳又は翻訳に必要な費用の支払い又は償還をすることができる」とされているにもかかわらず、このような支払いを無視した違法調査であったからだ。

本田元教授には「すべて国のためにやった仕事なのに、国に裏切られた」という憤りがあったが、「歴史がいつか証明してくれるはず」と自分を勇気づけた本田元教授は、この調査の連絡の時期が今市事件の出廷と重なっていたことから、「これはおそらくは検察側の指示があって、今市事件の裁判には出るな、出てもしゃべるな、そうしないと怖いことになるぞ、という脅しかもしれない」と思った。

本田元教授は仮に自分がいかなる窮地に追いやられても、法医学者としての職責をかけて真実を貫き通したいと覚悟を決めた。本田元教授は思った。「これには、無実の被告人のかけがえのない生命と家族の名誉がかかっているのだから。と、すれば自分個人の生命を引き換えにしても、法医学者としての使命を堅持したい」と。

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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